Cの真実その3
「それで――侵入者の様子はどうだ?」
驕り高ぶるしゃがれた声が、部屋に響いた。
「は、はい。道中の研究室や生産施設を破壊しながらこちらに降りて来ています」
「ミドルスペックを向かわせただろう? どうなった?」
その声色は、追い詰められているとは思えない程に、明るかった。
「ま、まるで歯が立ちません。時間稼ぎさえも出来ず……信じられない……。こんな事英雄だって……」
「その位やるさ。あの体ならね……」
「総帥は侵入者をご存知で?」
「直接は知らんし中身には一切興味がない。だがまあ、あの肉体のカタログスペックは良く知っておる。そもそもあ奴の事を知らないお前の方がむしろ……いや、そうか。お前はもう何十年も外に出ておらんかったな。知らんのも無理はない」
「何か私に不手際がありましたか?」
「いや、そうじゃない。ただまあ……ちょっとした名持ちというだけの事じゃ。まあ、安心すると良い。あの程度で妥協した奴など……単純な力さえ理解出来ん奴の作った物などに私が負ける事はあり得ぬからな」
「総帥が負けるとは思ってませんが……まさか完成体を使うつもりですか? あれはまだ……」
「移植でなくとも接続で動かす位は叶う。逆に言えばその位は必要なのだよ。あれもまた一応は完成体なのだから」
「そんなまさか! だって完成体はこちらの……いや、そうか。だとしたらあれはレンフィールド様の……」
「様……だと?」
「し、失礼しました! つまり敵は敗北者レンフィールドの忘れ形見と……」
「ああそうだ。転生などという大博打に打ったあげく二重に失敗して魂さえ消えた愚か者の忘れ形見さ! はっ。自業自得じゃ。この私の頭脳を理解せず嫉妬し追放などするからこうなるのだ!」
「総帥程知性に長けた方はいらっしゃいませんものね」
「当然。最高の頭脳を持つこの私を越える物などおらんとも。……ふむ、そうだな。君達は避難していなさい。ここからは君達の様な凡夫では力不足だ。英雄の、いや支配者としての戦いとなるからな。臣民を護るのも支配者の義務、であるのなら、私が君達を護ってあげなければならぬ」
楽し気に笑うその声を聞きながら、命令に従い部屋にいる部下達は独り残らず部屋を出ていった。
取り残されたかのように独りとなったその男は、小さく、溜息を吐いた。
「あいつらも処分だな。凡夫であるのは仕方がないが、我が栄光を理解出来ぬ奴はいらん。そこは『命など惜しくないから使い潰してくれ』と乞う場面であろうに……」
そう呟き、男は車輪を手で回し車椅子を前に動かした。
「何と不自由な体であろうことか……。だが、もうすぐだ。もうすぐ全てが始まる。私という存在が世界の支配者となるのだ……ふふ、ふふふ。ふふふふふ……」
静かに、静かに、静かに――男は、笑っていた。
まるで明日を夢見る子供の様に、世界を壊すテロリストの様に。
あの瞬間から、クロスは一切の容赦を捨て去った。
多くの存在がクロスを勘違いしているが、クロスは自分の事を正義の味方だと思った事は一度もない。
勇者の仲間であった時から、ずっと変わらずに。
むしろクロスは自分の事を小悪党だと思っている。
他の悪党と違うのは……クロスは目の前で誰かが不幸になる事が大嫌いなだけ。
悪を憎む悪。
自分は良いが他者は許さない。
そんな傲慢不遜であるからこそ、クロスは目の前の悲劇を自分の悲劇の様に感じてしまう。
要するに……ムカつくのだ。
我慢の限界を一瞬で越える程に。
故に、クロスは一切の容赦なく関係者全員屠る事に決めた。
幸いにして嘘を探知できる精霊がいる。
殺すべき敵とそうでない犠牲者を見分ける事はそう難しくなかった。
まあ、この施設には特定の女性を除けば全員がただの加害者だったが。
だから、道すがら延々と、ただただ殺し続けた。
奥に進み、地下に戻りながら、怒りを堪える事なくむしろそれを振り回す様に。
弱者を殺した。
強者を殺した。
男を殺した。
女を殺した。
クローンであろうとそうでなかろうと、殺すべきと感じた全員を、その手で。
自分の都合で、感情で、クロスはここに来るまでに多くの魔物を屠った。
だから……やっぱり自分は悪党の方が良い。
性に合っている。
クロスは改めて、自分の性根を確認した。
そしてクロスは、最後の部屋の扉、その前に立つ。
ここが終着点、地下に続いて来た施設の最下層。
クロスは特に何も考えず、扉を蹴破り中に入った。
中にいるのは車椅子の老爺と若い男……いや、クローン体の雰囲気を持つ男が一体だけ。
クロスはこれまでの道すがらと同じ様剣状態のトレイターを持ち――静かに構える。
これまでのクローン体、その全ての剣筋は嫌な程クロスに似ていた。
クローンモデルとなったクロスに。
逆に言えば、所詮物真似程度であり誰よりもその剣筋を知るクロスにとっては大した事のない相手でもあった。
そう……誰もが思い込んでいた。
もしも……。
これはただの『もしも』の話だが、クロスがアウラにレンフィールドの事を説明していたら、きっとその答えに辿り着いていただろう。
また、今彼らの繋がりを阻害するモノクルをかけていなければ、レンフィールドの助言を聞き正しき答えを知っただろう。
最初の液状の肉を見てから、ずっとレンフィールドは叫んでいた。
届かない事はわかっていても、ずっとずっと叫び続けていた。
はっきり言ってしまえば、あまりにも初歩的すぎる勘違いだった。
今のクロスの栄光に釣られ、誰もがその可能性を見落としていた。
当事者であるレンフィールドでさえも、根本のソレを伝え忘れていた程に。
その後悔が、レンフィールドを吼えさせていた。
あの短い時間で伝えるべき事は、黒幕の可能性を持つかつての同胞の事ではなかった。
この老爺であるジェイル・ロック・ハドリウスの事ではなかった。
だけど、後悔してももうどうしようもない。
それに気づいた物はレンフィールド以外誰もおらず、そしてレンフィールドの声は、機人の技術によりクロスには届かない。
クロスはいつもの様に、クローン体に剣を向ける。
クローンはクロスの剣を見て、何時もの様に先んじて動きクロスに剣を振るう。
クロスはその一振りを受け止める。
相手の動きがわかるからこそ、一手委ねてカウンターを取る事が最も効率の良い戦い方となるから。
そして何時もの様に剣戟の音が鳴り響いて、その瞬間――クロスの全身から、血が噴き出した。
あまりに唐突で、それが斬られたものであるとさえクロスは気付けなかった。
「があっ!?」
痛みと、衝撃。
そしてそれ以上の何故がクロスの中に溢れる。
どうして、いやそれ以前にどのタイミングで斬られたのかさえクロスにはわからなかった。
クロスはそのクローンの顔を見る。
表情を宿していない、人形にしか見えないそれを。
それはこれまでのクローンと異なりあり得ない程精工で、繊細で、そして非常に美形として作られていた。
機人と言われても納得する程に。
当然、知らない顔である。
だけど、その雰囲気は、クロスが良く知る人物に不思議と似ていた。
正しく言えば、良く知る相手の昔の姿に。
外見は全く似ていない。
むしろ似ているのはピュアブラッドとかそちらの方。
なのに、何故かその雰囲気は不思議な程に『勇者クロード』を彷彿とするものだった。
C計画。
ジェイル・ロック・ハドリウスは進めるそれは、元々レンフィールドが行っていた計画から発展した物である。
レンフィールドの肉体の代価品として、クロードという人類覇者の肉体を製造する事が、その計画の元であった。
つまり、Cはクロスではなく、クロードの方。
そう、誰もが忘れていた。
ほんの数十年前、先代魔王生存時のクロスは、そんな大した扱いを受けていなかったと。
勇者クロードこそが、敵味方問わず世界の中心であったと。
「クロス!」
シアが叫び、銀の腕でクローンに殴りかかる。
クローンは一瞬のうちにその腕を切り飛ばし、霧散された。
そこから、シアは一歩も近づけない。
圧倒的な実力差を前に、僅かな攻撃を差し込む隙間さえなかった。
だが……それで十分だった。
一瞬だけでも時間は稼げた。
エリーがクロスを助ける一瞬だけ。
「クロスさん。無事ですか!?」
クロスを抱きかかえながら距離を取り、全身の出血を止めながらエリーは尋ねる。
クロスは震えながらも小さく頷いた。
「余裕……余裕……」
「とてもそうは見えませんけどね」
「それは当然じゃろうて。私の肉体の斬撃を受けたのだから。なにせその肉体は敗北者が作った紛い物。力という物さえ理解出来なかった小物の完成品でしかないのじゃからな」
車椅子を動かし、よぼよぼの男はクロス達に一歩近づく。
その顔は敗者を見下す勝者の物だった。
「あいつは本物の馬鹿だ。何故ベストを尽くさなかったのか。何故最強の肉体を作ろうとしなかったのか。何が最優だ、何が使い勝手だ。力がなくて何が支配だ。あ奴の計画で褒められるのはクロードという人間にしてはまあ優れた男の剣技を移植する事に成功した位じゃろうて」
「……お前は……何を言ってるんだ?」
「凡人にはわからんだろうな。所詮その程度の肉体で図に乗っていた貴様にはな。わかりやすく言ってやろう。貴様の肉体はその頭脳同様出来の悪い劣化品。そして私の新たなる肉体は本当の意味での完成品。貴様に勝てる道理はないという事だ。ふふ、ふははは! ごほっ」
小さく咽、男は口元から血を流す。
それでも、男の笑みは消えていなかった。
「……ここに来るまで、小さな違和感がありました。クローンを軍にするという計画にしては、何か違う様な。ようやくわかりました。貴方の目的は……」
エリーの言葉に、ジェイルは機嫌よく笑った。
「そう。移植手術だよ。世界最高の頭脳を持つ私に相応しい肉体へのね。……うむ、そこに気付くとはなかなかに悪くない頭脳だ。これが終わったら私の孕み袋にしてやっても良い位にはな」
それが本気の言葉であるとわかったエリーは露骨に顔を顰めた。
「貴様のそのレンフィールド如きの肉体には大した因子は含まれていない。何故かわからんがあ奴は適当な肉体にしかしなかった。だが私は違う! あ奴の様な敗北主義者ではない! この肉体には、数多くの優秀な魔物の因子を受け継いでおる! あのドラゴンの力さえも内包する程に! 吸血鬼の魔法を使う事が出来る程に! つまり……私は今、最強の力を持っているという事だよ!」
ご機嫌な様子で、今にも死にそうな顔色のままジェイルは演説を続けていく。
訳がわからないし耳障りではあったのだが……蛇に睨まれたカエルかの様に、剣を持ち構えるクローンによってクロス達はそのうっとおしい声を黙らせる事が出来なかった。
ありがとうございました。




