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親子喧嘩 【勇蘭視点】

 今、目の前で起こっている事態に、僕の頭は全く理解が追いついていない状態だった。



 気絶していた筈の勇騎さんの身体が起き上がっていて、でも何故か()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()……



 僕達の目の前に、立っていたのだから。



「……な、何で……父さんが……?」


 殆ど無意識に、率直な疑問が口から飛び出していた。

 そんな驚きを隠せない表情の僕に、父さんは事もなげに説明してくれる。


「ん? あぁ……いや勇騎の奴が意識を失ってたからよ? もしかしたら俺でもこの身体使えるんじゃないかと思っていざ試してみたんだが……ま、ご覧の通り以外とすんなりいけちまってさ? ははは」


 平然と笑ってのける父さん。


「…………っ、……」


 でも僕は、そこから全く言葉が出てこない。


 もう二度と会う事はないと思っていた父さんが、僕の最大のコンプレックスだったあの父さんが……今まさに目の前にいる。

 当然、そんな局面などこれまで生きてきた中で一度たりとも想像した事なくて、そんなまさに予想外の事態が起こっている訳で……だから僕はどう声をかけたらいいのか全く分からなかった。

 でも、そんな僕とは正反対にとても堂々とした態度で対峙する当の本人は、ごく普通に話しかけてくる。


「……ん、どうした勇蘭? そんな幽霊でも見たかのような顔で黙り込くって? ……ん? いや、まぁあながち間違ってもいねぇのか……。いや、それでもこの文武両道で全てにおいてパーフェクトな天才最強勇者にして、最高に自慢の父親だった俺とこうして久々に再開出来たって言うのに、お前なにか言うことないのかよ? 「父さんっ、ずっと会いたかったっ」……とか言って泣きながら抱きしめに来るとか、なんかあるだろ普通?」


 その偉そうな口ぶり、図々しい態度……それは確かに勇騎さんとは全く別人の、僕が覚えている父さんの姿で間違いなかった。

 それでも、いやだからこそ……何て声をかけていいのか全く分からない。

 言ってやりたかった文句なんかもたくさんあった筈なのに……なのに、最初の言葉がまるで見つからなかった。


「…………」


 ひたすら黙っているだけの僕に父さんは痺れを切らしたのか一人喋り始める。


「……ふ、まぁいいか。それに()()()()()()()()()()()だしな?」


 ……ん? 時間がない? ……何の事だろう?


 そう思った次の瞬間には、既に父さんは動き出していた。



 まさに一瞬で、()()()()()()()()()()()()()()()()()



「……っ!?」


 予想外の連続に僕は全く反応出来ず、狙われたクィンハート本人も驚きつつも、咄嗟に自身の前方に防御魔法陣を展開し何とかギリギリの所で攻撃を防いだ。


「……へぇ、なるほどな……」


「……っ、くぅ……っ!」


 刀と魔法陣の接触面からバチバチと火花が散る中、父さんは何やら納得しながらも余裕の笑みで一度後退する。

 そして、更に僕の頭を混乱させるような一言を放つ。


「よっと。……ふ、まぁこの身体でも()()()()()()()()()()()()()()()()()だな……」


 …………え?

 今、なんて……?


 全く意味がわからないこの状況にクィンハートも同感だったようで、僕の意見を代弁するかのように父さんへと問いかける。


「……ふん。ろくに挨拶もしないでいきなり殺しにかかってくるなんて、非常識にも程があるんじゃないかしら? それともそんなろくでもないサイコパスでなければ、勇者っていうのは務まらないのかしら?」


 皮肉を交えながら語りかけるクィンハートに、だけど父さんは余裕の表情でその疑問に答えてくれる。


「いや、だからあんまり時間がないかもっつってんだろ? 多分勇騎の奴が目を覚ましてしまったら、俺はまた刀の中に戻されちまうだろうからな? ならその前にさっさと今回の元凶であるお前を殺さなきゃいけないし……そんなの俺以外に出来ないだろ?」


 淡々と、本当にただ問題の解答を告げるかのように答える父さん。でもそれだけで彼女が納得出来る筈もなく……。


「……ふ、ふふ、そう……やっぱり勇者って言うのはそんな血も涙もないようなろくでもない人でないとなれないみたいね? ねぇ貴方、さっきまでその白い刀の中にいたのでしょう? なのに私の話を全く聞いてなかったのかしら?」


「いや、ちゃんと聞いてたぜ……?」


「……っ、ちゃんと聞いていたのなら尚更タチが悪いわよっ! 貴方一体どういう神経してるのかしらっ!? 言ったでしょうっ? 本物のお姫様になる事が、地上で幸せな結婚式を挙げる事が、その夢だけがっ、私の人生の全てなのよっ! 私の生きる意味なのよっ! なのに……それなのに貴方はそんな私の夢を潰すって言うのっ? 私のささやかな幸せを潰すって言うのっ? 一体何の権利があって貴方なんかにそんな事されなくちゃいけないのよっ! 何で私だけ自分の幸せを叶えちゃいけないって言うのよっ! 何で私だけ、こんな目に遭わなくちゃいけないって言うのよっ!!」


 声を荒げ、怒りの表情で父さんに食ってかかるクィンハート。でも父さんは微かに怒りを含みながら、そんな彼女に告げる。


「はぁ……ならお前は、とっても不幸でとっても可哀想な目に遭って来たそんなお前の夢の為なら、そんなお前の幸せの為なら……なら他の奴はどうなったっていいって言うのか? 帝国に住む天使達の中には勿論、軍や戦いとは何の関係もないただ普通に暮らしてるだけの人達がたくさんいる。普通に生きてるだけの家族や子供達がたくさんいる。お前のように何の罪もない人達がたくさんそこにいる。そしてそんな家族や子供達を、愛する人達を、ただ純粋に守りたいと願い戦う兵士達がたくさんいるんだ……っ。なのにお前達が攻め込む事によって、激しい戦闘に巻き込まれる事によって、家を失い、家族を失い、友達を失い、それでそいつらがお前と同じように苦しむ事になったとしても、悲しむ事になったとしても、絶望する事になったとしてもっ、それでもお前は自分の夢の為だからって、そいつらに諦めろって言うのかっ? 自分の幸せの為だからって、そいつらに死ねって言うのかっ?」



「……っ」




「なら俺は勇者として、ここでお前を殺すっ!」




 父さんが再びクィンハートに斬りかかる。

 クィンハートも即座に魔法陣を展開し、先程と同じように父さんの斬撃を防ぐ。


「……っ、くぅ……っ」


 だけど、その彼女の表情には余裕など微塵もない。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 


 父さんが白い刀で何度も何度も魔法陣に斬撃を繰り出しながら、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 何十、いや何百連発もの斬撃を一瞬にして彼女の魔法陣に叩き込み、ひび割れが入り、早くも割れそうになるのを察知したクィンハートは魔法陣をその場に残し大きく後方に飛んで父さんの攻撃を退(しりぞ)こうとする。

 だけど、父さんの足元の影から()()()()()()のようなものがクィンハートに一斉に襲い掛かり、その内の一本が彼女の片脚を捕らえた。


「……っ!?」


 黒い手は勢いを殺さず、そのまま彼女を部屋の上空間丸ごと使うかのように大きく旋回させる。

 クィンハートは勢いよく部屋の壁に打ち付けられ、壁を壊しながら部屋を何周も回転させられ、瓦礫がけたたましい音を掻き立てながら崩れていき部屋全体が大きく揺れ動く。


「……っくぅ、あっ、ぐぅ……あぁっ……」


 何度も何度も部屋の壁に擦り付け、削り、頃合いを見計らってようやく黒い手は回転を止める。

 既に息も絶え絶えなクィンハートの脚首を掴んだまま地面を引きずり、残っている他の黒い手も彼女の至る所に掴みかかり、そして魔王の椅子にきつく(はりつけ)にする。



「ゲホッ、ゴホッ……あっ、はぁ、はぁ、はぁ……」



 …………


 ここまでの間、僕の身体は全くと言っていいほど微動だにしなかった。出来なかった。



「……く、クィンハート……?」



 何とか重たい口を開き、彼女の名前を呼びかける。


 とても綺麗だった赤いドレスは一瞬にしてズタボロになり、とても綺麗だった彼女の肌は傷だらけで赤く染まり……彼女の顔からは、感情が削げ落ちていた。

 とても虚な目で、もはや戦意のかけらなど微塵もなく、無気力のような状態で磔にされるクィンハート。


 僕だけじゃなく、召喚師ちゃんやお姉さんも……目を見開き目の前の光景に絶句していた。

 そんな中、まさに今それを行った張本人である父さんはとても涼しげな顔で、少し離れた彼女に問いかける。


「……さてと、なぁ? 次でもう終わらせてやるけど……最期に何か言い残す事はあるか?」


 まるで触手のように至る所に縛りつく無数の黒い手によって動けないクィンハート。だがそんな父さんからの最後の問いかけに微かに反応し、ゆっくりと口を開いた。




「…………わ、私は……ぐすっ、う、うぅ……なら私は一体……一体なんの為に……ひっく、何の為に生まれてきたって言うのよ……?」




 きっともう我慢の限界だったんだろう、無意識に溢れ出した綺麗な雫がポロポロと彼女の頬をつたう。


 そんな、(はた)から見てとても痛々しい姿の彼女に……でも父さんは何の感情も乗せず淡々と答えて見せる。



「……そんな事俺が分かる筈ないだろう? まぁ、ただ単に……()()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけの話だ……」



 父さんは静かに告げる。それを受けて彼女は……



「……うっ、うぅ……ひっく、うぅう……あぁ……」



 幸せな夢を思い描いていた彼女は、自分の幸せを願った彼女は……全てを諦めたように俯き、声を押し殺しながら……静かに泣いていた。


 父さんが彼女にゆっくりと近づいて行く。


「……安心しろ、もう楽にしてやるからよ? それに人にしろ天使にしろ悪魔にしろ、お前みたいに報われなかった側の奴らなんてのはこの世界にごまんといるんだ。なにもお前だけって訳じゃない。だからな? あの世でそいつらと仲良くなって、そんでそんな人生に割り振った神様の野郎に、恨み節でもぶつけてやればいいさ……」


「……ひっく、うぅ……わたし、ひっく……わたしだって……っ」



 …………


 僕は……




「……幸せに……なりたかったよぉ……」




 彼女の、傷だらけの頬を伝うとても綺麗な涙を見つめながら


 とどめを刺す為に近づいていく父さんの足音を聞きながら



 次の瞬間にはもう、身体が動きだしていた。




「……何のつもりだ、勇蘭?」




「…………っ」


 僕は、父さんの前に立ちはだかる。

 両手を広げ、後ろで泣いてる……ただ自分の幸せを願っただけの女の子を庇うように。

 そして、ここまで来てようやく僕は父さんと視線を合わせ、自分の言葉を口にする。


「……も、もう充分だよ父さん。後は僕が何とかするから、だから彼女の事は殺さないで欲しいんだ……」


「…………は?」


 父さんは僕から全く目線を外さず、でもとても鋭い眼差しで睨みつけてくる。


「何言ってるんだ勇蘭? そいつはここで殺しとかないと確実にまた天使達へ叛逆し始めるぞ? だから俺がこうして……」


「……そ、そんなの父さんがっ、彼女に対して先入観や思い込み、父さんの価値観だけで勝手にそうだって決めつけてるだけじゃないかっ。僕達にはまだ対話の道が残っているのに、分かり合える可能性が残っているのに、なのになんでそれをせずに勝手に決めつけて殺そうとしてるのさっ? なんでいきなり僕に相談もなく勝手に殺そうとしてるのさっ?」


 僕は感情をあらわに父さんに反発する。だけど勿論、父さんだってそのまま黙ってはくれない。



「はぁ? なぁおい勇蘭、お前本当に何言ってるか分かってるのか? 俺が出てくるまでお前はずっとその女と対話を試みていたじゃねぇかっ。けどそれでその女が素直に分かってくれたかっ? 納得してくれたかっ? 自分だけが幸せになれれば他の奴らはどうでもいいみたいな、そんなクソ自己中的で勝手な夢を、その女が諦めようとしてくれたのかっ? いやしてなかっただろっ? 全くしてなかったよなぁっ? いいかっ? その女は俺がそこまで痛めつけて、俺に絶対に勝てないと悟って、ようやく今、それを諦めようとしてんだよっ! 自分の夢は絶対に叶わないってようやく理解してくれたんだよっ! なのに何でここまで来て今更また対話なんか試みる必要があるんだっ? 何でここまで来て失敗したお前にまた任せなければいけないんだっ? なぁ勇蘭、これは遊びじゃないんだぞっ? 人の命が掛かった本物の戦いなんだぞっ? 失敗しました、ごめんなさいじゃあ済まないんだぞっ? それをお前ちゃんと分かってるのかっ?」



「……っ、そんなの分かってるさっ! これが遊びじゃない事なんて最初から、一番最初に死にそうになったあの時から充分分かっていたさっ! でも僕は…………僕は父さんの息子だからっ! 神々の黄昏(ラグナロク)を、破壊神を前にしても最後まで諦めずに勇敢に戦ったっ、そして自分の命を犠牲にしてでも世界を救ったっ、そんな父さんの息子だからっ! だからこそ僕だって最後まで諦めたりなんかしないっ! 一人の女の子のとっても素敵な夢をっ、一人の女の子の幸せな未来をっ……僕は絶対に諦めたりなんてしないっ! その為なら……」




「例え父さんが相手でも、絶対に倒すっ!!」




 僕は父さんに向けて、刀を構える。


 ……冷や汗が止まらない。

 気を抜けばすぐにでも手や足が震え出しそうになる。

 それでも……



「……ゆ……勇、蘭……」



 大粒の雫を流しながら、クィンハートが僕の背中に視線を向けている。

 その視線を感じながら僕は再度身体に力を込める。

 ……この僕の後ろで泣いてる彼女の為に、絶対に逃げる訳にはいかなかった。


 すると父さんは酷く呆れたような表情で、同じく僕に向けて刀を構える。



「……はぁ、お前も俺に似て頑固だなぁ。ったく、いらないとこばっかり似やがって……。しょうがねぇな、ちょっとだけ痛い目見ることになるが……我慢しろよ勇蘭っっ!」



 そう叫ぶと同時に、一瞬で僕の目の前に到着し白い刀で斬りかかる父さん。


「……っ」


 だけど例えどんなに父さんの速度が早いと言っても、真正面から来ると分かっているなら受け止めれる筈……と、そう僕は踏んでいた。

 でも早くもそんな考えが、甘すぎた事を実感させられる。


 父さんの一撃を刀で受け止めた瞬間、僕の持っていた刀はバキンッと豪快な音をたてながら一瞬で真っ二つに割れてしまった。

 その衝撃に耐えきれず僕は後ろに飛ばされそうになるが、そんな僕の右手を父さんは瞬時に掴み取りそのまま上空に投げ飛ばす。

 僕の身体は宙に浮き、だけどすぐさま僕の高さまで飛んできた父さんによって地面に向かって勢いよくかかと落としされ、そのまま地面に直撃。

 あまりにも強く打ち付けられた衝撃により身体はリバウンドし、一瞬宙に浮いたその瞬間には既に地面に降りてきた父さんの強烈な蹴りが僕のお腹に深く決まる。

 そこまでの一連の流れを認識した時には既にもう、僕の身体はミハルちゃんが眠ってる場所のすぐ側を横切りながら勢いよく壁に激突していた。


「……ガハッ……ッ!」


 壁にひび割れが入るほどの威力に、僕の身体中が悲鳴をあげる。蹴られたお腹や直撃した背中に激痛が走る。


「ゲホッ、ゴホッ、……ゴホッ……」


 うまく呼吸が出来ない。それでも何とかして必死に酸素を取り込もうと足掻く。

 

 ……くっ、や、やっぱり強すぎる……っ!



「おーい、大丈夫か勇蘭? めちゃくちゃ手加減したんだがもう無理そうかーっ? 無理ならもうこの女殺すぞーっ?」



 ……は、ははは……て、手加減してこれって……。

 な、何か……何か手を考えないと……何か、策を……


 …………


 ……って、父さんみたいな規格外に通じる策なんて、ある筈ないじゃないか。

 だがら……僕に出来る事と言ったらもう……


 僕は必死に痛みを堪え、何とか踏ん張りながら身体を起こす。

 息も絶え絶えなまま、それでも最早気力だけで父さんに向けて笑いかける。


「……ゴホッ、は、はは、ま、まさか? ゲホッ、こんなの、へ、屁でもないよ……。言っとくけど、こ、こんなんじゃ僕はまだまだ……倒れてやらないよ父さん……?」


 そう、諦めない事だけだ。



「へぇ? ……なら次はお前の意識が飛ぶくらいには少し本気を出してやる。でもまぁ安心しろ勇蘭……次にお前が目を覚ました時には、もう全部終わってるからよ?」



 相変わらず余裕綽々(しゃくしゃく)な父さんが刀を構え直す。そしてそのまま力を込めた瞬間、父さんの周囲に黒く、どこまで黒く……まるで深淵を見つめているかのような漆黒の禍々しいオーラが漂い出す。


 ……自然と喉が鳴る。


 多分、いや確実に、あんなので攻撃されて直撃したら僕はやられる。でもだからといって避けれる自信なんて微塵も無いし、一体どうすれば……



「……お……様……」



 うーん…………あっ! それか一か八か、勇騎さんに向けて大声で呼びかけてみるのはどうだろう?



「……と……様……」



 そ、そうだよっ、何で気付かなかったんだろうっ! 今、勇騎さんが意識を失っているからこそ父さんはああして出て来れてるんだから、なら勇騎さんの意識が目覚めたら父さんはまた刀に引っ込むんじゃないかっ! 確か最初の方で父さんもそう言ってたし……うん、もうそれしかな……



「……もう、お父様っっ!」



「うわぁあっっ!?」


 突如、僕の眼前に現れたのは……とても見慣れた金髪で、とても可愛らしい顔立ちで、そしてとてもおっぱいの大きな美少女の……


「み、ミハルちゃん……っ!?」


 エネルギー切れを起こして眠っていた筈の、僕の可愛い女神様だった。


「もう、お父様ったら……私、何度も呼んでいたのにずっと無視して……ひどいですっ」


 とても可愛らしく激おこぷんぷん丸なミハルちゃんに僕はとりあえず謝罪する。


「ご、ごめんミハルちゃん、ちょっと考え事してた……ってそれよりミハルちゃんもう起きてきて大丈夫なのっ? も、もしかして休んだらエネルギー回復したとかっ!?」


 淡い期待に胸が躍る僕に、だけどミハルちゃんは即座にその期待をぶっ潰してくれる。


「あ、いえ、すみませんお父様。エネルギーはご飯食べないと回復出来そうにないですね」


「……あ、そ、そうだよね……はは」


 膝から崩れ落ちる僕。だけど、ミハルちゃんはどうやらやっぱり僕の頼れる女神様だったようで……


「……でもお父様、安心して下さいっ。私、休んでる間に一つ閃いちゃいましたっ!」


「……ひ、閃いたって……一体何を……」


 少し興奮気味なミハルちゃんにその内容を聞こうとしていた僕を、だけどそれを多分ずっと待っててくれたであろう父さんによって遮られてしまう。



「おいお前らっ、いつまで俺を放置してると思ってんだっ!? ……まぁとにかく、もうこれで終わりだ勇蘭っっ!!」



 とうとう我慢の限界だったのか、父さんは一瞬にして漆黒のオーラを刀に全て集中させて……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()超極太の黒い砲撃を僕達に向けて打ち放った。


 でもそれと同時にミハルちゃんも行動を開始する。


「……っ、お父様っ、こちらへ……っ!」


「え? ……って、わわ……み、ミハルちゃんっ!?」


 僕は勢いよくミハルちゃんに手を引かれ、訳もわからないまま抱き寄せられてしまい激しく困惑する。

 彼女の豊満なおっぱいが僕の胸板に重なり合い、その圧倒的柔らかさが服越しでも伝わってくる。……が、その気持ちよさを堪能する間も無くすぐにミハルちゃんが次の行動に移し始める。


「お父様っ、私にしっかり掴まって下さいっ」


 ミハルちゃんの左手がしっかりと僕の腰に回され、右手は僕の左手を掴んで恋人繋ぎの状態になる。


 そしてーー



「お父様、私が今から()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()() ですからお父様も私と一緒に、全力でお願いしますっっ!!」



 そう、僕に告げたのだった。


 当然、この数秒間では全くもって僕の頭が状況を理解する事など出来ず、でも僕は何故か自然とこのビッグウェーブにすんなり乗る事が出来た。



「っ、わ、分かったっ! 一緒にやろうミハルちゃんっっ!!



 僕とミハルちゃんはお互いの身体をしっかりと密着させ、力を込める。するとミハルちゃんは一瞬にして蒼い衣装へと変身を遂げ天使の翼を羽ばたかせ、僕達の周囲に純白の羽根が舞い踊る。

 迫り来る巨大な黒い砲撃に向けて僕達がその恋人繋ぎの手をかざすと、ミハルちゃんの周囲の八枚の大きな盾が前方に展開され……


 盾のど真ん中に付いてる赤い宝玉が一斉に光り輝き出し


 残された力を全て、この一撃に乗せるように




「「……っ、いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」」




 僕達は撃ち放った。



 激しく床を削りながら

 轟音を掻き鳴らしながら

 僕達が放った桜色のレーザービームが父さんの漆黒のレーザービームと衝突し、激しい閃光と火花がバチバチと絶え間なく輝きを放つ。

 


 威力はほぼ互角……かに思われたけど、やっぱり徐々に僕達の方が押される形になってしまう。



「くぅ……っ、うぅ、うぁぁ……っ」



 両足に力を込め、押し返されそうになるのを必死に踏ん張るけれど……このままじゃ確実に押し潰されるのは時間の問題だった。


 徐々に、でも確実に……僕達の方に迫ってくる漆黒の砲撃。


 桜色の砲撃が、どんどん黒に侵食されていく。


 ……くぅ、だ、だめだっ……何か、何か対策を……っ。

 せ、せめて……何か父さんの気をそらせるものがあれば……っ。


 気を抜けばすぐにでも押し潰されそうな重圧に耐えながら、必死にその『何か』を僕は探す。


 ……何か、何か…………う、うぁぁ、だめだっ、何にも思い浮かばないっ!? ど、どうしよぅ……どうすれば……っ、こんな時、こんな時勇騎さんなら、勇騎さんならどうやって………………ん?


 ……あっっ!!


 そこでようやく、僕は『答え』に辿り着く。

 そう、ミハルちゃんに遮られるまでは普通に『それ』で行くしかないと考えていたのだから。


 思い立ったら吉日……僕は早速その『最後の切り札』を使用した。




「……っ、ゆぅぅきさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!!!」




 腹の底から、全力で、砲撃の衝撃音に負けない勢いで、父さんの中にいる勇騎さんの名前を叫ぶ。



 その瞬間、()()()()使()()()()()()()()()()()()()に異変が起こった。



「……な、ゆ、勇騎っ、テメェ……ッ!?」



 多分それは、あくまで僕の予想だけど……でもきっと勇騎さんが起こしてくれた奇跡。



 ずっと僕達の方向に向けられてた父さんの刀を持った両腕が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。



 漆黒の砲撃は魔王城の屋根を吹き飛ばし、赤黒い空を突き抜けていく。


 勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……




「ちっ……く、うっ、うぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」




 僕達の砲撃は、父さんに直撃した。


 砲撃はものすごい勢いで父さんを飲み込み、僕達と反対の壁まで一瞬で連れ去り、その勢いのまま壁を突き破り遠くまで輝き続ける。

 けど僕の体力の限界と共に徐々にその威力は弱まっていき……最後にはとても綺麗な光の粒子となって霧散し始める。

 そしてその後には、刀を地面に深く突き刺しながら何とか耐え忍んだボロボロの父さんの姿だけが残っていた。



「……ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ……はぁ、はぁ、ゆ、勇騎の野郎……まだ起きてねぇくせに、ゲホッ、あいつの声にだけ反応しやがって……」



 苦虫を噛み潰したような表情で悔しがる父さん。……そんな父さんの側まで、僕はミハルちゃんに支えられながら近づいて行く。


「はぁ、はぁ……と、父さん……」


「……は、ははは、まさかあんな裏技用意されてるなんてな?……ミハル、だったか? お前やるじゃねぇか……」


 素直にミハルちゃんを称賛する父さんに、当の彼女は今回の種明かしをしてくる。


「……一つだけ思い出したんです。あの廃墟ビルの時の、お父様が死にそうになっていたあの時の事を。……あの時、私実は部屋の外からこっそり覗いてたんですけど、愛鏡様が勇騎様の身体を通して力を使っていたのを思い出して……もしかしたら似たような事が出来るかもって思って……」


「……ふ、なるほどな。……さてと、ゴホッ……まぁ今回は完全に、俺の負けだ勇蘭。……流石にこのダメージで、もう勇騎の奴も目覚めそうだしな……」


 そう言いながら、でも何故か父さんはすこし嬉しそうに微笑んでいた。

 そんな父さんに僕は、ふと気になった事を聞いてみる。



「……父さん……また、刀の方に戻るの?」



 ……もしも、もしも勇騎さんが目覚めた後も刀に戻るのなら……そしたらまた今後も、例えば勇騎さんが寝てる時なんかにまたこうやって、父さんと話をする事が出来るかも知れない。


 もしかしたら、母さんにだって会わせてあげる事が出来るかも知れない。


 そんな淡い期待を胸に、僕は問いかけた。

 けど……


「……あぁ、多分また刀に戻る事になるだろうな。だが、俺がこうして出てくる事は、多分もう二度とないだろうよ……」


「……っ、な、何で……っ!? 刀に戻るんならまた……っ」


 激しく動揺する僕に、父さんは淡々と答えてくれる。


「……いや、今回こうしてやってみて分かったが……ま、普通に考えても今のこの状態は、一つの器に対して魂が無理矢理二つ入ってるって事だからな。……つまり俺の魂と勇騎の魂が反発し合ってる状態な訳だ。今だって俺がほんの少しでも気を抜けば、直ぐにでも勇騎の魂が弾き出されて冥界送りになりかねない状態だし、何よりこの身体への負担が大きすぎる。……だから例えば次もう一度やったとして、その時に勇騎の魂が無事に戻せる保証もなければ、この身体が壊れない保証も全くないって事だ。……だから、こんな奇跡はこれが最後だって事だ……」


「……そ、そんな……」



 …………



 僕達の間に、静寂が訪れる。


 これ以上、僕は父さんにかける言葉が見つからない。


 何か、何か伝えなくちゃと……必死に考える。

 本当はもう二度と会う事なんて叶わなかったはずの、そんな父さんに向けて……。


 何でもいいから、


 少しでもいいから、


 これが本当に最後だと……


 本当に最後だからこそ何か、何か喋りかけようと、


 何でもいいから、父さんとの繋がりを残したくて……


 思い出を残したくて……


 僕は必死に言葉を探す。



「……と、父さん……あ、あのさ……その……」



 全然、上手く言葉が出てこない。


 もう時間がないのに、


 早く伝えなくちゃいけないのに、


 なのに僕は父さんに今、何を一番伝えたいのか……何を残したいのか……それが全然分からなかった。



 ……だけど、


 そんな僕の心の中を見透かしてか、父さんは……



「……ふ、なぁ、勇蘭……」



「……な、何?」



「……いや、まぁ、ちょっとこっちに来いよ……」



「……えっ? あ、う、うん……」



 僕はミハルちゃんと一旦離れて、父さんのすぐ側まで近付く。

 すると父さんはふらつきながらも、そのボロボロの身体をなんとか動かして……




 僕を強く、抱きしめてくれた。




「……と、父さ……」



「……大きくなったな、勇蘭……」



「……っ……」




「……最後まで諦めずによく頑張った。……流石、俺の自慢の息子だ……」




 その瞬間、僕は思い出した。

 父さんがこの世界からいなくなった、あの時の事を……



 畳の部屋に敷かれた(しわ)一つない綺麗な布団。


 まるで本当に眠っているかのような、とても綺麗で穏やかな父さんの顔。


 その周囲に集まり、涙するたくさんの城の者たち。


 必死に何かを堪えるような、おじいちゃんの横顔。


 とても辛そうに泣き続ける、母さんの顔。




 ……そして、自分の頬をひたすら伝う……涙の感触を。




「……う、うぅ、ぐすっ……う、っく……と、父さん……ぼ、僕は……ぐす……本当は……僕は……」




 本当は僕も、ずっと……ずっと寂しかったんだ。



 全部父さんのせいだなんて言いながら、でも本当はもっと側にいたかったんだ。




 本当はもっと……父さんに褒めてもらいたかったんだ。




「……うぅ……ひぐ……う、うぅ……っ……」



「……ふ、全く……泣き虫なところは本当……あいつにそっくりだな……」




 僕は、父さんの意識が勇騎さんの意識に変わるその時まで……ずっと、ずっと……父さんの腕の中で静かに泣き続けたのだった。

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