01
外は墨を流したような宵闇、しとしとと物悲しい音を立てて霧雨が降っていた。
ワイパーが雨粒をはらい、気だるげに首を振るのを、桑島孝男はぼんやりと車内から見つめていた。
丸眼鏡をかけ、平凡で人のよさそうな顔つきをした彼は、先ほどからずっと、この市街地の一角に車を停めて待っていた。
特定の誰かというわけではない。
彼の乗った車は黒い外車。クラウンロイヤル・アスリート・マジェスタという長い名前がついているが、要するにごく普通のタクシーなのであった。
車の頭頂部には、ちょこんと「明愛タクシー」と書かれたプラカードが乗っている。
降りしきる雨のせいか、彼の待つ場所がいけないのか、はたまた世間を襲う不況の波の影響か、先ほどから道行く人は足早に過ぎ去っていくのみであった。
それでも彼は、さほど気に病む風でもなく、その視線を遥か上空へと転じた。
そこには、色とりどりの宝石をまき散らしたようなネオンの光を放つ塔がある。
この辺り一帯で最も高く、最も派手なライトアップがなされているそのタワーの呼び名を、孝男はいつも娘に尋ねるのだが、すぐに忘れてしまう。
造形美にはうとい孝雄にも、あまり趣味の良い造りではないと分かるその塔だが、目印になることは確かだなと思っていると、目の前を勢いよく走ってくる人影が見えた。
孝男は反射的に車のライトをつけて、その姿をとらえようとする。
長い髪と華奢な体つきから若い女性だと判別したときには、女性はもうタクシーに向かって手を振り上げていた。