誰にでも優しい魔女のお師匠様は昔悪役令嬢と言われ、王太子とやらに婚約破棄されたらしい。その王太子とやらが、お師匠様のところにお願いを叶えてほしいとやってきて?
私のお師匠様は昔悪役令嬢と言われていたらしい。
私の名前はエリス・ウォーロック、魔法使いの見習いだ。
十三になり、ある魔法使いの弟子となったが、お師匠さまは得体のしれない人だった。
年齢不詳、いつもにこにこ笑顔で、誰にでも優しいが、それは本当に誰にでも、自分のことは何も話さない。
魔法協会の噂話で昔、隣国で悪役令嬢と言われ、王太子に婚約破棄をされたらしいというのだけは聞いた。
弟子となって三か月、やっぱりお師匠様はよくわからない人だった。
「エリ、この薬を里に届けてきて~」
にっこりとお師匠様が笑う、いつも笑顔だ、その顔以外見たことがない。
里に無料で魔法薬を届けていて、里の村人に聖女とかいわれているが失敗作の魔法薬を押し付けているのを私は知っている。
効き目がすごく薄いものなんだ。
「また失敗作を……」
「一応軽いけがは直すからいいじゃない~」
またにこにことお師匠様は笑う。というか怒らせてみたいといろいろといたずらをしたが、いつもこの顔だった。
長い栗色の髪を結い上げながら、今日は何を作ろうかなと鼻歌を歌っている。
……ああ、どうしていつも笑顔なのかなと思った瞬間、扉がノックされて、上品そうな男の人が入ってきた。その顔を見たとたん、お師匠様の笑顔が凍り付いたのだった。
「……ク、クリストフ様?」
「湖の善き魔女殿、お願いがあるのですが……」
年齢はお師匠様くらい、20代半ばくらいかなとは思う。
端正な顔立ちの男性だ、金髪碧眼って貴族じゃん! 庶民にはない色だった。
「どうしてここに……」
お師匠様の顔色が悪い、こんな顔はじめてだ。お客さんが来ることはまれにだがある、みな魔女の力を求めてやってくるんだ。
私がここにきてからも一週間に一度くらいは訪問があったのになぜこれほど驚くのだろう?
「……いや、アマーリエ、久しぶりだね、もうあれから7年になるのか」
「ええそうですわね……」
かなり顔色が悪いお師匠様、でも次の瞬間、いつものにこにこ顔になり、どうぞどうぞお客様と青年に椅子をすすめだした。
というか、足が震えてますけど。
「……すまない、君にこんなことを頼める義理もなく、そして……」
「あらお客様、どうぞどうぞ、お茶でも、ほら入れてきて!」
「はいお師匠様」
いつもの調子に戻ったお師匠様、私はどうぞと椅子をすすめ、お茶を入れに行く。
しかしいつもの笑顔だが、どこか引きつっていた。昔の知り合い?
「……お願いだ、君の力を貸してくれ、マリアが初めての出産でかなりの難産で命が危ういと、生まれてくる赤子も助からないと……」
「そうですかお客様、対価さえもらえればすぐにでもお助けしますわ~」
お茶を持っていくと、にこにこと笑ったお師匠様が営業用の笑顔で、わかりましたわと安請け合いしていた。それだけの魔法を使うなら対価ももっとすごいものになると思うのに。
「……どうぞ」
「ありがとう」
お茶を差し出すと笑顔で受け取る客、しかしねえ、どうしてこうだれだれを助けろって依頼が多いんだろ、ここにきてからこればっかりだ。
「対価はそうですわね、赤子を助ける対価は、私という存在の記憶をあなたの国のすべてから消すこと」
隣国の貴族に多い色彩だと思ったら、どうも違う国の人間のようだった。お師匠様の言い方からそれが理解できた。
にこにことお師匠様は笑う、ほほえみ仮面を崩さず、そうですわねえ、奥方様を助ける対価は……と切り出した。
「奥方様の身に着けている首飾りをとりあげること、それを処分することですわね」
「それだけでいいのか?」
「はい、それだけで結構です」
うふふふふと踊りだしそうなほどうれしそうなお師匠様、いつもより上機嫌で気持ち悪い……。
悪役令嬢と言われた記憶を消すことはわかると客は頷く。
「君が悪役令嬢と言われたのは……」
「あら、私があなたが浮気をしたのに怒って魔法力を暴発させて、あなたと奥方様を傷つけたのが原因なので仕方ありませんわ~」
さらりと言い切るお師匠様、浮気されたのか……。
私がちらりと見ると、またお師匠様がウインクして笑う。
笑う以外の表情ってさっきみただけだよほんと。
「……しかし」
「首飾りだけは絶対に処分してください。それを確認できなければ奥方様の命は助けませんわ~。遠見が私はできますし、絶対に処分してくださいね~」
「わかった」
客は茶をろくに飲まず、頷き立ち上がる。そそくさと帰っていった。
「こんなところ来たくなかったでしょうに、あ、塩まいといて、塩」
ふんふんと鼻歌を歌いだすお師匠様、私は塩をまきつつ、対価としては微妙だななんて考えていた。
そして……。
「隣国の王が王妃と離縁したそうですよお師匠様」
「へえ」
「生まれてきた跡取りも自分の子じゃないと、元王妃様とともに放り出したそうです」
「ふーん」
それから1ヶ月後、私は魔法協会から仕入れてきた噂話をお師匠様に話してみました。
だけど、そう、と興味なさげにお師匠様は聞きつつ、薬を作っていました。
「もしかして、王ってあの時の……」
「うふふふふ、首飾りが願う愛を手にいれるためのアーティファクトってことくらいは知っていたし~。それを取り上げれば愛情がなくなるってことくらいわかっていたし、いつか取り上げてあげようと思ってたけど、最高のタイミングで復讐できたわ、うふふ、浮気されたのは私なのに悪役令嬢って……婚約破棄って私はあの人をいじめてなんかいないのにねぇ?」
心の底から嬉しそうに笑うお師匠様、どうもあの首飾りのせいで王様ってやつは浮気をして、奥方様とやらを愛し、それがなくなり愛情も冷めたってやつですかね。
憶測ですけど、でもとてもうれしそうなお師匠様の笑顔がいつもよりどこか底冷えするもので……。
私はお師匠様の恐ろしさをもっと思い知ることになったのでした。
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