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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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歪んだ憎しみと色濃き殺意


 メリーがワイズマンという名の国家とその在り方を目撃し、最初に感じたものは嫌悪だった。

 よくもまあここまで似た空気になるものだと酷く感心した。


 外見ではなく、その空気があまりにも似すぎていた。

 かつての黄金の夢の時代、その周りに群がっていたの毒虫共。

 勇者を信仰し何もしないで勝手に希望に満ちていた人間の空気に、それはあまりにも似すぎていた。


 全くもって反吐が出る。

 良くこんな空気を作れるもんだと感心さえ覚える位に。


 誰がこうしているかわからない。

 だが狙ってやってないなら大したイカレポンチだし、狙ってやってるならメリーさえも超える稀代の大悪党だ。

 前者なら腹を抱えて笑うし後者なら感動して拍手をしてしまうだろう。


 そんなもうこのまま帰ってクロスの傍でごろごろ甘えないなーなんてメリーは考えるも、それが出来ない事を理解し小さく溜息を吐いた。


「何か心配事か?」

 おろおろした態度でファムがそう尋ねて来る。

 その態度に少しメリーはイラっとした。

「大方私がぶるったとでも思ったんでしょ」

「まあ、だって……あんたらどう見ても正義の味方みたいなタイプだったし……」

「……まあ、そうね。今はそうかもね」

 クロス、エリー、シアは元々善性の強いタイプであった。

 正義の味方とか、奉仕とか、そう言う意味ではなく、単純に周りが幸せならほっこりするという意味で。

 ソフィアは外見だけは善性極まり、メディは善性ではないものの常識的。

 ステラはここ最近で一気に善性を会得した。


 ついでに言えばバッカニアの立て直ししかファムは知らない。

 確かにそう見えてもおかしくはなかった。

 実際は善悪などという言葉さえ生ぬるい怪物達の集いであっても。


「それに、オトリなんて危険な立ち位置だ。不安なら今からでも俺だけで……」

「あんたが心配するなんて百年早い。むしろあんたの方が心配なんだけど?」

「え? なんで?」

「なんでって……あんたの作戦杜撰過ぎるのよ。そりゃ、あんた主体って話だからあんたを立てるし多少はマシにしてあげたけど……」

 メリーが陽動、おとりでファムはその隙に鉄砲玉。

 これがファムの立案したであろう作戦の全容である。

 ちなみに、メリーが介入しマシにしてこれ。

 当初に至っては『突っ込んで殺す』という行き当たりばったりな感想文だけだった。


 もう作戦とかそんな話ではなく、ほとんど破れかぶれのテロに近い。

 一人と一体であるとは言えもう少しマシな作戦を立てても良いだろうにとメリーは思わずにはいられなかった。


「いや、十分じゃない?」

「どこがよ。せめて内部構造位探ってきてあげるわよ?」

「いや、大丈夫」

「別にあんたが陽動で私が暗殺してきても良いのよ?」

「いや、俺がやる」

「……出来るの?」

「ああ」

 きっぱりと、断言するファム。

 その表情は、あまりにもらしくない物だった。 


 短い付き合いのメリーでもそれはわかる。

 ファムらしくない、絶対の拘り。

 突き抜けきった何か。

 よくも悪くもこちら側の、化物と呼ばれる類のソレ。

 その殺意だけは、メリーは認めていた。


「はいはい。じゃ作戦開始で。ヘマるなら私の傍でしなさい。助けてあげるから」

 それだけ言って、メリーはファムの傍を離れワイズマンの正門の方に移動した。




 ファムが持つメリーに対しての心配は無用な物でしかない。

 そもそも、それ以前の話である。

 なにせ罪悪感その物がメリーにはない。

 相手が善良であろうと悪徳であろうとメリーには何も関係も感情もない。


 邪魔であるなら、一切良心が痛む事なく殺す事が出来る、生まれついての殺人の申し子。


 とは言え、それをするときっとクロスが悲しむ。

 だから、今回も不必要な殺しをするつもりはなかった。

 逆に言えば……命に係わる以外なら遠慮するつもりは一切ない。

 特に、何か腹立つ雰囲気を出している国に対しては。


 てくてくと、まるで子供の様なしぐさでご機嫌に門の傍までメリーは歩く。

 門番の数は十二体。

 門の大きさから考え明らかにおかしな数であり、その上その半数が大盾を持った全身フルプレートの鎧姿で残りは軽装備で弓、単眼鏡持ち。

 完全に奇襲に備え待ち構える姿勢となっていた。


 相手の祖霊もこちらの祖霊が近づくのを察知できるから当たり前だろう。

 だから、ここからターゲットをこちらに反らすには、よほど派手な動きをしなければならなかった。


「まあ、結構よさげな鎧だし多少無茶しても大丈夫でしょ。うん」

 そうつぶやき、メリーはとことこと更に門の傍に近づいて行く。


 門番もメリーに反応を見せるが、今現在少年の姿だからだろうかあまり大きな反応をしてこなかった。


「悪いが少年。今ここは通行止めだ! 何か事情があるならそこから話してくれ」

 数体だけがこちらを向くだけで、残りの門番はそれぞれ別の場所に目を向けていた。


 門番の声を聞いてもメリーは止まらず、そのまままっすぐ歩き続けた。

「なあおい! 君!」

 門番の一体、フルプレートがガチャガチャ音を立ててメリーに駆け寄って来る。 

 そしてメリーの肩にぽんと手を置いた瞬間……フルプレートの男は、がしゃんとその場に崩れ落ちた。


 そこでようやく、全員の目線がメリーに向いた。


「おい、あいつ今何やった!?」

「知らねぇよ!」

「お前見ていただろ!?」

「見ててもわからねぇんだよ! 突然倒れた様にしか……」

 叫ぶ様な怒鳴る様な声が飛び交う。


 門番の動きは大きく二つに分けられた。

 混乱し切ってその場で慌てふためく事しか出来ない半数と、混乱しながらでも正しくメリーを脅威と認識し戦闘態勢に入るもう半数。


 良く訓練されていると評価すべきか、意識が低いと判断すべきか。

 メリーは少し悩んだ。


 まあ、どうでも良いだろう。

 メリーがするのは門番を掃討する事でも評価する事でもない。

 注目を集める事である。

 だから、今狙うのは門番ではなく――門そのもの。


「んー。この辺りかな」

 一瞬の隙を縫って門番全員の奥に移動し、正門の扉を支える柱をこんこんと叩いていく。

 驚き膠着する門番を無視しながら狙いを見つけ……瞬間、メリーは倒した門番が持っていた剣を柱に突き刺した。

 石を丁寧に合わせ隙間も埋められた防御力の高い支柱。

 物理的なだけでなく魔法的にも保護のかかった柱ではあった。

 ただ、メリーにとってそれはあってもなくても大差ない程度の物でしかなかったが。


「せーのっ!」

 メリーは、その突き刺したその剣の持ち手に思いっきりケリを叩きこんだ。

 小柄な体型とは思えない程の衝撃音と共に剣はぽっきりと真ん中から折れ、くるくると宙を舞う。

 直後に、どこからともなく地響きが発生する。

 それは、その正門からだった。


 どどどどど……。


 そんな音と共に小さな揺れが繰り返され、そして、正門はその柱から連鎖的に崩れていく。

「……良し!」

 満足げでメリーが頷く中、誰も動く事が出来ない。

 ただただ茫然とする事しか。


 そして正門が崩れ中と外が繋がった時……街の中から武装した魔物達がメリーの方に一斉に向かってきた。

「ひのふのみの……七十位か。まあこんなもんかな」

 どの位かわからないが全体半分は釣れただろう。

 そう満足げな気持ちでいる中、メリーは奥にいるそれを見る。


 明らかにサイズに合わない剣を身に着けた、似合わない恰好の若い男と、その隣にいる祖霊を。

「あら本当にラッキー。思いがけず大物まで釣れちゃった」

 メリーは崩れた門でしゃがみ、石の欠片を手にする。

 それを手の中で小さく砕き、親指にかけ指弾の準備をした。


 後は陽動であるこちらは適当に注意を引きつけてればいいと考えて。




 それは、あまりにも一瞬の事で、敵は当然メリーでさえ反応が出来なかった。

 ファムの作戦は驚く程単純で、ギリギリまで隠れて特攻するというだけの無策に近い物だった。

 奇襲での暗殺で王を殺すというのは歴史上幾度なく起きた事象である為、ある意味王道とも言えるかもしれない。


 本来、祖霊同士はレーダーで互いの位置が完璧にわかる為あまり意味を為さない。

 だからメリーは事前にオトリと暗殺役を入れ替えないかと提案したりもした。


 そう、行動自体ははっきりいって敵も味方も皆が予想通りの事でしかないのだ。

 レーダーから逃れた訳でもなく、また高度な隠密技能があった訳でもない。

 文字通りの無策の突撃。


 それなのに、今ファムは既に祖霊のすぐ傍まで強襲に成功していた。


 その速度には、誰も反応出来なかった。

 ただ早いだけではない。

 その程度なら誰も見逃さない。

 メリーでさえ援護出来ない程というのは通常あり得る事ではない。


 かと言ってファムに何か特別な力があったかと言ったらそれも違う。

 それは形に残る程明確な物ではなく、才能と呼ぶ程わかりやすい物でもない。


 言葉にするなら、きっと殺意が一番近い。

 ファムが姿を見せたその瞬間、空気が変わった。

 世界から色が消えた様に錯覚する程、世界が氷点下に堕ちたと思い込む程。 

 真っ当な感情などないメリーが一瞬の時間を忘れてしまう程。


 それほどに、世界に漆黒の意思は満ちた。


 相手の祖霊、女性は目前に見えるファムに顔を真っ青にする。

 わかってしまうのだ。

 もう止められないし、止めようもない。


 傍にいる王の様な姿の若い男は必死に女性を助けようと駆けだしている。

 だが、それもまた決して間に合う距離ではない。


 故に……この状況は誰も想定していない事であり、そして誰も止められない。


 そう、誰も気づいていなかった。

 必死に手を伸ばし、祖霊を庇おうとする男。

 ファムは、その男に殺意を向けていたと。


「――え?」

 庇おうとする体制のまま、ファムの殺意に男は気付く。

 だが、気づいたとしても、どうしようもない。

 さっきまで、全力で彼女を助ける為に男は動いていたのだから。

 鋭き凶刃は何の抵抗もなく、男の胸に突き刺さる。

 誰が見てもわかる、致命の一撃。


 男の体から、何か煙の様な物が霧散していた。


「い、いやぁああああああああああああああああああ!」

 祖霊は、絶叫とも呼べる程の声量で叫び、男の元に駆け寄った。


「待って! 待ちなさい! お願い死なないで! 死ぬな! 今死んだら全部が台無しになる! まだ何のネタバラシもしていない! その状態で死なれたら力を回収出来ない。私は嗤えない! 待ちなさい。ま――」

 そうして、祖霊は彼の最後の顔を見る。


 祖霊の想像していた未来の苦悶の表情とは異なり、実におおらかな物であった。


「あ、ああ……嫌。満足そうな顔で死なないで。何でよ……ふざけるな……ふざけるな! 私を愉しませるしか脳がないチビガキの癖に! 何満足して幸せに逝きやがってんだよ! 苦しめよ! 後悔

しろよ!私を嗤わせろよ! 私に狙われて幸せに死ぬなんて許される訳がないだろう糞が! クソがああああああああ!」

 絶叫の中、男の体から煙が霧散しファムの方に吸い込まれる。


 男に渡した力を回収するには、条件があった。

 彼女が全てのネタ晴らしをし、男が無念の死を迎え後悔と苦渋の中死ぬという条件が。

 その代わり男の無念や後悔という感情も彼女は味わえ力として加算されるのだが……その全てが、今だいなしとなった。

 心情的な意味でも、能力的な意味でも。


「……狙ってやったの?」

 何時の間にやら傍に来ていたメリーの言葉にファムは首を横に振る。

「いや、最初からこいつを殺すつもりだった。……こっちはどうする?」

 ファムは亡骸をガクガクゆさぶったり脳天を地面に叩きつけたりしている祖霊を指差し尋ねた。

「あんた殺るの嫌なの?」

「いや別に。ただ俺が殺っても良いかなと」

「むしろそうして頂戴。あんたが吸うのが今一番マシな選択よ」

「あいよ」

 ファムが剣を持ち上げた瞬間、女性はファムの方を睨みつけた。


「絶対許さない! 殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる! 弄んで苦しめて愛して溶かしてボロボロにして……惨めな姿のまま貴様を――」

 ファムの刃は振り下ろされ、尽きない恨み事切り堕とした。


「さて、さっさと逃げようか。こいつらが茫然としている内にさ」

 メリーの言葉にファムは頷く。

 そして、主を失い希望という魔法も解け、沈黙する王国から静かに姿を消す。


 希望に釣られた灯篭蛾がどうなろうと、メリーにはどうでも良い事でしかなかった。



ありがとうございました。

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