4 ユナ
「何から話したらいいか、整理がつかないのですが」
喉に何かつかえているように、ユウリは話しにくそうだった。それでもリュウは茶々を入れず、聞く態勢を崩さない。ユウリはそんなリュウに励まされたように、少しずつ話し始めた。
「私には、妹がいて。といっても、お母さんが違うけれど。ユナといって、宮廷で使用人として働いています」
燃え続けている薪がパチッとはぜる。揺らぐ炎を瞳に映すユウリは、遠いどこかへ思いを馳せているように見える。
「ユナは何というか、私とは正反対の性格で、おしとやかだから、宮仕えに召されることになって。元々貧しい集落だから、出稼ぎに出る者も多いのだけれど、その男衆が持ち帰ってきた話だった。なんでも病がちの皇子を世話する人間を探してるということで、未成人の女子が望ましいと。当時まだ成人してない女子は私たち姉妹くらいだったから、妹が行くことになったんです」
当時はまだ健在だった祖父が付き添い、ユナは都へと旅立った。それが今から三年前のこと。ユナは忙しい合間を縫って手紙を書いて寄越していたし、年に二度は暇をもらって帰ってきていた。去年亡くなった祖父の最期にも立ち会った。しかし。
「冬頃から、手紙がぱったり途絶えたんです。それだけではなく、いつもなら帰ってくる時期をひと月過ぎても帰って来なくて。宮廷に文書で問い合わせてみても音沙汰なしで。だから、直接行って確かめるしかないと思ったんです」
「……ユウリは、中央を目指してるのか」
静かに聞いていたリュウがポツリと呟く。炎に照らされたその表情は険しく見える。
ユウリが宮廷と称したそこは、一般的には中央と呼ばれている。それはまさしく国の中央であるという意味もあるが、そこで暮らす皇族への遠慮の意味合いが強い。この国を支えておられる尊い方々がおられる場を直裁に宮廷と呼ぶのは不躾だという意識から、一般の者は「中央」と、少しぼかした言い方をするのだ。
「両親にも、そんな顔をされました。出立を告げたとき」
ユウリは苦笑した。リュウは訝しげに眉を曇らせる。
「父も、母も――育ての母ですが――反対しました。危険だといって」
「それはそうだろう」
どこの世に女の子の一人旅を歓迎する親がいるというのだろう。それに加え、都を、それも中央を目指すなど。一般人は中央に召されることはあれど、自ら赴くなど畏れ多く、普通は考えない。ユウリが言い出したことは明らかに無謀だった。
「反対もされたのに、なんで中央を目指すんだ?誰か男衆を頼ってもよかったんじゃないか?」
だからその疑問はもっともだった。リュウのように職業で旅をしているわけでもないのに、女一人旅を強行するだけの理由。
「もちろん、そう考えたこともありました。小さな集落だから、ユナのこともみんなが知ってたし。でも、もしそれでもユナが今どういう状況かわからなかったら、私はみんなを疑ってしまうと思ったんです。彼らが何か隠してるんじゃないかとか。そんなことはしたくなかった。それに」
ユウリは炎から目を上げ、リュウをまっすぐに見た。その眼差しは、まるで何かに耐えるように力がこもっていた。
「ユナは私の、たった一人の妹だから。何もしないでただ待ってるなんて、耐えられない」
「……そうか。そりゃそうだな」
否定されることも覚悟していたのに、リュウはそうしなかった。それは今のユウリにとって、何にも代えがたい救いだった。
あまりに長く喋っていたこともあり、ユウリは疲労を感じた。こんな風に他人に自分の思いを包み隠さずに話したのは初めてのことだ。しばらくは二人とも沈黙し、ただ薪のはぜる音を聞いていた。今この周辺に目を覚ましているのはユウリたちだけであるかのような静寂。それを破ったのはリュウだった。
「ユウリは、家族思いなんだな」
「え……いや、ただの親不孝者ですよ」
リュウはもう厳しい顔はしていなかった。ユウリには余裕に見える勝気な笑みを浮かべ、面白そうにこちらを見ている。
「まぁ無茶は無茶かもしんないけどさ。でもユウリは、自分だけのために妹のことを心配してるわけじゃないだろう?」
「それは……」
「アタシはちょっと羨ましいよ。そこまで思い合える人間がいるってのは」
「?」
あっけらかんと言うので、ユウリはその言葉の意味を取りかねた。しかしそれについて考える時間はなかった。
「そうだ!」
「!?」
それは急にリュウが大きな声を出したからだ。周りで寝静まっていた野生動物たちも目覚めてしまったのではないかと思うほどに。びっくりしてのけぞったユウリを見て、リュウは笑い声をあげた。
「あっはは、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど、いいこと思いついてさ」
「いい、こと?」
リュウはニヤリと笑って、ユウリの方に身を寄せた。
「そう。一石二鳥のテ。ユウリ、アタシと契約しない?」
「……契約?」
おうむ返ししかできない自分をもどかしく思いながら、その楽しそうな目を見つめ返した。