ユーグ村にてⅡ
薫がユーグ村に辿り着くと、そこには先ほどと変わらない光景が広がっていた。
向かっている間に悲鳴は途切れ、辺りからは何も聞こえてこない。
「ハァ、ハァ……ま、間に合わなかった?」
最悪を考えながら、薫は村の奥へと足を進める。
先程はじっくり確認する余裕がなかったが、今回は生存者を探す必要があるため、念入りに家の中まで捜索する。
「うっ……」
一番手近な民家の扉を開けた瞬間、ムワッとした空気と異臭が薫を包み込み、咄嗟に口元を袖口で覆い隠す。
家屋の中もやはり外と同じような惨状が広がっていた。いや、寧ろ余計に目を覆いたくなる光景だった。
まだ小さな子供を庇おうとしたのだろうか。
母親らしき女性と小さな女の子が、赤黒い血溜まりの中に沈んでいる。二人とも大きく目を見開いていて、その瞳から無念さが滲み出ている。
別の家では頭の無い死体が古びたベッドの上で横たわっていた。ベッドから垂れ下がった手が皺だらけの細い小枝のようになっていることから、きっとこの人物は寝たきりの老人だったのだろう。
老若男女、まさに見境なく行われた惨劇に、薫は苦々しい思いを抱きながら表情を歪める。
そうして繰り返してきた捜索も、残すところ一軒のみとなった。
「……ここが最後か」
最後に残った一番大きな家。
確かここは『L・F』の主人公の祖父である村長の家で、主人公もこの家に住んでいたはず。
薫はゲームの時の記憶を思い返しながら、ゆっくりと扉を開く。
室内を奥へと進んでいくと、一番奥の部屋から啜り泣く二つの声が聞こえてきて、薫はピタッと歩みを止める。
壁からそっと顔を覗かせて見ると、血溜まりの中に倒れた人物の身体に縋り付くようにしている二つの人影があった。
「なっ⁉︎」
その二人の姿を見た瞬間、薫は驚愕に声を出してしまう。
「だ、誰だ‼︎」
慌てて口元を押さえるも既に遅く、二つの人影がバッと振り返って薫を見る。
似たような外見をした、まだ少女と少年と呼ぶに相応しいその二人は、涙が零れるその紅い瞳に憎悪を滲ませながら薫を睨み付ける。
明確な殺意。
初めて向けられるそれを一身に受けた薫は、咄嗟に後退りをする。だがそれがいけなかったのか、その場から立ち去ろうとする薫を二人は逃すまいと吠える。
「爺さんの……村のみんなの仇‼︎」
「死ねぇぇぇぇぇ‼︎」
少年と少女が自身の足下にあった短剣を振りかぶりながら薫に迫る。
その鬼気迫る迫力に圧され薫は慌てて反転し、家から転がるように飛び出した。
「逃げるな‼︎」
「殺す!お前だけは絶対に殺す‼︎」
まるで獲物を見つけた猛獣のように、二人は薫の後を追う。薫の背に投げ掛けられる呪詛のような叫びが、村内に大きく響く。
「な、んで、こんなことにっ‼︎」
二人に背を向けて走る薫が、苦しげに吐き捨てる。
チラリと後ろの様子を窺ってみれば、破壊された家屋の残骸などの障害をヒラリと飛び越え、徐々に距離を詰めてくる二人の姿があった。
このままいくと、村の中央付近に辿り着く頃には追いつかれてしまうだろう。
「だったら!」
それならば、と薫は走る足を止める。
ザザァッと地面を滑りながら止まった薫は、持っていた『聖樹の杖』を振り上げ、そして地面に思い切り突き刺す。
「『上位聖結界』」
薫がそう唱えると同時に、薫を中心に黄金に輝く魔法陣が広がる。そして後を追っていた二人がその魔法陣の向こうの薫へと斬りかかろうと迫る。
だが、
「ぐぁっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
まるで見えない壁にぶつかるように、二人は強かに体を打ち付けてその場に転倒する。
即座に立ち上がった二人は、その見えない壁目掛けて何度も剣を振り下ろすが、ガキィィンッと硬質な金属を打ち据えた時のような感触を二人に返す。
そんな様子を見ながら、薫もまた唖然と口を開きながら立ち尽くしていた。
『上位聖結界』は上位聖魔法の中でも詠唱時間なしで発動できる防御魔法であり、即座に発動出来る防御魔法の中では一番効果の大きい魔法である。その魔法が、まさにその名の通り鉄壁の結界として薫の身を守っている。
だが、それは薫の知っている効果ではない。
実際のゲームの中でのこの魔法は、ただプレイヤーの防御力を上げるためだけの効果しかない。『覇王の黒衣』を装備しているとはいえ、その効果にまだ不安を隠せなかった薫は、魔法の実用性は身をもって体験済みであったことから万が一彼らの攻撃が通った時のダメージを軽減するための意味でこの魔法を発動させた。
しかし実際に魔法を発動させてみれば、薫を中心とした半径五メートル程度の範囲の地面に不可思議な魔法陣が浮かびあがって結界が張られ、目の前で斬り掛かってくる二人の斬撃を完全に防いでいる。
──確かこの魔法の説明欄には『聖なる結界によって術者を攻撃から防ぐ』と書かれていたはず……もしかして説明欄の概要が反映されている?
そんなことを考えていると、まるで無視されたと勘違いした二人が怨嗟の声を上げる。
「畜生っ‼︎ここから出てこい卑怯者‼︎」
「村のみんなの仇め!殺してやる‼︎」
魔法陣の中央に佇む薫目掛け、二人がさらに怒気を孕ませた声を浴びせる。
二人の剣は何度も力任せに結界に叩きつけたせいで半ばから折れ、今は二人の足下で残骸となって捨てられている。
素手で結界を壊そうとする二人は、憎悪を込めた瞳は変わらず薫に向けているものの、自分達では敵わないと悟っているのだろう。
仇を取れない自身の無力を嘆き、瞳から大粒の涙を零しながら、叩き付ける手の皮が剥けて血が流れ出てしまっていながらも、それでも村の皆の怒りと憎しみを薫目掛けて吐き出していく。
「うっ……」
二人のその気迫に圧され、薫が俯いて狐面の奥で表情を歪める。
言ってしまえば薫はこの件に無関係である。ただ気付いたら村の真ん中で立っていて、その時には村は壊滅しており、たまたま二人に犯人扱いされている。
しかし今の薫に被害者面して二人を非難することは出来なかった。
何故なら少年と少女……彼らが『L・F』における主人公達と全く同じ見た目だったから。
『L・F』はゲーム開始前に少年か少女、どちらか選択した方しか主人公は出てこない。だが、茶色の癖っ毛に紅い瞳という二人の外見は『L・F』の公式設定で描かれていた主人公の外見と全く同じものだった。
まだこの世界が薫の知っている『L・F』の世界と決まったわけではなく、似ている外見の別人という線もあるが、『ユーグ村襲撃』というこのイベントに生き残った彼らという共通点からも、二人がもしかしたら本当に『L・F』の主人公なのではとも考えられる。
もしそれが事実なら、彼らはこんな辛く、悲しい思いを受けていたということを知り、薫は胸が潰されるような衝撃を受けていた。ゲームとはいえ、自分がアイテムのため、イベントやエンディングを見るために何度も何度も繰り返して積み重なってきた悲しみを、全て真っ正面からぶつけられているような気持ちだった。
薫は伏せていた顔を上げ、二人を見ると『聖樹の杖』を掲げる。
「『中位範囲回復』」
薫が魔法を唱えた瞬間、結界の向こうの二人を暖かな光が包み込む。突然のことにビクッと身構えた二人だったが、直後に自身の傷付いた手が癒えていくことに目を見開く。
殺そうとした相手からの回復魔法に、二人は結界を叩く手を止め、訳が分からないと言いたげにお互いに視線を交わす。
不意に、薫が杖を持っていない方の手を二人に向けて伸ばす。その手の中には、二人にとって見覚えのない、小さなアイテムが乗せられていた。
「まさか……魔道具か⁉︎」
そう判断した二人は慌てて後ろに跳び、手の向けられた位置から離れる。しかし、そんな二人の動きなんてまるで関係ないとでも言うように、薫は手の中のアイテムをひっくり返す。
「『時の砂時計』」
薫がそう呟くと同時に薫の手の上に乗せられた砂時計が輝きを放ち、そして三人の目の前の風景がグニャリと歪んだ。




