表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/83

7 馴染みの薬商人

「おじさーん、来たよ」

 いかにも気安い様子でリュウは中に声をかけた。ユウリが予想したとおり、そこは店の裏口だったようで、荷物を入れる木箱や台帳のようなものが無造作に置かれている。ここを通るのは全くの部外者であるユウリには気が引けたが、リュウが全く気にしていないので、やむを得ずその後に続く。リュウが呼びかけた、おそらくはここの店主であろう「おじさん」は表の方にいるようで、こちらの来訪に気づいた様子はない。作業台と荷物の間を縫うように進む。作り付けの棚の間にのれんがかけられていて、その奥が店の表側のようだ。リュウに続いてそののれんをくぐる。

「おーい、取りこみ中なの、か……」

 リュウが声をかけたのと同時に聞こえてきたのは。

「全くお前ら!一体どういう仕事をしておるんだ。この程度の薬草を集めるのにどれだけかかっておる」

 しわがれた、おそらく誰かを叱っている声。その人物はこちらに背を向けているので自分たちが叱られているわけではないとわかっているのだか、それでも二人揃ってビクッとする。さすがにそこに切りこんでいくのはためらわれて、黙ってほとぼりがおさまるのを待つ。

「これっぽっちで何の薬になるというんだ。需要の増える時期でないからいいものの、こんな仕事が続くなら他の奴を雇わにゃならんぞ。これから薬の調合も教えなきゃならんというのにこんなことでどうする。……ん?リュウか?」

 ようやくこちらに気づいたようで、振り返ってこちらに向き合う。商売人らしく整った身なりで、度の強い丸眼鏡をかけているせいか表情は読めないが、今しがたの剣幕を見れば上機嫌とはいかないのは明らかだ。

「あぁ、こっちは手が空いたらでいいよ。まずそっちの用事を済ませな」

 リュウは叱られていたらしい人たちの方を指して言う。途方にくれたような顔で立ち尽くしているのは見ていて不憫だった。

「……ふん。殊勝なふりをしおって。お前ら、もういいから蔵の整理をしてこい。床を掃くのを忘れるなよ」

 指示を与えてその人たちを下がらせると、改めてこちらを向く。

「全くどいつもこいつも。お前はいつも来るのがいきなりなんじゃ、リュウ。しかも一匹狼のお前がツレとは。ようやく身を固めて引退する気になったか」

 どうやらさっきの続きとでも言うように説教が始まりそうな空気だ。だがリュウはお構いなしで、

「いや、この子は女の子だよ。ユウリという」

 そこまで聞いて、ユウリはようやく何を言われたのか理解した。つまりリュウが自分の伴侶としてユウリを連れてきたと勘違いしたのだ。リュウはちょっとばつの悪い顔をした。

「悪いな、この人少し早とちりなとこあるから。紹介するよ。薬商人のジオウだ」

 ジオウと紹介されたその人は、今やユウリの方を興味深そうに見ている。とにかく挨拶をしなければ、と襟を正す。

「はじめまして。ユウリといいます。道中リュウさんに助けていただいで、旅路を共にさせていただきました」

 言って頭を下げると、その場に沈黙がおりた。何か変なことを言っただろうか、と二人の様子を伺うと、先に耐えられないというようにリュウが吹き出した。

「ぷっ、あははっ。ユウリは本当真面目な。ウチらに気遣うことないんだって」

「いやぁ、さすがリュウが連れてきただけのことはある。わしの揶揄なぞどこ吹く風てなもんだ」

「ちょっと。だからってあんまユウリのことからかうなよ?アタシの商売手伝ってもらうんだから」

 ぽんぽんと進む二人の会話についていけず、ユウリは目を白黒させた。とりあえず怪しい者ではないことは理解してもらえたのか。

「でさ、おじさん。アタシら朝飯まだなんだよね。なんか買ってきていい?そんでその間ユウリ預かってて」

「来て早々注文が多いのぅ。さっさと行ってこい」

「ありがと。ユウリ、なんか食べれないもんある?アタシが適当に買ってきていい?」

「あぁ、うん。大丈夫」

 勢いに押されるままそれだけ応えると、リュウはそのままあっという間に出て行ってしまった。ユウリはただそれをぽかんと見送ることしかできなかった。ジオウは「全くアイツはいつも忙しない」などとぶつぶつ言いながら、先の人たちが持ってきたらしい薬草を棚にしまう。初対面のジオウと二人で残されたユウリは、いたたまれない思いがした。

「あの……」

 思いきって話しかけると、まるでユウリの存在を忘れていたとでもいうようにジオウが振り返った。丸眼鏡の奥の小さな目に見つめられ、ユウリはおっかなびっくり言った。

「急に押しかけて申し訳ない。私に何か手伝えることはあるだろうか」

 リュウが連れてきたとはいえ、いきなりこんな珍客を預かることになったのだ。しかもジオウはさっきまで奉公人らしき人たちを叱りつけていたのだ。不機嫌にもなろうというものだ。邪魔にしかならないだろうが、せめて何か自分にできることがあれば慰めになるだろうか、と思ったのだが。

「がっははは!そんな青い顔した客人に案じられるとは、ワシも随分ひどい顔をしとるんだろうな」

「い、いや、そういう意味では……」

「いいんだ、いいんだ。むしろ気が回らんですまんの。まずはその大仰な旅装を解いて、少し休みなされ」

「あ、の……ありがとうございます」

 言うだけ言って踵を返し、のれんの奥へユウリをいざなうので、しのごの言わずにジオウの言葉に甘えることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ