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現実逃避 【勇騎視点】

            ★



「……マモの穴に吸い込まれて……そして俺達は今、()()にいる」



 俺のいた現実世界とも、勇蘭達のいた異世界とも異なる……この幻のような世界に。


「……はい。そして多分この世界こそが、あのマモって悪魔の本当の能力なんだと思います」


「この世界が、本当の能力……?」


「はい。一つ思い出したんですけど、(うち)が襲撃されたあの時……僕とミハルちゃんは急いで母さん達がいる最上階まで向かっていたんです。でもその途中で何故か見た事もないような巨大迷路に迷い込んでしまって。あの時は焦っていた事もあって律儀に抜け出そうとして苦労してましたけど、でもそもそもそんな迷路なんて当然(うち)には備わってなんてないんです。つまり……」


「……つまりマモのあの『穴』はただの入り口で、本来の能力はこの……奴が()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って事か……」


「はい。多分相手の狙いは魔王復活までの時間稼ぎで、それまで僕達をここに閉じ込めておく事だと思うんです。だから脱出されないように僕達が今一番欲しがってるもの、僕達が心の底から一番欲っしていた世界がこうやって構築されてる……でも、安心して下さい勇騎さん」


「……え?」


()()()()()()()()を使えばこんな所、すぐにでも抜け出せますから」


 すぐに抜け出せる?


 ……あっ、あぁ……そうか。

 あのミハルちゃんのとんでもレーザービーム……あれならこのマモの世界に、『穴』を開けられると言う事か。


 ……そうだよな。じゃないとこうやって二人が俺を迎えに来れる筈がないのだから。なら確かに勇蘭の言う通り、ミハルちゃんの力さえ使えばすぐにでもここからおさらば出来るという訳だ。


 この、偽物の世界から……。


 …………


 ……



 ()()



 ふと、俺の中で何故か今日の帰り道での出来事が……蘭子と勇蘭が笑顔で手を差し伸べてくれた光景が蘇ってくる。



(パパ、早く帰ろ!)


(ほら勇君。早く早くっ)



 …………


 ……いや、何を迷う事があるんだよ?


 今日一緒に過ごした蘭子も勇蘭も、そしてこの世界も……ただ俺の願望を元にマモの能力で具現化されただけの……ただの偽りの世界にすぎないじゃないか。


 ……そうだ、分かっている。今日という日は全て偽りであり、ここであった出来事は全部……全部()()だったのだから。


 ……だけど……だけどっ。



「…………」


「……ん? 勇騎さん?」


 俺の脳裏に、二人と今日一緒に過ごした時間が、まるで走馬灯のように駆け巡っていく。


 朝、二人に起こされて


 一緒に朝御飯を食べて


 一緒に公園で遊んで


 一緒に昼ご飯食べたり、買い物に出かけたり


 夕方からは父さんも来てくれて


 家族で食卓を囲んで、笑い合って……



 ……あぁ。

 こうやって思い返して見ると、本当に今日のこの日がとても平穏で、ごくごく普通の……当たり前のような日常で。


 でも……俺が今、本当に一番欲しかったもので……



 本当に……本当に幸せな日常だったんだ。



 ……なぁ、霧島勇騎?

 お前は本当に今日過ごしてきた時間が……全部嘘だったって言うのか?


 とても楽しそうに俺に向けてくれた、あの二人の笑顔が……全部偽物だったって言うのか?


 今日のこの幸せが……全部全部偽物だったって、本当にそう言えるのか?



 そしてそれを、本当に今から手放すって言うのか?



 せっかく手に入れたこの幸せを、蘭子と勇蘭とのかけがえのないこの日常を、もう一度手放すなんて事を……本当に今からするって言うのか?



 ……俺は……俺は……っ!




「…………さん……勇騎さんっ、勇騎さんっ?」


「え?」


「……大丈夫ですか勇騎さん? なんか物凄く顔が青ざめてるんですけど……」


「……え、あ、あぁ……大丈夫だよ。……少し、考え事をしてただけだから……」


「……考え事、ですか?」


「あぁ。…………あ、あのさ勇蘭、俺、ちょっと思ったんだけどさ? あのさ、本当に……本当にこの世界は、偽物の世界なのかな? って……」


「……勇騎さん?」


 勇蘭が怪訝そうな表情で、急に戯言(たわごと)を言い始めた俺を見つめてくる。

 ……当然だろう。だけど俺は、尚も必死にそんな戯言を続ける。


「あ、いや……た、確かにこの世界はマモが作った偽物かも知れないけど、でもここにいる蘭子も勇蘭も……実は本物の魂を連れて来てるとかさ、そんな可能性ないかな? だってドゥルみたいに魂だけなら召喚出来るような奴がいるんだからさ? ならこの世界でだけなら、実は魂だけなら連れて来れるとかでさ? 俺達に嘘がバレないようにってリアリティを出す為とかで、二人だけは本物を用意したとかって……あ、あぁ、そうだ、きっとそうだよっ。いやだってさ、二人共ちゃんと会話も成立してるし、触ったらちゃんと反応してくれるし、それに何より星蘭さんとは違う、ちゃんと俺の知ってる本物の蘭子だったんだよっ! そ、それに……あ、そう、ちょうどこの公園でさっ? 俺達の方の勇蘭とキャッチボールしたんだよっ。その姿が本当すっごい可愛くてさ? まさに今の君をそのまま幼くしたみたいで、ほんと凄く可愛くてさっ……!」


 俺は、あの時のように……()()()()()()()()()()()()()……必死で現実を否定し続ける。


 例えもし本当に、この世界の全てが偽物だったとしても、それでもようやく手に入れたこの幸せを守る為に。



 だけど、そんな俺に対して勇蘭はその残酷な現実を更に突きつけるように……とても悲しそうな表情で優しくて諭し始める。


「……勇騎さん。勇騎さんが否定したい気持ちはわかります。でもここは……この世界は、敵がただ時間稼ぎの為に勇騎さんの願望を叶えただけの、ただ勇騎さんに都合がいいだけの、夢物語の世界に過ぎないんですよ?」


「……都合のいい、夢物語の世界……?」


「そうですよ勇騎さん。確かにこの世界は全部、勇騎さんの欲しかったものが全部手に入る世界なのかも知れない。もしかしたらずっと閉じ込められてしまって、ずっとこの世界にいられるのかも知れない。ずっと幸せな毎日を過ごせるのかも知れない。……でも、それでもやっぱり、僕はこんな世界間違ってると思いますっ」


「……ゆ、勇蘭……」


「……確かに、僕達の現実の世界は辛い事も、苦しい事も、悲しい事も、泣きたくなるような事も、いっぱい、いっぱいあります。何にも悪いことしてなくても酷い目にあったり、バカにされたり、(けな)されたり、イジメられたり、重い病気にかかったり、運悪く事故に巻き込まれたり、大切な……本当に大切な人さえも失ったり……。たかだか15年しか生きてない僕なんかが、こんな事言える立場じゃないのは分かってます。でも、例え自殺を考えるほど辛かったとしても、悲しかったとしても、でもそこから目を背けてただ自分に都合のいい世界に逃げようだなんて……現実から目を背けようだなんて、そんなのやっぱり間違っていると思いますっ」


「…………やめてくれ」


「それにきっと、勇騎さんだけじゃないですよね? 僕達の世界にはきっと、勇騎さんのように辛い事や苦しい事、悲しい事に見舞われた人達がたくさん、たくさんいて……でもその人達はきっとこんな夢物語の世界に入る事すら出来なくて。現実の世界で苦しんで、悲しんで、僕の母さんのようにいっぱい、いっぱい泣いて……でも、それでも頑張って懸命に生きているっ。どんなに辛くても、それを乗り越えて生きてるんですよっ?」


「…………やめてくれ」


「なのに勇騎さんはっ、勇騎さんだけはこんな偽りの世界に、偽物の世界に一人だけ逃げるって言うんですかっ? みんな頑張って乗り越えてるのにっ、頑張って生きているのにっ、なのに勇騎さんだけそんなズルみたいな事して、ずっとずっと逃げ続けるって言うんですかっ? 大切な家族を失ってしまった人達や、僕の母さんの前でも、本当にそんな事出来るって言うんですかっ?」


「…………」



「……それにそんなの、そんなのきっと……()()の蘭子さんだって、きっと望んでなんかいないに決まってるじゃないですかっっ!!」



「……っ」


 勇蘭から彼女の名前が出た瞬間、俺はもう自分を抑える事が出来なかった。

 大人だから……そんな理由ではもうこの込み上げてくる感情を我慢する事なんて、出来そうにはなかった。



「やめてくれって言ってるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」



 感情が理性を上回り、震える手を力強く握りしめながら、まるで子供のようにただその想いを爆発させる。


「君に、君に何が分かるって言うんだっ!? 蘭子の事を何にも知らないくせにっ! 俺達の事なんて何にも知らないくせにっ! なのに、それなのに、そんな知った風な事言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 脳裏に浮かぶのは、あの火葬場での光景。


「俺が、俺があの時どんな思いだったか、その後どんな思いで自殺を図ったか、それが君に分かるのかっ!? 俺は、自分の人生で大切なものを全部全部全部全部っ、全部失ったんだっ!」


 真っ白な棺の中で、とても綺麗な表情で眠ったように収まっていた蘭子の姿。


「世界で一番大切な人を、世界で一番愛した人を、その人との間にできた世界で一番大切な宝物を、そんな大切な二人との穏やかな日常も、これから紡いでいく筈だった幸せな未来もっ! そんな俺の人生で一番大切なものを、かけがえのないものを、生きる意味を、生きる理由を、全部全部一瞬で失ったんだっ! 理不尽に奪われたんだっ! なのに、それなのに、その場にいた訳でもない君に一体何が分かるって言うんだっ!? 何の繋がりもない、ただの赤の他人でしかない君にっ、一体何が分かるって言うんだっっ!!」


 全くもって大人げない、ただの八つ当たりのような反論。

 その事自体、全く勇蘭のせいでもなんでもないのにも関わらず、それでも俺は止まらなかった。止まれなかった。


「君はいいよなっ、星蘭さんがいるんだからっ! 星蘭さんが側にいてくれるんだからさっ!? でも俺にはもう誰もいないっ! 俺の側にはもう、誰もいないんだよっ! なのにそんな君に、俺の気持ちなんてわかる筈がないっ! 俺の苦しみも、悲しみも、怒りも、孤独も、絶望もっ、わかる筈がないんだよっ! 君の言ってる事なんて所詮、安全な所で何にも関係ない偽善者ぶった奴らが呟いているような、そんなただの綺麗事に過ぎないんだよっ! 逃げる事の何がいけないって言うんだっ? 自分の都合のいい世界の何がいけないって言うんだよっ? ……どうせ、どうせここから出たとしても、ここからどれだけ頑張ったとしても、俺みたいな奴はきっと最後の最後でまた全部失うに決まってるっ。は、ははは、そうさっ、所詮俺みたいな奴なんて……どこまで行っても負け組の側の人間なんだからさっっ!!」


 心に激痛が走る。

 俺の、俺自身の言葉が……俺を飲み込んでいく。


 ドス黒い、人間特有の負の感情へと。



 すると……そんな俺の心の闇からまるで勇蘭を守るかのように、女神様が俺の前に立ち塞がった。



「……やめて下さい。勇騎様」



 彼女の鋭い視線と怒気に気圧されるように、俺は怯み後ずさる。


「お父様をイジメるのなら……例え勇騎様でも私、許さないです」


 今にもあの蒼い衣装に変身しそうな勢いのミハルちゃん。だけどそんなミハルちゃんを勇蘭が慌てて止めに入る。


「ミ、ミハルちゃん、違うんだっ。僕がいけなかったんだよっ!」


「……お父様?」


「……そう、僕がいけなかったんだ。勇騎さんの言う通りなんだ。僕みたいにまだ母さんやおじいちゃんが、大切な人達が側にいてくれてるような、そんな幸せな奴なんかが偉そうに言っていい事なんかじゃなかったんだ。それも、相手の気持ちをまるで考えてないような上っ面だけの綺麗事なんだから……だから、勇騎さんが怒るのも当然だよ……」



 ……違う。



「……勇騎さん、無神経な事言ってしまって本当にすみませんでした。勇騎さんの気持ちも考えずに、ただ自分の意見を正論だなんて思い込んで、勇騎さんの苦しみも悲しみも、本当のところはなんにも知らないくせして……なのに……」



 ……違う、違うんだよ勇蘭。


 君は何にも間違ってない。間違ってないんだ。


 ……もしも、もしも俺が()()()()だったなら……何の絶望も知らず、ごく普通に、平凡な毎日を暮らしている側の人間だったのなら……きっと俺も勇蘭と同じような事を言っていたはずだ。


 辛い現実から逃げているだけじゃ、自分の殻に閉じこもっているだけじゃ何も変わらない。ましてや自殺しようだなんてもってのほかだと。

 どんなに苦しくても、どんな悲しくても、頑張って前を向いて、そんな現実に立ち向かう事で掴める幸せが、新たな未来が待っているんだと……。


 そう……現にどれだけ大切なものを失っても、理不尽に奪われても……それでも、そこから再び前を向いて歩き始める人達が、この世界には確かにいるのだから。


 もう一度夢や希望を胸に、諦めずに一生懸命頑張って生きている人達が……この世界にはきっとたくさんいるのだから。


 だからこれは……ただ単に俺の心が弱いだけなんだ。


 俺が自分の足で再び歩き出せないだけの、ただの臆病者なだけなんだ。


 だから勇蘭は何にも悪くない。何にも間違ってなんかないんだ。だから本当は、そんな悲しそうな顔なんてしなくてもいいんだよ。


 でもさ……だけど、ごめん勇蘭。


 俺はさ、やっぱりそんな風に強くなれそうにないんだ。


 だって……だってこんなにもカッコ悪くて、こんなに情けない姿を晒してでも……



 それでも、俺は……



「……ごめん勇蘭、俺も少し言い過ぎたと思う。でもどうしても、どうしてもこれだけは……彼女達の事だけは絶対に譲れないんだ……」


「……勇騎さん」


「だからさ、勇蘭。だから最後に一つだけ……一つだけ俺のお願いを聞いてくれないか?」


「……お願い、ですか?」


「あぁ。俺はこの願い以外、本当にもう何にもいらないんだ。だから……頼むよ勇蘭、俺を……俺をこの世界に居させてくれないか? 俺を、蘭子と勇蘭の側に居させて欲しい……これが俺の人生の、最後のお願いだ」


「……っ!」


 勇蘭がとても悔しそうな表情で息を呑む。


 あぁ……きっと君は賢いから、もう分かってるはずだろう。

 今の君に、俺を説得する術なんてもう何一つとして残っていない事を。


 俺は目をつぶり、自身の勝利を確信する。


 そして、勇蘭の最後の言葉をじっと待つ。



 だけど、その時ーー




「もぅっ、勇君? そんなワガママばっかり言って困らしちゃダメでしょ?」




「……っ!?」


 俺は目を見開き、同じく驚く勇蘭やミハルちゃんと共に声の主の方へと視線を移す。


 街灯に照らされた満開の夜桜を背景に、その周囲を桜の花びらで彩りながら……



 俺が世界で一番愛している女性が、そこに立っていた。

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