愛天使達-後編
「さあ、貴方達の愛をここに示しなさい!」
その叫びと共に三機の天使は空を駆け、こちらを包囲する。
クロスは終始嫌な予感しかしていない。
これがマトモな戦闘になるなんて全く思えないし、それ以前に今回は即座に引いた方が良いとまで考えている。
なにせ、相手からまるで敵意を感じないである。
それが一番やばいのだと、ロゲートでクロスは散々思い知っていた。
「さあ、これが私の力、私の想い、願い。受けてみなさい! 愛ビーム!」
両手を交差し天に掲げ、何か変なポーズでチャージした後、またまた変な恰好でビームを放出しレティシアに放って来た。
レティシアは翻る様優雅に回避しようとして――ビームは追尾する。
ひやっと背筋に冷たい感覚を覚え生唾を飲むも、慌てたのはほんの一瞬で対処出来ないという程ではなかった。
あくまで手の平からのビーム。
狙いは非常にわかりやすく追尾してこようと避ける事はそう難しい物ではない。
ただし、それは相手が一機の場合なら。
遠くに離れようとするレティの足を天使は掴み、その場で動きを止めた。
「なっ!?」
そしてその動揺を見逃す訳もなく、光が、レティシアを飲み込んだ。
「レティ!?」
慌て、クロスはレティの傍に寄ろうとして――。
「邪魔はさせません」
そう言って、天使が一機インターセプト。
クロスは顔を顰めながらトレイターを抜いた。
「だ、大丈夫ですかレティシア様!?」
慌てた様子で、リョーコはレティシアに近づいた。
「だ、大丈夫よ! 問題ないわ」
そう言って、レティシアは無事な様子を彼女に見せる。
ただし、頬はどこか朱に染まり、目線はそっと適当な方だが。
「何か様子が……って、きゃっ!?」
レティシアの方ばかり見ていたリョーコもビームに飲まれる。
だが、リョーコもまた無傷だった。
小さいダメージさえもなく、服に焦げ目の一つも出来ない。
そのビームに攻撃性能はなかった。
「てめぇ……何が目的だ?」
クロスは傍にいる天使ではなく、ビームをバラまく天使に尋ねる。
だが、彼女はクロスに方に眼さえも向けようとしなかった。
「ごめんなさい。ヴィヴィは貴方に興味がないから。だから代わりに私が答えましょう」
ビームを撃った天使でも、クロスの足止めをしている天使でもない第三の天使は、そう言葉にした。
「彼女の名前はヴィヴィ。ヴィヴィ・アザゼル。彼女の想いを形にした愛ビームを女性が浴びたら、その愛が胸からあふれ出すわ。同相手にのみ」
第三の天使はドヤ顔でそんな事を言い切った。
クロスはそっと、レティシアとリョーコの方に目を向ける。
そこまで強烈な洗脳という訳ではないらしく、彼女達は思春期の男女みたいにもじもじとして互いを変に意識する程度の影響しか受けていない。
ただ、そんな彼女達を三姉妹はほっこりとし満足げな表情で見つめていた。
「馬鹿じゃねぇの!? お前ら馬鹿じゃねぇの!?」
「ちなみに、洗脳じゃなくてあくまで思いが溢れるだけ。だから全く資質がなければ機能しないわ。つまり……それが貴女達の本当の気持ちという事よ」
ヴィヴィはニッコニコ顔でレティとリョーコにそう伝えた。
まあ、彼女達は自分の感情に手いっぱいでその声を聴いてもいないが。
「……良くわかったよ。お前らマジモンの馬鹿って事が。それが目的で天使から離脱して地上に出たのか……」
「そうですわよ? でも、それだけじゃあないですわ」
レティの足を引っ張った天使はそうクロスに言った。
「それだけじゃないだと?」
「ええ。例えば……」
彼女はちらっと三番目の天使に目を向け、彼女はこくりと頷き言葉を発する。
「私、ニフィ・アザゼルは人類皆平等だと思っているわ。平等に……男性も男性と愛を育めば良いと思うの」
そう言って、彼女は先程のヴィヴィの様にチャージする様なポーズを取って、クロスの方に体を向ける。
それは、ぞっとする様な恐怖だった。
こいつらは本気だ。
本気で、ただその為だけにこの場に残っている。
天使の使命とか、アリスの策略とか、そんな物関係なく、ただ同性の恋愛が見たいという理由だけで。
目が、そう語っていた。
クロスは迷う事なく、レティとリョーコを抱えその場を離脱した。
わき目もふらず、プライドも捨て、一目散に。
「……ごめん。逃がした」
「構いません。ギィヴィ。どちらでも構いませんの。ええ……真実の愛の前には」
「それはニフィが男性を連れてもう一度来て欲しいからでしょう。私としては、もう少しあの甘酸っぱいのを楽しみたかったのに……」
「また村に行けば良いでしょう。真実の愛を啓蒙しに」
「もちろん村には行きますよ? それが使命ですから。でも……彼女達もまた、素敵な資質でしたから。ギィヴィはどうでした?」
「そうですね。個人的な意見で言えば……カップリング力が少し弱かった様に思えます。もう少し組み合わせに魅力が欲しかったですね。喧嘩っプルとかが今は見たい気分です」
「全く。愛の伝道師なのにギィヴィは我儘ですねぇ」
そう言って、三姉妹は楽しそうに笑った。
遠く逃げながら、彼女達の笑いと悍ましき会話を聞きながらクロスは誓った。
かの邪悪は、必ず滅ぼさねばならぬと。
自分が男好きにさせられそうになったと気付いたクロスはその恐怖を飲み込む様、固く、強く――。
クロスが敗走したと聞いてバッカニアに激震が走る。
そしてその内情を聞いて、もっと強烈な衝撃が駆け巡った。
まさかこんな場面で、変質者対策をしなければならないのかと頭を悩ませながら。
ふざけるなと言いたい位馬鹿馬鹿しい話なのに、同時に国家として放置出来ない大問題でもあった。
なにせ洗脳に加えて異性恋愛の否定である。
頭が痛くなる程度には厄介で、放置すればするほど傷が広がる。
だから、こんな馬鹿馬鹿しい内容なのに天使に丸投げ出来ず、バッカニアは優先的駆除対象にしなければいけなかった。
倒すべき千載一遇のチャンスであったのに、逃げかえったクロスを誰も責めなかった。
洗脳が解け、我に返ったレティシアとリョーコとの間に流れる気まずい空気を見て、責められる者は誰もいなかった……。
「という訳で、作戦会議の時間です。まずは出席者の紹介」
先の偵察であるクロスが音頭を取りそう口にした。
ちなみにやる気は皆無である。
更に付け足すと、精神的不安とこれ以上取返しの付かないダメージを避ける為にレティシアは参加させず、教育上悪いのでパルスピカ、アリアの関係者は一同に参加禁止となっている。
「まず、もうぶん殴った方が早いと思って呼んだメルクリウス」
「真竜形態でぶっ飛ばせば良いと思うが、宜しいかご主人?」
「それもまた答えだな。俺的には是非ともやって欲しいところだ」
「任せろ」
「助かる。とは言え傍に民家があるし大規模範囲内の取りこぼしで逃がす可能性もあるから、最期の手段になるかな。続いて地味に今戦争最大功績者のメディ」
若干悔しそうにするメルクリウスを見て、メディは困った顔になった。
「偶然だしもう同じ事出来ないから」
「それでも功績は功績さ。欲しい物あったら今の内に言っとけばいいよ。国とか国とか国とか」
「国って……なにその罰ゲーム? 誰が国政なんてやりたがるのよ」
「だよなぁ」
「まあ、欲しい物がない訳じゃないからアウラ様には言っておくわ。戦後褒賞が楽しみね」
「ありゃ意外。でも良い事だね。頑張ったら褒めて貰わないと」
そう言って、クロスは微笑みメディの頭を撫でる。
クロスは知らない。
メディの欲しがっている物が、『クロスを〇日自由に出来る権利』であり、そしてそれが今一番報酬内で高騰しているという事を……。
「はい続いて皆の頼れるメリーさん。本来ならとっても忙しいところだけど今日は無理を言って参加してもらいました」
「どーも皆の頼れるメリーさんだよー。はろはろー。はぁ、役に立てる気がしねぇ」
「正直な本音どーもどーも。んでとりあえず今はこれだけ。途中合流出来たらシアとエリーが来る予定だけど……まあたぶん来れないかなー」
「まあしゃーないよね。シアとエリーは……うん……」
メリーとメディは納得し頷いた。
エリーとシア、彼女達は揃って病院勤務となっている。
精霊の能力を生かし、重症患者の根本治療から風邪などどうしようもない軽傷の簡易治療等薬や通常の医療治療では行えない治癒の担当。
しかも病院勤務はオマケであり、彼女達はどちらも本業が存在する。
エリーは政治的な雑務を、シアは地上の治安維持部隊長を担当していた。
特に今の地上は国民を避難させた後であり、そこにいるのは軍関係者に建設やそれに準ずる仕事、そういった国防に関わる者のみ。
その中には当然荒くれ者も多くいる為、シアの仕事が楽になる事はなく、いつもシアは地上を駆けまわるはめとなっていた。
「そんな訳で、これから会議を始めーる。何か意見があればたのーむ。なければメルクリウスによる急降下龍モード大暴れで周囲の土地事総てを一掃する事になるかな。俺達が住民避難させて」
民家集落の傍で、しかも山は自然の恵みが溢れている。
その全てを破壊する事になるから、メルクリウスは本当に最後の手段である。
とは言え、そこまで想定しなければならない事情がある。
クロスは既に集落に天使の影響が既にあると考えていた。
むしろ、きっと逆。
魔物の集落が傍にあるから天使達はあそこに陣取ったと思った方が自然まであった。
だとしたら集落は今頃……。
「とりあえずさ、前天使が来た時のあの三機のスペックデータを貰ってるから、それと今回クロスが持ち帰った情報を補完して新しい資料を作ったわ」
そう言いながらメリーがテーブルに置いた資料に皆目を向けた。
『ヴィヴィ・アザゼル』
上級機甲天使の一機。
特異能力として女性同士の恋愛感情を高める光を放つ。
これは強制洗脳というよりも『ときめき』の様な感情を増幅するシステムだと思われる。
またこの光は上級機甲天使特有の特殊能力だが他の上級機甲天使よりも強力な傾向にある。
魔物でのデザイアに匹敵する物と考えて良いだろう。
強力な反面、男性には効果を及ばさない。
『ギィヴィ・アザゼル』
上級機甲天使の一機。
彼女は他の二機と比べ性質や好みが比較的おとなしく感じる。
とは言え他の二機同様同性の恋愛を好むが。
能力はおそらく特定感情の増幅。
単体ではそれほど強力な物ではないが、二機の光をより強力にする特性があり、また場そのものが媒体である為対象無作為で回避する事が出来ない。
確認する事は出来ないが、おそらく自分達さえも効果範囲の対象となっている。
恋愛的趣向で言えば過程を好むみたい……とメリーはプロファイルした。
あっているかどうかは知らないし心底どうでも良いが。
『ニフィ・アザゼル』
上級機甲天使の一機。
前機、ヴィヴィ・アザゼルと比較した場合彼女の趣向は明確な物となる。
ニフィ・アザゼルはヴィヴィ・アザゼル同様光を放つが、その対象は男性のみ。
そして効果を受けた男性は男性に対しときめきの様な物を強く感じやすくなる。
つまり……ニフィ・アザゼルは男性同士の恋愛を好む趣向にあるという事だ。
限りなく強力な男性特攻であり、男性に精神的ダメージを強く与える事が想像される。
「ちなみにセカンドネーム『アザゼル』は自称であり勝手に名乗っているだけで正式な名じゃないんだって。……いや、うん。正直この件に関してはアリスを同情するわ……」
メリーはぽつりとそう呟く。
上級機甲天使、空白データを全て埋めた場合セカンドネームを得られる事。
そう言った天使の情報が今回の事件でこれでもかと手に入った。
上級機甲天使のスペック情報や内部事情なんて最も秘匿したかったであろう情報のはずなのに。
アリスがこっちに意図的に伝わらない様にしていたであろう情報が、先の天使の独断先行にてぽろぽろと零れんばかりに入って来た。
もし自分が同じ立場だったらきっと泣いているだろう。
それ位、メリーはアリスを不憫に思っている。
まあ、クロスを狙っている以上殺意に勝る感情が宿る事はないが。
一通り資料を見た後、クロスは考え込む。
「ふぅむ……。メリー、どう動くのが正解かな? 正直に話して欲しい」
クロスの質問にメリーは困った顔を見せた。
「ふざけているけど、こいつら私達が相手にしてきた天使の中でも実力上澄みなのよね。それが三機。……EMP爆弾が効くとも思えないし……後何より嫌悪感がやばい」
基本的に、メリーは外道である。
そんなメリーでさえも感情を操作され他者に恋愛感情を抱かされるというのは憎しみが宿る程に怖かった。
クロスが逃げた理由もそれにあった。
そう……愛という感情を抱えていればいる程、その行為には恐怖を覚える。
アリアやパルスピカの参加をクロスが認めなかったのもそれに由来する。
未成熟な感情が歪み一生の傷になる事だけは避けなければいけなかった。
「……メリーでさえもか」
「ええ。メンタルってのは戦闘において非常に重要な要素よ。……だからさメルクリウスにもぶっちゃけ任せ辛いのよね。同じ嫁ーズとしてさ」
「そう言って貰えるのは嬉しいが、私は忠実なメイドとして……」
「感情のままに動くドラゴンが何を言ってるのよ。大体夜だとあんた案外甘えるのが好……」
「それ以上はストップだ」
「へーい。とまあ、そういう訳でどうしようかぬー。……誰か我こそはという奴がいてくれたら良いんだけど……。恋愛的に誰かに依存してなくて、戦闘力が高くて……エリーじゃない奴」
ぶっちゃけレンフィールドが適正としては正しいのだが、内政トップ担当は外に行かせられない位に忙しい。
せめて書類仕事がアウラ位出来る奴がもう一体でもいてくれれば、レンフィールドを殲滅部隊に出来る程度には状況は大分変わるのだが……。
「でしたら、私に任せて貰いましょうかしら」
そう言って、『彼女』は会話の中に割り込んで来た。
彼女を見た瞬間、クロスは即座に理解した。
彼女は任せるに足る……いや、彼女以上に三姉妹天使を屠るに相応しい相手はいないと……。
そして翌日――。
「ほ、本当か!? もう倒したのか!?」
バッカニアの外、報告を聞いた下級天使は目を丸くしながら叫んだ。
「うぃ。悪は滅んだ。完全に」
クロスはけだるげに頷く。
その目は完全に死んでいた。
「……詳しく聞かせて貰おうか、いや、すまない。クロス、君の顔を見れば相当の被害があったと理解する。だが……確実な情報が必要なのだ」
「うぃ。まず、俺が女装した」
「……は?」
「女装した」
「何でそんな無意味な事を……」
「女だと誤解したら光意味ないだろ?」
「いやいや。何を馬鹿な事を。我らのセンサーアイを誤魔化す事など……」
ばっと、その場でクロスは女装してみせた。
黒髪ロングメイド服の美女に。
ほんの一瞬、コンマ以下の時間にて変わったその美しい女性の姿。
それは、センサーアイさえも誤認させるに十分な物だった。
「な、なんと……そんな馬鹿な……」
「今回は骨格を軽く変えた程度だけどあん時は化粧も含めガチでやったからこれより精度高かったぞ。実際騙せたし」
「……むぅ。確かにそれは……いや、それ以上言うまい。それだけの覚悟をして挑んでくれたのだから……」
「いや、別に女装は大した事じゃないぞ。そもそも俺は単なる補助と、最悪の場合の救出要員だった訳だし」
「そう……なのか? では一体誰があの屑共を……」
「それは……」
クロスが何かを言う前に、彼女がバッカニアの中から出て来た。
自信満々な表情で、どこか満足そうな表情で。
「もしや君が……。だが、悪いが君が特別優秀な様にも、アレに強い様にも見えないが……」
「ああ……紹介するよ。彼女はレイア。俺の妹だ」
レイアは静かに、そっと上品に頭を垂れた。
「ご紹介に預かりました。性的対象が女性なレイアですわ」
ねっちりと、それでいてじっとりとした視線をレイアは天使に向けた。
「あっ」
それだけ呟き、天使は全てを理解する。
何てことはない。
最初からそうであるならば、光の影響は受けなかった。
要するに、そういう事である。
「被食者と捕食者の逆転。叫ぶ三姉妹、そして徐々に恍惚としていって最後は……」
「もう……良い。わかった。悪かった。私が……」
天使はそう言い残し、クロスの肩をぽんと慰める様にして叩いた。
決して、レイアの方に目を向けない様に……。
「まあ失礼な。ねぇ、お兄様?」
嫌がらせのチャンスをこれでもかと逃さない様、レイアはわざとねっちりとした言い方でクロスに絡んだ。
「……何と言うか……うん。疲れた……」
クロスの呟きに、天使は同情と罪悪感を覚えた。
「あー……すまない。巻き込んだ癖に何も労う事が出来ずに……。何か希望があれば、我が名にかけ最大限叶えようと努力位は……」
「嫌じゃなかったら、ハグしてくれ」
「……ハグ?」
「うぃ」
「わ、私で……良いのか? 私は人間じゃないぞ?」
「うぃ」
「……まあ、嫌ではないから構わないが……」
天使は困惑した表情のまま、クロスをぎゅっと抱きしめた。
「……ちょっと元気になった」
「そうなのか? 人間はわからないな。だが……まあ、悪い気はしないな。私が癒せたというのなら」
そう言って天使は微笑みながらクロスを優しく抱きしめて、そしてその場を後にした。
「……お兄様ズルくない? いやズルいですわ」
そんなレイアの声を、クロスは静かに無視した。
「……後でステラさんにある事ない事告げ口しておきますわね」
「ごめんなさい勘弁してください」
クロスはへへーとレイアに頭を垂れた。
ありがとうございました。




