06
「お客さん、リッツカールトンへはよく行かれるんですか?」
女性は目をしばたかせた。
そしてわずかな間、逡巡するように視線を泳がせる。
無視してもいいし、話しかけるなと断ってもいいのに、律儀に答えを探している彼女の姿を見ていると、孝男は自分の行動に間違いはないと確信を得た。
答えることができないのは、きっと彼女が真面目で正直者だからだろう。
「僕もあまり行ったことはないんですが、あそこのランチはうまいですよね」
孝男が優しい笑顔で語りかけると、女性はつられたようにぎこちなく頷いた。
「え……ええ」
次の交差点を右へ、そして次の交差点も右へ。
――彼女は一体、いつ気づくだろうか。
信号が黄色から赤へと変わり、車はゆっくりとスピードをゆるめて停車した。
背後に目をやると、彼女は放心状態で、その目は何も映していないように見える。
息をこらし、じっとして、車内の揺れに身を任せているだけ。
大通りを行く車はスピードを上げ、水しぶきを立てて走ってゆく。
白や黄色のまぶしい光が、勢いよく降りしきる雨を照らし出していた。
青信号になり、前の車が動き出したとき、孝男は注意深くアクセルを踏みながら、後部座席の彼女に向かって問いかけた。
「お客さん。・・・そろそろ、本当の行先を教えてもらえませんか」
、、、、、、、、、、、、、、
正体を暴こうとしてはならない。
禁忌に触れた孝男に、沈黙が突き刺さる。