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願ってもない客に喜んでいいはずなのだが、孝男はかすかに躊躇していた。
その女性の顔を見た途端、何とも言えず嫌な予感がしたからだった。
こういう予感はよく当たる。
孝男は40年近くにわたるドライバー経験から、客を見抜く鋭い眼力を養っていた。
冷たい雨は先ほどから勢いを増しているというのに、女性は傘もさしていない。
そのせいで全身ずぶ濡れだった。
それくらいならまだいいのだが、最も孝男をひやりとさせたのは、その女性の顔色が真っ青であることだった。
酔っ払い客や、乗り逃げしそうな客は絶対に乗せるな。
この仕事についてすぐさま、先輩ドライバーから耳にタコができるほど聞かされてきた台詞だった。
言われなくとも、厄介事はこちらとて遠慮したい。
孝男はためらった。
だが、雨の夜道に1人彼女を残して走り去ることなど、到底できそうにない。
仕方なくドアを開くと、女性は車内にするりともぐり込んできた。
ドアが閉まってしばらくしても、しばらく物も言わずに震えている。
真珠の粒のような歯を小さく鳴らしながら、夜の雨に滲むきらびやかな塔を見上げ、行き先も告げようとしない。