安寧と決意と
それから薫、アレク、リリアの三人は、基本的に雑談混じりの情報交換を行って時間を過ごしていた。ずっと話していたお陰か、ほぼ同年代ということもあって最初の頃に比べて三人の会話は随分と砕けたものになっていた。
薫は二人が気になっているだろう自身が使った魔法の簡単な説明を。アレクとリリアはこの村、更にはこの国、この世界について。
薫にとって、この世界が薫の知っている『L・F』の世界と一致しているのかは今後を左右すると言っても過言ではないほど重大な事であって、確認が最優先事項であった。
「――で、この村があるのはアルカナ王国。そしてここがバルザック領のユーグ村。バルザックの街まではこの村の入り口から伸びた街道を馬車で2日程行けば着くかな」
「ふぅん……それで、この国の通貨は?」
「本当に何も覚えてないのね……ユグランド貨幣が通貨になっていて、この大陸のどの国でもユグランド貨幣が使えるよ」
「そうなんだ……それじゃあ」
まるで小学生が先生にするように、薫は次々と質問を続ける。それに対しアレクとリリアは苦笑しながら丁寧に答えていく。
薫は二人からこの世界のことを聞く為、自身が『記憶喪失』との設定を付け加えた。
自分の名前、力、持っているもの……それ等については覚えているものの、地理や一般知識等は何も覚えていないため、旅をしながら記憶を探しているのだと二人に説明したのだ。
何も分からないという点ではあながち間違いではないものの、付け加えに付け加えた設定に多少無理があるかとも思ったが二人はそれについて全く疑うことはせず、聞かれたことについて答えていく。
「……うぅん」
聞きたいことも聞き終わり、薫が顎に手を添えながら僅かに唸る。
ある程度二人の話を聞いていて、この世界はほぼゲームの『L・F』と同じであることが分かった。
ほぼ、というのはゲームの時と違って地名が細かく分けられている点に加え、一番の違いは『ステータス』や『レベル』といったゲーム要素が全くないことだった。
『L・F』はゲームの開始時のチュートリアルにおいてアレクとリリア、どちらか選んだ主人公による各ステータスの説明があるのだが、目の前の二人はステータスという単語を聞いたこともなければレベルという概念すら知らなかった。ならばどうやって自分の力を測っているのかを聞いてみれば、『これが出来たから大体このくらいの強さ』といった具合に測っているらしい。彼らの場合、森の中の森狼を一人で狩れたら一人前の狩人と認められるらしい。
他にもバルザックの街のように規模が大きい所では冒険者組合の支部があるらしく、ランク制により強さを測っているとのこと。
冒険者のランクはこの世界の鉱物から由来しており、一番下から『銅』『銀』『金』『白金』『ミスリル』という風になるらしい。『L・F』ではその上に『オリハルコン』というランクもあったが、話を聞く限りではこの世界にはないランクのようだ。
「ちなみにミスリル級冒険者だとどの位強いの?」
「さぁ、どうでしょう。俺も見たことがないからハッキリとは言えませんが、国が一目置くぐらいの実力がなければミスリルにはなれないと爺さんから聞きましたから……カオルさんみたいに一人で魔族を倒せるぐらいじゃないですか?」
「え、魔族ってそんなに強いの?」
「そりゃ強いよ! たった一人で国を滅ぼしたって魔族もいるぐらいだからね!」
だからカオルちゃんもミスリル級!などと冗談なのか本気なのか分からないことを言っているリリアを無視し、薫はアレクを見る。
「本当に?」
「……リリアの言い方は信じられないでしょうが、実際に魔族を討伐するのはミスリル級の冒険者と国の聖騎士の仕事なんです」
「そっか……うぅぅん」
『L・F』では魔族は言ってしまえばそこら辺でエンカウントする雑魚敵扱いされた存在だった。当然、要所要所に出て来る名前のある魔族は強敵ではあるものの、ゲーム中では魔王を除いた魔族をそこまで危険視している描写は無かった。むしろ魔王は表のラスボス的存在で、裏のラスボスである皇帝が君臨する帝国の兵士の強さの方が化け物じみていた気がする。
ゲームとの差異がまた明らかになり、薫は再び小さく唸った。
「随分と仲が良くなったみたいだな」
部屋の扉がコンコンとノックされ、村長が姿を現す。三人が談笑している様子を見て、フッと小さく微笑むと薫の前まで歩を進める。
「カオル殿のことは村の連中に話してきた。みんな不思議がってたが仮面の下はリリアよりも可愛い子だ
と言ったら興味津々だったぞ」
「えぇっ⁉︎ ちょ、やめて下さいよ……」
先ほどまで他人行儀だった村長からの予想外の言葉に、薫はつい大きな声で反応してしまう。その反応が村長の琴線にでも触れたのか、ガッハッハッと豪快な笑い声が上がる。
「……すみません、この失礼な態度が爺さんの素なんです」
申し訳なさそうにアレクが小さく謝罪する。リリアはというと、自分を引き合いに出した村長の方を睨みつけながら、的確に脛を何度も蹴り付けている。
「ハッハッハッ──ふぅ。さて、冗談はこのくらいにして本題に入ろう」
脛を蹴られて痛くないのだろうか──と、要らぬ心配してをしている薫を他所に、一頻り笑い終えた村長は真剣な表情を浮かべると近くの椅子を引き寄せ、そこにドカッと腰を下ろす。
体格の良い村長が勢いよく座ったせいか、木製の古めかしい椅子がギィギィと苦しそうに軋むが、何とか村長の身体を支え続ける。
空気が変わったのを感じ取ったのか、アレクとリリアも表情を引き締め、村長の言葉を待つ。
薫だけはその変化に付いていけず、仮面の下で不安そうな表情を浮かべている。
「ここ最近王国や帝国を問わず村々が魔族に襲われる事件が相次いでいるらしい。ただ王国の南側、つまりこの村を含めたバルザック領では未だ魔族が見られていない……いや、いなかった。
だが今回この村は魔族に襲われた。幸い、カオル殿が撃退してくれたから助かったが、魔族がもしバルザック領にまで手を伸ばしているとしたらこの村以外にも被害が及ぶ可能性がある。だからそのことを領主様に伝えねばならん」
村長の話を聞き、アレクとリリアの表情が明らかに曇る。薫も仮面の下で眉を顰める。
「そこでカオル殿に頼みがある。バルザックの街に赴いて領主様に今回のことを伝えて欲しいのだ」
「……ええっ⁉︎」
村長からの突然の無茶振りに、薫は僅かな間を空けて再び大声を上げる。仮面を被っているから表情の変化は見られていないが、ワタワタと動く手の動きで慌てているのは十分に伝わってくる。
「魔族の特徴や戦い方は実際目にしたカオル殿にしか分からないこと……失礼を承知でこの願いを聞いてもらえないだろうか?」
「えぇっと……」
「無論、村を守って頂いた礼と含めて謝礼は十分にしたいと思う。必要なものは申し出て貰えれば出来る限り準備しよう……どうだろうか?」
鬼気迫る、という表現が合うほどの気迫に押され、何かを言おうとしても口籠ってしまう。
元々この世界についてもっと詳しく調べる必要があると思い、近場で大きな街であるバルザックの街には行くつもりではあった。だがこんな急に旅立ちを迫られるとは思っておらず、即座に答えることは出来なかった。
どうしよう……そう困惑していた薫の隣から、二人の冷めた声が響く。
「少し落ち着いておじいちゃん」
「落ち着け爺さん」
「ぬぁっ⁉︎」
スパパァンッという気持ちいいくらいの快音と村長の呻き声が同時に響く。
その音の発信源へと視線を向けてみれば、村長が自身の禿げ上がった頭を押さえながら蹲ってプルプルと震えていた。両隣には、手を振り切った姿勢のまま立つアレクとリリアの姿。
「そんな怖い顔で迫ったらカオルちゃんもビックリするでしょ」
「それに恩人にこれ以上手間を掛けさせるな」
「き、きさまら……」
何か言いたげに二人を睨み付ける村長と冷めた目で見下ろすアレクとリリア。まさに一触即発の剣呑な雰囲気に、とうとう薫が口を開く。
「わ、分かりました。私もバルザックの街に行くつもりだったんでやらせてもらいます!」
半ば張り上げるような声を出した薫に、三人とも一瞬虚を突かれたように呆けていたが、直ぐに村長の表情が喜色に溢れる。
「おぉ、助かる! 無論、今すぐ出立という話ではなく体調が良くなるまでは我が家を好きに使っていただいて結構。この二人も好きに使ってくれ!」
村長はアレクとリリアの背中をバシバシと叩いて薫の前に押し出すと、自身は意気揚々と部屋を後にしていった。
立ち去るその後ろ姿を見ながら、まるで嵐のようにバッと現れパッと消えていくその様に薫は苦笑いしか浮かべられなかった。
「すみません、カオルさん。重ね重ねウチの村のことで迷惑を掛けちゃうことになって……」
「ごめんねカオルちゃん……」
叩かれた背中をさすりながら、二人が心底申し訳ない気持ちと呆れの感情が入れ混じった、複雑な表情を浮かべながら頭を下げる。
「ううん。本当にバルザックの街には行くつもりだったから話をするくらいなら問題ないしね。だけど村長も凄い押しの強い人だね……」
薫がそう答えると、二人は苦笑いを浮かべる。
「ここだけの話、爺さんは若い頃バルザックの街の兵士長やってたことがあって、その時の直属の上司が今の領主様なんだ。だからか、領主様に会うと未だに訓練の扱きを思い出して身体が震え出すらしく極力会いたがらないんだ」
「まぁ今回はそんなこと言ってられない事態だけど、実際に倒したカオルちゃんが報告をしてくれればそれに越したことはないと思ってるのかもね」
予想外の理由に薫も口元を引き攣らせながら苦笑いを浮かべる。
成る程、了解した時にあんなに喜んでいたのはそんな理由もあったのか。
「それじゃあ何か必要な事があったら呼んで下さい。俺とリリアは隣の部屋に居ますから」
アレクが一礼し、リリアの手を引いて歩き出す。
「えー? 私はカオルちゃんとまだ話してたいんだけど」
「はぁ……カオルさんだって病み上がりなんだぞ。少しは休ませてやれ」
「……はーい」
アレクが厳しい目をリリアに向けると、不承不承といった感じでリリアも頷く。
「二人ともありがとね」
「いえ、それではごゆっくりと」
「また後でね〜」
ギィィッと軋む扉を閉め、二人の姿が見えなくなる。それを見届けると、薫は付けていた『傾国の狐面』を外し、枕の隣へと置く。
「はぁぁ……なんか疲れたな」
ボスンッ、とベッドに倒れ込む。あまり良いとも言えない薄っぺらい枕に頭を強かに打ち付け、頭が少し痛かったが、薫は構わず目を閉じる。
窓の外からは賑やかな喧騒が聞こえてきて、中には村長の豪快な笑い声も聞こえてきた。
「私、帰れるのかなぁ……」
ポツリと呟いた声があまり広くない寝室に響き渡る。
この僅かな間に色々なこと、それこそ普通では到底経験することの出来ないことの連続で元の世界のことを考える余裕すらなかったが、漸く落ち着ける状況になったことで、薫の中で元の世界への不安が膨れ上がる。
──お母さんは私が居ないことに心配になってないだろうか。
──姉さんは私からの連絡がないことに不思議がってるかもしれない。
──学校では私を心配してくれる人はいるのかな。
──この世界での私の見た目は向こうと同じだけど、これは私の身体? それとも魂とか意識とかがこの世界に来ただけ? だったら私の身体は向こうでどうなってるの?
「分かんないよ……」
呟かれた言葉には薫の思いが全て詰まっていた。
元の世界に限らずこの世界についてもまだ手探り状態で分からないことだらけなのだ。分からないということはそれだけで人を不安にさせる。
「でも、このままじゃいられない……」
そう言って閉じていた目を開ける。
相変わらず視界には見慣れない天井が広がるばかりで、見慣れた綺麗な自室とは似ても似つかないもの。
「どうにか方法を見つけて元の世界に戻らなくちゃ」
そのためにはまずこの世界を知ること。そしてどうして自分がこの世界に飛ばされてしまったのかの理由を見つけること。
幸い、自分にはこの世界基準で見ても大きな力がある。この力があれば、ある程度の障害は難なく越えることが出来るだろう。
「……よし。頑張れ、私」
今後訪れる予想もつかない未来への不安に負けぬよう、薫は自身を奮い立たせる。
そして明日から始まるであろう新しい生活に備え、ゆっくりと瞼を閉じ、静かに意識を手放した。




