限りなく静かな劫火
とことこと可愛らしい小さな足を動かして、幼き少女は早足で病室に向かう。
彼女の名前はエメリー。
どこにでもいる普通のバッカニアの民である。
ルーツはパルスピカ率いるアークに住んでいた魔物で、そのまま流れでバッカニアに合流した。
ちんまい背と丸い顔が少しだけ嫌で、だけどお母さん譲りの茶色の髪がちょっとだけ自慢な、小さなただの女の子。
敢えて他の子と違う部分をあげるなら、母親が病院の常連である事位だろう。
そうして彼女は何時もの様に母親の病室に行って、寝ている母親を起こさない様に静かに花瓶の水を変える。
エメリーの母はバッカニアに移動する時戦乱に巻き込まれ、その時エメリーの母親は負傷を追いそしてそれ以降ずっとこの病室で眠り続けていた。
とは言え……そう心配する事でもない。
エメリーが面会に来る事を許可する位には回復しており、どの医者もあと一週間もすれば目が覚めるだろうと確信している。
いや、脳波的には既に意識の覚醒に入っており、時折意識がある様な反応も見せている。
だから彼女が目覚めるのはもう、時間の問題であった。
少なくとも、何時目覚めるか未だ不明のシアよりは心配な事はない。
エメリーはとことこと忙しなく動き、花瓶をそっと元に戻す。
母親が何時目覚めても、綺麗な花が見える様に。
その後ゆっくりと、顔色が良くなった母親を見て、表情を綻ばせた。
『お母さんはねむねむが足りないだけだから、もう少ししたら起きるよ』
その言葉は慰めではなく、単なる事実。
だからこそ、エメリーの気持ちは明るい物となれた。
母がいなかった半年程は、決して辛いだけの日々ではなかった。
毎日が楽しくて、沢山お友達も出来た。
意外な才能があってちょっとした魔法なら使える様にもなった。
揶揄ってくる男の子はちょっと苦手だけど、構って欲しい弟みたいと思ったら許してあげる事も出来る。
まあ、そんな普通の日々を送れている。
それでもやっぱりちょっとだけ寂しくて、母親に早く甘えたいと思うのはしょうがない事だろう。
だからエメリーは、その日が待ち遠しかった。
ぺこりと頭を下げてから、静かに病室を出る。
もう一つ、彼女には日課があった。
偉い人にも認められたとても大切なお仕事。
お友達にはエメリーが特別な存在であると思われ尊敬を集め、彼女自身それを自慢げにしている。
毎日病院にいるエメリーだからこそ、それが許された。
彼女は静かにノックをして、その部屋に入る。
その、シアの部屋に。
母の見舞いの帰りにシアの部屋に入って様子を見て、そして花瓶を変える事。
花が萎れていたり傷んでいれば病院に報告して新しい花を用意して貰う事。
エメリーはシアの病室の『お花係』を医者から任されていた。
「……今日も問題なし」
小さな声で、ふふんと自慢げに、花の様子を見てから、水を変えていく。
そして水を変え終わってから、シアの顔色を見て……少しだけ、寂しい気持ちになった。
比べて見れるから、エメリーにはわかってしまう。
母親の表情は寝ているそれだが、シアのそれは何か違う。
言葉にはし辛いが、寝ているとはとても思えない程、静か。
そこにいないと感じる程に、何かが希薄。
だからそれが少しだけ怖くて、寂しかった。
それでも、エメリーは信じていた。
再びシアが目覚めて、そして花瓶を変え続けた自分を褒めてくれると。
また前の様に、笑って話しかけてくれると。
エメリーにとってシアはとても大切な人だった。
なにせ、母親と自分を助けてくれたその人がシアだったのだから。
そして寂しくて泣いている時傍に居てくれたのも……
「……早く良くなってね」
小さな声でそう呟き、ぺこりと一礼して、エメリーはシアの部屋を出る。
病室を出た先で、エメリーは女性の姿を目にする。
エメリーはそのお役目の都合上、シアと関係する大体の人とあいさつをしている。
だから、エメリーはそこにいる女性が『メリー』という名前の人間で、そしてとても偉い立場の人だと知っていた。
「メリーさん。おはようございます」
そう言ってエメリーはぺこりと頭を下げた。
自分に似た名前の、大人の女性。
様って付けたらいらないよって言ってくれたら、優しい人。
凄く失礼だから言わないけど、見た目も話し方も子供っぽいから、ちょっとだけお友達な気がする、そんな人は、にこりとエメリーに微笑みかけて来た。
「うん。おはよエメリーちゃん。それでね、ちょっとお願いがあるんだけど……」
そうメリーが言って、エメリーに近づいて……ばちっという様な音をエメリーは耳にした。
「…………重い」
それが、エメリーが意識を失う前に聞いた最後の言葉だった。
ずっとずっと、おかしいと思っていた。
確かに……バッカニアの軍事背力は貧弱であり、天使と比べ総合力に遥かに勝る。
天使が軍隊的な行動を取れば追い込まれるのは当然である。
だがそれでも、明らかに敵の動きが洗練され過ぎている。
こちらがもたもた動ている中ずっと相手は最適解を重ねている様でさえあった。
優れた機械生命体である天使が主勢力であるから、まあそういう物なんて考え方も出来る。
だけど、メリーはずっと違和感を覚えていた。
相手が天使というだけではない。
まるで相手だけボードゲームの様に神の目線で動いている様な、この違和感。
要するに、こちらの動きが完璧に読まれているのだ
だが、一体どうやって?
メリーはその可能性を一つずつ潰していった。
例えば、未来予知。
一番あり得た可能性だが、違った。
未来予知や予言という様なタイプだと動きが理屈に沿わない不条理になるからだ。
敵の動きはあくまでも軍隊の指揮を中心とした物、こちらの動きを潰す事を主軸に置いた所謂カウンターに類する。
であるならば、高度演算による擬似未来予知か。
だがその可能性も潰えた。
そうだと思って理屈に沿わない非効率な作戦を敢えて使ってみても、相手はそれを読んでカウンターの戦略を選択した。
そんなブレの酷く事を演算では解決できない。
自分よりも上の策略家の可能性……もない。
既に策略という範疇を越えている。
そうして可能性の高い順番に可能性を潰していって……最後に残ったのは、一番考えたくない可能性だった。
「そんな訳がありません! そんな……そんな訳が……」
その部屋で……パルスピカは発狂した様に叫ぶ。
彼は極めて理性的であり、感情に支配される事はない。
そんな彼が感情に身を委ねる程、これは考えたくない事だった。
「だけどね……他にないのよ。他に……」
メリーはそう言って、寝ている彼女達に目を向ける。
部屋の隅で、意識を失っている母と娘。
彼女達はあり得ない位きつく、ベッドに拘束されていた。
エメリーと呼ばれた彼女は、大聖堂に住み、重要度の高い病室に通い、そしてマリアベルの手伝いをしている。
彼女だけだった。
重要度の高い場所に居ても違和感がない、関係者でない存在は。
だけど、そんな訳がないとパルスピカは叫ぶ。
共にいるエリーもまた、その意見に同意だった。
本当に彼女が裏切者であるならば、エリーかシアが気づいている。
これまでどれだけ馬鹿を排除してきたか。
それ以前に、裏切りを行うだけの知能を彼女は持たない。
母親の方ならともかく、彼女はただの子供なのだから。
「ですが……これは流石に突拍子もなさすぎます。メリーさんらしくないですよ……」
エリーの言葉はメリー自身自覚している。
だけど、どれだけ考えたくなくても、メリーはそれを知っている。
残された可能性が、もうこれしかないという事実を。
そうして、マリアベルが調査結果を発表する。
機人集落の祝福である高度スキャニングマシンにより調査した結果……。
「母娘の身体は……機械で出来てるわ……」
ゆっくりと……重苦しく……だけど、マリアベルはそう断言した。
「そ、そんな訳ありません! だって私の目には……魔力は……」
エリーはそう叫ぶ。
精霊である自分の目を逃れる事は出来ない。
その目が、今目の前にいる母娘はただの魔物であると判断している。
そんな訳がないと、心が理解を拒絶していた。
「そ、そうですよ! 僕は天使なんかよりもずっと昔から付き合いがあるからわかります! 彼らは裏切ってませんし、偽物でもありません!」
そう……だからこそ、メリーはその可能性を考えたくなかったのだ。
その答えが、あまりにも惨い事だから。
「……気づいてないのよ。本人も」
「……は?」
パルスピカは、唖然とした顔を見せる。
理解している。
だけど、理解を心が拒んでいる。
地頭が良いからわかってしまうのに、わかってないと思い込もうとしている。
それでも……厳しい現実が、その拒絶さえも否定する。
マリアベルは、はっきりと言い切った。
「天使と違って、脳だけ生身だった」
時間が、硬直した。
重苦しい中、そこそこの重鎮が集まったこの場で、誰も、次なる言葉を発さなかった。
だから、今日までわからなかったのだ。
完全擬態能力を持つ機械の肉体で、そして脳味噌は本人の物。
それはもう本人以外の誰でもない。
本人さえも知り得ない情報を読み取る事は、誰も出来ない。
『気づかぬうちに母娘は裏切者にされていた』
それが、答え。
負傷しバッカニアに移った時だろう。
その時に、盗聴機能を持つスパイの体に移し替えられた。
そう考えるのが妥当であった。
メリーは今、自分が失敗した事に気付いた。
自分には人の心がない。
それでも、時には情を優先する事もある。
だから順番を間違えた事に、自分らしくないミスに今更に気づいた。
「……マリアベル。これ、相手にスパイ行為がバレたって気づかれた? もしかして私やっちった?」
「半々ね。今の会話は聞こえてないわ。だけど……」
「私の最初の言葉か……」
抱きしめた時、あまりにも重量が想像外過ぎてつい呟いてしまった一言。
それにメリーは後悔した。
「それと、スキャニングしたからそれを逆探知されてる可能性もある」
「そか。まあそれならそれでしょうがないか」
そんな風に、マリアベルとメリーが冷静に話をしていたからだろう。
あまりにも当たり前に状況を受け入れて、だからそれが事実だと理解して……。
二つの怒りが、爆発した。
怒鳴った訳でも暴力を振るった訳でもない。
あくまで無言で、そこに佇むだけ。
だが、そこにいる全員が、彼らがぶち切れたと理解出来る程度にはその表情は憤怒に染まり、またその激昂により空気が本当に、ビリビリと振動していた。
窓ガラスなんかがあったらきっと怒気だけで割れている。
怒りの主の一つは、メディール。
彼女は子供好きであり、エメリーが居た大聖堂の養護施設だけでなくバッカニア内総ての孤児院の様子を見に行っている。
人間だった頃から彼女は大勢の子供の事が好きで、世界が嫌いでも子供だけは、未来だけは希望と思っていた。
つまり、彼女にとって『子供』とは己の中に残る数少ない『善性』であった。
その善性が、こうして最悪の形で利用された。
これから親になりたいと願う彼女の前で、理想の母娘が汚された。
怒りと言う言葉では生ぬるい何かが、彼女の中で暴れて回っていた。
もう一つの怒りは、パルスピカ。
元臣民をこの様な形で利用され、汚され怒らない訳がない。
彼は、元とは言え王だったのだから。
幸せとなるはずの二つの命を壊された事は、己が身を削られる事の様に痛く、そして恨みを抱える事であった。
「あー……この空気で言いたくないんだけどさ、悪い報告がもう一つあるわ」
マリアベルは静かに、そう口を開く。
そして皆の視線がマリアベルに集中した時……。
「いいや、二つだ」
急ぎ部屋に入って来ながら、クロスはそう付け足した。
戦場帰りたてだからボロボロで、ついでに息を切らしながら。
「クロス!? どうしてここに……」
メリーの言葉にクロスは困った顔を見せた。
「どうしても何も、嫁が悲しんでるから顔見せに。それとちょっと色々とな」
「クロス、悪い報告って何? そっちで何かあったの?」
マリアベルの質問にクロスは首を横に振った。
「いや、この騒動絡みだ。マリアベルの報告に関わるから後で良いよ」
「私が何を言うのかわかるの?」
「何となく」
そう言ってから、クロスはベッドで拘束され寝たままの母娘に目を向けた。
「……じゃあ先に報告させて貰うわ。ただし、落ち着いて聞いて頂戴。良いね?」
怒りの二つを中心にそう言った後、マリアベルは空気を最悪より更に下に持って行った。
「あの母娘の余命は一年もない」
怒りよりも、絶望が空気を支配した。
「……どうして……そんな事に……」
メディールの呟きに、マリアベルは冷静に答える。
いや、冷静である様心がけてと言う方が正しだろう。
マリアベルの拳は、固く握られ震えていた。
「半ば強引な手術だからじゃない? 私から見ればむしろ脳味噌移植して人間のふりして生きているだけでもうあり得ない技術よ。想像も絶するわ。それに……」
「あちらさんからすれば長生きさせる必要がないからな」
クロスがそう注釈を付け足す。
技術的な話以前に、必要がないのだ。
敵にとって母娘は、今動けば良い自動盗聴器なのだから。
「最悪。……マリアベル。無茶だとは思うけどお願い……」
「わかってるわよメディ。出来る事はするわ。……どこまで出来るかわからないけど」
マリアベルが力不足で嘆く事はほとんどない。
だからこそ、それがどうにもならない事であるとわかってしまった。
エリーは空気を軽くする為、わざと明るい声を出した。
「……で、ですが、早い内に気付けて良かったですね! まだ時間があります! 助ける事は出来るはずです! それにこれで盗聴もなくなるので情勢も――」
「と、ここで俺の報告だ。当然悪い方のな。情勢が改善されるとは思わない方が良い。これはアリスにってサブプランの一つに過ぎない。これに戦術を依存している可能性は皆無だ」
そう言葉にしてから、クロスはアリスの内面を予想しながら、この状況において理解した事を一つずつ口に出していった。
まず、これはアリスが全面的に考えた作戦ではない。
目的そのものはアリスが企んだ物だがその過程、つまり盗聴の為に無辜の民を改造するという手段はアリスが考えた物である可能性は限りなく低い。
アリスにしてはやり口がおざなりでかつ無駄が多いからだ。
アリスはもっと合理的な手段を使う。
だがアリスが無関係かというかと言ったらそんな事はない。
アリスの部下の誰かが考えて、それをアリスが加筆修正したというのが筋書き的に正しいだろう。
そしてアリスの目的は……。
「アリスはわざと見つかる様にしていた。時間差で見つかる程度にな。メリーとかアウラが適当なタイミングで見つけられる位にしたかったんだろう。こちらの裏を突きまくったのも見つかる様誘導したかったからだ」
本気で盗聴を隠したいなら、動きがわかる事を隠し要所要所だけ勝って時折わざと負ければ良い。
そうしなかったのは、見つかった方が都合が良いからに過ぎない。
「……盗聴してこちらの動きを読むのではなく、動きを呼んでいる事を主張して……盗聴を気付かせた? 何でそんな事を……」
パルスピカがクロスの言い分を理解出来ず、そう呟く。
それはほとんどこじつけにしか聞こえなかった。
だが……。
「本命の目的が違うんだよ。……時間差で気づかせて、そして目的が達成される。今ここに俺達が集まっている事さえ、アリスの手の平の上だ」
「だったら……だったら一体何の為に……何を目的にしてるというのですかお父さん!?」
「メディが今回の目的だよ」
クロスの断言に、メディはびくっと体を震わせた。
「何で……私が……」
「アリスにマジギレした。これでメディは最終局面でアリスと相対する事が出来なくなった」
「あー……そういう……」
メリーは納得した様に呟く。
ようやく、違和感がなくなり話に筋が通った。
何てことはない。
アリスにとってのの勝利条件はこちらと違う。
アリスは、自分に対し強いマイナス感情を持たせた時点で負ける事がなくなるからだ。
アリスのデザイアがどういう物か詳しく知る者はいない。
アリスの内面を誰よりも知るクロスでさえ、そこまでは読み取れていない。
ただわかる事は、アリスに対し強い憎しみや怒りを抱えた者は、それだけでアリスのデザイア、その脅威に晒される。
相対するだけでアリスに吸い殺される様になる。
生殺与奪の権を、いやそれ以上の権限を全てアリスに委ねなければならなくなる。
クロスのデザイアはアリスに対しカウンターとなり得るが、それでも絶対ではない。
メディ程怒りを覚えてしまえば、おそらくクロスの影響よりアリスの方に影響されるだろう。
だから要するに、ここまでが、全部アリスの手の平の上。
こちらが気づくだろうという事まで見切った上で、アリスはこの状況を用意した。
「……まあメディというよりもSQを怯えてだと思うけどな。……ああクソッ。時間がねーな。悪いけど俺は行く。だから、あんまり自分を追い詰めるな! 頼むから冷静でいてくれ! お前が爆発したらマジで不味いんだ!」
それだけ言って、クロスは慌ててその場を後にした。
メディは独り、首を傾げる。
あのクロスが焦りに焦って『爆発するな』なんて言うけれど、正直そんな気は毛頭ない。
むしろ絶望と悲しみから落ち込んだこのダウナー気分を上げる方が大変な位である。
それをクロスが気づかない訳がない。
なら、さっきの言葉は、クロスがあれだけ不安になって冷静でいろと『爆発するな』とまで言ったのは、一体誰に対してだろうか。
そう考えた後クロスの最後の言葉を放った時の視線の先を見て――そうして、気づく。
今この場にいるのはマリアベルにメリー、メディール、エリー、パルスピカ……と、もう独り。
最初から最後まで、彼女はずっと、無言のままだった。
そこにいる彼女、アウラフィールは。
彼女は微笑んだままだった。
ずっとずっと、ただ笑ったまま。
彼女は知っているからだ。
自分達為政者は、その気持ちを表情に出す自由さえ許されていないという事に。
アウラは長い事、ずっと魔王であった。
レンフィールドが死んだ後その座を簒奪し、それ以降クロスに託すまで最善最悪の魔王として君臨し続けた。
誰よりも魔王を憎み、辞めたいと願い恥じていたのに、アウラはずっと魔王であり続けた。
どうしてか?
色々と理由はある。
辞めなかったというよりも辞められなかったという方が正しい。
だけど、その根本となる物はとてもわかりやすい。
『アウラは民を愛していた』
では、そんなアウラが今どんな気持ちなのかと言えば、とても簡単だ。
怒りでぐちゃぐちゃである。
自分が愛する民が、アークより訪れた、つまりパルスピカの元にいた臣民が、こうして理不尽に巻き込まれた。
戦うべく兵士ならばまだ許容出来る。
戦争という狂った事に民が巻き込まれたのならそれは国家の所為であり半分の責任は己の物だ。
だが、これは違う。
母娘に受けた理不尽は、それらとは一線を画す。
それは魂の尊厳さえも汚された、凌辱において他ならない。
それを平然と行って来たという事はつまるところ、国として舐められたという事にもなってくる。
そんな理不尽を、許して良い訳がなかった。
「パル君」
ニコニコしながら、アウラはその名を呼んだ。
「……何ですか?」
「どっちが良い?」
「へ?」
「子供として扱って欲しい? 後輩として扱って欲しい? 私はどちらでも構いませんよ」
その意味が理解出来る程度には、パルスピカはアウラの元で育っている。
選択をしろと脅迫している事に気付いている。
たぶんここが、我儘を言う最後のチャンス。
子供だと言えば、今までと同じ程度に自由でいられる。
その我儘を、パルスピカは捨てた。
子供というモラトリアムな時間は、この日を最後とする様に。
「僕はお父さんの後を継ぎます。最速で、最善を目指して。その様に扱って下さい。アウラ様」
「だったらパルスピカ。笑いなさい。今すぐ。私達はメディさんやエリーさんとは違います。私達国家の奴隷に気持ちを表す贅沢なんて許されません」
パルスピカは唇を噛み、悔しさで涙を流しながら、それでも、笑ってみせた。
「今だけは見逃します。行きますよパルスピカ。私達が出来る事は小さな事ですが、それでも、それは私達にしか出来ない事です」
そう言ってから、アウラはぺこりと頭を下げて、そしてその場を後にした。
後ろに尽き従うパルスピカと共に。
「……なるほど。確かにアリスらしくない手だねこりゃ」
クロスの言った言葉の意味を、メリーは理解する。
メディを怒らせる事を目的とした割には、無駄に怒らせた人が多すぎる。
なにせ人でなしである自分さえもムカつきを覚える位に場の空気が怒りに染まっている。
そしてその結果、アウラの逆鱗まで踏みにじっていたのだから。
握りこぶしを作り、震えるメディをメリーは見つけ、にまにました目を向けた。
わざと怒らせて、元気づける為に。
「さてメディちゃんや。辛い様なら慰めてあげようか? あっちでもこっちでも」
「止めた方が良いわ。メリーやステラが本気の私を相手したら――死ぬわよ?」
冗談なのか本気なのかわからない言葉だが、真実味があった。
なにせメディはクロス限定とはいえ、一時期世界さえ滅ぼしかけたサキュバスの王、その正式たる後継者なのだから。
「……ソフィアは?」
「ソフィアはソフィアだから」
「せやな」
そうとしかメリーは言えなかった。
メルクリウスの様に頑強な肉体がある訳でも、メディの様にサキュバスとして覚醒した訳でもない、純粋な人間。
それでも、そうとしかメリーは言えなかった。
ありがとうございました。




