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旅立ち 【勇騎視点】

「……ら、蘭子っ!? な、なんで、なんでここにっ?」



 俺は酷く動揺しながらも蘭子に問いかける。


 それもそのはず。

 何故ならさっきまで、まさに目の前のこの彼女が本物か偽物かなんていう、本人には一番聞かれたくなかった話をしていたのだから。

 だけど当の本人は全く気にする素振りも見せず俺達に近づきながら、さも当然の事のように話し始める。


「え? 勇君達がこっそり出て行った時からずっと後を付けて来てたんだよ? もう、急に出て行くんだから慌てて戸締りしたりして、急いで追いかけて来たんだから」


「……そ、それじゃあもしかして、最初から俺達の話を聞いていた……とか?」


「ううん。あんまり近づきすぎるとバレちゃうからすぐそこの茂みに隠れてたんだけど、普通の話し声はあんまり聞こえなかったかな?」


「……あ、そ、そうなんだ……」


 俺はホッと胸を撫で下ろし……


「だから、二人が大きな声で言い争いし始めた所からしか聞いてないよ?」


「…………」


 俺は膝から崩れ落ちる。

 一番聞かれたくなかった部分を聞かれてるという事は、もはや彼女も既に気付いてしまっているだろう。


 この世界や自分達が、()()だという事に。


 ど、どうする? ここから……この状況から彼女をどう説得すれば納得させられる?


 俺は必死に脳内を働かせ思考を巡らせる。

 もう少しでようやく手に入るかもしれないこの日常を、幸せを、全てを……なんとしてでも守りぬく為に。


「あ、あのさ蘭子、違うんだよさっきのは……そ、そうっ! 今年のうちの文化祭でさ、演劇部が劇をやるって言うんだよっ。それで何故か俺も出る事になったみたいでさ? それで試しにこの子達と一緒に少し演技をしてみてたんだけどさっ。い、いやぁ、でもやっぱり演技って難しいんだなぁ、あははは……あ、あー、でもとりあえずそろそろ帰ろうかと思ってたから……」


「……勇君」


「うっ……」


 俺の苦しすぎる言い訳を、蘭子は子供を叱るような柔らかい口調で、でも力強く遮ってくる。

 蘭子が初めて見せるそんな強気な態度に、俺はたじろぎながら押し黙ってしまう。そして俺が押し黙った事を確認すると、蘭子はいつも通りの優しい表情に戻りながらも何故か突拍子もない話を始めた。


「……ふふ、ねぇ勇君、覚えてる? 勇君と出会ってから、初めて二人で過ごした私の誕生日の日の事。あの日もこんな風に……色んな色でライトアップされた満開の夜桜が広がってて、すっごく幻想的でとっても綺麗だったよね?」


「……え? いきなり何を……って、えっ!?」


 そう言われてふと顔を上げると……何故かそこにはあの時のように色鮮やかな光によって照らされた満開の夜桜が広がっており、そして何故か俺も蘭子もあの日の服装へと変わっていた。

 同じく勇蘭やミハルちゃん達もその変化に驚きながらも、ただ初めて見るとても綺麗な光景に見惚れているようだった。


「……あ、ねぇ勇君? 私、もう一度あの時みたいに……勇君からプロポーズ、して欲しいな……?」


「え、あの時みたいにって…………うえぇっ!? な、何で急にそんな事……っ」


「……ダメ?」


「い、いや、でもそれはさすがに……ふ、二人もいるしさ?」


 頬を赤く染めながら上目遣いで可愛くお願いしてくる蘭子に、俺は慌てふためきながらも勇蘭やミハルちゃんの方へと視線を向ける。

 すると二人共何故かとても温かな眼差しで微笑みながら頷いてくれる。


「〜〜っ、はぁ……わかったよ」


 俺は三人からの期待の眼差しに耐えきれず、恥ずかしさを誤魔化すように軽く頭を掻きながらも観念する。


 そして……絶対に忘れられない、絶対に忘れる事なんて出来ないあの日の……あの時の事を思い出しながら、今の俺の想いを全て言葉にのせて紡ぎ始めた。



「……蘭子、俺は……俺は本当に君が大好きなんだ」


「君の楽しそうに笑った顔も、少し怒って拗ねてる顔も、俺が恥ずかしい台詞を言うとすぐ真っ赤になって恥ずかしがる所も、しっかりしてるようで肝心な時に財布を忘れてくるような意外とおっちょこちょいな所も、生徒達の為に文化祭の準備を遅くまで手伝ってあげる頑張り屋で優しい所も、感動系の映画が大好きで、何度も観てるのに同じ所で何度も泣いてしまう泣き虫な所も、仕事終わりに一緒に飲みに行く時にわざわざ俺の学校まで迎えに来てくれて、俺を見つけると嬉しそうに手を振って来てくれる可愛いらしい所も……」


 言葉にする度に俺の中で、蘭子と過ごした思い出が鮮明に蘇ってくる。


 俺の人生の中で一番楽しくて、一番幸せだった、あの輝かしい一瞬一瞬の全てが……。


「本当に君の全部が大好きで、心の底から本当に大好きで……本当に世界で一番愛おしいって、本気でそう……ずっと、ずっと……本当に今日までずっと、思ってきたんだ」


「……うん」


「だからさ、だから俺は……この先もずっとずっと大好きな君と一緒にいたい。もっともっと大好きな君と一緒の時間を増やしていきたい。これから先何十年でも、それこそ本当に永遠にでもいいくらい、それくらいずっとずっと、大好きな君と一緒にこれからも生きていきたいんだ。だから……だからさっ……」


 何故かあの時のように普通にポケットに入っているその小箱を俺は取り出して……そして彼女の前で開いて見せる。


 その中には、前の時と全く同じように銀色に光輝く美しい婚約指輪がはまっていて……中心のダイヤモンドの輝きは何故かあの時以上にその存在感を増しているような気さえした。


 俺は、最後の言葉を紡ぐ。



「……だから、星野蘭子さん。俺と……俺と結婚して下さいっ!」



 今の俺の想いをありったけ全部詰め込んで、彼女に二度目のプロポーズを申し込んだ。


 ……だけど、何故か彼女から返ってきた言葉は……あの時のものとは全く異なっていたのだった。



「……()()()()()()()()()()()?」



「……え? ……ら……蘭子?」


 彼女のそんな答えなど完全に予想外のもので……俺は困惑に目を見開きながら自身の耳を疑う。

 しかしそんな俺をよそに、少しおどけたように可愛く唸りながら悩み続ける蘭子。

 俺はこの真面目なタイミングでそんな事を言い出した彼女の考えがまるで分からず、理解できず、冷や汗をかきながら激しく動揺する。


「え……え? いや、じょ、冗談だよな蘭子?」


「うーん……」


「な、なんでっ? なんでそんなに悩むんだよ蘭子っ!? いや、一体どうしたって言うんだよっ? だ、だって今日もすっごく楽しそうに俺と勇蘭と一緒に過ごしていたじゃないかっ? 今までずっと楽しく過ごしてきたじゃないかっ? なのに、なんでっ!? あ、あぁ……俺もしかして気付かないうちに何か君を怒らせるような事したとか? だ、だったら、だったらちゃんと言ってくれよ蘭子っ。俺、ちゃんと謝るからさっ? もし俺にダメな所があるなら勿論ちゃんと全部直すからっ? だ、だからっ……!」


 何とか考え直して貰えるよう必死に懇願する俺を見て、ようやく蘭子は俺の方へと真面目に視線を向けてくれる。


「……ん、それじゃあ、ねぇ勇君? 一つだけ、たった一つだけでいいから……私のお願い、聞いてくれる?」


 俺はそんな彼女からの突然の要望に、だけど最早(わら)にもすがるような思いで必死に食らいつく。


「お、お願い? あ、あぁ勿論だよっ。君の願いならなんだって聞くさっ。例えそれがどんな無茶な事だったとしても、無理な事だったとしても、どんな事をしてでも必ず何とかしてみせるっ! 君からの願いなら、俺は何がなんでも絶対に叶えてみせるからっ!」


 彼女に思い直して貰えるようにとなりふり構わず必死に食い付く俺に、けれど何故か蘭子は優しく微笑みながら質問を投げかけてきた。


「うん、ありがとう勇君。……ねぇ、勇君? 勇君はさ、『教師』って、一体どんな仕事だって思う?」


「……え? ら、蘭子?」


「教師って、子供達とどう接する仕事だと思う?」


「急に、何を……」


「教えて? 勇君……」


 彼女から投げかけられたその問いにどういう意図が込められているのかは全く分からず……だけど俺は答えを待つ彼女に、ただ単純に、以前から俺の中にある解答を述べる事にする。


「……そ、そりゃあ教師の仕事って言ったら子供達に勉強を教える事で……あ、でもそれだけじゃなくてさ? 子供達みんながちゃんとした大人になる為に、勉強だけじゃなくて色んな人達とのコミュニケーションの取り方とか、人によって色んな考え方があるんだって事とか、相手を思いやる事の大切さとか……そんなちゃんとした大人になる為に必要な事を学ばせる仕事だって俺は思ってる。だってさ? 例えば自分が本当に困っている時、辛い時、苦しい時、どうしようもなく悲しい時に……友達や家族や、勿論それ以外の人からでも、手伝って貰ったり、助けて貰えたり、支えて貰えたりしたら……すっごく嬉しくてさ? でもそれは決して当たり前の事なんかじゃないんだって。それはその相手の優しさや思いやりによって与えられるもので、きっとその相手も他の誰かに助けてもらったりして、そういった気持ちを育んできたからで……そうやって、人と人との優しさの繋がりが巡り巡って、そうして自分に廻ってくるんだよって。……だから自分自身も、そんな風に誰かのことを思いやれる気持ちを……誰かの為に何かをしてあげようって気持ちを持つ事がきっと、なによりも世界で一番大切な事なんだよって。……そう子供達に教えてあげる事が教師の……いや、俺達大人の仕事なんじゃないかって……そう、思うんだ」


 本当にそれが正解なのかは分からない。

 だけど、俺は父さんと二人でそうやって支え合って生きてきた。


 俺達は、人は……例えどんなに辛く苦しい困難に直面しても、そうやって想いあって、助け合って、支え合って、ずっと、ずっとこの長い歴史を刻んできたのだから。


 そうやってみんな、懸命に生きて来たのだから。


 すると俺のそんな答えに満足してくれたのか、とても嬉しそうに彼女は微笑む。

 

「……うん、そうだね。私もきっとそうだって思う。だからね? 私は教師ってきっと……そう言う大切な事をちゃんと教えてあげる為の、子供達の『()()()()()』にならなくちゃいけないんだって思うの。だってそうじゃないと、例えどれだけ上辺だけ綺麗事を並べたとしても、それが行動に伴ってないときっと子供達には伝わらないと思うから。子供達ってきっと、そんな私達大人の背中を見て、感じて、学んで、そうやって大人になっていくんだって思うから……」


「……蘭子……」


「だからね? だから私は勇君にも、そんな子供達にとっての『いいお手本』になって欲しいなって思ってるの。そこにいる勇蘭君やミハルちゃん、他にも子供達だけじゃなくって、そんな大切な事が分からないような……子供の考えのまま大人になっちゃったような人達にも、それを学んで貰えるようにって。……だからそれが……それが私のたった一つの、最後のお願い……」


「…………俺が、俺がそんな、みんなにとっての『いいお手本』に……?」


 彼女からの予想外なお願いに俺は戸惑う。でも彼女はそんな俺を後押しするかのように、満面の笑顔でこう告げた。




「うん。だって勇君はこの世界でも……『()()()()』……なんでしょ?」




「……っ!」


 蘭子から『センセー』とそう呼ばれたその瞬間、とある少女の声が、姿が、俺の脳裏をよぎった。



 あの別れ際に……最初に()()を交わした、悲しげな笑顔の少女の姿が。



「……ねぇ、勇君。だからそんな私の最後のお願い、聞いてくれるかな? もしも勇君が私のこのお願いを聞いてくれるんなら、絶対に叶えてくれるって言うんなら……だったら勇君はそんなみんなのお手本になるような先生にならなくちゃいけないんだから……だったら、交わした()()は絶対に、破っちゃダメだよね?」



 俺は、ここでようやく気付く。



「……ら、蘭子……君は、君はもしかして……本当に……」



 ……もしも、もしもこの蘭子が俺の願望によって生み出された偽者なのだとしたら……だとしたら彼女との、ドゥルとの約束の事なんて絶対に言わない筈なんだ。


 何故ならその出来事は、俺が望むこの夢の世界にはない筈の……蘭子がいなくなってしまったあのクソみたいな現実世界での、出来事なのだから。


 だとしたら今、俺の前にいる君は……


 君は本当に……本物の……



「……ふ、は、はは、あははは……」


「……勇君?」


「あははは…………は、はぁ、本当にもう君ってやつは。本当、ずるいじゃないか。……それが、それが()()()()の願いだって言うのなら、他の誰でもない、本当の君の願いだって言うのなら……だったら、だったらそんなの……俺が叶えない訳にはいかないじゃないか……」



 ……そうだ。

 本当の君がそれを望むのなら、本当の君がそれを願うのなら……例え大好きな君が隣にいなくても、どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに挫けそうになったとしても……それでも、それでも必ず俺はやり遂げなければいけない。



 大好きな……本当に世界で一番大好きな、君の為に。



「……分かったよ、蘭子。君のその願い、俺が必ず叶えて見せるよ」


 そう言うと彼女は、今日一番の笑顔を俺に向けてくれた。


「うん、ありがとう。勇君っ」


「……本当に……君には敵わないな」


「……えへへ」


 俺はそんな彼女に呆れながらも、その新たな誓いを胸に顔を軽く叩いて表情を引き締める。そして事の成り行きをずっと静かに見守ってくれていた二人の方へと視線を移す。


「勇蘭、ミハルちゃん、ごめん待たせたな。それじゃあそろそろこの世界から抜け出すとしようか?」


「……あ、あの勇騎さん。その……本当にいいんですか?」


 未だ心配そうな表情で俺に気を使ってくれる勇蘭に、俺は笑ってみせる。


「あぁ、もう大丈夫だよ。それにいつまでもこんな所にいたんじゃ、それこそいつまで経っても蘭子が俺のプロポーズを受けてくれそうにないからさ?」


 俺のそんな軽い冗談に、蘭子もいたずらっぽく返してくれる。


「もぅ、勇君ってば。私も本当は受けたいのに、頑張って心を鬼にしてるんだからね?」


「はは、大丈夫だよ。もうちゃんと分かってるから」


「ほんとにもぅ……勇君はたまにイジワルなんだから」


 可愛らしくほっぺ膨らませる蘭子。


「ごめんごめん、でも本当に俺はもう大丈夫だから。それにあんまり遅いと今度はドゥルに怒られちゃうしな?」


「……勇騎さん」


 ようやく納得してくれたのか、勇蘭の表情から安堵の色が浮かび上がる。


「……分かりました。それじゃあミハルちゃんお願い」


「はい、お父様っ」


 元気な返事と共に意気揚々とミハルちゃんは変身し、そして背中の大きな白い翼を羽ばたかせながら、夜空に広がる星空へと目掛けて巨大な砲撃を放つ。


 上へ、上へ、どこまでも伸びていく桜色のレーザービームはやがて終着点に到達し、世界に大きな『穴』を開けた。


 凄まじい衝撃音の後、俺達の周囲をゆっくりと……ゆっくりと綺麗な白い羽根と、桜の花びらが舞い落ちてくる。

 そのとても幻想的で、とても美しい光景の中で……俺は蘭子と向かい合い、彼女が心の底から安心してくれるようにと最大限の笑顔を作りながら伝える。


「……それじゃあ蘭子。俺、行って来るよ」


 彼女もまたとても優しそうな笑顔で、俺に応えてくれる。


「うん。……あ、ねぇ勇君。忘れ物とかは大丈夫? 必要なものとかは全部持ってる? 勇君も私に負けず劣らずうっかりさんだから、やっぱりまだちょっと心配だよ」


「えぇ、そうか? 君ほどうっかりでやらかしちゃった事なんて俺はなかったと思うけどなぁ?」


「えぇ〜ホントぉ? あ、じゃああの二人でプールに行った時の……苦手なのに私の誘いにうっかり乗って泣きながらウォータースライダー滑ってくれたのは……あれはうっかりじゃなかったのかなぁ?」


「え? あっ、いや、あれはそのっ……て、いやちょっと待て。俺、あの時確か泣いてなかったはずだから。確か半泣きなだけだったから」


「でもうっかりは……?」


「…………えぇ、してましたね、はい……」



「「…………」」



「……ぷ、ふふ」


「……ふ、はは」



「「あはははは……」」



 俺と蘭子は、笑い合う。

 きっと、俺が生きてる間にはもう二度と出来ないであろうこの他愛ない話を……楽しむように。


「ふふ……でも、懐かしいね。勇君と出会って、それから二人で色んな所に遊びに行ったりして……」


 舞い落ちる桜の花びらと天使の羽根を見つめながら、懐かしむように蘭子は語り出す。


「ねぇ勇君、覚えてる? 人気のテーマパークとか動物園とか、それから水族館とか……あ、夏にはさっきのプールとか。後は……夏祭りとかも、二人でいったよね?」


「……あぁ、覚えてるよ」


 そうさ……忘れた事なんて、一度だってない。


「……私のお母さんはずっと忙しかったし、私も元々インドア派だったから、だから実はあの時初めて浴衣とかも用意して着ていったんだよ? 水着姿も浴衣姿も、勇君まじまじと見てくるんだもん……私ホントはすっごく恥ずかしかったんだからね?」


「あはは、ごめんごめん。でも俺もあんなイベント初めてだったし、それに本当にその場にいた誰よりも凄く可愛くて似合ってたからさ? だからつい見惚れてしまってたんだって……」


「……う。も、もぅ、また勇君はそう言う恥ずかしい事を平気で言うんだから……」


 蘭子の表情があの頃のように恥ずかしそうに赤く染まる。


「はは…………まぁでも、君と過ごしてきた時間は俺にとって全部初めての事ばっかりでさ? ……本当に色んな事にドキドキして、凄く楽しくて……本当にあっという間に過ぎ去ってしまって。……でも、その時間は本当に全部、全部幸せな時間だったんだ……」



 そう、本当に俺の人生で……一番幸せな時間だったんだ。



「……勇君」


「だから、だから俺は……」


 もっとずっと、君と一緒にいたいと……ずっとずっと、君と一緒にいたいと……そんな込み上げてくる言葉を俺は必死に我慢する。


 だけどそんな俺を見兼ねてか、蘭子が突如、何か閃いたかのように口を開いた。


「あ、ねぇ勇君っ。せっかくだから私とも一つだけ、()()してくれないかな?」


「……え? 約束?」


「うんっ。だってドゥルちゃんや星蘭さんとは約束してたでしょ? だったら私とだって約束してくれてもいいんじゃないかなって……だめ?」


 少しいたずらそうに微笑みながら、蘭子はその可愛らしい小指を俺の方へと突き出す。

 そんな彼女の気配りに、俺は何とか気持ちを持ち直す事が出来た。


「……あぁ、いいよ。じゃあ蘭子とも何か約束しよっか?」


「本当? ふふ、それじゃあ……まずは絶対にドゥルちゃんをちゃんと助け出して、それから今回のいざこざも全部無事に解決して、それから……」


「はは、全然一つじゃないじゃないか……」


「もう、いいでしょ別にっ? 後は……後は……そうだなぁ……あ、後それからね? 私のさっきのお願い通り、ちゃんとみんなのお手本になれるように一生懸命頑張って、勇君に関わってくれる人達がみんなみんな笑顔で過ごしていけるように側で支えてあげて欲しいな? それから……後は……後は……」


「…………後は?」



「……後は……ね? ……後はもう絶対に最期まで、勇君の人生の一番最期の時まで、諦めないで生きて欲しいの。それでね? その時に……一番最期のその時に……幸せだったって、私と出会えたこの人生は世界で一番最高に幸せだったって、そう思えるくらいに…………最後の最後まで、私の分まで……目いっぱい、頑張って生きて来てね?」



「……蘭子……」



「……約束、してくれる?」



 とても寂しそうに、それでも懸命に笑顔を作ってくれている蘭子。

 その彼女の頑張りに応えるように、俺も必死で笑顔を作りながら彼女の小指に優しく自分の小指を絡める。



「……あぁ、約束する。俺、頑張るから。もう絶対に自分の人生から逃げ出したりなんてしないから。……例えこの先何があったとしても、どんな絶望があったとしても、絶対に君の願い通り……俺の人生の一番最期のその時まで、一生懸命生きてくるから。……だから、だからさ……?」



「…………勇君?」



「……もしも、もしも全部……全部無事に終わってさ? 俺が()()()に……()()()()()()()()()()時にはさ? その時にはもう一度……もう一度、俺と……」





「結婚、してくれますか?」





 それは、俺からの最後のプロポーズ。


 絡めていた小指をそっと離し、手のひらを拡げると……そこには月明かりによって光り輝く銀の指環。


 俺からの突然の告白に、蘭子はあの最初のプロポーズの時のように驚きながらも……きっとずっと、我慢していたであろう本当の想いを、そのとても綺麗に潤んだ瞳から溢れ出させた。



「……っく、ひっく、ひっく……う、うぅ〜、もぅほんと勇君ってば……ひっく、ほんと……ずるいよ……。最後まで、笑顔でお見送りしようって、思ってたのに……もぅ」



「……はは、ごめん。でも俺がここからまた頑張って行く為に一番……一番大切な事なんだ。だからどうしても今、君の返事が欲しいんだ。だからさ、蘭子……今度俺が君達の元に帰ったら、今度こそはずっと……ずっとずっと、俺の側にいてくれるかい?」



 すると彼女は何度も何度も、その瞳から溢れ続ける想いを拭いながら、耳まで真っ赤に染めながら……世界で一番素敵な笑顔で、答えてくれた。




「…………はいっ!」




 俺は彼女の返事を確認すると、そっと抱きしめて彼女の溢れ続けるその想いを自分の胸で拭ってやる。

 今、俺の目からも溢れ出しているものについてはもうどうする事も出来そうにないけれど……。



「……うぅ、ひっく、勇君……私……私ずっと……ずっと勇君の事、大好きだよっ? ……ひっく……ずっとずっと……いつまでも、勇君の事……大好きなんだからね……っ」



 もう絶対に離したくないくらいに、強く強く抱きしめながら……きっと俺自身もボロボロの酷い顔のまま、想いを告げる。



「……っ、俺だって……俺だってずっとずっと……蘭子の事大好きだからっ。……この先もずっとずっと、君の事を愛し続けていくから……っ」



「……うんっ……うんっ……! ぅ、うぅ、ぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ、あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」



 勇蘭やミハルちゃんに見守られながら、桜の花びらと天使の羽根に包まれながら……俺達はしばらくの間抱きしめあい、泣き続けたのだった。



             ☆



「……はぁ、ふふ、大泣きしたらなんかスッキリしちゃった……」


「はは……だな。ごめんな勇蘭、ミハルちゃんも。なんか恥ずかしいとこ見せちゃって……」


「大丈夫ですよ。それよりも、もういいんですか? 勇騎さんが望むなら僕達はまだまだ全然待てますけど? ……ねぇ、ミハルちゃん?」


「はいっ。私もまだまだ全然余裕で待てますっ」


 勇蘭もミハルちゃんも俺達に気を遣って優しく微笑んでくれる。けれどこれ以上抱きしめていたら本当に離れられなくなってしまいそうだから……俺はその魅力的な提案を丁重に断る事にする。


「いや、もう大丈夫だよ。それに早く助けに行かないと本当にドゥルに怒られそうだからな?」


「そう……ですね、分かりました。それじゃあそろそろ本当に行きましょうか。ミハルちゃん行ける?」


「はいお父様。いつでも行けますっ!」


 そして俺は最後にもう一度蘭子に向き直り、今度こそ晴れやかな笑顔のまま、再び歩き始めるこの人生の旅立ちを告げる。




「……それじゃあ蘭子、行ってきますっ」




 蘭子も……今度こそもう何の未練もないような、先程よりも満面の笑顔で




「……行ってらっしゃい、勇君っ」




 俺を送り出してくれたのだった。

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