5 契約
「そ、契約。アタシを用心棒として雇わない?腕には結構自信あるよ」
リュウは背負っていた短弓を指して言う。その腕はもちろん、つい先頃目の当たりにしている。だからこそ今こうして食事にもありつけているのだ。それはそうなのだが。
「ありがたい申し出ですが、私には、その、余裕が……」
雇うということは、賃金が発生するということだ。正直言って、ユウリにそんな手持ちはない。
言葉を濁してもその辺りの事情は伝わったようで、リュウは心得ているというようにうなずく。
「別に金はいらないよ。そのかわり、アタシの商売を手伝って欲しいのさ。そしたら取引きする薬の量も増やせるし、助かるんだよ。あと、たまに料理とかしてくれたら言うことないかな。どう?悪い話じゃないだろ?」
それはユウリにとって破格の申し出だ。リュウが用心棒を買って出てくれるのならこれほど心強いことはない。それも、リュウを手伝うという交換条件だけで。
「なぜ、そこまでよくして下さるのか?」
どう考えても、それでは釣り合いがとれない。商売などしたことがないユウリが手伝ったところで、足手纏いにしかならないだろう。当のリュウはぽかんとして、
「いや?いい思いつきだと思ったんだけど。だってここで会ったのも何かの縁だろ。アタシはちょうど困ってたユウリと行き合った。ヒュウゴウを捌くのだって、アタシ一人でやるよりずっと楽だった。ほら、もう既に持ちつ持たれつの関係ができてる。きっとこれは神の采配ってやつだ。あとはもう乗っかるだけじゃないか?」
今度はユウリがぽかんとする番だった。さすが行商を生業としているだけあって、リュウはおそろしく口がまわる。なんだかだんだんおかしくなってきて、ユウリは自然笑顔になった。
「では、お言葉に甘えてお願いすることとします。本当に、リュウはお人好しですね。私の商売センスの無さに後悔しても知りませんよ」
「いや、むしろこき使われてそっちが後悔するかもしれんぞ」
最後には二人で笑い合った。こうして、リュウが旅の道連れとなった。
食事を終えた二人は火を始末して、出立の支度をした。リュウが捌いた後のヒュウゴウは街道の脇、林の中に目立たないように塚を造って弔った。互いに大した荷物は持っていなかったので、身支度はすぐに済んだ。
「そういえば、ヒュウゴウの臓腑は埋めてしまってよかったのか?薬になるんだろう?」
道すがら、ユウリは気になっていたことを訊いた。一緒に弔いをしたので、骸の状態は見ていた。リュウは二人が頂いた肉以外の部分は綺麗に残したまま、その骸を埋めた。先頃聞いた話と照らしてそこに疑問を持ったのだ。しかしリュウの応えはあっさりしたものだった。
「あぁ、ここでは加工ができないからな。干物にしなきゃ腐っちまう。火で何時間も炙ればなんとかなるのかもしれないけど、今はそんなことできないし。肉を分けて頂いただけで十分さ」
薬の知識など全く持っていないユウリはそういうものか、と納得した。改めて自分は何も知らないと自覚したし、それこそこれからリュウの手伝いをするならいろいろ覚えていかないといけないだろう。何より、リュウの話は面白いので聞いていて飽きない。夜を徹して歩き続けているが、眠気を感じる暇もないほど会話は盛り上がった。元々外向的ではないユウリなので、初対面の人とこんなに話したのは初めてのことだった。
峠を越えた頃、東の空が明るみ始めた。ここまで来れば街まではあと少しだ。まだ前途は見通せないが、長く続いていたくねった登り坂が終わったことにユウリは少なからず安堵した。さすがに丸一日歩き通したため、足が重くなってきてしまったのだ。しかしこんなことで音を上げてはいられないので、よし、と気合いを入れ直す。
「やっぱり、ユウリはなかなか気骨があるな。見込みあるよ」
そんなユウリを見てリュウはニヤリと笑う。リュウによれば、初めて峠越えをする割にはかなり速いペースで登って来たのだそうだ。様子を見てユウリが苦しそうならペースを落とすつもりだったようだが、難なくついて来られたのでそのまま登りきってしまったのだという。そもそも初めてのことでペースなど掴めていなかったユウリは、それを聞いてもいまいちピンとこなかった。そんなユウリにリュウはさらに言った。
「この調子で行くと開門前に着いちまうかもな。ま、そしたらその時考えよう」
まだまた余裕といった風のリュウはしっかりした足取りで再び歩き出した。ユウリは言われたことを考えるのは一旦置いておいて、その後に続いた。
数刻の後、二人はついに街の門前にたどり着いた。空は白み、じきに日が昇ってくる頃のことだった。