8話 無理やり?
「は…?」
ブロンド髪の女性の口から飛び出た言葉に、楓は一瞬、彼女が何を言っているのかすら、認識する事が出来なかった。
無意識的に、彼女の本能は彼女の常識を壊すまいと、防御壁を張り巡らせていたのかもしれない。
彼女の顔から、血が引いて行く‥。
しかし…その努力も虚しく、現実は無情にも、ここが『楓の住んでいた世界とは違う世界』だという事をあらわにする。
「私たちの体内にある魔力器官が正常に動いていなければ、今頃あなた…ミイラにでもなっているでしょう?!」
「へ…?み…ミイラって…。」
「…はあ?…流石に『ミイラ』の意味くらいはわかるでしょうねぇ?」
ブロンドの髪の女性が、楓の事を睨みつけるように見つめる。
威圧を含んだ視線を感じながらも、楓はブロンドの髪の女性の言葉に、律儀にも答える。
「えっと…確か包帯でグルグル巻きになったやつ…。」
「そうね。干からびた死体の全身を包帯で巻いたもの…もし、本当にあなたの体内に魔力がないんだとしたら…『そうなっていなければおかしい』のよ。」
「そ、そんな事言われても…!魔力なんてもの、私は持ってないし…そんなのあるはずない!だって、科学の発展したこのご時世よ?!今更そんな夢物語を信じろって言われたって…。」
ブロンドの髪を持った女性の言葉に、楓は堰を切ったような勢いで、自分の『常識』を語り出す。
…その声は終始、悲痛を感じさせるような…焦燥感に駆られたような声色だった。
「…そうね、そうなのかもしれない。」
「シレーヌ?!あなた、何を言って…」
「わからない?…もしかしたら、この子は『この世界の住人』ではないのかもしれないって、私は言っているのよ。」
「は?そんな事あるわけ…」
「あるわけが無いと…あなたはそう、断言できるの?」
シレーヌさんの冷たい瞳が、ブロンド髪の女性を見つめる。
シレーヌさんの目からは、何の感情も読み取れない。まさに…『無』だ。
美人の無表情とは本当に恐ろしいものだ…と、アイリーンはこの状況にも関わらず、そんな呑気な事を考えていた。
一方、ブロンド髪の女性はシレーヌに見つめられたまま、今現在まで一言も喋らない…いや、喋れなかった。
何処となく、ブロンド髪の女性には、シレーヌが起こっているように思えたのだ。
「これ以上、この少女について言及しないで。」
と、シレーヌの瞳が物語っていた。
一体何に、そこまで感情を揺れ動かされているのか、ブロンド髪の女性にはわからなかった。
ただ一つわかる事…それは。
シレーヌにとって、楓という少女が退場してしまうのは、『都合が悪い』という事だけ。
だからだろうか?
シレーヌは先ほどから、長年行動を共にしてきた自分よりも、昨夜偶然にも助けた少女の肩ばかり持とうとする。
不公平だ!どうして…そんな何処ぞの馬の骨ともわからない奴に、心を割いているの?
なんて、ブロンド髪の女性に勇気があれば、そう、声高高にいいはなっていたことだろうが…。
「っ…確証があるわけ…では…。」
「そう…なら、必要以上にこの子を…楓さんを追い詰めるのはよして頂戴。」
必要以上だって?まさか!そこまで過剰に彼女を疑ってかかったわけではない。
…でも、シレーヌがそう言うのなら…きっと、正しい。…正しいはずだ…。
ブロンド髪の女性は、それ以上楓の事について言及しなくなった。
「さて…では、改めて自己紹介をしましょうか。」
シレーヌさんは、さっきまでの論争を、まるで何事も無かったかのように水に流して、淡々と話し始める。
「私はシレーヌ・ウィステリア。私の正面にいるブロンドの髪の女性はラプンツェルよ。ほら、ラプンツェル?」
「…ラプンツェル・オクタヴィア。」
「私はアイリーン・ギースベルト!」
楓以外の3人が次々に自己紹介をしていく。
3人全員の自己紹介が終わった後、少したじろぎながらも、楓も自己紹介をし始めた。
「えっと…私は大東楓。」
「今日からよろしくね!楓ちゃん。」
「え?よろしくって…」
「あれ?シレーヌさんから聞いてない?」
「何も聞いてないよ?」
「アイリーン、楓さんは昨日の事もあって混乱していたから、まだ話していないのよ。」
「…。」
アイリーンとシレーヌが会話をする間、楓とラプンツェルは黙り切っていた。
そもそもなんの話をしているかもわからない楓ならば、会話に入らないのも無理はない。
…しかし、2人が何の話をしているのか『分かっているはず』のラプンツェルは、何故黙りこくっているのだろうか?
「楓さんには、我が社に入ってもらおうと思っているの。」
「…はぁ?!」
シレーヌの口から飛び出た言葉に、数秒遅れてラプンツェルが反応する。
「意味わかんない!」と、もはや悲痛とも取れるような声色で、ラプンツェルは叫んだ。
「その子の名前が本当かも…!何もわからないのに入れるわけ?!」
「えぇ。そうよ。」
「っ!なら、勝手にしたらいいわ!」
そう言って、ラプンツェルはドスドスと盛大な足音を立てて、社長室から出て行ってしまった。
…なんだかんだでシレーヌさんの会社で働くことに決まったみたいだけど…大丈夫かなぁ…。
今後、ラプンツェルとどう関わっていけばいいのか、楓は心配になった。