3 小休止
リュウが巨鳥の処理にとりかかり、手持ち無沙汰になったユウリは、火を焚くための薪や火口にする枯葉などを集めることにした。街道の脇はすぐに木々が生い茂る雑木林になっているので、そうしたものを集めるには事欠かない。急な段差や凹凸に足をとられないように気をつけながら、折れて落ちた枝を拾う。テキパキと鳥を捌いているリュウも、側に帰ってきたユウリにどれくらいの火をおこしたいかなどを具体的に指示してくれるので、それに見合うだけの量を集める。火口にする枯葉を抱えて運んだら、土埃やくずが生成りの外套にくっついてしまい、処理を終えたリュウが笑ってはたくのを手伝ってくれた。火を焚く場所を綺麗にして延焼を防ぎ、薪代わりの枝を積んだ。
火を入れてしばらくすると、パチパチと勢いよく燃え始める。その周りに座って元は鳥の姿だった肉をかざすようにして焼くと、香ばしい匂いが漂ってくる。肉の礼にと、ユウリは食糧として携帯していた保存用のパンを差し出した。リュウは「じゃあありがたく」と笑顔で受け取った。
共に食事をとるというのは、お互いの距離を縮めるのにとても有効なものだと、ユウリは改めて実感した。今ならリュウとも気兼ねなく話せる気がする。
「あなたはどうして峠越えを?」
「リュウでいいって。ちょうど荷がはけたとこだから、仕入れかな。馴染みがいるんだよ。まさかこんなとこで人に出会うとは思ってなかったけど。あと、コイツにも」
リュウは顎で焼いた肉を指す。今はもう見る影もない巨大な鳥。ユウリにとっては得体の知れない生物であったが、リュウはその正体を知っているようだった。
「こんな鳥は、初めて見た。一体何なのでしょう」
「これはヒュウゴウという。いわゆる妖鳥だ」
「よ、妖鳥?」
思わず持った肉をまじまじと見てしまった。それを見たリュウが快活に笑う。
「アハハッ、別に肉を食べたって腹下したりしないから安心しな。むしろコイツの臓腑は薬になるんだぜ?」
完全に考えていたことがばれている。そんなにわかりやすく顔に出ていたのだろうか、とユウリは少し凹んだ。こんなことではこの先の旅が思いやられる。
だがそんなことは次の瞬間には頭の片隅に追いやられてしまった。リュウが続けた言葉によって。
「むしろ問題は、ヒュウゴウがなんでこんな界隈に現れたかってことだ。コイツらは本来、標高の高い険しい山岳地帯に住んでる。こんな街道の真ん中で、いきなり人を襲うなんて光景は、アタシも初めて見た」
「妖鳥でも、人は襲わないのか?」
「こっちから攻撃しない限りな。ヒュウゴウは臆病なんだ。さっきも言ったように、コイツらの臓腑は加工すれば薬として使えるから、専門に狩る猟師がいるのさ。奴らは命がけで険しい山を登って狩りをする。臆病な性格を逆手にとって巣の方へ追い込んで狩るんだそうだ」
それはにわかには信じられない話だった。ユウリを襲ってきた巨鳥を語る言葉とはとても思えない。
「じゃあなんで私を襲ってきたんだ……?」
「さあなぁ。寝ぐらがある山の方で何かあったか、それとも……他に理由があるのか。野生のコイツらに限って気まぐれってのは考えにくいからな」
リュウは何か考える様子で、表情は硬くなり、声の調子もだんだん落ちていった。人間ならまだしも、と後に続けた言葉は聞き取るのが難しいほど小さかった。
ユウリはヒュウゴウという名だというこの妖鳥を不気味に思う一方、リュウの知識の深さに感心していた。本来こんな場所にいるはずのない鳥だったにも関わらず、何も知らないユウリに詳しく説明してくれた。
「随分博識でいらっしゃる。私は何も知らずに旅に出てしまったんだな」
呟くように言うと、再びリュウは笑顔になった。
「仕事に関することはね。アタシが扱ってるのは薬種だから、その元になる材料についてはだいたい知ってるってだけさ」
薬種、と聞いてユウリはなるほどと思った。それならば、行商というにはあまりにも身軽なリュウの旅荷にも納得がいく。そもそもの商品が小さなものだし、大量に売り歩くわけにもいかない。卸問屋もどこにでもあるものではないので、全て売れてしまったからといってすぐに荷を補充することはできない。
ふむふむと一人で納得している様子を、リュウは面白そうに見ていた。ニヤリと笑い、今度はユウリに向けて問う。
「さて、アタシばっかり話しちゃったし、今度はユウリのことを話してもらおうか。一体なんで都へ向かってるんだい?たった一人で」
興味深々という目で見つめられ、ユウリは現実に引き戻された気分になった。表情が翳ったのを見てとり、リュウは不思議そうにした。