前触れ(後編)
戦闘能力、脅威となる点、考え方の傾向等々……。
クロスがアリスについて語るそれはまるで恋する乙女の様……いや、ストーカーかの様に詳細であった。
特に、その内面について。
クロスの説明を聞いただけで、アリスがクロスをどうして天敵と捉えているのか十分に察する事が出来た。
これだけ自分の事を理解して、そしてこっちからは全く理解出来ない相手が現れたら……そりゃあ怖いに決まっている。
その上最大の武器を無効化する能力なんて持っているのだ。
それだけあれば、十分天敵と呼んで良いだろう。
「それで、結局のところこれから具体的にどう動くのが正解だとクロスは考えてるの?」
メディールの質問にクロスは困った顔を浮かべ、両手を横に広げる。
「それがわかったら良いんだけどねぇ……」
「受け身でしか動けないのね?」
そんなメディールの言葉に、クロスは頷いた。
「まあ、向こうの狙いは大体予測出来る。安全圏からの削り取りをメインにチャンスを作る。じわじわと一気にの良いとこどりだな」
「例えば?」
「俺の身内を狙って俺陣営の戦力を削る。強襲や奇襲は当然として、裏切り狙いも含めて」
アリスがこれからどう動くのか、その具体的な方針まではわからない。
だが、最終目標であるクロスを殺すその為に、クロス勢力を削る事とクロスの暗殺の成功率を高める事。
その二点に目的が絞れていた。
安全圏からすり潰す。
消耗戦を仕掛けながら決定を作りだす、二重罠戦法を用いたローリスクミドルリターン。
アリスの行動パターンはいつもそれ。
正しく言えば、その手段しか彼女は取る事が出来ない。
徹底した生存至上主義であるアリスは、限界まで自分を危険に晒さない。
例えどの様な事があったとしても、そこだけはブレる事は絶対になかった。
そうなると、最も狙われやすいのは……。
「だったら、私がネックになるわね。正しくは私達がかしら」
マリアベルはヴィラの方を見ながら、そう呟いた。
マリアベルの知力は低い。
だが、その事に気付く程度には感情の機微を理解出来た。
「……どうしてそう思うんだ?」
当事者のクロスはその言葉の意味が理解出来ず、首を傾げてみせた。
「まず、大前提で私達の中に喜んで裏切る奴っている? 他所者の私でさえいないってわかるよ。ここは一枚岩。目先の欲程度でクロスを裏切る馬鹿はいない。……おっと、流れ弾ごめんね」
マリアベルは背伸びしてヴィラの頭を雑に撫でた後、言葉を続けた。
「もしも誰かが裏切る事があるとするなら、脅迫といった相応の理由がある時……なんだだけど、それでもステラ達はあり得ないのよね。だって一番大切なものと護りたい物が一致してるから。だから……裏切る可能性があるのは、私達位な物よ。明確にクロスより大切な物がある私達位な」
アリスが内応の計略を行おうとしても、彼女達にはそれは意味をなさない。
命より大切なクロスを苦しめる事を彼女達が従う訳がないからだ。
クロスがこの世界から再びいなくなる。
それは彼女達にとって世界の終わりと同じ言葉であった。
次いでディグザ三兄弟もそうなのだが、彼らの場合はもう少し事情が異なる。
彼らにとって大切なのは名誉。
裏切りの不名誉は彼らにとって最も好まない愚かな選択肢。
更に付け足すなら、ガァとギィにとってアリスは自らを一度殺した敵である。
あらゆる意味で、裏切る可能性は低いと言える。
だけど、マリアベルとヴィラは違う。
彼ら夫婦は大切なパートナーの命を犠牲にしてまで裏切らないと誓う程、非情になる自信がなかった。
「という訳でさ、これ、受け取って頂戴」
マリアベルは書類を二枚クロスに渡した。
「……ん? なんだこれ。っ! ……おい、これ……」
クロスはそれを見て、目を細くする。
それは、不愉快である事を隠してさえいない、そんな表情だった。
「……これ、ヴィラは知ってるのか?」
「いいえ知らないわ。今から説明するから。ヴィラ、私かヴィラのどっちかがクロスに不利益な事をしたら死ぬって契約する書類渡したけど良いよね?」
「ああ、構わんぞ」
あっさりと、ヴィラは答える。
むしろそれは、ヴィラとしてはありがたい事でさえあった。
これ以上仲間を、クロスを裏切りたくない。
その可能性が潰えるのなら、文句どころか感謝しかなかった。
そんな彼らに、クロスは明確な不快感をぶつけた。。
「という訳で、後はクロスとヴィラがその契約書にサインを入れてくれたら発動するから。よろしく」
クロスは小さく溜息を一つ吐いた後……契約書を、破り捨てた。
「却下だ馬鹿共が」
「……そう。でも、実際その時が来たらどうするの? ヴィラはともかく私はヴィラの為ならクロスを裏切るわ。恥も外聞もなくね。そんなのが混じったら不味いでしょ?」
クロスは怒りに身を任せ声を荒げた。
「裏切れば良いだろうが! 生きる可能性があるならそうしろ! ……頼むから、簡単に死ぬとかいう選択肢を――いえ、すまん。俺が言って良い事じゃないなこれ」
最初こそ声を荒げていたクロスだが徐々に、その声は小さくなっていく。
今更に、クロスは自分のやった罪がどれほど思いのか、どれだけ彼女達の心を傷つけたのか理解出来た。
人間だった時、クロスは彼女達に助けを求める事も出来た。
それなのに、自分だけで完結する安易な逃げ道の死を選んだ。
相手の為、皆の幸せなんて屁理屈捏ねていたが事実は違う。
彼女達に頼るのを情けないと思ったから。
だから、孤独に死ぬ事を受け入れた。
つまり、諦めたのだ。
大きすぎた劣等感からのただの見栄で。
空気が、急に重くなった
事情はわからないが明らかにクロスは落ち込んでいて、誰も声をかけられなくて……。
少しの沈黙の後に、パンと、手を叩く音が響く。
その手を叩いたガァの元に、皆の視線が集まった。
「良く知らんがそんだけの覚悟があるのなら契約なんてなくても大丈夫だろ」
そう言葉にしながら、ガァはわざとらしい笑顔を浮かべてみせた。
「そうそう! それより結婚するんだって。おめっとさん! 余興が必要なら是非俺達に依頼をしてくれ!」
ギィがそう言った後、ガァとグーはギィと連動し、謎の決めポーズを取った。
「結婚式のお笑い要員に我らディグザ三兄弟! 室内だから爆発は遠慮しておくぜ!」
ガァの言葉に合わせ、グーはスポットライトを魔法で作り自分達を照らしぴかぴかと輝いた。
別の意味で、沈黙が続く。
それが滑っている事は間違いない。
だが、最悪な場の空気が変わった事だけは間違いなかった。
「……そうね。アリスを殺せた時にでも式を開こうかしら。その時はお願いするわ。でも滑ったらぶん殴るから」
マリアベルの言葉にガァは微笑み、親指を立てた。
「それでクロス。話を戻すが具体的にこれからどう動けば良い? ぶっちゃけ俺達最近は内政とか書類仕事とかそういうのばっか勉強してるから戦力的には変化なし……いや、鈍ってるから前より弱いぞ」
ガァはクロスにそう告げた。
「別に構わんが……どうして書類仕事してるんだ? そういうのはグーの担当だろ?」
「う、うん。もちろん僕もしてるよ。でも、そうじゃなくって……今、僕達は、更なる躍進の為新しいステージに、立つ準備をしてるの」
グーの言葉にクロスは首を傾げた。
「新しいステージ?」
「そ、そう。英雄だけではなく、もっと違う方面からの偉大さアピール。つまり……内政無双。次はギィ兄ちゃんじゃなくて、僕が主役。えへん。内政とか、そう言う事をやって、そして活躍して……ディグザ三兄弟の名を、残す。英雄としてだけじゃなくて、お仕事も出来るってアピールの為に」
きりっとした顔でグーはそう言葉にした。
彼らの行動は一貫している。
一貫して、自分達の名前を残る事のみを考えて。
ただ、それでどうして裏方仕事に回る方が目立つなんて結論になったのか、それがクロスには良くわからなかったが。
「あー……まあ、決めた事ならそれで。ぶっちゃけその方が都合が良いし」
「都合が良い……と、いうのは?」
グーはクロスに尋ねた。
「いや、恰好付けておいて何だけど、ぶっちゃけアリスが具体的にどう動いているのか、何をしてくるのかさっぱりわからん。ただ何かトラブルが起きたらそれがアリスの仕業だと考えて良いってだけで」
「そんな極端過ぎる陰謀論で良いんです?」
「良いんです。俺に関する事ならほぼ間違いないと思うぞ。だから大切なのは二つだ。アリスのしかけた『トラブルを長引かせず可及的速やかに対処する事』と並行して『アリスの居場所を探る事』。つまり……まあしばらくは書類仕事が中心だな」
「……おお。確かにそれは丁度良い。そう言う事なら、僕達もきっと役に立てる」
「ああ。期待してる。三兄弟だけじゃなくてヴィラとマリアベルも裏方側に回ってくれ。戦力に不安があるのも事実だが、それ以上に裏方が足りないんだ」
少数精鋭故にバックアップが薄い事。
政治に携わる事が出来ず文官能力がある人材が極端に少ない。
それがクロス達の明確な欠点であった。
「まあ、私は無能だからさして役に立たないけどヴィラがやってくれるでしょ。ついでだからそこの面白三兄弟。仕事の仕方教えてよ。情報収集を中心にさ」
マリアベルの言葉にグーは頷く。
そして三兄弟と夫婦が部屋を出ようとしたその瞬間――機人が部屋に押し入って来た。
それは今まで見た事ない機人だったが、クロスはゴモリーであると認識出来た。
「失礼します。ノックの省略はご容赦を。アウラフィール魔王様より緊急の連絡が入りました」
それがアリスの行動による物であると、クロスは内容を聞く前から理解出来た。
「……動くのが遅過ぎたか。それで、何があったの?」
ゴモリーは静かに、クロスに一枚の書類を渡した。
一瞬だが、その渡す手が震えている様にクロスには見えた。
「それでクロス。何が書いてあるの?」
メリーの質問を聞き、クロスは書類に目を向けた。
「えっと、魔王国に宣戦布告した馬鹿がいるんだって」
「へー、どいつ?」
「アルグラッド騎士団ってわかる?」
「隣接する小国の騎士団だね。騎士団が中枢だから国そのものと言っても良い。あんま裏切る印象なかったけどなぁ」
「んで、カイルス王国」
「隣接する小国だね。割と荒くれ者が多い。こっちは納得」
「それとグルズィとガムランとギアンヌとディートルットと……」
「隣接する小国に少し離れた国に属国に……いやいやどれだけ多いの!? いや逆か。それだけ多くの連合が組めたから魔王国に勝てるなんて馬鹿な事を考えたのかな」
「勝ち目あるの?」
「今聞いた名前の奴らだったら、千集まっても無理」
「ふむ……。大体三百位かな? 国とか集団が」
「ふーん。勝ち目がある様には見えないけど何かあるのかな? クロス。それ見せてくれる?」
クロスはメリーに受け取った紙を渡し、メリーはそれに目を通す。
そしてすぐその顔を、引きつる程強張らせた。
「どうしたメリー。俺達が手を貸した方が良い感じか?」
「……いや。それは……とりあえずクロス。冷静に、落ち着いてね」
「ん? あ、ああ……」
「最後の行を、読んで」
メリーからそう言われ、紙を渡され、クロスは読む。
「えっと……ディアンズ、がらくた傭兵国、ガーズ、そして……反魔王連合宗主、人魔統一王国アーク……」
呟いた瞬間、瞼の裏に、その顔が現れた。
パルスピカ・アークトゥルス。
銀色の髪をした、幼い容姿の美形の獣人少年の王。
クロスを慕い、そしてクロスもまた少年に対し不思議な思い入れを感じている。
その彼が持つ国の名前が、アーク――。
一瞬、クロスは意味がわからなかった。
いや、未だに意味はわからない。
だが、アークが魔王国に戦争を仕掛けたという事実を何とか認識出来たその瞬間……ぞわりとした恐怖に、クロスは襲われた。
ありがとうございました。




