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ロスト・ファンタジア  作者: ニセ神主
11/11

路地裏の攻防


 城門の外が薄暗くなる頃、衛兵が外に並んでいた人達に本日の入場が終わったことを告げるために検問所から出て行く。

 並んでいた者達の中にはブツブツと不満を言っている者の姿もあったが、衛兵に突っかかるような問題行動を起こす者はいない。それがこの街の──この世界の一般的なルールであることを皆が知っているからに他ならない。


「ふぅ……今日も疲れたわ」

「お疲れ様ですバネッサ殿。こちらが本日分の報酬となります」


 疲れた様子を隠そうともしないバネッサに対し、壮年の衛兵が笑みを浮かべながら皮袋を持ってくる。

 本日何本目になるかも分からない魔力ポーションを一気に呷りながら、バネッサが渡された皮袋を受け取り、中身を確認する。大銀貨が一枚に銀貨が五枚、これが彼女の今日一日の報酬になる。


「──ええ、ありがとう。そういえば衛兵長はどうしたのかしら?」


 まずまずの収入に笑みが浮かびそうになるのを我慢しながら、普段いるはずの責任者が何処に行ってしまったのかを問う。


「それが城門で貴重な素材を大量に隠し持っていた馬車が見つかったそうで。今は詰所でネイア殿とその者達の調査を行なっております」

「あら、そんなことがあったの?」


 バネッサは一瞬だけ驚きの表情を浮かべるも、すぐにその表情は疲れ切ったものへと変わる。


「……私にも招集かかったりしないわよね?」

「安心して下さい。壁内の兵も対応にあたってますし、念の為、組合からも追加の人員を派遣してもらってますから」

「あらそう?」


 衛兵の答えを聞いて安心したのか、バネッサが表情を綻ばせながら皮袋をいそいそと手荷物の鞄へと仕舞い込む。


「それじゃ私は帰るわね」

「ええ。本日はありがとうございました」


 衛兵の言葉を背に受けながら、バネッサは検問所を後にした。




 検問所から外壁区画にある宿に向かってバネッサが歩く。


 外壁区画には当然街灯は少なく、中央区画や内壁区画と違い日が暮れてしまった舗道は薄暗い。建物から漏れる生活光が僅かに照らしてくれるだけだった。

 そんな中で営業している数少ない酒場は街の荒くれ達が入り浸り、遠くからでもその喧騒が響いて聞こえてくる。


 無頼者とも思える人々が僅かな金で酒に浸るそんな薄暗い街中を、バネッサは悠然と歩いていく。


 彼女の姿に気付いた男達は一瞬卑しい表情を浮かべるも、それがバネッサだと気付いた途端に視線を逸らし、顔を俯かせる。

 バネッサも男達の反応に気付いてはいるものの、いつものことなので特に気にすることはない。


「やっぱりこの時間帯は物騒ね……あら?」


 あと少しで宿に着く──そんなところで店先でウロウロしている少女の姿を見付けた。


 閉店間際の店から漏れた光に照らされた少女は短い黒髪を揺らしながら困ったような表情を浮かべ、忙しなく視線を走らせている。首には遠目からでも高価と分かるネックレスを身に付け、普通の村娘風の格好との不釣合いさにバネッサは既視感を覚える。


「あの娘……確かさっき検問所を通っていった娘よね」


 一日に何十何百という人の検査を行っているバネッサだが、少女のことはよく覚えている。今は仮面を付けていないようだが、その小さな体躯で一人で検問所を通る姿はとても印象的だったし、魔力検査の結果にも気になる点があったからだ。


「おう嬢ちゃん! そんなトコで突っ立ってどうした?」


 そんな少女を眺めていると、彼女の背後から酒灼けしたガラガラの声が響く。少女の後ろへ視線を向けてみれば、薄汚い灰色のローブを着込んだ中年の男がニヤリと口端を吊り上げながら少女を見ろしていた。

 その男の左右には、似たような冴えない中年の男が数人控えている。


「えっと……私、ですか?」

「おうよ。こんな時間にどうしたんだ? 見たところ田舎から出てきたみたいな格好だが、連れはいないのかい?」


 男が辺りを見回しつつ少女へ問い掛ける。


「い、いえ。 他にも仲間はいるんですけど私だけ別行動しちゃってて。早く宿に戻りたいんですけど道が分からなくて……」

「ふぅん、そうか。ちなみに何処の宿に泊まるつもりだい?」

「えっと、『金獅子亭』です」

「お、そりゃ奇遇だ。俺も仲間と其処を拠点にしてるんだよ。なんなら案内してやろうか?」


 ──そんな馬鹿な。


 バネッサは呆れて溜め息を吐く。


 『金獅子亭』と言えばこの街でも有数の高級宿として有名な場所。そんなところを拠点にしている者など聞いたこともなければ男達がそんな金を持っているようにも見えない。

 言ってしまえば少女もそんなお金を持っているようには見えないが、丁寧な言葉遣いや世間知らずな雰囲気からどこかの貴族の血でも継いでいるのかもしれない。それにあのネックレスもただの村娘が身に付けられる代物ではない。


 となると、男達の目的は──。


「いいんですか?」

「おう! んじゃ宿まで案内するからついてきな」

「はい、ありがとうございます!」


 何も疑う素振りを見せず、少女が男達の後をついていく。きっとこのまま彼女を一人で行かせてしまっては、彼女の身に起こることは火を見るより明らかだろう。


「……はぁ。今日は早く帰れると思ったのに」


 陽も落ちたせいか周囲には酔客しかおらず、少女のことを気に掛けている者の姿はない。

 バネッサは盛大な溜め息を一つ吐きながら、静かに男達の後を追っていった。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……この道で合ってるんですか?」

「なに、ここは宿までの近道なのさ」


 そう言って月明かりだけが照らす細い裏路地を歩くローブの男の後ろを、薫は少し訝しみながらついて歩く。その後ろには仲間と思われる四人の男達が道幅いっぱいに広がって歩いている。


(……この状況、マズイかも)


 今更ながら薫は自分の現状を把握し、背中を冷や汗が伝う。


 迷子によって焦って判断力が鈍っていたことに加え今まで悪意に曝されたことのない薫は、男達の誘いを疑うことなく言われるがままについて行った。しかし次第に大通りから外れ、僅かに残っていた街明かりからも避けるように細い路地を歩いて行くにつれ、段々と不信感を抱くようになっていった。


 男達は時折卑しい目で薫の事を見てきては小さく「宝石が──」とか「黒髪黒眼は──」とか、聞こえていないと思っているのか他にも不吉な単語が幾つも聞こえてきた。


 さすがにここまで露骨に態度に出ると、薫でも男達が強盗や誘拐紛いの事をやろうとしていると想像がつく。


(取り敢えず……対策はしておかなくちゃ)


「『耐性向上(プロテクション)』……『筋力向上(ストレングス)』……『速度向上(クイックネス)』……『士気向上(エールオール)』……」


 薫は前のローブの男と後ろの男達に聞こえないよう能力強化魔法を次々と発動していく。『覇王の黒衣』や『傾国の狐面』など、物理や魔法、状態異常等の攻撃を防ぐ為の装備がない状態では強化魔法に頼るしかない。

 効果の程はまだ実戦で試したことがないため分からないが、魔法を使う度に鋭敏になっていく感覚や身体の底から湧き上がる自信が薫に安心感を与え、冷静さを取り戻してくれる。



 そうやって薫の準備が終わるのを見計らったかのようなタイミングで、男達の歩みが止まる。


「ここら辺でいいだろう……」


 前を歩いていたローブの男が口を開く。

 それと同時に後ろの方から金属が擦れる音が聞こえ、視線を向けてみれば男達が刀身が赤黒く汚れた短剣やナイフを薫へ向けていた。


「……何のつもりですか?」


 予想していたとはいえ、緊張感からか声が震える。


「まだ分からねぇのか?」


 男達は下卑た笑みを浮かべながら自分達の得物を誇示するように前に突き出し、薫へ脅しかける。


「……ッ、お金が欲しいなら差し上げます!」


 薫は懐に仕舞っていた皮袋を取り出し、ローブの男の足下へ放り投げる。男は視線を薫から外すことなく足下の皮袋を取ると、袋口を開けて逆さまにする。


 ジャラジャラジャラ──。

 銅貨が擦れ、地面に落ちて音を立てる。


「ふん、やっぱりな。銅貨ばっかのこんな端金に用はねぇんだよ。金で注意を引いて逃げようとしたってか? お前みてぇな田舎娘の考えなんざお見通しなんだよ」


 ローブの男がそう言うと後ろの男達からも馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。


「まぁいい。取り敢えず大人しくしろよ? その首の宝石もお前も、大事な商品になるんだからな」


 そう言って逃げ道を塞ぐように手を広げてゆっくりと近付いてくるローブの男。

 その様子に簡単に逃げることが出来ないことを察した薫は、ぎゅっと拳を握り締めて目の前の男へ鋭い視線を向ける。


「……なんだその目は? まさか俺達相手に戦うつもりか? あぁん?」


 にやけていた表情を一変させ、不愉快さを微塵も隠さないほどに男達が表情を歪める。


「田舎娘が……大人しく言うこと聞いてりゃ痛い目見なかったのに、よぉっ!」


 突然、背中にドンッと衝撃──と言っても軽く小突かれる程度──が走り、前にたたらを踏む。

 慌てて振り返ってみれば、其処には取り巻きの男の一人が驚愕に目を見開いて立ち尽くしていた。その手には刀身が折れ、持ち手のみとなった短剣が握られている。


「……は? え、な、え?」


 男は自身の持つ短剣の柄と薫、そして彼女の足下を交互に見やる。その表情に、意味が分からないと言いたげな間抜け面を晒しているのも構わずに。

 男のその視線を辿って薫も自分の足下を見てみれば、折れた短剣の刀身部分が転がっていた。


 薫は落ちていたその刀身をヒョイと持ち上げて確認してみる。

 それは多少刃こぼれや汚れが目立つが間違いなく鉄製の刀身である。


 そして徐に刀身を持つ手に力を込める。

 バギンッ、という耳を打つ音が辺りに響き、刀身が真っ二つに折れた。


「は⁉︎ え、な、はぁ⁉︎」

「剣を素手で折りやがっただと⁉︎」

「なんだこの女⁉︎」


 男達がザワザワと騒ぎだす。


「なんなんだよ、テメェ⁉︎」


 取り巻きの中から別の男が剣を振りかざして斬りかかってくる。薫はそれを避けようとはせず、振り下ろされる剣を黙って見上げている。


 バギンッ。

 振り下ろされた剣が薫に触れるかどうかのところで同じように派手な音を響かせて半ばから折れ、折れた刀身がクルクルと宙を舞う。


 その瞬間、薫の中で懸念が確信に変わった。

 身体強化魔法が想像通り──むしろ予想以上の効果を発揮している、と。


「ヒィィィッ⁉︎」

「なんだコイツは⁉︎」


 取り巻きの男達が喚きながら後退りをする。その顔に最初のような余裕はなく、薫に対する怯えの色を浮かべていた。薫はそんな男達に向け苦笑いを浮かべながら手を翳す。


「そんなに怖がられると流石に落ち込むんだけど……『麻痺魔法(パラライズ)』」

「んな⁉︎ が、あぁぁ⁉︎」

「か、身体が、動か、ねぇ⁉︎」


 一斉に倒れ込む男達。指先一つ動かすことが出来ず、満足に受け身も取れないまま倒れた男達が苦痛に呻く。だが男達を余計に恐怖させたのは、そんな身動きが取れないにも関わらず、意識は鮮明に残っていることだった。


「状態異常魔法も問題無し……まぁゲームの時より効果が高い気がするけど」


 道中で使えることは確認していても実戦で試せなかった身体強化魔法と、中々使い勝手の限られる状態異常魔法が予想以上の効果を発揮したことに気を良くした薫は、さっきまでの緊張感は薄れ、暴漢に襲われている状況でありながらも小さく笑みを浮かべる。

 倒れた男達は薫が何を思って笑みを浮かべたのか知る由もなく、こんな状況で笑っていられる薫へ恐怖を抱く。


「あれ、そういえばあのローブの人は……」


 思い出したかのように振り返ってみれば、其処にはローブの男が此方に背を向け、一目散に走り去っていく後ろ姿があった。


「仲間を置いて逃げるなんて……」


 先程までリーダー的存在感を醸し出していた男の無様な姿に呆れ、大きく息を吐く。

 そうこうしているうちに、フードの男が曲がり角を曲がってしまい、その姿が完全に見えなくなってしまう。


 取り残された男達は必死に命乞いの言葉を紡ごうとするが唇も満足に動かすことが出来ず、意味のない呻き声を発することしか出来ない。



「──さて、これからどうしよう」


 腕を組み、うぅんと唸りながら考える。


 てっきり宿に帰れると思っていたから言われるがまま男達についていたため、武器屋に戻る道も分からない。それに防衛の為とはいえ、麻痺で動けなくなった男達をこのまま放置しておくのもなんだか気の毒だ。


「はぁ……どうしよう」


 暗い路地の、それこそ男達の呻き声の真ん中で薫は途方に暮れた声を漏らす。

 そんな彼女の様子を、物陰から覗いている者がいる事など露知らず──。


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