俺はこうして冒険者を引退することにした
「はぁっ!? ちょっと待てよ!!」
俺は史郎のあまりにも酷い言い分に腹を立て、同業者が大勢いるダンジョン前だというのに大きな声を上げた。
さっきまで仲間だったはずの連中は、一様に俺を憎々しげな目で見ている。
その中でも、リーダーの視線は特に厳しい。
それもそのはず。今回のクエスト達成はこいつにとって悲願への最後の一手であり、絶対に失敗できない物だったからだ。
その失敗の原因となった、そう思われている俺への憎悪を察するのは容易だ。
もっとも、だからといって納得できる話ではないが。
「確かに俺の手が遅れたのは悪かったと思うが、だからといって今回の分配無しとかは横暴だろ!
つーか、何度も言ってるが、あの個体だけは普段のよりも強かったんだよ!!」
「五月蝿い役立たずの中途半端野郎! つまらねぇ言い訳してんじゃねぇ! だったら、その強かったっていうファイアウルフのドロップだけはくれてやる!
それを持って出て行け疫病神! 二度とその面見せるんじゃねぇぞ!!」
何があったのか?
それは、モンスターとの戦闘で、俺だけが手間取った事から始まるクエスト失敗確定だった。
俺たちは、ダンジョンでモンスターを狩る冒険者と呼ばれる戦闘集団だ。
リーダーは『遠野 史郎』。他、俺を含む7人で構成されている中堅である。
今回はダンジョン深層にいる、『レッドサラマンダー』という竜種を狩る依頼を受け、高難易度の『火竜の塒』ダンジョンに潜っている所だった。
『火竜の塒』は洞窟型のダンジョンなのだが、その途中にある広い部屋でモンスターの団体に襲撃された俺は、苦戦を強いられることになる。
このダンジョンに出てくるモンスターは火属性ばかりで、襲ってきたのは『ファイアウルフ』という燃える毛皮を持つ狼型のモンスターの集団と、『フレイムサーペント』という、アナコンダのように大きな蛇型モンスターが1体。
逃げ場はなく、戦うしかない。壁を背にして近接戦闘に弱い後衛を守りつつ、俺やリーダーなどの前衛が武器を振るう。そうやって迎え撃つ事になった。
俺は器用貧乏で手数で押すタイプの戦闘スタイルだったこともあり、ファイアウルフの担当となった。
普通の強さのファイアウルフなら、俺が苦戦する事は無い。
こいつは触るだけで火傷を負わせる厄介なモンスターであったが、火属性モンスターと戦うと分っていれば対策ぐらいは用意できるので、脅威ではない。武器を水属性の槍にして、距離を取りつつ戦えばいい。防具もそれを意識している。
しかし、目の前のファイアウルフは運悪く特殊個体、通常よりも強い奴だったらしく、俺は1人だけ手間取ってしまった。
集団戦闘は、誰か一人でも苦戦すると、そこが穴になる時もある。
俺の苦戦により仲間への圧力も高まり、全員がいっぱいいっぱいになる。
仲間のフォローに手が回らなくなり、後衛へのガードが緩んでしまった。
結果、俺の脇を通り抜けたファイアウルフが後衛を襲い、史郎は仲間を守るためにレッドサラマンダーへの切り札だったはずのアイテム、『氷晶結界』を使うしかなかった。
『氷晶結界』は消耗品で、かなり高価な、火属性の魔法的攻撃を完全カットできる防御アイテムだ。レッドサラマンダー退治にはこれが必要であった。
ついでに希少素材が必要なので、あまり出回っていない。今回用意できたのは、それだけ史郎が頑張ったからだ。それだけ、レッドサラマンダー退治に入れ込んでいたと言ってもいい。
レッドサラマンダーは火のブレスを頻繁に使うため、その討伐に『氷晶結界』のような防御手段は必須。
それを失ってしまったのだからレッドサラマンダー退治は諦めるしかない。
つまり、クエスト失敗だ。
それでも、仲間の命を優先して咄嗟に使ってしまった。危機に陥った目の前の仲間を見捨てられない。史郎はそういう男だった。
ただ、今はクエスト失敗で気が立っていて、冷静に判断できない状態であったようだ。クエスト失敗の憤りをぶつける先を求め、普段は口にしないであろう、罵詈雑言を俺にぶつけている。
だから史郎は、その責任が俺一人にあると言い出したのである。
史郎の幼馴染みである俺はそれが分かっているし、落ち着けば冷静に話し合いができると知っていても、それでも許せないものは許せない。
俺も、譲れないプライドがあるのだ。
「言われなくても出てってやるよ、糞リーダー! テメェと組むのはこれが最後だ!」
売り言葉に買い言葉。
止める者はおらず、完全な喧嘩別れ。
冒険者を始めた5年前から組んでいたパーティであるが、別れるのに未練は無かった。
なぜなら、パーティメンバーの誰一人俺をフォローせず助けようとしなかったばかりか、史郎に同調して俺を責め立てたからだ。
連中も史郎の願いを助けるために冒険者をしている面もあったので、その足を引っ張った俺が許せなかったのだろう。
いや。俺に責任を押し付け、自分を悪者にしたくなかったのだ。
そんな連中とこれからも組んでいたいと、俺は思えなくなっていた。
俺は最後の餞別、ドロップアイテムひとつを持ってパーティを離脱。そのまま冒険者を引退することにした。