03
やはり『わけあり』のお客さんだなと察しながらも、孝男は温和な表情で振り向いた。
「お客さん、どちらまででしょう?」
女性はようやく我に返ったのか、はじかれたように顔を上げた。
「え?あ、ええ……あの……」
しどろもどろになりながら、せわしなくスカートの上で指を動かす。
孝男が暖房を調節しながら辛抱強く言葉を待っていると、女性は何かを思いついたような顔で、
「東京の、リッツカールトンホテルまで」
孝男は目をむいたが、女性はそれにすら気づかない様子で安堵の表情を浮かべている。
いくぶん落ちつきを取り戻したのか、おもちゃのように小さなハンドバッグの中から薄桃色のハンカチを取り出して、髪や腕をふき始めた。
ここから東京のリッツカールトンホテルまで行こうと思えば、高速を使っても1時間はかかる。
当然、料金もかなり高くつく。
この女性はそれが分かっていないのか、金に頓着していないのか。
孝男は、否、と心の中で首を振った。
この女性は見たところ二十歳かそこらだ。
子どもじゃあるまいし、タクシーの料金システムが分からないはずがない。
もし仮にお金持ちの令嬢ならば、夜道を傘もささず1人で歩いてはいないだろう。
そもそも、タクシーに乗る必要などないはずだ。
そうなると、残るのは第3の可能性だけということになる。