建前
これまで魔王国としては半ばなあなあな感じで既成事実としていた吸血鬼との同盟を書類に残せる程正式な物と、更に効果を立証する為対外にアピールする事に決めたのにはちゃんとした理由がある。
魔界統一。
世界征服なんてふざけて言っていたクロスだが、心情的には本気の本気だった。
魔王国は魔物世界に在する最大の国である。
それは間違いない。
だが、魔王国全域は魔物世界の三分の一程度であり完全な支配が出来ているかといえばそうではない。
だから本当の意味で魔界統一を示す為にはそれなり以上の証明が必要となる。
その為に同盟を結んだのだが……その目的の為には最大かつ最悪の問題が一つ残っていた。
魔界統一において最大の問題とは何か。
別に統一といっても完全なる支配を取る必要はない。
属国となるならそれでも良いし、属国になるのも嫌だからといってどうこうするつもりはなく不可侵でも結べれば文句はない。
同時に、同盟さえも結べない様な集落に対してもアクションを取る気はなかった。
種族的な問題で、または弱者故の問題で。
そういった理由で魔王国を離れ隠れ里を築いている種族は決して少なくない。
彼らに対しては、困った事がない限りこちらも不干渉を貫くつもりである。
そんなゆるーい支配を目論んでいる現状で何が問題なのかといえば……ぶっちゃけて言えば、ドラゴン達だ。
最大戦力の一つであるドラゴンとの同盟、無理でも不可侵条約。
これは魔界統一を実現したと言える為には絶対に必要な項目である。
だが、現状それは不可能でしかなかった。
ドラゴン達との交渉は、頭が痛くなる問題しかなかった。
彼らは吸血鬼程円熟した文明を築いていない。
適当な山を不当占拠し、ドラゴンの集落にしてしまう。
それが元々誰の物とかも関係がない。
文句があるなら奪い返せ程度にしか考えていないのだろう。
その時点で法の順守とか国際法とか……いや、それ以前に国という概念すらあまり馴染みがないという事がわかる。
幸い個体数そのものが少ない為集落の数はそう多くないのだが……それでも無数の集落が存在し、その誰もが代表であるという自覚を持っていない。
五龍という最強を示す言葉はあれど彼らに権力は関係なく、里長は山以外で権力を示そうとはせず。
つまるところ、彼らの文明は猿がお山の大将を気取るのとそう大差がないのだ。
その辺りが同じ様に様々な場所で領を作り暮らしている吸血鬼達とは異なる。
吸血鬼達は指導者を正しく持ち、そしてその指導者全員を代表として慕い立てる。
だが彼らにそれはない。
皆それぞれ自分の山なら自分がボスで、それ以外は別の奴の縄張り程度にしか考えていなかった。
この時点で誰と交渉すれば良いかなんて前提条件が覆る問題があるのだが……その程度では済まない。
ドラゴンの面倒さがその程度な訳がない。
ドラゴンは好戦的な性格であり、ドラゴンにとって戦いとは親愛の儀式であり友情の代価であり愛情を示す行為であり性行為に比例し……。
つまり、彼らにとって戦いこそが全て。
故に彼らと価値観を共有する事は不可能である。
これが単体同士の交流ならばまだ何とかなるが大きな組織同士の交流となるともうどうしようもない。
下手に出れば『地を這う虫如きであるお前ら雑魚が俺様に意見するな』となり。
上から言えば『偉大なるドラゴンに難たる言い草、なんて尊大な態度』なんて口にする。
実力を示さなければ『我らに集る蛆虫扱い』して見向きもしない癖に。
ちゃんと実力を示せば『まあまあだな。さあ次は俺と戦え』と無限に続く殴り合いに巻き込まれる。
こちらの要求を聞くそぶりさえ見せずに自分ルールだけを押し付けて来る。
もちろん全てのドラゴンがそう言う訳ではないのだが、悲しい事に大半がそんなドラゴンばかりである。
そして交渉において最大の問題点が……『ドラゴンは別に同盟を望んでいない』事である。
唯一無二であるドラゴンに、同盟を結ぶという概念さえ存在しない。
弱い相手には『何故我らが護ってやらねばならぬのか』と尊大な態度を取り。
逆に強者と認めたら『ならば我らと戦う権利をやろう』と同盟どころか最悪の敵に早変わり。
可能性があるとしても、気に入られ守護対象となる場合位だろう。
ただしその場合は対等な同盟でないから目的からは大いに反れる事となるが。
全くもって面倒で、それでいてどうしようもないと感じるのはきっとクロスが吸血鬼寄りという理由だけではないはずだ。
そんな理由で最も必要であるのに手段も方法もなければ上手く行く見通しも戦いドラゴンとの同盟が現在最大の問題点である。
いや、問題点だった――。
「すいません。不可侵に毛が生えた程度の同盟と一度のみの救援しか取り付けられませんでした……」
そう、パルスピカは城の外からクロスに申し訳なさそうに口にする。
ちなみにここは、城の三階位置。
どうして外にパルスピカがいるのかといえばベランダとかそういう訳ではなく……パルスピカが空にいるからだ。
ドラゴンに乗った状態で。
「――はい?」
ぱちくりとまばたきしながら、クロスは困惑する。
言っている事もやっている事も理解出来なかった。
隣にいるアウラもまた同様である。
ドラゴンとの同盟は事実上不可能であり、どうやってそれっぽく誤魔化すかと考えていた矢先の話なのだから、こうなるのも無理はなかった。
一方ドラゴンに乗り戻って来たパルスピカは逆の事を考えている。
お父さんであるクロスは長年魔王国に関わらなかったピュアブラッドとの完全同盟を成し遂げた。
ほぼというか完全に身内判定でありこれから魔王国はピュアブラッドの支援を受けられる見通しが立っている。
なんて立派なのだろうか。
それに比べて自分はただの同盟と一度の救援要請が精々だった。
精一杯やってこれだった。
何とかドラゴンに同盟の大切さとそれをこちらが望んでいる事、対等な関係である事の重要さを説いたがただそれだけしか出来なかった。
何て自分は駄目なのだろう。
パルスピカは本気で、そんな事を考えている。
だから、パルスピカには現状が理解出来ない。
クロスやアウラがどれだけ驚いているのかわからず、呆れられているなんて的外れな事を考える位に。
「や、やっぱりもう一度行ってもっと強固な同盟を――」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
全力で、クロスとアウラは手をぶんぶんと横に振る。
「えっ?」
「いやうん。大丈夫だから。それで十分だからねぇクロスさん」
アウラは必死に声をかけ、クロスを後ろから肘で付く。
クロスは勢いよく何度も首を縦に振った。
「そ、そうそう! 良くやったよパル。流石俺の息子!」
「お父さん……。ありがとうございます。それがお世辞だとしてもやっぱり褒められるのは嬉しいですね」
クロスは、そっと恐怖を飲み込んだ。
クロスに政治はわからない。
その政治のせの字も知らないクロスでさえドラゴンとの同盟問題が不味い事をわかっているのに、それをあっさりとやりとげてのこの言い分。
はっきり言って恐ろしい。
末恐ろしいじゃなくてもう恐ろしい。
とは言え、それはそれとして俺の息子最高なんて親馬鹿にも浸っているが。
一方アウラは完全にパルスピカを怪物として認識していた。
主にカリスマ面において。
「クロスさん。これパル君を魔王にする日そう遠くないかもしれませんね」
こっそり小さな声で、アウラはそう呟く。
「そうだな。一応としてパルでも吸血鬼同盟は維持する様にしてたが……すぐ役に立ちそうだ」
アウラの脳内では、既に未来が見えていた。
そのカリスマを全世界に轟かせる若き魔王パルスピカ。
その補佐を務める自分と、実働部隊のトップであるクロス。
国として理想の形過ぎて、ユートピアにさえ出来そうな位だった。
「えっと、それで……これが同盟の書類なんですが……」
「ドラゴンが書類用意してくれたの!?」
アウラは最大の声量でそう叫ぶ。
色々驚く事はあったけれど、それが一番衝撃的であった。
ドラゴン同盟という衝撃的なニュースは城中に響いた。
あり得ない、誤報か、何かの間違いだ。
そんな声が多い位、ドラゴンとの理性的な会話は成り立たない。
そしてその余波で、クロスは振って沸いた休暇を楽しむ事となる。
正しく言えば、予定があり得ない速度で前倒しになって文官関連が修羅場行きになりやる事がなくなったという方が正しいだろう。
ちなみに元々の予定では、クロスが仲間達全員とアウラを引き連れ複数の集落に圧倒的火力を見せつけた後適当に言いくるめて事実上の同盟とするつもりだった。
メルクリウス級が数体いるドラゴンを配下にするには困難で、かといってこちらが下になれば確実に図に乗る上に魔界統一という小目的も果たせない。
だから、言いくるめるしかないというのが本来の結論であった。
予想日数は移動含めて三か月。
つまり、三か月分の……いや、それ以上の仕事が一度に、文官達に襲い掛かったという事である。
だから現在完全なる修羅場状態。
当然エリーやメリーといった仕事が出来る奴は全員招集された。
そして当然、仕事出来ないさんであるクロスは省かれた。
そういった理由で自室に籠り、手持ち無沙汰でごろんとしている所に控えめなノックの音が響く。
「どうぞー」
返事の後に入って来たのは、シアだった。
シアは、男の目であるクロスでさえわかる気合を入れた格好をして、そして困惑と羞恥が入り交じった表情をしていた。
綺麗な青い髪にも見た、空色の服。
豪勢なドレスとか翻るスカートとかそう言うのではない。
そういうので対抗しても、勝ち目はないから。
ライバルは皆綺麗で、とても美しくて、そして強い。
だから普段着にも似たラフ目な恰好だけど、それでも全力で考えた上での選択である。
普段と違うお化粧をして、普段と違って靴までそろえて。
冒険中では汚れるから着れない様な、とびっきり自分らしい服装。
ラフでクールで、それでいて少しだけ大人びた――子供っぽいのに背伸びした恰好。
だから、シアはここに来たのだ。
服に勇気を貰って。
「デートのお誘いだったら嬉しいかな」
曖昧な笑みのクロスの言葉に、一瞬勇気が揺らぐ。
それもそれで素敵だなんて考えて、そんな逃げ道に逃げようと思って。
だって……別に急ぐ事じゃないじゃない。
まずはデートを楽しんで、それからでも……なんて一瞬考えて、すぐにその気持ちを捨てる。
なあなあの後回しにしたら、絶対に自分は逃げる。
逃げ癖が付くタイプだとわかっているから、シアは自分で逃げ道を塞いだ。
「私はね、エリー程強くないの」
「どうしたいきなり。別に今のシアが弱いとは思わないぞ?」
「ううん。実際の話よ。ああ、心とかじゃなくて戦力的な意味ね? まあ、確かに色々考えて独自路線を目指してるわよ。精霊として二番煎じにならない様に。だけど、単純に出力が違い過ぎるのよ」
出力、魔力の量や質と言っても良い。
エリーのそれは精霊と呼ぶより大精霊や土地神と呼ぶそれに等しい。
エリーの質や量を大きな湖と表現するなら、シアはコップ一杯の水程度となる。
その差は努力程度で埋める事は不可能な物だと誰もが理解出来るだろう。
だからこそ、手段を選ばず出来る事を全てしなければならない。
そうでなければ、この場所にいる資格さえ失ってしまうのだから。
特に、エリーが選べない手段なら尚の事……。
「正直ね、皆に助けられてるし教わってるし、私がこれ以上のペースで強くなる事って出来ないと思うのよ」
シアの言葉は弱音とかそう言う事ではなく、ただの事実の羅列である。
現段階でクロスやメリーに指導を受け、エリーと共に切磋琢磨し、魔力の扱い方はアウラやメディールを参考にしている。
スペシャリストがごろごろいるこの環境で実戦以上に身になる訓練が出来ている。
実際パルスピカやレイアと共に、一歩劣る実力持ちはぐんぐん伸びている。
これ以上のショートカットは無理であると、シア自身理解出来ていた。
「そうだな。シアは頑張ってるよ」
「だからさ、努力以外の方向で行こうと思うのよ」
「ふむ。道具に頼るとか?」
「それ精霊が一番苦手な分野じゃない」
「そうだな。じゃあどうするんだ?」
「繋がりを強くするのよ」
そう言って、シアはベッドの上、クロスの隣に座った。
シアはそっとクロスの手を握った。
「エリーは主として貴方を見ている。でも私は違う。だから……」
頬が紅潮するのが抑えられない。
心臓が痛くなる。
だから、後は任せようと思い、シアはベッドの上でごろんと転がった。
察して欲しい。
わかって欲しい。
そして、貴方が欲しい。
そしてちらっとクロスの表情を見て……。
「あ……あら?」
ちょっと予想と違う表情にシアは困惑する。
シア的には、赤らめたり恥ずかしそうにしたり、またはエッチなクロスだから何か厭らしい表情したりするんじゃないかなーなんて気軽に思っていた。
だが、クロスの表情は嫌悪その物だった。
クロスの強い感情がシアに伝わる。
それは、無力感。
クロスはただただ情けなさを味わっていた。
女の子の大切な物を、自分の為に捨てさせようなんて覚悟を持たせてしまった事。
強くなる為に貞操を捨てさせる。
自分を犠牲にし、周りを助けようとする。
そんな覚悟をさせた自分の至らなさを、醜さをクロスは噛みしめる。
だからこそ、それに納得する訳にはいかない。
大切なシアだからこそ、それを理不尽で捨てさせようなんて事納得したら――。
「あの……クロス?」
「……何かな? 大丈夫だよ、安心して。シアが無理をしなくても絶対何とかするか……」
「いや……あのね? 建前よ?」
「――え?」
「そういう建前で来ただけで……その……ああもう恥ずかしいなぁ。ちゃんとね、っと……あんたと恋人になりたいから来たに決まってるじゃない。察してよ……」
「えっと、その……ごめんなさい」
「全く……。私そういう自己犠牲するタイプに見える!?」
「割と」
「あんたじゃないんだから……。私は私の為にここにいるの! 何度も考えて、考えて、考えて……その上で……大好きな貴方と一緒になりたいなんて思っちゃったりしてね」
「シア……」
「だから――ちゃんと私を愛してよ。あんたの事が大好きな私を……」
「……ごめん」
「そこは謝るのは駄目なんじゃない?」
「そうだったね。ありがとう。シア」
そうして――クロスはそっとシアの方に倒れかかって――。
――翌朝。
クロスのベッドの上はシア、メリー、メディール、ソフィアと大渋滞という有様になっていた。
恰好付けて気合入れたはいいけれど、シアは僅か十五分でギブアップした。
とは言え、サキュバスの力を受け継ぎメリーによる暗部の知識を吸収しソフィアとタイマンを果たした今のクロス相手には仕方がないと言えるだろう。
「ったく。賑やかねぇ本当」
ロマンチックな朝を予定していたシアとしてはちょっと予定外な朝に苦笑する。
とは言え、これはこれで嫌な感じではないが。
気持ちよさそうに眠るソフィアと、体力的に限度が来てダウンしている自分達三人。
そして少し申し訳なさそうに、だけど満足そうな表情で皆の分のコーヒーを用意しているクロス。
そう、予定とは違ってロマンチックではないけれど、幸せが感じられる朝ではあった。
――私は選んだわ。だから、次は貴女の番よ。ステラ。
シアはそっと、悩み苦しみながら耐え続けている友に思いを馳せた。
ありがとうございました。




