ユーグ村にてⅢ
「な、なんだ……?」
「どうなったの……?」
薫が使用したアイテムによって、眩い光と周りの風景が歪むという未知の現象を味わった二人は、咄嗟に腕を上げて顔を隠してしまう。きっとこの後に訪れるであろう味わったことのない魔道具の効果が自身に降りかかるだろうと思って、反射的に目を瞑って身構える。
しかし、いくら待てども痛みも衝撃も何も訪れない。代わりに、周囲に今までなかった気配がいくつも感じられる。
意を決し、腕を下げて目を開けた二人は、目の前の光景に絶句する。
「なっ⁉︎」
「なんで……?」
まず飛び込んで来たのは荒れ果て、目を覆いたくなるような状態になっていた村が、見慣れた長閑な村の姿へと戻っている光景。頭上を見上げれば、先程まで傾きかけていたはずの太陽が真上に昇り、晴れ渡った青空が広がっていた。
長閑な雰囲気を醸し出している村の真ん中、村の女達が井戸端会議のために集まる井戸の近くに、三人は立っていた。
「……良かった。ちゃんと使えたみたい」
ふと、男とも女とも判断つかないくぐもった声が聞こえる。
二人はその声の方へと視線を向けると、先ほどまで自分達が殺そうとした黒装束の人物が心底安堵したというように胸を撫で下ろしていた。
仮面越しで表情は読めないが、さっきと比べて雰囲気が柔らかくなっている気がする。
「あ、あの……」
一体全体なにがどうなっているのか。
二人が問い掛けようとすると、ぬっと三人の間に割り込んで来る者が現れた。
「アレクにリリアじゃないか。こんな所で突っ立ってて、どうしたんだ?」
井戸の水を汲みに来たであろう、木製のバケツを持った二十代半ばくらいの男性が、目を見開いて茫然と立ち尽くす少年と少女に声を掛ける。
つい先程まで井戸の近くで下半身を失って事切れていた筈の男が、普段と変わらずに話し掛けてくる光景に、アレクと呼ばれた少年は唇を震わせる。
「ぜ、ゼルおじさん……?」
「おじさん言うんじゃないって何度言わせるんだ!……まったく。で、そちらさんは二人の知り合いかい?」
ゼルがアレク達の後ろに立つ薫へと視線を向ける。薫を見るその表情に怪訝な様子を隠そうとする素振りはない。
ふと周囲を見渡せば、普段なら井戸の周辺で雑談に花を咲かせる筈の年配者達も遠巻きに薫へ視線を向け、ヒソヒソと話し合っている。
村の人々が不思議がるのも無理はない。
王国最南端であるユーグ村は月に一度、行商人が生活物資の売買に訪れる以外、旅人もほとんど訪れることがないほど外れに位置した田舎なのだ。
そんな閉鎖的とも言える村のど真ん中において、突如現れたのが黒衣と仮面を身に纏った人物ともなれば、話題にならない訳がない。
それに誰一人として気付かず、まるで急に現れたかのように突然村の真ん中に立っていた薫に、村人達は戸惑いを隠せなかった。しかも格好が旅人や商人とは違い、明らかに不審者を思わせるような出で立ちなのも拍車をかけている。
「えっと……」
「あの……」
アレクとリリアは顔を見合わせながらどう説明すればいいかと考える。実際自分達も何が何だが理解が追いついていないし、そして今更ながらこの人は何者なんだろうという疑問が沸き上がる。
それについて二人は暫く考えるも、結局答えが出ることはなく、自然と当事者である薫の方へと二人の視線が向けられる。
ゼル、アレク、リリア。
三人の視線を真っ直ぐに向けられた薫は、彼らの顔をゆっくりと見渡すとハッと空を見上げ、唐突に地面へ『聖樹の杖』を突き立てる。
「『上位聖結界』‼︎」
先程と同様、光り輝く魔法陣が薫を中心に広がっていく。しかしそれは先程の薫の周りだけのものとは違い、グングンと広がりを見せ、とうとう村全体を囲むほどの大きさまで広がった。
突然のことにゼルを始め、薫の様子を遠巻きに見ていた人々から悲鳴が響く。しかしアレクとリリアだけは驚きに目を見開きながらも薫の姿をジッと見ていた。
その瞬間。
ズガガガガガガッ‼︎
「うおぉっ⁉︎」
「きゃあっ⁉︎」
「な、なんだなんだ⁉︎」
村のあちこちから響く、重厚な衝突音。
その音によって家の中にいた村人達も慌てて外に出ると先ず地面に走る輝く魔方陣に驚く。そして全く止むことのないその音に、不安からか誰もが自然と村の中心部である井戸の近くへと集まりだす。
「何の騒ぎだ⁉︎」
そんな中、一際大きな声が響き渡る。
全員の視線がそちらへと向けば、村の中で一番大きな家から筋骨隆々とまでは及ばないものの腕や足といった露出している部分が引き締まった肉体の初老の男性が眉を寄せながら集団へと近付いて来るのが見えた。その手には無骨な両刃の剣が握られている。
「爺さん!」
「おじいちゃん!」
その男性に向け、アレクとリリアがバッと駆け寄ってペタペタと無遠慮に全身を触って確認する。
「生きてる!本当に生きてる!」
「おじいちゃん!おじいちゃぁぁん!」
嬉しさのあまり、アレクは祖父の逆鱗であるツルツルとした頭頂部を撫で回し、リリアは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で構わず祖父の身体に顔を埋める。
先程まで冷たくなっていた祖父の身体は、今は確かな人の温かさを感じることが出来る。そのことが嬉しくて、未だに薫の結界が大きく音を響かせる中であるにも関わらず、二人は祖父へ纏わり付くのをやめようとはしない。
しかしそんなことを知らない村人や祖父にとって、二人は何か気が触れてしまったんじゃないかと思われるような行動をしているとしか見えず、憚らずに全員の視線が薫へと向けられる。
そんな中、薫は杖を片手で支えるようにすると『時の砂時計』を取り出した時のように徐に手を伸ばす。
「『絡繰戦士』」
薫がそう呟くと、まるで手品のようにパッと西洋の鎧のような重厚な全身鎧が四体現れ、ギギギッと鎧と鎧が擦れる音を立てながら薫へ向き直ると、跪く。
その様子を見ていた村人達の中から再び小さな悲鳴が上がる。
『絡繰戦士』
これは『L・F』のイベントの一つ、『絡繰士の野望』というイベントをクリアした報酬で手に入るアイテム。
このアイテムは使用することで戦闘に『絡繰戦士』を参加させるというもので、入手当初こそその防御力で盾役の任を任せられる素晴らしいアイテムだった。
しかし防御はレベル75辺りまでのモンスターの攻撃を何度か防ぐ事は出来るが、攻撃は精々がレベル50辺りまでのモンスターにしか通用せず、いかんせんアイテムなのでレベルアップによって強化することはなく、自慢の防御力も物語が進むにつれ、使用した次の瞬間には文字通り瞬殺されるという、序盤から中盤までにしか通用しないお蔵入りアイテムだ。
しかしそうは言っても序盤の、それこそ物語の始まりの地で出てくるモンスターなんかに負けることなど有り得ず、たった四体といえどもこの村を守るには過剰な戦力であることは間違いない。
「村のみんなを守れ」
跪く鎧に向け、薫は短くそう告げる。
するとまるで命令を受けた騎士のように四体の鎧が立ち上がると、村人達を囲むような位置に移動し、手に持っていたタワーシールドをドンッと地面に打ち据え、反対の手に持つ大剣を構える。
その一糸乱れぬ動きと訳の分からない現状に、村人達はどう言葉にしていいのか分からないといった表情を浮かべながら絡繰戦士と薫と音のする村の外へと忙しなく視線を彷徨わせる。
「お、おいアンタ⁉︎」
「今は、私に任せて下さい」
纏わり付くアレクとリリアの二人を拳骨で沈めた村長が、薫へと詰め寄ろうとする。しかし薫はそんな村長を一瞥すると、村の入り口の方へとゆっくり歩いていく。その他者を圧倒するような雰囲気に、村長も自然と足が止まってしまう。
「何がどうなってんだよ……」
村の入口へと向かう薫の後ろ姿を見送りながら村長が呟いた言葉は、未だ止むことのない激しい音にかき消され、誰の耳にも届くこともなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうなってんだよ⁉︎」
苛々した感情を隠そうともせず、奇しくも村長と同じ台詞を吐き捨てた男が足元に跪く狼のモンスター『森狼』を蹴り飛ばす。
蹴られた森狼は、その衝撃に脳漿を撒き散らせながら水平に飛んでいくと大きな樹に身体を打ち付け、大きな血溜まりの中に沈む。
その惨状に、男の周りに集まった多くのモンスターが身を震わせるも、男に歯向かおうとする者はただの一体もいなかった。殺された筈の森狼の仲間ですら、小さく身を縮ませて子犬のような情けない声を上げるだけだった。
「なんでこんな辺鄙な村に聖魔法の結界を使える奴がいるんだよ!話が違うじゃねぇか!」
男の目の前では、光輝く結界に体当たりや手に持つ得物を打ち付ける様々なモンスターの姿がある。
森狼を始め『小鬼』や『豚頭』といった下級モンスターが、それぞれの攻撃手段を用いながら結界を壊そうと躍起になって攻撃している。しかしそんな彼らの攻撃も、まるで効果がないと言いたげに結界は微動だにしない。
そんな様子を見ながら、男は苦々しげに舌打ちをする。
見た目だけならば村にいるアレクと遜色のない少年といった見た目をした彼は、その額に鬼を思わせる一角が伸びており、瞳は真紅に染まっている。彼の髪は魔力を多く秘めている者の特徴である黒髪であり、それら全てが『魔族』である証となっている。
『魔族』とは生まれた時から人並み外れた身体能力と魔力を持ち、その能力の高さから気性の荒い者が多い亜人種である。そして魔族の中でも特に秀でた能力を持つ者が『魔王』の称号を戴き、他の魔族を従える。
故に、現魔王と敵対している人族は必然的に魔族全体の敵であり、この男──ゼファー・グラウスもまた、魔王の命令に従い、人間を滅ぼそうとユーグ村を襲撃しようとしたのだ。
魔族の中でもまだ百余年という若い部類のゼファーであったが、生来の基礎能力の高さから既に魔王直轄の『妖魔軍』の幹部に名を連ねている。その実力を買われ、彼は単独での襲撃を命じられた。
事実、この森のモンスター達をその圧倒的な力で従わせるまでは順調だった。しかしいざ襲撃をかけようとした瞬間、村の中から見たことも聞いたこともない聖魔法の結界が広がり、モンスター達の攻撃を悉く防ぎだしたのだ。
「なんでこんなことになってんだよ⁉︎」
その問い掛けに、周りのモンスター達はただ狼狽えるばかり。彼の八つ当たりを食らっては先の森狼のように肉塊なるばかりなので、なるべく標的にされないようにと身を縮こませる。
「貴方が魔族?」
「あぁ⁉︎」
苛々した様子を隠そうともせず、ゼファーが反射的に声を上げる。
そして気付く。
この場で自分に語りかけてくるこの声は誰のものだ?
バッと声のした方へと視線を向ければ、そこにはいつからそうしていたのか、黒い外套を羽織った奇妙な仮面を被った男とも女とも判別のつかない人物が立っていた。
その人物は、周囲を多数のモンスターに囲まれているにも関わらず、見たことのない杖を手にしながらゼファーの方をじっと見据えている。
──怒りのあまり気配察知が鈍ったか?
目の前の人物が近付いてくる気配を全く感じ取れなかったゼファーはそんなことを考えながら口を開く。
「何者だ?」
「わ……ンンッ、私は薫」
一つ咳払いをしながら、若干語気を強めた声でカオルと名乗る目の前の人物は持っている杖を軽く掲げてみせる。
ゼファーはその名前について記憶を巡らせてみるが、魔族が危険視している人物の中にその名前はない。
「カオル……? 聞いたことのない名だが、この結界はお前が張ったのか?」
「ええ、まぁ」
チラリと後方の結界を伺いながら、薫が答える。
ゼファーは内心で薫を馬鹿めと罵りながら、フッと笑みを浮かべる。
「なら話は早い。お前を殺せばその結界も消えるというわけだな」
ゼファーがそう言い終わるや、薫を囲んでいたモンスター達が一斉に飛びかかる。
いかに熟練の魔法使いといえど、数の暴力で訴えれば魔法を発動させるなんて時間あるはずがない。出来て最初の一発……それこそ詠唱の短い下位魔法のみ。
ゼファーは嬲り殺される薫の姿を想像し、笑みを浮かべる。
だが、
「『拡散爆裂魔法』」
薫がそうボソッと呟いたかと思うと、目を覆うような眩い光が薫を中心にして辺り一面に広がる。
「な、なんッ──⁉︎」
ゼファーが驚愕の表情を浮かべながら、咄嗟に防御魔法が込められたネックレス型の魔道具を使用する。
瞬間、ゼファーの身を暗闇を彷彿とする薄い膜のようなものが覆う。
これは過去の魔族の中で特に魔道具の生成に秀でた者が、当時最強の防御魔法の使い手の魔法を込めたもので、今回の作戦にあたり魔王から直々に下賜された逸品であった。
その効果は歴代の魔王の中でも最強と言われている現魔王の攻撃ですら一度なら防ぐことが出来ると言われている。
しかし、
「な、なんだとぉぉぉぉぉ⁉︎」
その絶大とも言える防御魔法をいとも容易く貫き、光がゼファーの身体を包み込む。
ゼファーの意識が消失するまでの僅かな時間、光が触れた箇所から自身の身体が溶け、蒸発し、消えてなくなる様子をゼファーはまるでスロー再生のように見た。
それから数秒後。
光が収まったその場には、カオルと名乗る狐面の人物を中心に焼け焦げた大地が広がっていた。
そこに魔王直轄部隊『妖魔軍』幹部ゼファー・グラウスがいた痕跡は一切残っていない。
彼は実力の一切を発揮するまでもなく、下級モンスターであるゴブリンやオーク共々塵一つ残すことなく蒸発してこの世から消えてしまっていた──。




