最後の希望を夢見て
人魔統合国家アーク。
その玉座の間にて、獣人が高笑いが響いた。
「あはははははは!ええ、ええ、おかげ様で、全て私の計画通り。ここまで良く働いてくれましたよ。パルスピカ国王陛下。ああ、元と付けた方が良いですかね?」
そう言って、男は嘲る様に笑う。
男の名前はモーゼ。
元クルスト元老機関に所属する議員であり、国となってからはパルスピカの元でずっとサポートに徹していた忠臣である。
アマリリスとも遠いながらも血縁の関係がある為パルスピカの身内で、獣人の保護の為元老機関という伏魔殿の中で渡り歩いて来た、そういう男。
そんな彼が高笑いを浮かべる今の姿は……見て居られない程に、痛々しかった。
「貴方は良くやってくれましたよ、パルスピカ。これだけの戦力を私に提供してくれたのですから。数百の諸国をまとめ上げたカリスマ! 実にお見事! その力により、私は魔王へと至る事が出来る。私こそが、魔王国を支配する王となるのです!」
声高々に、モーゼは叫ぶ。
偉そうに、悪そうに、必死に……。
そんな、パルスピカを王位から遠ざけ、責任を自分が受け持とうとするモーゼのその悪ぶる姿は、あまりにも空虚で、悲痛で……そして、白々しかった。
「だから、責任を全部自分が背負うから逃げてくれ……と」
ぽつりと呟くパルスピカの一言。
モーゼは無言のまま、その言葉に返答しない。
ただ、まっすぐパルスピカを見るだけだった。
「……モーゼさん。黒幕だって言いたいのかもしれませんが……魔王程度が終着点じゃあ、こんな大それた事出来ませんよ」
パルスピカはぽつりと呟き、苦笑した。
「それはどういう……」
「誰かどういう目的かわかりません。ですが、これは魔王程度が目的じゃあないです。そもそもですが、万が一にも僕が勝ってしまったら、魔王じゃ済みませんよ」
「魔王じゃ済まないって……」
「今この国は人魔総合特区。多くの力ある人間が参加しています。その立場で魔王を討ってしまえば……その立場は……」
そう、持ち上げられ上がり切った今のパルスピカの立場のまま、万に一もあり得ないが魔王を討ってしまったら……その時彼の立場は魔王でかつ人族の王。
つまり、この世界の王となってしまう。
人も、魔物も、総てを統一した、本物の統一王。
だけど、今この世界はそれが生まれる程人も魔物も成熟していない。
自称統一王が生まれるその果てに待っているのは……人魔大戦以上に激しい人間魔物全てが入り交じった永劫の闘争、世界の破滅だけ。
パルスピカも当然、それがわかっていた。
「それに……僕は王です。この状況が誰かの悪意であり、僕が望まない事であったとしても、決断したのは僕です。宣戦布告を決めたのは王である僕です。僕の責任を誰にも奪わせません」
パルスピカは、はっきりそう宣言した。
若き少年王は全ての責任を自分が取り、敗北の王として命を捨てる運命を受け入れていた。
モーゼがどれだけパルスピカを護ろうと、自分がその責任を引き受けようとしても、パルスピカは決して譲らない。
その事実に狂乱する母、アマリリスを牢に閉じ込める位には、もう覚悟を決めていた。
その様子を見て、モーゼは手の平を顔に当てる。
端からこれが上手く行くなんて、思っていなかった。
だけど、そうであって欲しかった。
自分の命程度でパルスピカが護れるなんてのは思い上がりだとわかっていても、そう願いたかった。
説得する事も、強引に座を簒奪する事も出来ない。
モーゼが身代わりとなり護る事さえ出来ない程、パルスピカは成長している。
モーゼがその後を引き継ぐ事さえ許されない程に、パルスピカは王として、偉大になりすぎてしまった。
「貴方は子供です。子供なんですよ……我々の希望の……」
「王にそんな事は関係ありません。僕だけは、この国から逃げる事は出来ないんです。むしろ、モーゼさんこそ逃げて下さい。今ならたぶん、まだ間に合います」
モーゼは寂しそうな顔で、首を横に振った。
「……いや、私はもう良い。もう……疲れたんです。家族の死を糧に生きるのは……」
「そうですか。……ごめんなさい。巻き込んで」
モーゼは何も言わない。
幼き少年に全てを押し付けて、それでも潰れないこの少年を前に何も言う事が出来なかった。
「一体、どうしてこんな事に……」
「わかりません。ただ、僕達は気付くのが遅すぎた。それは間違いないです。たらればなんてのは、王政を担う者として最も言ってはいけない事ですが……」
パルスピカは消え入りそうな小さな声で、そう呟いた。
彼らの沈痛な面持ちと異なり、街は喧噪に包まれ、明るく賑やかな物となっていた。
「俺達であの傲慢な魔王の鼻を明かすぞ!」
「俺達の王こそが最高の王だって見せつけてやろうぜ!」
そんな好戦的な声が、あちこちから響き国民を団結させている。
戦争を歓迎し、成果を出そうとする希望の声に、魔王国を亡ぼす事に夢を見る。
そんな民達に溢れていた。
誰も、負けるなんて考えもしていない程、彼らは狂乱に包まれていた。
当然と言えば当然なのだが、アークに戦争をする理由は一切ない。
それどころか、むしろしてしまったら国が亡ぶ。
なにせアークは実質的には魔王国の属国。
魔王国が後ろ盾になってくれているから、まともに運営、存続出来ていた。
もしもその後ろ盾がいなくなれば、あっという間に瓦解してしまう。
自分達だけで維持する程の国力は、新参者であるアークにはなかった。
力だけなら、はっきり言ってアークはかなり強い。
獣人を組織図に組み込み、吸血鬼ともドラゴンとも友好関係でどちらも住んでいて、その上で優秀な人間を多く雇い入れている。
人と魔物の優れた部分を両方組み込み、それを利用し軍事利用しているアークの実力は決して魔王国に引けを取らない。
だが逆に言えば、実力だけ。
短期決戦という分野では、魔王国の全力に並ぶ事は出来だろう。
だけど、アークが全力で戦えるのは精々一日程度。
補給能力や政治を考えれば……アークと魔王国では、戦いにさえならない。
それ以前に、元々アークは魔王国に不満を持っていなかった。
助けられている上にかなり甘く見て貰っている。
いや、はっきり言うと魔王国にアークは贔屓されていた。
パルスピカという個体は、クロスやエリー、ステラといった魔王国にとっての重要な存在に非常に贔屓されている。
他の小国と比べたらそれがはっきりわかる位に。
そしてアウラはそれを考慮し、アークを優遇していた。
勝てない上に恩義もあり、情も覚えて貰っている。
戦う理由なんて欠片もない。
なのに何故戦争という行動に出たのかと言えば……国そのものが、そういう流れとなってしまっていたからだ。
始まりは、小さな不満だった。
『魔王国はアークを侮っている』
そんな噂が国内からいきなり出て来た。
パルスピカも内心『何を言ってるんだ』と思いながらも丁寧に、そういう噂を潰していった。
こんな下らない理由で国が亡ぶのだけは避けたかったからだ。
どうせどこかの馬鹿が不満を外に向けたのだろう位にしか思わず騒動を甘く見ていた事が、パルスピカが唯一反省している点である。
潰しても噂は消えずむしろ広がり、気づいた時には噂は独り歩きし、事実へと化していた。
『魔王国の奴らに唾を吐きかけられた』
『見下され商品を奪われた』
『最近魔王国の品位が落ちた』
『娘を強姦された』
そんな根も葉もない噂が、事実となる。
国民に確かな被害が生じ、実際にも死者が出て、国民感情はどんどん燃え上がる。
誰がどれだけ否定しても、意味がない程に声は大きくなっていた。
この時点で、ようやくパルスピカも気付いた。
誰かに、戦争を起こす様仕掛けられたと。
だけど、気づいたのがあまりにも遅すぎた。
魔王国が加害者ではないと知っていたのに……。
例え王と言えど、大いなる流れは変えられない、止められない。
出来る事なんてのは最悪な形で国が瓦解しない様流れを弱めようする事が精々
そんな些細な抵抗さえ無意味で……結局、宣戦布告を行うしかなくなってしまった。
何故か、周辺数百諸国と連盟する事になって。
わかっている事は、これが誰かに仕組まれたという事。
本当の敵は、そいつ。
それは魔王国じゃない。
魔王国がアーク連合と戦うには、あまりにもメリットがなさすぎる。
そもそも、魔王国という大国はいついかなる時もキャパに余裕がなく、戦争をするより内政をした方が得をする国である。
周辺諸国も、おそらくアークと同じ様な状況だろう。
何者かにアークと同様嵌められて、あるいは乗せられて魔王国と戦う運命となったのだと、パルスピカは推測していた。
一つ違う事があるとするなら、パルスピカやモーゼと異なり周辺諸国は誰かに仕組まれた事に気づいていない様子だった。
自分達が正義であると思い込んでいたり、勝ち目があると本気で信じていたり、魔王国に逆恨みを爆発させたり、そんなのばかりで目が曇り切っていた。
だから、第三者の黒幕ががいる。
自分達と魔王国が潰し合って得をする、第三者が。
そこまでは読み取れたが、それが誰なのかはパルスピカもモーゼも特定出来なかった。
パルスピカは空しき玉座にふんぞり返って天井を見る。
既に国としての命運が尽きており、これからは終わりまでのロスタイムでしかない。
花火の様な一瞬の輝きを持つ戦争を行って――。
自分は後世にどう表現されるのだろうか。
若き暗愚としてか、それとも野望溢れる簒奪者か……。
天井を見ながら、パルスピカは小さくぶるっと体を震わせた。
死にたくない。
そう考えない様にしても、どうしてもそう思ってしまう。
それだけ、彼のこれまでは素晴らしい物であった。
涙が出そうになって、恐怖で歯が震えそうになって……それでも、感情を押し殺す。
どれだけ愚かであろうとも、自分はこの国の王なのだから。
「それで、私は何をすれば宜しいでしょうか?」
モーゼはそう、王に尋ねた。
「何というのは、えっと……」
「既に我が王は終わりを見据えていらっしゃると思います。出来るだけ多く国民を生かす方法を。その為に、どう動けば良いのか指示を仰ごうかと」
「ああ。しばらくは流されるままで良いよ」
「……良いんですか? 多く死にますよ?」
「うん」
「魔王国の相手を殺しますよ?」
「うん。悪名は、全部僕が持っていくから」
モーゼは次なる言葉を紡げずにいた。
モーゼは最初から、それが一番であるとわかっていた。
わかっていたから、王の座を自分が引き継ごうと思ったのだ。
ここまで来たら、民を出来るだけ多く助ける手段なんてのは一つしかない。
国と共に王が死ぬ事。
悪逆非道なる王として成敗され、国民に少しでも罪が行かない様にする事。
もはやそれしか、パルスピカに出来る事は残っていなかった。
だから、パルスピカは何者かの思惑に乗り、連合国の宗主であり王という責任ある立場を受け入れた。
「……でもね、モーゼさん。実の事を言えば、絶望だけじゃあないんですよ」
「何か、手があるんですか?」
「ううん。そんな物はないよ。だけど……辛いだけの終わりじゃない。きっと僕は理想の終わりを迎える事は出来ると思うんです」
そうして、パルスピカを静かに目を閉じる。
アークが、パルスピカが悪であり、そして魔王国が正義であると証明する最も単純な方法。
それは心正しき者に討たれる事にある。
最も正しき者、正しき心の証明、即ちそれは賢者という名の称号。
だからもし……もしそうなってくれたら――例えその事実を伝える事が出来ないとしても、最期にあの人と会う事が出来る。
その胸の中で息絶える事が出来る。
それだけが、絶望の中足掻くパルスピカに残された唯一の希望であった。
ありがとうございました。




