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日常 【勇騎視点】

「……お……きて……ゆ……」



 ……ん、なんだ?

 なんか遠くの方から、声が聞こえてくるような……。



「……あさ……よ……ゆ……くん……」



 とても、とても懐かしいような……とても愛おしいような、そんな呼び声が……。



「もぅ、朝だよ勇君っ! ほら、起きてっ」



 ……ん、朝?


 ようやくちゃんと意識が覚醒したのか、俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえてきた。

 まだ少し眠気は残るものの、俺はその呼び声に応えるように自身の体を起こし大きく伸びをする。


「ん、ん〜〜、っはぁ……」


「もぅ、やっと起きた。おはよう、勇君」


「……あぁ、おはよう。蘭子……」


 …………


 ……



 ……ん、あれ?


 ()()()()()()()軽く朝の挨拶を交わし、そこで俺はようやく違和感を覚える。

 そしてその違和感を再確認するように呼び声の主へと視線を移し……驚愕した。



「……え? ()()……()?」



 なぜなら、そこにいたのは俺がこの人生において最も愛していた女性であり……だけど、今はもう俺の前には()()()()()()()()()()()()だったからだ。


「ん? どうしたの勇君? そんなに驚いた顔して。……私の顔に何かついてる?」


 目の前の蘭子は何故俺が驚いているのかまるで分かっていないような素振りでごく普通に接してくる。

 その表情は生きていた頃と何も変わらない、まさに俺の知っている彼女そのものだった。


「…………」


 ……お、落ち着け俺。

 とりあえず今、自分の身に何が起こっているのかを把握するのが先決だ。


「……あ、あぁ悪い。寝起きで少し頭が混乱してたんだ。でももう大丈夫だよ」


「むぅ……ホントに?」


「本当だって。それにほら、俺朝弱いからさ」


 言い訳しながらも周囲をざっと見回してみる。


 ……うーん、間違いなく俺の借りていたあのボロアパートであり俺の部屋だ。集めていた漫画やゲームなどがそれを物語ってくれている。


 そして……目の前には蘭子がいる。


 いつも通りだった光景、いつも通りだった日常だ。



 ……ん、いつも通り()()()



 なんで過去形なんだ?

 ……いや、そもそも俺はここ最近、一体()()()()()んだっけ?


 …………


 ……駄目だ、全く思い出せない。


 なんだろう、何かとても()()()()()()があったような気がするのに……まるで頭にモヤがかかったみたいにはっきりとしない。


 俺はなんとかそのモヤの向こう側を思い出そうと試みるも、その思考は突如部屋の入り口から現れた()()()()によって遮られる事となった。



「あ、パパ起きてるーっ!」



 初めて聞くその幼い声の主へと視線を向けると、そこにはまるで蘭子を幼くしたような、とてもとても可愛らしい五、六歳くらいの男の子が、部屋の入り口から俺の方を覗き込んでいた。

 そして俺と目線が会うや(いな)や、布団までとても可愛らしくトコトコと駆け寄ってきて、俺の布団へとダイブ。


「っ、お、おっと……っ!?」


 俺がすかさず抱きしめるような形でその子をキャッチしてあげると、パッとこちらを見上げながらとても可愛らしい満面の笑みを浮かべてくれた。


「おはようパパっ。ねぇ、はやくおきて朝ごはん食べよっ!」


「………………えっ?」


「今日はおしごとお休みだからぼくと遊んでくれるって約束だったよね? ほら、早く早くっ」


「…………」


 あまりにも予測不可能な展開に、俺の頭はフリーズを起こしてしまう。


「……パパ?」


 突如硬直状態となってしまったそんな俺を見て不思議に思ったのか、男の子は俺に目線を合わせながら何度も俺の事をパパと呼びながら体を揺する。

 だが未だ思考が追いつかない俺からは当然何のレスポンスも返す事が出来ず、その事に酷く不安を覚えたのか男の子は蘭子に救いの手を求め始めた。


「ねぇママ、パパが変だよぉ……?」


「うーん、そうだね。朝からちょっと様子が変なんだけど。勇君どうしたの? ……勇君、ゆぅくーんっ?」



 ……ど、どういう事だ、これは……?



 まずこの状況から考えて、目の前のこの蘭子似のとても可愛らしい男の子は……俺と蘭子の子供であって、つまり()()と見てまず間違い無いと思う。

 そして朝寝坊な俺をこうして二人して起こしに来てくれている、と……まぁここまではわかる。


 けど……()()()()()()()()()()()()()()


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 普通、自分の子供が生まれる瞬間なんて忘れるものだろうか?

 そりゃあ仕事の都合とかでたまたま出産時に立ち会えなかったとかはあるかもしれないけど……だとしても可愛い我が子の姿を早く確認する為に、もの凄く必死に頑張ったであろう愛する妻への感謝と労いの言葉を伝えに、すぐさま病院へと向かっていてもおかしくない。

 いや、俺なら絶対に向かってるはずだ。

 ならそんな……家族にとっての超一大イベントを、普通忘れるものだろうか?


 ……いや、でも待てよ。

 そういえばさっきから、何か重大な出来事を思い出せない自分がいるんだよな?


 もしかしてそれが……


「もぅ、勇君っ!!」

「もぅ、パパっ!!」


 と、そこで業を煮やしたのか目の前の二人は突如大きな声で俺の思考を遮ってきた。


「っ、は、はいっ!?」


「もぅ、勇君本当にどうしちゃったの? やっぱりどこか悪いんじゃ……」


「……パパ、どこか痛いの?」


 とても心配そうに二人から見つめられる。


「あ、あぁ〜、えっと……」


 そんな表情にさせてしまった事に俺は少し罪悪感を感じ、とりあえず一度考える事を放棄して一旦この不思議な状況に身を任せる事にした。


「いやもうほんと全然、全然前世大丈夫だからさ?」


「……勇君、私、前世の心配まではしてないんだけど……」


「ま、まあまあ。あ、あー、お腹空いたな。さ、早く朝御飯食べに行こうか」


「ぼくも食べるー!」


 俺はそのまま話を強引に打ち切り、とても可愛らしい勇蘭を連れてリビングまでそそくさと移動していく。


「……本当に大丈夫かなぁ?」


 未だ(うたぐ)りながらも渋々といった感じで、蘭子も俺の部屋を後にするのだった。



             ☆



「パパー、行くよー!」


「よーし、いつでも来いっ!」


 朝食を終えた俺たちは、家族三人で近所の公園まで訪れていた。


 そこそこ広い公園でその周囲には満開の桜が咲き誇っており、お花見目的で近所のお年寄りや俺たち同様に小さい子供連れの家族などでそこそこ賑わっている。


 そんな、とても平穏な公園の広場側で俺と勇蘭はキャッチボールを開始し、その光景を蘭子は日傘を差しながらベンチで暖かく見守ってくれていた。


 俺は、勇蘭のボールを受け止めながらふと思う。


 ……あぁ、なんでだろう?


 何でこんなにもこの光景が、愛おしく感じるんだろうか?


 何でこんなにもこの状況が、幸せだと感じるんだろうか?


 こんなのただの、()()()()()()()()()()に過ぎないというのに。


「えーいっ!」


 可愛らしい勇蘭の、これまた可愛らしいボールを受け止めながら俺は悦に浸る。


「おっ、うまいうまい。いいぞー勇蘭」


「ホント? えへへ」


 そして何より……何でうちの勇蘭はこんなにも可愛いんだっ!?


 俺達の子だから? いや、でも流石に幾ら何でも可愛すぎやしないか? 

 ほら、他の子達と見比べてみても断然うちの子が一番可愛いじゃないかっ!


 勇蘭はどちらかと言えば蘭子寄りの可愛らしい顔立ちだからな……大きくなったらきっと凄い美少年になるに違いないぞこれは。


 ふっ、ふふ、ふははははは。

 これは……勝ったな、ガハハ!


 俺がそんな風に心の中で大勝利宣言をかましていると……そんな世界で一番可愛い俺の息子(マイサン)がふと、俺の方にトテトテと近寄って来た。


 うんうん、走る姿も一番可愛いぞ、勇蘭。


「ねぇパパ、ぼく次アレがやりたい」


 どうやら俺の息子(マイサン)は、早くもメインディッシュであるブランコをご指名との事だった。


「お、ブランコか。ちょうど空いてるし、よ〜し。パパの超絶押しテク見せてやるぞー」


             〜〜


「勇君、勇蘭も……そろそろ終わりにして、帰ってお昼ご飯にしよっか?」


 ちょうどいい頃合いを見計らって蘭子が俺達の所までやって来てくれた為、帰路につく事にする。


「うん! ねぇママ、お昼ごはんなーに?」


「そうだねぇ……ハンバーグにしよっか?」


「ホント! やった、ぼくハンバーグ大好き!」


「ふふ、勇君もハンバーグでいい?」


「……はぁ、はぁ、はぁ……おk……」


 あの後、勇蘭が中々飽きなかった為延々とブランコを押し続けていた俺は、ようやく解放され自由になった両腕をほぐしながら二人の後ろをついていく。

 全身にのしかかる疲労感を感じながらも仲良く手を繋いで前を歩く二人を見ていると……そんな疲労感すらとても心地が良かった。


 そしてその頃にはもう……寝起きに感じたあの頭のモヤモヤなんてものは、最早どうでもよくなっていたのだった。



             ☆



 夕日が窓から差し込み、茜色に照らされた台所。


 そこで今まさに晩御飯の準備を始めようとしていたエプロン姿の蘭子に俺は後ろから声をかける。


「ん、どうしたの勇君?」


「あ、ごめん蘭子。なんかさっきうちの父さんから電話があってさ。いい肉を買ったから夕飯みんなですき焼きにしようって言ってて、それで今からこっちに来るらしいんだよ。……まぁ、十中八九勇蘭目当てだろうけど……」


 隣の部屋で一人おもちゃで遊ぶ勇蘭を見ながら、多少呆れつつも蘭子にその突然の来客予定を告げる。


 いやまぁ、確かにあの可愛いさだからな。俺がもし父さんの立場ならきっと毎日来ている事だろう。


「ごめんな、うちの父さんいっつも急で……。晩飯すき焼きとかって大丈夫そう?」


「あ、うん大丈夫だよ。ふふ、でもうちのお母さんもそうだけど……お義父さんもホント勇蘭の事大好きだよね?」


「……だなぁ。まぁ孫が可愛いってのは分かるけど、二人共すぐ勇蘭を甘やかすからなぁ……」


 すると早くも軽快にインターホンが鳴り響き、うちの部屋のドアが開く音が聞こえて来た。


「はやっ!? まさかもう来たのか?」


 早くも到着した我が父は勝手知ったる我が家とでも言わんばかりにズカズカと上がり込み、俺達の所までやって来る。


「おーい、勇騎ー、来たぞーっ! おっ、蘭子さんもここにいたのか」


「ふふ、こんばんはお義父さん。さっき勇君からお肉買ってるって聞きましたけど……」


「お、そうそう。先月は忙しくて勇蘭に会いに来れなかったから、その分ちょっと豪勢にしようと思ってな。それに明日は仕事休みだから、今日明日と思いっきり勇蘭と遊べるからなぁ〜、オラ、ワクワクして来たぞっ」


 子供のようにウキウキしながら蘭子に肉を渡すおじさんがここにいた。

 そんな父さんのうるささにすぐさま気付いたのか勇蘭が駆け寄って来た。


「あ、おじいちゃんだーっ! おじいちゃーんっ」


「おぉ、勇蘭っ。勇蘭の大好きなおじいちゃんが来たぞぉーっ!」


 すんでの所で勇蘭を抱き止めながら頭を撫でまくる激甘な父さん。その背後にもう一つ、肉とは別にビニール袋に入った荷物がある事に俺は気付く。


 ……はぁ、ま〜た勇蘭の為に買ってきたな。


「もー、おじいちゃん全然来てくれないから寂しかったよー」


「おぉ、悪い悪い。俺も勇蘭に会えなくてすっごい寂しかったんだぞ? だから今日はお詫びに……ほらっ、ずっと勇蘭が欲しがってた『()()』、買って来てあげたからな?」


「え、ほんとにっ!? やった、ありがとうおじいちゃんっ! ねぇねぇ、開けていい?」


「あぁ勿論。じゃあ晩御飯出来るまで隣の部屋で俺と遊ぶとするか?」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべる勇蘭にデレデレの表情が隠しきれていない父さんは、そのまま二人で和気あいあいと隣の部屋に向かう。

 ちなみに我が家にある大量のおもちゃは全て父さんが購入したものであって、ただでさえ狭い部屋がおもちゃ達によって占領されている状態だ。

 そして今日もまた一つその侵略者が増えるという事らしいけど……『()()』ってなんだ?


 俺はその『アレ』とやらが何故か妙に気になってしまい、隣の部屋の開封式を遠巻きに盗み見る。

 綺麗に包んでいた包装紙が丁寧に剥がされていき、とある一つの箱がその姿を現す。

 なんか美少女フィギュアでも入ってそうな箱だなぁなんて思いながらも、その箱から出てきた物を目にした瞬間。


 今の今まで全くもって完全に忘れていた、あの頭の中のモヤが一瞬ざわめいたような気がした。



「……あ、あれは……」



 勇蘭が嬉しそうに箱から取り出した『()()』は……


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。



「……くっ、いっ……()ぅ……!?」


 突如、とても激しい頭痛に襲われてしまいモヤが再び俺の頭の中を埋め尽くしていく。



 ……く、今のはなんだ?

 あのフィギュア……なんか物凄い既視感がある気がするんだけど……でもいつ、どこで?



「……ゆ……くん…………」



 もう少しで、何か思い出せそうな気が……



「もぅ、勇君っ!」


「っ!?」


「……勇君? どうしたの、大丈夫?」


 肉を持ったままの蘭子がいつの間にかこちらを心配そうに見つめていた。


「え? あ、あぁ……大丈夫。でもちょっと疲れてるみたいだから、夕飯まで横になってるよ」


「あ、う、うん……本当に大丈夫?」


「大丈夫だよ、本当にちょっと疲れただけだからさ」


「……なら、いいんだけど……」



 その後、夕飯や風呂の最中も俺はずっとその事について考え続けたが……結局その答えが出る事は無かった。

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