魔王城の門番 【勇蘭視点】
ふと気がつくと、僕達はとても見覚えのある場所へと舞い戻って来ていた。
目の前に広がるのは広大にそびえ立つ、緑生い茂る世界樹ユグドラシル。その木々の隙間から差し込む光に照らされながら、無事に僕達の世界へ帰って来た事を実感する。
僕はその安堵感を噛み締めながらも、もう大丈夫だとは分かっているのだけれど、だけど一抹の不安すらも残したくなくて……隣で僕と同じく上を見上げている勇騎さんに直接問いかけてみる。
「……勇騎さん。大丈夫、ですか?」
そんなここまで来て流石に心配性過ぎるだろう問いかけに、けど勇騎さんは僕を安心させるように……とても優しげな笑顔で答えてくれた。
「……あぁ、もう大丈夫さ。だって、絶対に破れない約束……しちゃったからな」
その向けられた笑顔がとても眩しくて、とても幸せそうで……だからようやく僕も、心の底からの笑顔で返す事が出来た。
「……クスッ。そう、ですね」
きっと、勇騎さんはもう大丈夫。
最後の最後まで歩いていける。
この一度っきりの、人生という道のりを……。
だけど、そんな良い空気感を突如ぶち壊すかのように拍手音が聞こえてくる。
僕達がすぐさまそちらへと目を向けると、今回の敵であるはずのあのホスト風の男がまるで何事も無かったかのように馴れ馴れしく僕達に話しかけて来た。
「お帰りー。いやぁまさか俺の穴から自力で出てくるなんてさ? ……やっぱレヴィの言う通り先生達は一味違うなぁ。いやぁ俺、ホント感心しちゃったよ」
敵であり僕達を閉じ込めていた張本人に褒められても全くもって嬉しくもなく……よく分かっていないミハルちゃんだけはその言葉を素直に受け取り照れているけども、僕はジト目でホスト男を睨みつけてやる。
「……よくもまぁそんな馴れ馴れしい態度が取れるもんですね? まぁ別にいいですけど。とりあえず分かってるとは思いますけど、僕達にその貴方の『穴』はもう通じませんよ? それを踏まえた上でまだ僕達とやりますか?」
僕は早くも相手に降伏を促す。するとホスト男は軽く微笑みながらも両手を上に挙げてすんなりと降参の意思を示してきた。
「まさか。俺にはこの『穴』しか能力は無いし、それに俺は元々サポート専門のキャラであって、あの落武者おじさんみたいに攻撃担当じゃないからさ? 脱出されてしまったなら、もうお手上げさ」
落武者おじさん、その単語により筋肉さんの事を思い出したのか勇騎さんがホスト男に問いかける。
「……あ、あぁそうだった。そう言えばすっかり忘れてたけど筋肉んも確かお前の穴に消されてたんだった。なぁマモ、筋肉んはまだお前の穴の中にいるのか?」
「いや、あのおじさんは普通に魔界まで一直線に落っことしたよ? 多分今頃、魔界に広がる広大な赤い海を必死に泳いで帰ってるんじゃないかな?」
「……なぁ、お前達仲間なんだよな?」
「あぁ勿論。まぁこれが俺とサタンのコミュニケーションの取り方ってやつなのさ」
「いや、でも筋肉ん無茶苦茶激昂してたような気がしたけど……」
勇騎さんが呆れる中、突如思い立ったようにミハルちゃんが可愛いらしくその声を上げる。
「……あれ? でも筋肉様がいないと、魔王城までの道が分からないんじゃ……?」
「「……あっ!?」」
僕と勇騎さんは互いに目を見合わせ、すっかり忘れていたその人物の重要性に絶望する。
「……そ、そう言えば勇騎さんも僕も、そもそも魔王城までの道案内役として筋肉さんを連れて来てたんでしたね。……ど、どうします、勇騎さん?」
「……う、うーん。今から筋肉んを探してたらその間になんかタイムリミットが来てしまいそうだしなぁ。かと言って最短ルートを使わず闇雲に魔界を探索するなんてかなり無理ゲーだし……」
「「……うーん」」
お互いに何も良い代案が浮かばず、膠着状態が続く。
だけど、意外にも僕達の敵であるはずの目の前のホスト男から、救いの手は差し伸べられたのだった。
「……それなら、俺の『穴』で魔王城の入り口まで送ってあげようか?」
「「……っ!?」」
僕も勇騎さんもその以外な人物からの以外過ぎる提案に同時に驚き耳を疑った。
それもそのはず、このホスト男は僕達の敵であり、さっきまで時間稼ぎの為に僕達を穴の中に閉じ込めていたのだから。なのに何でここに来てそんな僕達を手助けする様な事を提案してくるのか全くもって意味不明だ。
どうやら勇騎さんも同意見だったらしく、疑いの眼差しを向けながらも当の本人に直接確認する。
「……マモ、一体何が狙いなんだ?」
「ん? あぁ、いやいや先生。別にもう何にも企んでないって。現にまた閉じ込めてもすぐにそこの可愛い女神ちゃんの力で出てこられるんだからさ? だからもうホントにお手上げだって……」
それでも勇騎さんは警戒を解かない。
「いや、だからこそ今度は筋肉んのように海とか、もしくはわざと魔王城から遠い場所へと俺達を落として更に時間稼ぎを続けるなんて事も出来るんじゃないのか?」
……あっ!? 確かに。筋肉さんの時の要領でいけばそういう事も全然出来ちゃうのか。
僕が勇騎さんの提示した可能性に素直に感心していると、どうやらホスト男も僕と同じ事を思ったのか呑気に感心し始めた。
「……あぁ、さすが先生っ。いや、やっぱり先生だけあって俺達みたいなバカ魔族と違って頭の回転速いんだな〜。言われてみればそっちの方が全然手っ取り早かったじゃん。ははは、これは俺とした事が失敗しちゃったなぁ、テヘペロ〜」
呑気におどけて見せるホスト男に対して、でも勇騎さんは未だ警戒を続けている。すると観念したのか、ホスト男は軽く微笑みながら、でも少し真面目そうに口を開く。
「……まあ、先生達が疑う気持ちも分かるけどさ? でも本当は先生も分かってるんだろう? もう俺の穴を使うしか他に方法が無いって事にさ?」
「……そうだな。確かに一刻も早く魔王城に行く為には、もうお前の穴に頼るしか方法はないだろうな」
勇騎さんの同意にとても満足そうに微笑みながら、ホスト男はようやく僕達の疑問に答えてくれる。
「まぁ、あれだよ。俺の穴から……『強欲の世界』から抜け出した事への俺からのご褒美、ってやつかな?」
……強欲の世界から抜け出した事への、ご褒美?
僕も、そしてきっと勇騎さんも……あの世界での出来事に想いを馳せる。
あの、ずっと欲しかったものが簡単に手に入る……欲しかったものが何でも手に入る……まさに自分の中の欲望を全て叶えてくれる世界の事を。
「まぁ、先生達ももう充分体験して来ただろうから分かってると思うけど、俺のあの世界に入って自力で出てこれる奴なんてそうはいない。人間は欲深い生き物だからね? どうしても欲しかったものが何でも手に入るのに、それがもう二度と手に入らないものでも、願うだけで簡単に手に入れられる世界なのに、それを手放してわざわざ辛く苦しい現実に戻って来る奴なんてのはよっぽどのバカか……もしくは、ちゃんと自分の生きる意味ってやつを、持ってる奴だけだろうからさ?」
「「…………」」
……ちゃんと生きる意味を持っているか、か。
確かにそうなのかもしれない。
楽して手に入れた幸せに満足する人は勿論沢山いるだろうし、多分そっちの考え方の方が一般的なのかも知れない。
だからこそホスト男の言う通り、あの世界から抜け出す事は普通に考えれば至難の業なんだ。
……僕の場合は、確かにその結果だけを見れば僕は世界を救った英雄としてもてはやされる……まさにずっと僕が渇望してきた理想の世界そのものだった。
……けど、だけどあの世界は……今までずっと頑張ってきた僕を完全に否定する世界だったから。
だから僕はなんの迷いもなく、ミハルちゃんと飛び出す事が出来た。
だってそうじゃないか。
そんな簡単に手に入る世界を認めてしまったら……今までずっと独りで頑張って来た事が、今日まで頑張って来た僕の人生の全てが、全部無駄だったという事を自分で認める事になってしまうのだから。
望むだけで簡単に与えられる世界を、それによってきっともう二度と努力する事を、頑張る事をやめてしまっていたであろうそんな世界を……他の誰でもない、僕だからこそ絶対に認める訳にはいかなかった。
それに、将来の夢や人生の目標なんてものは、他の誰かに叶えてもらうものなんかじゃなくて、自分自身で叶えて見せるからこそ価値があるものなんだって……僕は思うから。
自分の生きてきた証を、世界に刻みこむ為に。
だから僕はーー
「勇騎さん、行きましょう。この人の穴で……」
僕はもう迷う事なくそう提案する。すると勇騎さんもどうやら既に答えは出ていたようで、やれやれといった感じにおどけて見せてくれる。
「まぁ、それしかないか。それにここまで来たらもう最後まで突っ走るのみ……って感じだしな?」
「ふふ、そうですね。ミハルちゃんもそれでいいかな?」
「勿論ですっ。私はどこまでもお父様と一緒ですからっ」
ようやく答えが固まった僕達に向けて、満足げにホスト男は立ち上がり大げさに出迎えポーズを決める。
「っさて、それじゃあ魔王城の入り口まで三名様ご案な〜い。ま、せいぜい足掻いて来なよ。たった一度の限られた人生を、後悔の無いようにさ?」
そんなホストからの声援を受けながら、僕達三人は足元から現れた黒い穴よって包まれていく。
徐々に視界が漆黒に染まっていくその最中、ふと上を見上げたその瞬間、
ユグドラシルの大きな枝の上に、何故かここにいない筈の愛鏡さんの姿が……僕の瞳に映ったような気がした。
*
「……お父様? ここが魔王城、ですか?」
「……多分、そうだと思うんだけど……」
ミハルちゃんが開口一番に疑う気持ちは僕にも充分に理解できた。
なぜなら自分の中でイメージしていた魔王城というのが、赤黒い空を背景に高大な崖の上にそびえ立つ禍々しくも立派で壮観な建物だったのだけど……。
今、僕達の目の前にある魔王城はというと……その背景などの条件は満たされているのに、なぜか当の城の方だけ至る所が酷く破壊され崩れ落ちていて、まるでトンカツ定食を頼んだのに衣がボロボロに剥がれ落ちているカツような……そんな状態だったからだ。
「うーん、勇騎さんどう思います?」
本当にここで正解なのか不安がこみ上げて来た僕はすぐさま勇騎さんに意見を求める。けどその肝心の勇騎さんはなぜか、遠くの空を見渡しながらなにやら独り言を呟いていた。
「……あいつ、ちゃんと着いて来れてるかな……?」
その謎の呟きに僕は、ここに来る前に一瞬見えたあの愛鏡さんの姿を思い出す。
あんな場所にいるはずのない、その姿を。
「あっ、あの、勇騎さん。そう言えばさっき……」
だけど、そんな僕の報連相は途中で遮られてしまう事になった。
(バサァッ)
羽音を響かせながら、まるでここがちゃんと魔王城である事を証明するかのように、空から舞い降りて来た一人の少女によって。
周囲に広がるのは、彼女の背中から生えた漆黒の翼によって舞い散る黒い羽根。
とても綺麗で長い銀髪をツインテールにして、頭には大きな黒のベレー帽。そして高級そうなフリル付きブラウスと漆黒のスカートに身を包み、黒の日傘を差した……10歳くらいの小さな美少女だった。
その可愛らしい銀髪ロリ美少女は、無表情のまま静かに淡々と自己紹介を始めてくれる。
「……私はルシファー。……レヴィがそこの金髪の女を足止めしろって言うので……足止めしに来ました」
「……え? 私、ですか?」
何故かいきなり銀髪ロリ美少女のルシファーちゃんからご指名されたミハルちゃん。
「……抵抗は無意味です。どうせ、私が勝ちますから……」
「え、えーっと……お父様……」
ミハルちゃんは困惑しながら不安げに僕の方へと視線を向けてくる。
……うーん、今までの状況から察するにきっと僕達の情報は既にある程度敵に知られていると見ていいんだよね。であればこの中で一番強いミハルちゃんさえここで足止めしてしまえば、攻め込んで来るのはただの人間が二人だけという……敵さんにとっては約束された勝利の構図が完成、という事なんだろうと思う。
でも、それは逆にこちらにとってもチャンスなのかも知れない。
相手は僕と勇騎さんだけなら脅威ではないと踏んでいて油断しているって事で、つまりそこにはきっと隙が生まれるはず。
それにミハルちゃんの強さは折り紙付きだ。ならきっとすぐにでもこの銀髪ロリ美少女を倒して僕達の元に来てくれるはずに違いない。
だとしたら、なんとかその隙をついて召喚師ちゃんを助け出して、ミハルちゃんが来てくれるまでの時間さえ稼げれば……僕達の勝ちだ。
今回の勝利条件を頭の中で整理して、勇騎さんの方へと目配せする。
僕からのアイコンタクトに勇騎さんは優しく頷いてくれて、自信をつけた僕は不安げに指示を待ってるミハルちゃんにお願いする。
「ミハルちゃん。ちょっとあの銀髪ロリ美少女ちゃん、ぶっ飛ばして来てくれるかい?」
そんな僕からのお願いに、頼られたのがよほど嬉しかったのかミハルちゃんは満面の笑顔で元気よく了承してくれる。
「はい、お父様っ!」
その台詞を皮切りに瞬時にミハルちゃんは変身し、周囲に純白の羽根を撒き散らせながら勢いよく上空へと飛翔する。
するとそれを見たルシファーちゃんもまた、その漆黒の羽根を撒き散らしながらそれに追随し始める。そしてそのまま自分の周囲に魔力で生み出した無数の赤い槍を瞬時に展開し、飛行しながら高速で撃ち放った。
ミハルちゃんは容赦なく襲いかかるそれらを回転を加えながら華麗に避けて行き、防ぎきれないものは周囲に展開させていた盾で防いでいく。
ルシファーちゃんの攻撃を避けながらもすかさず防御に使っていない盾を数枚ルシファーちゃんの周囲に展開し、あの超強力なレーザービームで一斉に迎え撃つ。
だけどルシファーちゃんも負けじと回転飛行でその隙間を縫うようにレーザービームを避けながら、更に多数の槍を展開し高速飛行のミハルちゃんに追撃し続ける。
魔界の赤黒い空に白い羽根と黒い羽根のコントラストを奏でながら激しい砲撃戦を繰り広げる異次元の二人を見上げながら、ただただ茫然とする勇騎さんに僕は先を促す。
「さ、勇騎さん。今のうちに僕達も突入しましょう」




