09
「お客さん、あのね……」
そのとき、まぶしい光がフロントガラスから差し込んできて、孝男は目を細めた。
彼女は顔を伏せたままだが、気配を感じたのだろう、ますます怯えるようにして体を強張らせている。
そのパトカーは、孝男の車の前で音もなく停まった。
そこから降りて来た男の1人が、明愛タクシーのガラス窓を上品にたたいた。
彼女は力なく首を振って最後の抵抗を示したが、孝男はそれを物悲しい目で見つめたまま、言った。
「ごめんね、お客さん。遅かったみたいだ。私も……あなたも」
孝男は、はっと目を見開く。
彼女は覚悟したように涙に濡れた顔を上げていた。
夜露をたたえた花のような美しさに、孝雄は息をすることも忘れて見とれていた。
やがて我に返り、窓のそばにある開閉ボタンを押す。
するすると開いた窓から車内をのぞきこみ、
「はい。写真照合完了っと」
ひょうきんな調子で言ったのは、かなり若い男だった。女性とそう年が変わらないように見える。
後ろからやって来た中年の男性が、彼女の名前を呼び、
「任意同行願えますか」
と、丁寧な口調で言った。
女性はよく目をこらしていなければ分からないほど小さく、かすかに頷いた。