欲望 【勇蘭視点】
……ん、んん、あれ?
僕は一体、こんな所で何をしているんだろう?
気が付けば僕は……自分の城の大広間で片膝をついて頭を下げていた。
前方を盗み見ると玉座の間には母さんが、その少し前にはおじいちゃんが姿勢を正して座っている。
ど、どういう状況なんだろう……これ?
っていうか、さっきまで一体何をしていたのかすら全く思い出せないんだけど……。
すると母さんが突如、まるでそんな僕の疑問に答えてくれるかのように静かにその口を開いた。
「……勇蘭。この度の貴方の働き、実に見事でした。再び魔王が復活し、世界中に混沌と悪意が撒き散らされたその戦場で貴方は勇敢に立ち向かい、そして各地の混乱を鎮圧しながらも見事魔王を討ち取る事に成功しました。その功績を称え、ここに貴方を偉大なる英雄として認めると共にその称号を授けましょう」
…………
……
……はい?
母さんの話に、僕の頭は理解が追いつかない。
……僕が、世界を救った……英雄??
え、あれ? 僕はいつの間にそんな大冒険を繰り広げて来たんだろう? 全くと言っていいほどこれっぽっちも記憶に無いんだけど……?
まるで実感がなくただただ呆然としている僕に、母さんもおじいちゃんも不思議そうな表情を見せる。
「どうしたのです、勇蘭?」
「そうじゃぞ、勇蘭。お主の長年の悲願が叶った瞬間なんじゃから、もっとこう大喜びするとか嬉しさのあまり畳の上を転がりまくるとか……色々あるじゃろうに?」
「えっ? いや、まぁ……うん、本当ならそうだとは思うんだけど……」
その道中の記憶が無いもんだから、達成感も満足感も何も湧いてくるはずがない。
「なんじゃ煮え切らんのぉ……なら外を確認してみればよい。そうすれば嫌でも実感するじゃろうて」
言いながらおじいちゃんは廊下の方へと僕を促す。
釈然としないながらも僕は立ち上がり、言われた通りに襖を開けて廊下に出てみた。
すると……
城の外にはまるで、大人気有名アーティストの大規模ライブに集結した熱烈ファン達のように……物凄い数の人々が集まっていたのだった。
そして僕の姿を発見するなり、まるでそのアーティスト本人が現れた時のような大歓声が湧き上がる。
老若男女様々な人達が僕の名前を叫びながら、写真を撮ったり手やうちわを大きく振ってくれている。
……そんなにわかに信じ難い光景を、僕は唖然としながら見下ろしていた。
「……どうじゃ勇蘭、これで分かったじゃろ? 皆、お主の功績を称え、世界を救った英雄として認めておる。もう昔のようにお主を馬鹿にしたりする者など一人もおらんじゃろうて」
「……ほ、本当に……僕が……?」
「そうじゃぞ、勇蘭。よくやったの……流石はわしの自慢の孫じゃわい」
「……僕が、英雄……っ」
鳴り止まない勇蘭コール。
可愛い女の子達からの黄色い声。
ずっと、ずっと待ち望んで来たその光景に……次第に気分も高まってきた僕はまんざらでも無い様子で、その後ずっと手を振り続けたのだった。
*
「……ふぅ、つ、疲れたぁ……」
ようやく日も暮れた頃、僕は自分の部屋に戻り布団の上に倒れ込んでいた。
あの後……おじいちゃんがあらかじめ準備していたのか突如僕のグッズ販売と握手会が始まり、そのおかげで右腕の痛みと足腰の疲労感に苛まれる。
今はもう布団から起き上がれそうにない。
……でも、僕の心はとても満たされていた。
最初こそ戸惑ったものの、ああやって実際にみんなから歓声や好意を向けられると、何故か本当に自分がやり遂げた気になってきた。
きっと今はちょっとど忘れしているだけで、落ち着いたら色々と思いだすだろうと……そんな風にすら思えてきていた。
……そっか……そうなんだ。そうだよ、僕はようやく……ようやくやり遂げたんだっ。
あの父さんを超える偉業を成し遂げ、父さんを超える偉大な英雄に……僕はなったんだ。ようやく僕の今までの努力が報われる日が来たんだ……っ。
「……は、はは、ははは、あはははははははははは。そうだよ、ついにやったんだ僕はっ! あ、そうだ。せっかくだから明日は僕をさんざん馬鹿にしてきた同級生達の顔を見に行ってやろうかな? ふふ、今頃どんな顔をしてるだろう? ざまぁみろってさ、今度は僕があいつらを馬鹿にしてやるんだ。あはははは」
そうだよ、もう僕はあんな奴らに馬鹿にされないほどの偉大な英雄なんだっ。
魔王すら倒せるほどの圧倒的な力が、特別な力が……今の僕にはあるんだからっ!
…………
……
ん?
あれ? ……特別な、力?
……なんだろう、何か引っかかる。
何か、何かとても大切な事を忘れている気がする。
……なんで、なんでこんなにも特別って言葉に、心が揺り動かされるんだろう?
……特別な……力……か。
……特別……特別…………
……どれだけ凡人が頑張って努力を重ねて来たとしても、凄い偉業を成し遂げて馬鹿にして来た奴らを見返してやるなんて事は……到底出来る筈がない。
それが出来るのは……父さんや○○○ちゃんのような、特別な存在だけ……。
……そうだ。だから……だから僕は求めたんだ。
そんな特別な、力を……。
……ん? 僕はいつ手に入れたんだっけ?
どんな特別な力を、手に入れたんだっけ?
…………
……僕は本当に、手に入れたんだろうか?
父さんや○○○ちゃんのような……特別な力を……。
……ん? ○○○ちゃん?
あれ、誰だったっけ?
…………
思い出せない。
……なんでだろう? 確かに僕はあの時、あの子に助けられたはずなんだけど……
……あれ? 助けられた? 何から? どんな状況で?
…………
うぅ〜、あぁ〜、ダメだっ、思い出せないっ。
はぁ、こうなったら……
「行動あるのみだっ」
思い立ったが吉日、僕は勢いよく起き上がり……その思い出せない彼女を探し始めた。
☆
……だけど、城の中をくまなく探すもその姿はどこにも見当たらず、手掛かりすら見つけられないまま僕はついには城の外へと出て、光り輝く夜の街中を必死で駆け回った。
息を切らしながら、身体中を汗で濡らしながら、それでも僕は彼女を探し続ける。
「……はぁ、はぁ、……あ、そういえば……」
一つ、思い出した。
「そういえば……はぁ、はぁ、僕がこんな風に息切れしてる最中も、あの子は息切れ一つせずに、平然と付いて来てたっけ……」
物凄く体力に余裕があるのか、あの子の運動能力は凄まじかった気がする。
まぁでも、そのせいなのか物凄く大食いで……
「……はぁ、はぁ、はは、そうだよ。だから僕は食事のたびに財布の中身を、確認して……」
…………ん、大食い? 食事?
……っあ! そうだっ!
「食堂だっ!」
僕はすぐさま街の食堂へと走り出した。
店内に入ると早速、頭にフサフサのケモ耳がついたとても可愛らしい和風ウェイトレスさんが出迎えてくれた。
「いっらっしゃいませ……ってあら? 勇蘭さん。今日はどうしたんです? お食事ですか?」
まるで聖母の様な微笑みのその和風ウェイトレスさんに、僕は疲労困憊ながらも何とか言葉を紡ぐ。
「……はぁ、はぁ、あ、あの……すみません、ここに……物凄くよく食べる女の子……来てませんか?」
「……よく食べる、女の子ですか? あぁ……いえ、まだここには来てないですね」
「……はぁ、はぁ、……そ、そうですか……」
……だ、ダメかぁ。
もしかしたらと思ったんだけど……。
ようやく思い出した手掛かりなのに呆気なく空振りに終わってしまい、酷く落ち込む僕。
だけどそんな僕に、ウェイトレスさんが偶然にも次の手掛かりに繋がる助言をしてくれた。
「……勇蘭さん、その子と食事に来る前は、どこで何をしていたんですか?」
「……え? 食事に来る前?」
……その子と……この食堂に、来る前?
この食堂に来る前は……確か、えっと……
僕は店内から窓ガラス越しに外を見渡しながら、必死に何か手掛かりになりそうな店や物を探す。
だけど中々これといった物は見つからない。
「……うーん、その子とここに来る前……来る前……あぁ〜もうっ、一体何してたんだよ僕?」
窓ガラスに映るいつもの学生服姿の自分に愚痴るように呟いてみるも当然、その答えは返ってこない。
…………
……ん?
「あれ? そういえば何で僕はまだ、この学生服姿のままなんだろう?」
「勇蘭さん?」
「……いや、あの、すみませんウェイトレスさん。僕って確か魔王を倒してこの世界を救った、父さんを超えた偉大な英雄……ですよね? ……なのに、僕は未だにこの黒の学生服を着ていて……なんかおかしくないですか?」
そう、本当に僕がそんな世界を救った英雄なら……こんないつまでも学生服姿のままな筈がない。
そんな僕からの謎の問いかけに、でもウェイトレスさんは少し考えながらも親身に答えてくれる。
「うーん、そうですねぇ……凄く大切な、何か強い思い入れがあってずっと着てるのかも知れませんね」
「大切な思い入れ、ですか……?」
「はい……あと微かになんですけど、その上着からその子の匂いが感じ取れるんですよね」
「……上着からその子の匂いが……?」
そう言われて僕は一度上着を脱ぎスー、ハー、スー、ハー、とまるで変態かのように確認してみる。すると確かに、少しその子のものと思える女の子特有の甘い香りを感じられた。
……あぁ、凄く良い香り。確かにこれならずっとこの学生服で過ごしていたいとさえ思えてくる。僕はもしかしたら匂いフェチだったのかも知れない。
あ、そうだよ確か……彼女に僕のこの上着を羽織らせてて……それで一緒に洋服屋に行ったんだよ。
そう、彼女がすっぽんぽんだったから……
彼女がすっぽんぽん……
……あぁっ! 思い出したっ!!
すっぽんぽんだっっ!!
そうだっ、そうだよっ!
あの日……僕は初めて年頃の女の子の全裸をまじまじと見てしまったんだっ!
……なんで、なんでこんな大切な事を忘れていたんだろう?
あの、まるで天使のように透き通る白い肌を……
お父様と言って、僕の事を慕ってくれたあの子の事を……
初めての実戦で、僕の命を救ってくれたあの子の事を……
こんなただの凡人で、役立たずで……迷惑ばっかりかけてるだけのこんな僕なんかの側に、ずっと側にいてくれたあの子の事をっ!
「……あ、ありがとうございます、愛鏡さんっ。僕、次の心当たりの場所に行ってみますっ!」
「……ふふ、はい、いってらっしゃいませ。勇蘭さん」
*
「はぁ、はぁ、はぁ……」
愛鏡さんの食堂を出た僕は、日々日課の鍛錬に使っていたあの山まで来ていた。
彼女と初めて出会ったこの場所なら、彼女がいるのではないかという期待を抱きながら。
……でも、いくら探してもなぜかあの『満開の桜の森』が見当たらない。
方角的には何も間違ってない筈なのに、あの僕を導いてくれた桜の花びらすら見つける事が出来ないまま……ただ時間だけが過ぎていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……おかしい。な、なんでこんなに探しても全く見つからないのさ?」
ついには体力的にも精神的にも限界を迎えてしまい、暗闇の森の中を仰向けに倒れてしまう。
その格好がちょうど夜空を見上げる形となり、月明かりと地球と、光り輝く星空を眺めながら乱れた息を整え……そして思い出す。
「……は、はは……そうだよね、僕なんかが……どうにか出来る筈ないよね?」
自分がただの凡人である事を。
結局、何の力もない凡人がどれだけ頑張った所で事態が良くなる訳が無い。それは凡人である僕が、一番分かっていた事じゃないか。
だからこそ、僕は特別を求めたんだから。
だからこそ、僕が今やれる事なんて……最初から一つしかなかったんじゃないか。
「……はは、あはは、何でこんな簡単な事……思いつかなかったんだろ?」
僕は大きく息を吸い込み……っ
「っ、ミハルちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」
特別な力を持つ、その彼女の名前を叫んだ。
すると突如山全体が大きく揺れ動き始め、次の瞬間ーー
まさに夜空から空間をぶち抜いたかのように極太のレーザービームが八本、轟音を搔き鳴らしながら放たれた。
とても綺麗な桜色に光輝くレーザービームはそのまま彗星の如く僕の頭上を勢いよく通り過ぎて行き、次第に燃え尽きるように光の粒子となって霧散していく。
そして、後に残された夜空に広がる黒い大きな穴から美しい天使の羽根が舞い広がって……
「ご無事ですか? お父様っ」
蒼の戦乙女が、その姿を現したのだった。




