夢 【勇蘭視点】
足に力が入らない。
頭も回らない。
気力も湧いてこない。
もう、何もする気が起きない。
……いや、最初から分かっていた事じゃないか。
この世界は思い通りにいかない事ばっかりで、結局この旅で僕に特別な力が宿るなんて事も特になくて……最初から最後まで勇騎さんやミハルちゃんといった特別な力に助けられて、頼るしか無かったんだから。
なのに、その二人がいない今……ただの凡人で役立たずの僕一人だけで、この戦況をどうこうできるはずがないじゃないか。
……そう、世界を変える事が出来るのは勇騎さんやミハルちゃんや……父さんのような特別な力を持った人達だけなんだから。
世界を救った、父さんのような……
…………
……ん? 父さん……?
……あっ!!
そこでようやく僕は、すっかり見落としていたそれに気が付く。
……いや、ある。まだあるじゃないかっ。
たった一つだけ、この状況を覆す事ができる本当に本当の最後の切り札が……っ!
不確定要素も含まれてるから上手くいくかどうかはかなり微妙なラインだけれども……でも、それでもやるしかない。
最後の最後まで、諦める訳にはいかない。
だって僕はまだ、まだ世界にいるんだから……っ。
気持ちを切り替え、顔を上げ、決意の表情でミハルちゃんに優しく告げる。
「……大丈夫だよミハルちゃん。後は僕が何とかするから。だからかなり寝にくいかもしれないけど、ちょっとここで休んでてくれるかい?」
「……お父様?」
「大丈夫。なにも自滅覚悟で突撃しようとか、そんな馬鹿な事なんて考えてないからさ?」
僕は地面に羽織っていたコートを敷いて優しくミハルちゃんを寝かしてから立ち上がり、真っ直ぐにクィンハートを見据えながら少しだけ距離を詰める。
彼女もまた僕を真っ直ぐに見つめながら、余裕の笑みを見せてくる。
「……ふふ、それで? 見た所もう何も残されていないようだけれど、一体ここから何を始めようって言うのかしら?」
僕はクィンハートの後ろで未だ倒れている勇騎さんと、それに寄り添う召喚師ちゃん、更にそこから少し後方に転がっている本物の方の父さんの刀を確認する。
目を閉じて一度大きく深呼吸し、そして自信満々な表情を浮かべながら彼女に言ってやる。
「まだだよクィンハート。あと一つ、あと一つだけ僕には手が残っている」
だけど彼女はそのクールな表情を崩さずに極めて冷静に応じてくる。
「あら? てっきりそこの女神様が最後の切り札だと思っていたのだけれど。……それで? その最後の手段というのは一体どんなものなのかしら?」
思えば最初から、彼女は自分が絶対の優位に立っているという立ち振る舞いだった。
まぁ実際に僕よりも遥かに実力もある訳で、だから最初から『勇騎さん』と『ミハルちゃん』さえどうにか抑えてしまえば……自身の勝利は揺るがないだろうと思い込んでしまっても仕方ない事だと思う。
でも……だからこそ生まれたその油断を、隙を、今から彼女に教えてあげる事にする。
一番最後に残されたあの特別な力が、僕の声に応えてくれるかどうかの……この一か八かの大勝負でっ!
次の瞬間。
僕は一瞬で自分の刀を抜き、即座に狙いを定めて勢いよくそのまま真っ直ぐに投げ飛ばした。
『千年に一度の美少女召喚士』目掛けてーーっ
「ーーっ!?」
どうやらクィンハートにとって僕のその行動は完全に予想外だったようで、激しく動揺しながらも何とか無理矢理にでも体を反応させ召喚師ちゃんを庇おうと動き出す。
そう、彼女は絶対に召喚師ちゃんを守らなくちゃいけない。用意した器に、魔王の魂を召喚させる為に。
だけど僕は、彼女がその体を反応させる前にはもう既に次の行動を起こしていた。
刀を投げ終えたまさにその瞬間。
「お願いっ……父さんっっ!!」
大声で勇騎さん達の後方に転がっている父さんの刀に呼びかけながら、僕は全力でドキドキドッキングシステムに向けて走り出す。
するとその僕の声に反応するように一瞬にして父さんの刀は地面を弾き、即座に狙いを定めて勢いよく射出された。
魔王の器の入ったガラスケース目掛けてーーっ
……そして、クィンハートが僕の刀を弾き飛ばし終えたその時にはもう、完全に決着がついていたのだった。
「……っ、ふ、ふふ。そ、そういう事……?」
自身の置かれている状況を完全に把握した彼女は、初めて苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨みつけてくる。
ドキドキドッキングシステムに突き刺さっていた勇騎さんの最初の刀を一瞬で抜き去り、未だ気絶したままのサイエンティストXの首にその切っ先をベタ付けした状態の僕を。
次に、彼女のその視線が魔王の器が入ったガラスケースの方へと向けられる。
ガラスケースをぶち破り、魔王の心臓部にその切っ先をベタ付けした状態の……父さんの刀を。
本当に、二兎を追う者は一兎をも得ずとはよく言ったものだよ。
幾らクィンハート自身がどれだけ強く強大な力を持っていたとしても、今回のこの復活の儀式に必要な……
魂を召喚する為の召喚師ちゃん
その器である魔王のクローンボディ
クローン作り出したり、その他サポートを担う科学者
この三つを、彼女は全て守らなければいけなかった。
……だけど、今この場においてたった独りである彼女にとって、それらを全て同時に守り切るなんていう事はどう考えても不可能だったんだ。
「……クィンハート。君の負けだよ……」
もはや誰の目から見ても勝敗は決していて、僕は彼女を諦めさせようと試みる。
だけど……
「……っ、まだよ……そう、まだ私は負けていないわっ! ねぇ勇蘭? どうせ貴方、まだ人を殺した事なんてないのでしょうっ? そうやって構えて脅して見せているだけで……どうせ本当は殺す覚悟なんて微塵も持ち合わせていないのでしょうっ? だ、だったらまだ……っ!」
諦めず必死に食い下がるクィンハート。でもそんな彼女に僕は更に追い討ちをかけていく。
「……確かに、出来る事なら僕も人殺しなんてしたくないよ? でもこの状況下で……世界の命運が掛かっているようなこの状況下でさ? 今日初めて会った何の思い入れもないこの敵の科学者さんを、仮にも軍人である僕が殺せないって君は本当に思ってるのかい? この人一人の命と世界の何億人もの命、どっちを優先するかなんて明白なのにさ。なのにそれでも君はまだ僕がハッタリをかましているなんて、本当にそう言い切れるのかい?」
「……っ、くっ……」
心底悔しそうに打ち震えるクィンハート。……それでもなぜか彼女は頑なに諦めようとはしなかった。
「……っ、何でよ……?」
「……クィンハート……?」
「何でそうまでして私の邪魔をするのよ勇蘭……っ? 貴方だって本当は分かってるんでしょうっ!? もはや私達に他の手段なんて残されていないという事を……っ! 十七年前、お父様が引き起こした神々の黄昏によって大勢の人達が死んで、地上にいた悪魔達は皆一様に害悪だと認識され、七大天使率いる天使軍によって全て魔界に追いやられてしまったのよっ! 地上の人間達や他の種族達も皆それに協力して、抵抗する悪魔達は全て皆殺しにして……っ! こんな、こんなもはや修復不可能な所まで来てしまっているのに、そんな状態で私達に他にどうしろって言うのよっ? まさか平和的に対話で解決しようなんてそんなくだらない綺麗事言ったりしないわよねっ? そんなの最初から不可能に決まっているのだからっ。だから私達はもう強硬手段を取るしかないっ。圧倒的な力を持ってして、それで天使達を支配して言うことを聞かせるしかないのよっ!」
今まで全くクールな表情を崩さなかった彼女が初めて見せた激昂する姿に気圧されるも、だけど僕も負けじと反論し始める。
「……そ、そんなのやってみないと分からないじゃないかっ! そんなやる前から無理だとか出来ないとか、そんなの実際にやってみないと何も分からないじゃないかっ。もしかしたらまだうまい具合に対話の場をセッティング出来る可能性だってあるかもしれないしっ……」
「ふん、それが綺麗事だって言ってるのよっ。なら言わせて貰うけれど、その話し合いの場は一体誰がどうやって提供してくれるのかしら? 彼等きっと、私の姿を見た瞬間にでも殺しにかかって来るわよっ? なんていったってあの最悪の大災害を引き起こした魔王の一人娘なのだからっ。ならそんな駄目な結果が既に見えているというのに、一体私にどうしろって言うのよっ?」
「だからまずそこから間違ってるんだよ君はっ。その考え方こそが、君が僕に言ったように先入観や思い込み、君の価値観だけで勝手に相手を決めつけて、その結果を決めつけているだけに過ぎないじゃないかっ!」
「……なっ!?」
「だってそうだろう? 君の言うように優しい悪魔がいるんなら、天使の中にだって悪魔を憎んでいない人達もいるかも知れないし、話せば分かってくれる人達もいるかも知れないじゃないかっ。もしかしたら協力してくれる人達だっているかも知れないっ。なのに、今の君はそれを探しもしないで最初からそんな天使はいないって決めつけているだけじゃないかっ!」
「……っ」
「それに日本とヴァルキュリア帝国は友好関係にあるし、僕の母さんは僕なんかと違って本当に凄い優秀な人なんだ。だから母さんが頼めばもしかしたらちゃんと話し合いの場を設けることだって出来るかも知れない。力で脅さなくても対話の道に辿り着けるかも知れない。だからそうやって君が決めつけて見向きもしなかっただけで、きっと他にも色んなやり方が、力で抑圧する以外のやり方が……探せばちゃんとあるはずなんだよっ」
クィンハートは少したじろぎながらも、でも尚も反論を緩めない。
「……っ、で、でも、例えばそれで貴方の言うように上手く話し合いの場が設けられたとしても、そんなのはまだ最初の第一関門でしかないじゃないっ! そうやってなんとか議論の場につけたとして、だけど私の出す条件を向こうが全部呑んでくれる保証なんてどこにもないでしょうっ? それでもし最後まで平行線のままだったとしたら、だったら結局最後は力を持ってでしか叶えられないって事になるじゃないっ!」
「……そ、それはどっちもが相手の意見を跳ね除けて全部自分達の意見を通そうとするから平行線になるんだよっ! そんなのは議論でも何でもない、ただのワガママの押しつけ合いだよっ。お互いの意見を尊重してその中で妥協点や落とし所を模索していく、その為に議論するんじゃないかっ。それなのに相手の意見は全部無視して自分の意見だけ全部通そうだなんて言う事自体が、そもそも間違ってるんだよっ!」
「何が間違っているって言うのよっ? 私の出す条件を全部満たして貰うのなんてそんなの当たり前でしょうっ? そうでないと全然意味なんてないんだからっ!」
「な、何でそんなにワガママなのさっ!? そもそも君の願いは種族による差別や迫害の解消なんじゃないのっ? だったら尚の事お互いの意見を尊重し合う事こそが、その道のりの第一歩じゃないかっ。君も曲がりなりにも一応お姫様なんだから、もうちょっと大人になったらどうなのさっ!?」
「ーーっ!?」
両者一歩も譲らないままヒートアップし続けた僕達だったけど、だけどその時……どうやら僕は彼女の地雷を踏んでしまったようで……
「…………だからよ」
「……え?」
「……っ、お姫様だからよっっ!! 私はお姫様だからっ、本当のお姫様なんだからっ! ……だから、だからここまで頑張って来たのよっ! だから頑張って本物のお姫様になろうって、ずっとずっと頑張って来たのよっ! なのに、それなのに貴方に何が分かるって言うのっ!? 私の事なんて何も知らないくせにっ! 私の境遇も、過酷さも、苦労も、努力も、寂しさも、虚しさも、悲しさも、孤独もっ! 何もかもっ! なのに、なのにそんな偉そうに知ったふうな事言わないでよっっ!!」
「……なっ!?」
クィンハートは肩を震わせながら、潤いを纏った鋭い瞳で僕を睨みつけるように……その感情を爆発させる。
「そうよ、私は本物のお姫様なのよっ? なのに……なのに何で、何で私がこんな日の光が全く届かないような、暗くて汚くて、まるで煌びやかな街の隙間にある路地裏みたいなこんな魔界で……っ、ドブネズミがゴミ袋を漁り、社会から弾き出されたならず者達が溜まり場として利用しているような、法も秩序もなく常に危険と隣り合わせのようなこんな魔界で……何で生きていかなくちゃいけないのよっ? ねぇ、どうしてよ? どうして私が眩しく輝く太陽の光を、とても広大な綺麗な青い空を、煌びやかな地上を夢見てはいけないのよ? 悪魔だから? 大罪人である魔王の娘だから? だから地上には出てくるなって言うの? 私は、私は何もしていないって言うのに……なのに、それなのに私には陽の光すら浴びる権利もないって言うの? ねぇ、どうなのよ勇蘭っ? ……ねぇ、答えてよっ!?」
「……え、あ、いや、そ、それは……」
…………
僕は……何も言い返せない。
言い返せる筈がない。
だって……僕の目の前にいるこのとても悲しげな少女が、今にも泣き出しそうな少女が、地上を夢見ちゃいけない理由なんて本来何処にもある筈ないんだから。
例え彼女が魔王の娘だからって……だからって彼女が夢や理想を抱いちゃいけないなんて、そんな事を言う権利なんて誰にもないんだから。
……なのに、それなのに世界が、僕達が、そんな彼女を魔界に追いやってしまった。閉じ込めてしまったんだ。
何の罪みもない、一人の女の子を……。
僕は完全に黙ってしまう。当然、この光景をずっと見守っていた召喚師ちゃんやお姉さん達も口を挟む事なく、だだっ広い部屋全体が重い静寂に包まれる。
けど、その静寂によって少し落ち着きを取り戻したのか……クィンハートはゆっくりとその口を開いた。
「……ふぅ。ねぇ勇蘭、私はね? 物心ついた頃にはもう独りぼっちだったわ。神々の黄昏でお父様は殺され、お母様も行方不明。……物心つくまではお父様の古くからの友人でフェゴって言う天然パーマのおじさんがいるのだけれど、その人がやる気ないながらも私を育ててくれたらしいのよ。……ふふ、でもねその人、本当に怠け者で適当な人だったから、本当に私が物心つき始めた頃にはそそくさと姿を消してしまったのよ? 酷いと思わない? なのに私が成長して暫くしてから、また呑気にひょっこりと現れて……お父様の友人でなかったらボコボコにしていた所よ? 本当に……」
少し寂しそうに微笑みながらも彼女は話を続けてくれる。
「……まぁでも、そんな人でもちゃんと必要最低限の事は教えてくれたから。だから私は何とか独りでもやっていく事が出来たわ……」
「……必要最低限な事?」
「えぇ。魔界での生き方、力の使い方や生活の知恵、人の上手な騙し方やバレにくい盗みの方法。私の父が何をしてしまったのか、地上は今どういう状況なのか……そして、例えどの世界であっても、どこまでいっても人は、決して平等ではないという事を……」
「……どこまでいっても、平等ではない……」
「そうよ勇蘭。貴方も分かっているのでしょう? 人も天使も悪魔も、その他の種族にしても、幸福な人がいれば必ずその影で不幸な人がいる。強者がいれば弱者がいる。最後まで自分の人生を全うし笑っている人がいれば……道半ばで躓いて、踏み外して、悔し涙を流しながら死んでいった人もいるという事よ……」
「…………」
彼女の語るこの世界の仕組みは、思い返せば痛いほどによく理解できるもので……真っ先に僕の脳裏に浮かんだのは勇騎さんの姿だった。
「……そんな不平等で、理不尽極まりないほどに幸福と不幸の振り幅が大きすぎるこんな世界で、そこからは本当に独りで生きて来たわ。……ふふ、本当に苦労したのよ? いくらお父様譲りの膨大な魔力があったとしても所詮は子供。体力も低く戦える時間にも限りがあるし、そんな状態で魔王の娘なんていう素性がバレれば、必ずそれを利用しようとする輩に狙われてしまうでしょうし。それに、多くの悪魔達が神々の黄昏のせいで天使軍に追われ、家族や友人を失い、しかもその実行犯は既に他界済。ならそんな行き場のない怒りや憎しみを、その娘である私に向けて復讐を目論むような者達がいても全然おかしくないでしょう? 実際、私はそんな人達を沢山目の当たりにして来たわ。だから私は必死に目立たないように、隠れるように、極力誰とも関わらないようにしながらずっと独りで生きて来た……」
「…………」
「毎日毎日、ただ生きる為だけに生きていたわ。理由も意味も、夢も希望も、何にも考えずにただひたすら生きていた。全てを疑い、盗みを働き、人を騙し、時には力を振るい、その日一日を生きていけるだけの食事と寝床を確保するだけの毎日。そんな生活になんの疑念も感傷も抱かずに、ただルーティンのように同じ事を繰り返すだけ。本当に道端に落ちてるゴミのような、全く誰にも気にされない、いてもいなくてもなんら問題のないような……そんな人生だったわ。……でも」
そこでふと、彼女の表情が一変する。
これまでの感情とは全く別の……まるで大切なものが入った宝箱を開ける時のような、とても嬉しそうな表情へと。
「そんな私でも、ようやく見つける事が出来たの」
「……見つける事が、出来た?」
「これよ」
そう言って彼女が魔術を用いて空間から取り出したのは、ボロボロに擦り切れた一冊の雑誌。
差し出されたそれを受け取り確認すると、表紙には純白のウエディングドレスを着たとても綺麗な花嫁さんが、とても幸せそうに満面の笑みで写っている。
ゆっくりと中のページをめくってみると色んな特集などが載っていて、ドレスや式場の情報なども満載のいわゆる普通の結婚情報誌というやつだった。
「ねぇ、勇蘭? その雑誌に映っている花嫁さん達を見て……貴方はどう思う?」
「え、どう思うって……」
彼女の意図が全く読み取れず、困惑しながらも僕は普通に見たままの感想を述べる事にする。
「……まぁ、皆んなとっても綺麗で……とっても幸せそうに映ってる、かな……?」
「……そうね。私も……私も初めてその雑誌を見た時は本当にそう思ったわ」
僕の手元の雑誌をとても愛おしそうに、まるで恋する乙女のように見つめるそんな彼女の可愛らしい表情に、僕はつい見惚れてしまう。
だけどそんな僕の視線には勿論気付かないまま、彼女は話を続ける。
「その雑誌ね? 地上から落とされたゴミの中に混ざっていたのを偶然拾ったのよ。そして一目見た瞬間、まるで身体中に電気が走ったような感覚に襲われたわ。……きっと恋に落ちる感覚って、ああいう感じなんでしょうね。気がつけば私は夢中でその純白の花嫁さん達に見惚れてしまっていたの……」
……確かにどのドレスもとても綺麗で、そしてそれを身に纏う花嫁さん達は皆一様にとても可愛らしい笑顔で美しく映し出されている。
だから彼女がつい見惚れてしまう理由も分からなくもなかった。
「その雑誌に出会ってからは本当に……まるで世界が百八十度変わったようだったわ。それまでは本当にただ生きてるだけの屍だったような私が、毎日毎日擦り切れるまで何度も何度もそれを読み返して。そして読み返すたびにふと考えるようになるの。……もしも、もしもお父様やお母様が生きていたなら、二人から沢山愛してもらえていたのなら……私もこんな風に笑えたのかな? もしも世界がこんな風になっていなければ、いつかこんな素敵なドレスを着られたのかな? ……なんてね? でもそれ以降、毎日毎日頭の中で思い描くようになるの。純白のドレスに身を包んだ自分の姿を。そしてそんな妄想はどんどん広がっていって……やっぱり式当日はこんな魔界の汚い空じゃなくて、晴れ渡る青空の下でとか。……場所は当然真っ白でとっても綺麗な教会で、それで周囲には白いハトが大量に羽ばたいていて、綺麗な羽根を舞い散らせながら私達を純白に彩ってくれるの。それからね? それからなんといっても私はお姫様なんだから……だから式場には大勢の国民達や仲良しの友人達、そしてお父様とお母様が集まってくれて……みんなとっても嬉しそうに私を祝福してくれるの。そんな沢山の愛に包まれた中で私は……運命の赤い糸で結ばれた最愛の人と共に永遠の愛を誓い合う……どう、勇蘭? とっても素敵な結婚式だと思わないかしら?」
とても楽しそうに、とても幸せそうに、自分の思い描く将来の夢を話してくれるそんな彼女を見つめながら、ふと僕は気付く。
……あぁ、僕はなんて大きな勘違いをしていたんだろう、と。
どれだけ彼女が魔王の娘としてクールに毅然とした態度を取り繕っていたとしても、でもその内面にはこんなにも可愛らしく素敵な夢を抱いていて……。
つまり今回の事件における彼女の本当の目的とは、魔王という圧倒的な力を持ってして地上を支配する事でも、天使達への復讐なんかでもなくて……ただ純粋に、一人の女の子として小さい頃から思い描いていた素敵な夢を……叶える事だったんだ。
物心ついた頃から今までずっと与えられなかったものを、周囲からの、そして両親からの寵愛を……彼女はただ純粋に欲していただけで……。
目の前のこの少女は凶悪な魔王の娘である前に、そんな素敵な夢に憧れただけの……ただの普通の女の子だったんだ。
だからこそそんな彼女の純粋な夢を、キラキラと輝く瞳で語るそんな彼女を、否定するなんて事、当然僕には出来なかった。
「…….そうだね。僕もぜひ出席させて欲しいって思うくらい、それはとっても素敵な結婚式だね」
「ふふ、そうでしょう? あ、安心していいわよ勇蘭。貴方がどうしても来たいって言うのなら、ちゃんと貴方にも招待状を送ってあげるわ。だってお姫様である私の結婚式なんだもの。うちの国民達だけじゃなくて、他の国の色んな人達からも祝福されるような、世界中が愛に包まれるような、そんなとっても素敵で幸せな結婚式になるんだから。……だから……」
とても嬉しそうに、饒舌に語る彼女は……だけどそんな素敵な夢を叶える為に、僕に懇願する。
「だから、お願い勇蘭。この願いだけでいいの。本当にこの願い以外、私はもう他には何にもいらないわ。だから、お願いだから……私にこの夢を、叶えさせて?」
「……クィンハート……」
「……だって、だって私はその瞬間だけを夢見て今日まで生きて来たのだから。この夢が芽生えたあの日から、私は必至にゴミを漁っては地上の教科書を探し出して、お姫様に相応しいようにちゃんと勉強もして、立ち振る舞いや言葉遣いも気をつけたりして。例えどれだけ汚い服しか着れなくても、どれだけ残飯しか食べられない日が続いたとしても、どれだけ寒い寝床だったとしても、家族や友人達に囲まれて楽しそうにはしゃぐ他の悪魔達の光景を見て、どれだけ自分を惨めに感じても、どれだけ寂しくても……だけど全部、全部この夢を叶える為なら耐える事が出来た。その夢だけを思い描きながら、今日まで必死に泥水をすすりながら頑張って生きて来た。……そしてようやく、ようやくここまで来たのよ。力をつけて、服だけでも整えて、似たような境遇の仲間を集めて、策を練り、チャンスを伺い、そしてようやくここまで来られたのよっ。だから、だからお願い勇蘭……っ、私からそんな頑張って来た意味を、生きてきた理由を……私の夢を……奪わないで?」
「…………」
……彼女のその願いを叶えるには、やっぱり神聖ヴァルキュリア帝国を乗っ取るしかないと、きっとそう言う事なんだろう。
彼女の必要な条件、それは……
澄み渡る青空。大きくて立派な教会。
お姫様としての地位を確保する為の自身の国。
お祝いしてくれる多くの国民達、仲間達。
そして自分を愛してくれる最愛の両親。
それらを手に入れる一番手っ取り早い方法が、ヴァルキュリア帝国を乗っ取る事なんだ。
邪魔な天使達を全て消し去り、自分を支持してくれる悪魔達だけを国に住まわせ、悪魔族の為の新しい国を造る。
そして最後に、彼女を愛し祝福してくれる仲間や魔王、国民達と共に煌びやかな結婚式を挙げてハッピーエンド……これが多分、彼女が考えたシナリオ。
確かにこんな条件、天使達が全部聞き入れてくれる筈がない。
だから、彼女には必要だったんだ。
それを可能にする、圧倒的な力を持つ魔王の存在が。
自分を愛し自分の幸せを祝福してくれる、父親としての魔王の存在が。
誰からも愛情を与えられずに、独りで孤独に生きて来た女の子が唯一願った……とても綺麗で、とても愛に溢れた、そんな素敵な夢の瞬間の為に。
だけど、きっと彼女は気付いていない。
そんなやり方じゃ、彼女の望むものは絶対に手に入らないっていう事を……。
だから、僕はーー
「……あのさ、クィンハート……僕は……」
君のやり方には、賛成出来ないーーそう告げようとしたまさにその時。
「もうその辺でいいだろ勇蘭? その女にはもう何言っても無駄だ」
突如聞こえて来たその声の方向へと、僕達は一斉に驚きの視線を向ける。
するとそこには……
父さんの白い刀を手にして
勇騎さんと同じ声で
勇騎さんと同じ顔で
でもその長い髪は、勇騎さんと同じ黒髪ではなく
とても透き通るような綺麗な青い色で
そして、勇騎さんよりも自信に満ちた表情の……
「…………と、父さん……?」
「……よぉ、久しぶりだな、勇蘭」
伝説の最強勇者が、立っていたのだった。




