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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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ただ見ているだけの観測者達


 その世界は、闇で構成されている。

 故に視界など確保出来ない真っ暗なはずなのに、不思議と色まで認識出来ていた。

 暗闇の中数十センチ程度のスペースだけ生まれて、その中で一名、少年が本を読んでいた。


 いや、外見は少年だがその佇まいは年齢不相応な程に落ち着いている。

 その様子と余裕の持ち様は、明らかに長命種のそれだった。


 眼鏡を掛けた大人しそうな雰囲気という外見のはずなのに、見ているだけでどこか高揚感と威圧を覚える。

 そんな雰囲気を持つ彼はただ、静かに本を読んでいるだけだった。

 本のタイトルは『クロスという男』。


 本来その本は存在ごと抹消された女性だけが見る事を許された本である。

 そんな本をどうして彼が持っているかと言えば、大した理由はない。


 彼がその女性という様な事もなければ消え去る寸前に奪った訳でもない。


 そんな非道な事をした訳ではなく、ただ、ほんの一瞬この世界に具現化した瞬間その本をコピーしただけである。


 彼にはその力があった。

 正しく言えば、この暗闇で構成された世界に存在する事が可能な彼らには。


「やれやれまた本読みか我が親友ジブリールよ。脳を鍛えるのも悪くはないがもう少し肉体も鍛えるべきだと思うぞ」

 上半身むき出しの筋肉質な……というか筋肉質過ぎる男は彼の名を呼びそう言葉にする。

 どう聞いても余計なお世話な言葉だが、男にとっては善意百パーセントの言葉であった。


「戻りましたか。……もうずっと地上に行ても宜しいですよ?」

 ジブリールはその男に眼も向けずそう呟く。

 それで、男は笑った。

「はっはっは照れ隠しにしては冷たすぎるぞ我が親友よ」

 ジブリールは小さく溜息を吐く。

 だけど、親友という言葉を否定はしない。

 例えこの男が地上では三大変質者の一つとして数えられ、筋肉に並々ならぬ拘りを見せ、暇さえあれば筋トレを押し付けてくるなんて奇行に走っていても。


「……ああ、帰って来たんだ」

 更にもう一名……黒い空間から、薄着の女性が姿を見せる。

 長い黒髪は水で濡れている事とほんのり蒸気を漂わせている事から風呂上りであると彼らは理解出来た。


「ただいま。ふむ、筋肉淑女(マッスルレディ)ルジュナよ。良いトレーニングであった様だな。とは言え腕だけ酷使し過ぎにも見える。もう少しバランスを意識し足も使うべきだ」

「ん――。ありがと。気を付ける」

「それと、少々だが過酷過ぎる様にも見えるぞ。どうせこれからも何か鍛えるつもりだろうに」

「もう少し、無手での動きを振り返っておきたいの」

「どうせお気に入りに触発されたのでしょう。確かメリーとかいう……」

「別に。彼女と私は違うわ。……アバドン。無理しない方が良い?」

「ふむ。……我と違って筋肉淑女はこちらでしかトレーニングを行わないからな。多少の無茶は問題ないと思うぞ。とは言え少し軽くにして休憩を取った方が効率が良いとは思うがな」

「ん。じゃ、軽く二年程度にしとく」

 そう言って、ルジュナはまた暗闇に消えていった。


「どうやら、ルジュナ相当機嫌が良いみたいですね」

 微笑みながらのジブリールの言葉にアバドンは頷く。

「そうだな。いつもの十倍位は口数が多かった。やはり成長に必要なのはライヴァルである! 我が親友もこれを機に――」

「必要ありません」

 そうばっさりと斬られ、アバドンは困った顔でやれやれと溜息を吐いた。


 いつもこの場所から世界を見通し、全てを()ろうとするジブリール。

 いつも地上に出て筋肉を鍛えている筋肉愛好家アバドン。

 時間軸をずらし、無限の時間と寿命を使ってあらゆる戦闘技術の研鑽を続ける女性ルジュナ。


 この三名は遥か昔には様々な名前で呼ばれていた。

 三賢人、超越者、先導者、指導者、指揮者、授けし者、アンサー、預言者等々……。

 だが、今ではそのどれもが忘れられた名前となっている。

 その位長い時間、彼らは表舞台に立っていないからだ。


 ジブリールもルジュナもこちらにほとんど引きこもり、アバドンは地上にいても筋肉の事しか語らない。

 少なくとも、彼らが『称号を与える者』であり、そして称号を不当に利用した者を処罰する存在であると知る者は、この世界にはもういない。




 七つの各分野の頂点に達した者に授けられし称号。

 ただし、七つの中でも特別なのは三つのみ。


 何故かと言えば、ジブリール、ルジュナ、アバドンが己の後継者候補として相応しいと感じた相手に与えられる称号がそれだからだ。


 アバドンは地上に居る時は単なる(迷惑極まりない筋肉強制系)魔物に過ぎないが、本来の実力は機人さえも凌駕する。

 ただ一念、肉体を鍛え続けただけでこの世界から外れた位には彼もまた常軌を逸している。


 故に、体を表す称号『超越者(オーヴァード)』を司る。


 ルジュナも同様鍛える事を好むが、彼女の場合は肉体が優れる事よりも技術が向上する事を好む。

 あらゆる肉体を使う技能を鍛え続け、ありとあらゆる武具に精通する。

 それでも尚、彼女は生きる上での時間のほぼ全てを鍛える事に費やし続ける。

 時間軸をずらし、僅かな時間で年単位をかけて徹底的に。 

 強くなる為に鍛えている訳ではなく、鍛える為に鍛える。

 終わりなき求道の道であり、趣味人の世界。

 だから、彼女の探求に終わりはなく、磨き上げた技を表す称号『到達者(アルタード)』を司る。


 そして最後、ジブリール。

 彼は誰よりも世界を知る者である。

 というよりも、彼は自分の知らない事がこの世界にあるという事実に我慢が出来ないという程に知識欲に支配されている。

 あらゆる事を知りたい。

 全てを智で埋め尽くしたい。

 過去も今も未来も全てを見通し続けたい。


 それが本来の心を表す称号『賢者(ワイズマン)』の意味。

 とは言え、そんな異常者は長い歴史の中でジブリールしか現れなかった。

 だから副次として、選択を誤らない心正しき者に称号を贈る様になった。


 後継者候補とは言え、別に彼らは仲間が欲しい訳でもなければこちらにまで来て欲しいなんて望んでいる訳ではない。

 むしろ本音で言えば仲良しチームである自分達だけで閉じて三名だけの世界にしてしまいたいとさえ思っている。

 とは言え、その願いを叶えるつもりはない。

 自分達の後輩にその門を閉ざす様な器量の狭い存在になり果てたくないからだ。

 そんな事をすれば、はるか原始の時代に存在した醜き神々と同じになってしまう。

 それだけは、彼らは御免だと考えていた。

 

 そう、彼らがどういう存在なのか考えた時、ある存在と比べたらわかりやすい。

 世界唯一の神、人間を守護する女神クロノス。

 彼女は神という唯一無二でありながら大した実力はなく、勇者という戦略兵器を生み出す事と神聖魔法という自分を信仰する者に使える魔法を生み出す程度の事しか出来ない。

 クロノスは実力なき神でしかなかった。


 一方彼らは逆。

 彼らは生まれた時代では魔族という言葉さえもなく、今で言えば単なる魔物に過ぎない。

 つまり、神の創作物でしかなかった。

 だが、彼らはかつて滅びた古代の神々に、創造主に匹敵する力を持ってしまった。

 神界を生み出し、地上に干渉し、そして好きに種族を作る事さえ叶う。

 最後の権利は行使していないが、それでも彼らの力は女神クロノスとは比べる事さえ出来ない。

 その存在をクロノスの目から隠す事も容易い程に。


 まあ……その力を手にした彼らの今の望みは『体を鍛えたい』『全てを識りたい』『技を磨きたい』という求道極まりない物で、世界にとっては毒にも薬にもならないが。

 むしろ求道を極めた末の到達点の一つが、神と比類する存在になる事とも言える。

 だから、世界を自由に出来る力を持ちながら、機人よりも更に上の目線を持ちながら、彼らは基本何もしない。

 引きこもりのジブリールとルジュナは当然、地上に向かうアバドンでさえ力を解き放つ様な無粋な事はない。

 長い時間をかけ、彼らは自分達はもう部外者側にいるのだと理解しているからだ。


 まあどちらかと言えば、頑張っていたけど勝手に殺し合ったり台無しにしたりする下々の世話が面倒で、しかもその所為でやりたい事が何も出来なくて嫌になったから好きな事をする為に引きこもる様になったという方が正しいかもしれないが……。




 後ろで休憩筋トレという謎の儀式を行うアバドンをジブリールは無視する。

 加湿器も真っ青な位汗の蒸気が出ていてなんかとても嫌だが、その不快感より知識欲の方を必死に優先させる。


 パラパラとめくり、クロスという男の生涯に目を向ける。

 そして何度読んでも、ジブリールがこれまで知った以上の事は出てこなかった。


「やはりおかしい……」

「何がおかしいのかね我が友? 我のフォームか? やはり腕立てよりも重力マシマシにするならプランクの方が良いという事か!?」

「それはどうでも良いです。私が言いたいのは彼の生涯についてですから」

「彼?」

「君も気に入っていたはずです。虹の賢者」

「虹の賢者? はて? そんな奴いたか?」

「ああもう、本当これは……クロスですよ!」

「ああ! 我が盟友(ライヴァル)か! うむ。我程ではないがなかなかに良い筋肉だった。特に愛で方が素晴らしい。ボディビルに転向すれば間違いなく輝く人材だぞ」

「止めてあげてください」

「はい。それで、何がおかしいんだ?」

「行っている事が大きすぎるんですよ。彼の器はともかく魂は平凡の領域を超えない。外れた仲間の方々と違い並でしかないはずです」

「ふむ。それで?」

「それだというのに、運命を変えすぎなんですよ。そんな事出来る訳がないというのに……」

 そう言って、ジブリールは考え込む。


 あり得ないという事、おかしいという事。

 それは即ち、自分の知らない事があるという事。

 それが、彼にはどうしても我慢出来なかった。


 世界には流れがあり、運命という物は決まっている。

 だが同時に運命という物は常に流転する。


 この世界のどんな存在であっても、抗う力を、運命を変える力を持っているからだ。


 とは言え、運命を変えるのは普通の人なら精々奇跡が起きて一度程度。

 人間でも魔物でも、それが運命を変える限界値である。


 当然、外れていない常人でしかないクロスも一度が限界。

 だがクロスはその一度で、最大の効果を見せつけた。


 魔王レンフィールドの最後の企みである勇者への転生を潰し、勇者クロードが死後利用されるという最悪の結末を変えた。

 人間を信用しない勇者達に希望を見せ、常に自分の限界まで人々を助け続け、そして最後に勇者を救った。


 単なる一般人の功績にしたらあまりにも大きすぎる。

 彼は己の一度を持って時代の流れそのものを、未来そのものを大きく変えてみせたのだ。

 故に、ジブリールは敬意と賞賛により彼に『賢者』の称号を贈った。


 そう、それで終わり。

 例え彼が転生し魔物となったとしても、魂は変わらない。

 彼にはもう、運命を変える力はない。


 そのはずなのに……魔物になった後でも彼は何度も歴史の流れを変えた。

 多くの魔物の運命を切り替えてきた。

 既に本来の歴史に戻る事が出来ない位に。


 最低でも五度。

 最低限で見たとしても、彼はそれだけ運命を変えている。

 回数でなく運命を変えた人数で考えたらもっと多い。

 常人としてどころか英雄としても破格過ぎる影響力である。


「そんな訳がない。何を見落としているのか……。彼が特別な存在なら納得出来た。もしくは彼が特異点であれば……。だが、此度の事でわかった。彼は特異点ではない特異点はあの時消えた彼女だけだった」

 ぶつぶつと呟き、思考を掘り進めて行く。

 納得出来ない、あり得ない。

 そう繰り返しながら黙々と迷路にハマっていく友を見て、アバドンは苦笑いを浮かべた。


「やはり筋肉が足りぬから無意味な悩みを抱えるのだ我が親友よ。もう少し筋肉を鍛えるべきだ」

「いや、肉体操作すれば良いだけじゃないですか。技術を磨くならともかく、わざわざ筋肉を鍛える意図も意味もわからないんですけど」

「それこそが愛だからだ」

「そうですか。私は別に愛なんてありませんもの。ところで、アバドンは答えがわかるのですか?」

「うむ。我が親友が納得するかどうかはわからないが、我は我がるぅぅぅあああぁぁぁいばぁぁぁる! がどんな事をしても納得するとも」

「ご高説を承ってもよろしいですか?」

「もちろんだとも我が親友よ! それが助けとなるならな! とは言え、そう難しい事ではない。むしろ当たり前の事でしかない」

「難しい事ではない? 周りの影響力を貰っているとか、周りがスペシャリスト揃いだからその成果とかですか?」

「ちっちっち。そうではない。我が盟友(ライヴァル)を侮りすぎだ」

「ほぅ。では、どういった理由で彼はそれだけの運命変転力を持っていると?」

「運命程度に拘っているから全体が見えないのだよ我が親友よ。むしろ我々は経験から知っているではないか。本当に怖いのは運命を変える英雄でも恨みや呪いを抱えた復讐者でもないという事を」

 きょとんとした後、ジブリールは眉を顰め小さく溜息を吐く。

「――ああ、そう言えば……そうですね。何度も見てきたというのに、忘れてしまっていました」

 悔しいが、完全に言い負かされた。

 ジブリールはアバドンの言葉に納得する。


 考え方そのものが逆なのだ。

 例えば、偉大なる両親より生まれ世界を救う為に育てられた英雄。

 幸せを全て奪い取られ、例え何度生まれ変わっても殺すと誓う復讐者。

 そういった運命そのものに愛された(呪われた)存在というのは確かに恐ろしい。

 だが、そんな時代の主人公よりも恐ろしい者がいる事を、ジブリールは経験から理解している。


 そう、いつだって……本当に恐ろしいのはそうあるべしとされたスペシャルではなく、普通の人の方。

 単なる常人が狂気に染まり、外れた存在になり果てる事。

 それよりも恐ろしい事はないのだと……。


「つまり、クロスは真っ当なまま狂気に染まったという事かい?」

「もう一度、身内贔屓なしで我が盟友の生涯に目を向けると良い。どう見ても正気じゃない」


 勇者に見初められ、勇者の旅についていき、そして最後まで一切諦める事なく戦い続けた。

 敵だけでなく、本来味方であるはずの人間とさえも。

 誰よりも過酷な訓練を受けながら、敵も味方も自分より強者ばかりの中神経をすり減らしながら、人類に嫌われながらも最後まで心の底から人類を護る為に戦った。

 それを成し遂げた奴を普通と呼ぶのは、あまりにも無理な事だった。


「――ああ、うん。そうだった。最初から彼は狂っていたね」

「まあ、我は今の奴しか知らんから何も言えんが、少なくともあの筋肉への偏愛は狂気なしには出来ぬとも。故に我は奴をライヴァルと認定したのだからな。ふはははははははは!」

 高速スクワットを繰り返しながらアバドンは高笑いをあげ続けた。


「自分の後継者ながら……同情を覚えますよ。こんな変なのに目を付けられるなんて……」

「ふむ。まるで自分が普通みたいな言い草だが……世間一般で照らし合わせたら、我ら三柱は皆同様に変な奴だと思うぞ?」

「アバドンに正論で殴られた……今日はもう駄目だ。寝よう」

 本気で落ち込んだ様子で本を閉じ、ジブリールは静かにその場を後にする。


 ジブリールの自分という存在の扱いに対して、少しだけ……ほんの少しだけだが、アバドンの心に傷が付く。

 静かにスクワットをしながら、そっと涙を流した。


ありがとうございました。

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