狙いはどこに?(前編)
ミリアとしては、それを推測の根拠とする事に納得出来ない。
電気回路で構築された頭脳では『そんな非現実な物が存在する』という事実を受け入れるなんて出来るはずもなかった。
機甲天使として生み出された、いや造り出された彼女は限りなく論理的で、そして科学的に物事を思考する。
魔導機文明産の機械であるという事、それ故の常識が彼女の根本である事を変えられるはずもない。
だがそれでも、事実は事実。
結論から見ればその『あり得ない』は『正しかった』。
非論理的で、あり得ないとしか言えない事だが、それでも……間違いなく彼は全ての過程を放棄し結果を導き出し続けている。
一度では偶然だとしても、十度続けてを偶然と切り捨てるのは難しい。
百を超えた今でも軽く八割を超える的中率をただき出している。
だから、ミリアもその存在を信じない訳にはいかなかった。
クロスの『アリスに対しての直感』を――。
「どう? 外れたと思う? アリスの思惑から」
ミリアの言葉にクロスは眉を顰めた。
「うーん……。いや、そんな感じはしないな。ただ、方向性は正しいと思う。焦れてる感じはあるから」
「そう。さっきのVOIDの大襲撃の意図は読める? それがわかれば推測がかなり楽になるんだけど」
「たぶんで良い?」
「構わないわ。どうせ何も推測する情報がないし」
「だったら、たぶん特に意味ない。考えるだけ無駄なタイプ」
「意味がない?」
「そう。襲撃に意図はない。意味がない事そのものが意味。強いて言えば、本命隠しの為」
「……戦術を特定させない為の、隠語での迷彩ね。だとしたら……ええ、状況は悪くない。このまま直進を提案するわ」
「あーちょい待ち。今ビビっと来た。たぶんすぐに来る。ちょっと嫌な予感がする感じ」
「そう。だったらここで待ち構えましょう。メリー、戦術指揮の根本構築をお願い。アドリブはこっちでするわ。メディは拠点工房化の術式を、人形が動いてるからメイン回路だけで良いわ。ソフィア様は――申し訳ありませんが周囲に壕の設置を、人形が指揮を出しますのでそこに深く穴を開けて頂けたら……」
「あの、ミリアさん? 別に敬語とか良いのですよ? というか私だけそうだと少し寂しいと申しますか……」
苦笑するソフィアを前にして、ミリアはとても申し訳なさそうな顔をした。
「わかっているんでえ……いえ、わかってはいるんだけど……」
「あはは……少しずつ、仲良くなりましょう」
必死に言葉を選び、ソフィアはそう口にする。
セクハラ対策ミリアガードが完備である為ソフィアは下手に口を滑らす事も出来なかった。
「んじゃ、俺とステラはちょっと偵察に行こうか」
「ん、了解。どっちが怪しい?」
「何となくあっち」
「わかった。先は私が行く。援護をお願い」
「あいよっ」
短い会話の後迷わず飛び出したクロスとステラのその背を、ミリアは少しだけ羨ましそうに見つめた。
「きみきみー、何が羨ましいんだい?」
ニヤニヤした顔で……というかいやらしい顔でメリーが尋ねてきた。
「……別に大した事じゃないわ。ただ……」
「ただー?」
「隣に立てる力が、羨ましいと思ったの」
ぽつりと零す様に、ミリアは呟いた。
もう……私のプロデューサーなんて我儘は言えない。
そんな事ミリアだってわかっている。
そもそも、そんな贅沢を言いたい訳でもない。
ただ、共に戦えたらそれで、贖罪が出来ればそれで……。
だけど、今のミリアはその隣に立つ事さえ出来ない。
隣で戦うだけの力さえ、ミリアにはなかった。
自分を弱いなんて考えた事はない。
天使としての自負と確かスペックがあり、多少弱体化しても工夫次第で十分に戦える。
そう思っていた。
だけど……この人類頂点に位置するクロスパーティーの中では、ミリアは格差さえ感じる程の圧倒的な弱者となる。
ミリアがクィエルに喰われかけ弱体化した事が一番の理由ではあるがそれだけではない。
クロス含め彼女達は、人間は、常に成長し続けている。
今のミリアはただの一点、指揮能力以外はここにいる事が許される水準でさえなかった。
「ま、安心しなさい。あんたはあんたで十分役に立ってる。だけど、年期が違うのよ」
「年期?」
「ええ、その気持ちを抱き続けた年期がね。私達がそれが出来なくて、どれだけ無念だったと思う? 特にステラはね」
そう言ってメリーは苦笑する。
クロスの隣に立つ。
それにどれほど焦がれたかもう覚えてさえいない。
だけど、絶望していた事だけは覚えている。
あの日を彼女達が忘れる事は生涯ないだろう。
あの、クロスが死んでいたと知った日を。
絶望が希望に代わり、こうして魔物世界に飛び込んだ後でも中々傍に立てなかった。
そういう意味で言えば、今回のアリス騒動は感謝しても良いかもしれない。
かつて旅をした時の様に、クロスと共に戦える。
あの黄金の様な夢の続きを、また再び見れているのだから……。
「……人間の感情はわかり辛いわ。だけど、たぶん私は理解出来そう。どうしてかわからないけど、そう思えるわ」
メリーはいたずらっ子の様な楽しそうな笑顔を浮かべながら、ミリアの頭を撫で繰り回す。
ソフィアがその微笑ましい様子を、人差し指を口元に持って来て羨ましそうにじーっと見つめていた。
「ただーま」
片手を挙げながら、かるーい口調でクロスは帰還した。
「おけーり。その様子だと空振りだったみたいだね」
メリーはそう言葉を返す。
クロスに戦闘の痕跡がなく、また異様に帰りが早かった事。
それに付け加え、クロスが偵察に向かった反対側から濃厚な死の気配が漂いだしていた事が空振りの根拠となっていた。
憎悪を地の底で煮詰め汚辱を降り注いだ様な気配。
そんなVOIDの気配に皆慣れつつあった。
「いんにゃ。空振りって訳じゃなかったぞ」
「と言いますと?」
「いやー……こう……正直すっげぇ嫌な予感してる。ぶっちゃけ逃げたいけど……何となく、無理な予感がしてるわ」
「……クロス。何があったの?」
「何かさ、こう……森の中にぽつんと一軒、やたらと綺麗な洋館がね……」
呟くクロスはどこか諦めた様な苦笑を見せる。
隣にいるステラも何と言えば良いかわからず、ただ困った顔を浮かべ続けた。
薄暗い森の中にある白い洋館。
明らかに道らしき道がなく人が通った形跡もない完全なる自然の森。
その森の中に存在する訳のない『違和感しかない天然の空白地帯』にある、まるで新築数日という程に綺麗な洋館。
人の手が触れた痕跡がない森の中にある、造られた空白地帯と汚れの見えない洋館。
あり得ない事だし怪しくない訳もない。
もうどう考えても罠だし『これからここに誘導します』というのが透けて見えていた。
ご丁寧にVOIDも反対側からこちらを押す様にの出現なのがその嫌な予感の根拠をより高めていた。
意図がわかっているなら避けたら良いじゃないか。
そう考えたいのだが、アリスはそんなに甘い相手ではない。
洋館に入らないといけない『理由』をアリスが用意しない訳がなかった。
クロスは悩んでいた。
流れに従い洋館に入るか、流れに逆らい洋館から離れるか。
洋館に入らないのが一番安全ではあるだろう。
だが、それが正解かと言われたらそうではない。
正しいか間違いか、善か悪か、正解か不正解か。
そんな簡単な二択で解決出来る問題をアリスが用意する訳がない。
だから、この時点ではまだどちらを選べば良いかクロスは決め切れずにいた。
「最近めっきり天使でなくなったわねぇ」
周囲をVOIDに取り囲まれながらメリーはしみじみと呟いた。
「余裕がないんだと思うわ」
そうミリアは答えた。
アリスにとっての敵はここだけでなく、言うなれば世界そのものが敵。
広範囲で戦線を引いている事を想定すれば、硬直状態が増えるだけでこうなるなんて結果は簡単に予想出来る。
それ以前に、ヴィクトアリア勢力という亡命誘発装置もある事を考えたら、アリスの元にいる真っ当な天使は既に壊滅しているだろう。
まあ、使い捨てにされていたのだからいずれという時間の問題でしかなくて、丁度それが今頃と言うだけの話だが。
「それでどうするの? ご丁寧に館の方角にはあいつら湧いてないけどさ」
メディの呟きにクロスは考える。
入るべきか、逃げるべきか。
未だに答えは出てこない。
いや、そうじゃない。
答えは既に、最初から出ている。
洋館の方から無数の生命反応を感じられる辺りで、答えは既に。
周囲にある幾つかの村で行方不明になった子供達の話。
突然に現われた洋館。
誘導する為の餌。
いかにもアリスのやりそうな事である。
とは言え、アリスならこれに加えもう二つ三つ何か仕掛けをしているだろうが。
そう悩んでいる時に、雨がぽつぽつと降り出した。
まるで『雨宿りにいらっしゃい』と言わんばかりに。
別に雨対策位は簡単に出来る。
出来るのだが……これ以上抵抗すると、何が起きるかわからなかった。
諦めに似た心境で、クロスは決断する。
「悪い皆、入ろう」
巻き込む事に罪悪感を覚えながら、クロスはそう命令を下した。
彼女達は皆クロスを見て、小さく苦笑した。
「遅いよ。言うのが」
皆を代表し、ステラはそう言葉にした。
どれだけ危険であろうとも、逆に人質を見捨てようとも、彼女達に文句はない。
彼がそう決めて、私達がそう命令される。
それだけで、彼女達は良かった。
それが……『共に来てくれ』という言葉だけが、彼女達が本当に欲しかった物なのだから。
それが貰えるのならどの様な酷い場所であろうと、絶対に死ぬ様な危険な場所であろうとも構わない。
今度こそ、最期まで傍に居られるのなら、それで。
「悪いな」
それだけ言葉にし、クロスは洋館の方に向かい歩き出す。
露骨な程に、今にも襲ってきそうだったVOID達の動きが止まった。
クロスが洋館の入り口に到着した時にはVOIDの気配は完全に消滅し、代わりに激しい雨模様となっていた。
森の木々、その葉を叩く雨音は激しく、雷が鳴らなければすぐ目の前にある正門を見る事が出来ない程に暗い。
雷鳴と共に映る一瞬の光景。
洋館は、思ったよりも大きかった。
クロスは見上げる様な両開きの扉に手をかける。
当然鍵はかかっておらず、キィッっと扉の大きさからは考えられない程軽い音を立て、主なき洋館は容易に来訪者を迎え入れた。
屋敷の中は、意外と明るかった。
玄関を越えた先にあるエントランスホールはどこか高級ホテルの様な装いをしていた。
「悪くないセンスね」
メディはそう呟く。
それが皮肉なのか本気なのかクロスにも判断出来なかった。
「探索前にちょっと休憩しようか」
クロスは大きなソファにぼふっと座り、小さく息を吐く。
VOIDの対処には慣れて来た。
ミリアが居るおかげで奇襲頻度は極端に下がった。
それでも、ずっと戦い続けて来たからか徐々に疲労は溜まりつつあった。
雨は更に強くなり、雨水が強く窓を叩いていた。
「ゆっくりして良いの?」
ミリアの質問は当然の物だった。
ここはどう考えても敵の罠。
獣の口の中に等しい。
それなのに、皆本当にホテルに来たかの様にゆるりと過ごしていた。
「逆だよミリア」
ステラは微笑み、そう言った。
「逆?」
「そう。急いだら不味いんだ。疲れた状態で、動きが悪い状態で慌てて行動すれば敵に絡めとられる。危険な状況だからこそ、じっくりと休んでいるんだ」
「……私にはわからない。わからないけど、貴女達にとっては何時もの事なのね」
ステラ達は互いに見合い、そして微笑む。
そう、何時もの事だった。
クロスが人助けをする為に、危険な事をするのは。
その何時もの事を、彼女達はずっとずっと、待ちわび恋焦がれていた。
「状況は悪い。とは言え、最悪じゃない」
クロスは突然そう言いだした。
「どういう事?」
メリーの問いにクロスは答える。
推測混じりの直感だが、それでもことアリス事象に関しての時は恐ろしい程に頼りになった。
「この状況は何も悪い事ばかりじゃない。これはアリスにとって本来の計画じゃないからだ。恐らくだけど、ミリアの指揮にやきもきして臨時の手を打ったんだと思う。あまりやりたくなかった感じでもあるな。感覚的に言えば『本来の手札を捨て、慌てて次の手札を切った』って感じだ」
「ふむ……。私が役に立ったのなら良かったわ。まあ、そうね。アリスの当初予測誘導ポイントはここじゃなかったし、作戦変更したと考えるのは論理的に正しいわ」
「いや、作戦変更という程綺麗な手段じゃない感じだ。むしろ破れかぶれに近い気がする。とは言え……油断は出来ないがな」
確かに悪い状況ばかりじゃない。
だが同時に、洋館に入ってから嫌な予感がし続けていた。
それは死の予感に近い。
同時に直接的に危害を与えて来る様な方法ではなく、限りなく間接的な方法で。
つまり……。
「すっげぇ嫌な搦め手の予感がする。気を付けてくれ」
「死ぬ程当たるクロスのアリス予想で気を付けてくれって……酷い事が起きるの確定してるじゃん」
メリーはぼやく様に、そう呟いた。
ありがとうございました。
洋館という言葉が適切じゃない気もするけど面倒なので洋館で通します。




