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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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■に近かった少女


 外見は何の変哲もないただの洞穴だった。

 何か生物が居たとか掘ったとかそういう痕跡でもなく、単純な、自然の力により生まれた隙間。

 だから、メリーも最初見落としていた。


 だが、一歩足を踏み入れた瞬間、彼らはそこが普通ではない、人工的な洞窟であったのだと気が付く。

 それは誤認させられていたというよりも、認識阻害と呼んだ方が近かった。


 特に、魔力で探知出来るエリーにはその変化が顕著に表れていた。

「奥に何かあります。いるとかじゃない。メディールさんクラスの魔力と、その百倍……いえ、千倍を超える何かが……」

「それは魔物か? 物か?」

「わかりません。メディールさんクラスの方はおそらく魔物ですが……」

「わかった。とりあえず先頭は……俺で行く。メリーは後方を頼んだ」

 クロスを先頭の、一番危険な場所に立てるなんて陣形にメリーは正直同意したくない。

 だがそれが最も効率的である事は間違いない為、不承不承で頷くしかなかった。


 探知能力と奇襲対策、そして投擲による援護。

 全てが高レベルで出来るメリー以上に後方を護れる存在はいない。

 特に、背面からの行動を完全に対処出来るのは技量や修練だけでなく才能が大きく関わって来る。

 だからここは確定で変える事は出来ない。


 続いて、最も危険な前衛なのだが……まず、エリーは除外となる。

 彼女の戦闘力は最前衛を任せるには少し物足りない。

 死に辛いという意味で言えば適正はあるが、部隊が総崩れになる事を考えたらあまり意味はないだろう。

 そもそもエリーの能力は探知と魔力操作でこそ輝く。


 自由にさせたいという意味で中衛が望ましい。


 そしてステラなのだが……本調子であるのならステラこそ前衛に置いておきたい。

 高い危機探知能力に並ぶ事なき剣技の才。

 まさしく剣士の理想であり究極。


 クロス自身剣士というよりも万能的なポジションの方が向いているから、ステラが前でその後ろの二番手にクロスが着けたら理想だった。

 そう、理想の上では、その形が一番良い。


 だが、今のステラに前衛は任せられなかった。


 未だに原因や理由もわからない。

 だが、ステラは今悩み恐怖している。

 自分の力に、デザイアに。


 幾ら実力があろうとも、そんな不安定な部分を残すステラにパーティーを任せる事は出来なかった。


 だから、前衛クロスで後方メリー、中衛のステラとエリーでエレンを護るという形が、一番機能する。

 それが、クロスとメリーの共通見解であった。


「さて、進もうか」

 クロスはそう言って、一歩足を踏み出した。

「用心してね、クロス」

 後ろからのメリーの言葉に、クロスは手を上げ答えた。




 気を付け、用心をし、ゆっくりと足を進めて……。

 エリーはクロスの背後で光を生成し光源と成りながら、同時に松明も手に持っている。

 魔法と物理、両方の面からの光の確保。

 松明は物理的な明りと暖というだけでなく酸素有無の確認にもなっていた。


 戦闘能力全てを捨て、エリーはそういった前衛の活動サポートに従事する。


 このパーティーの場合怖いのは敵ではなく、むしろ罠の方。

 戦闘力で言えば相当に高位であるからこそ、彼らはそういった対処に失敗したらどうしようもない物に対し用心し進んでいた。

 特に今は、エレンという保護対象もいるのだから。




 そのまましばらく進んで……洞窟の突き当り、奥で女性が座り込んでいるのを彼らは発見する。


 これまで特にの何の事件もなく、何の障害もなかった。

 ただ洞窟を進んだだけ。

 これで別人と言う可能性もあるにはあったのだが……。


「ママ!」

 エレンの叫びから、その線も消える。

 それは、あまりにも拍子抜け過ぎる結果だった。


 当然だが、用心は解いていない。

 突き当りのはずなのに奥からは何等かあの気配は消えていない。


 これで罠と思わない方がおかしいだろう。


 だから、彼らは皆用心したまま、奥の彼女に近づいていく。

 どの様な事態が起きたとしても、対処出来る様に。


 彼女が暴れるとか、天井が落ちて諸共とか、そういった罠。

 毒ガスもあり得るし下や横から誰かが壁を壊し襲ってくるかもしれない。


 拍子抜け過ぎるからこそ、彼らは外に対し、最大限まで用心していた。


 そう、全員が最大限まで、罠に用心していた。

 だから……気づけなかった。


 エリーは魔力で人の感情を読み取る事が出来る。

 だから、問題ないと判断してしまい注意から外してしまった。


 ステラは、最初から注意していなかった。

 彼女は普通になったが、その分心が未熟になり、簡単な心理的トラップに引っかかる様になっていた。


 メリーは注意を外してはいない。

 だが、それの優先順位を相当下に下げていた。

 だから、気づいた時には手遅れだった。


 そう、皆外に目を向けていたから気づけなかった。


 すぐ傍にいる小さな少女のその手に、ナイフが握られている事に。


 そのまま、エレンはナイフを抱えた込んで、背後からクロスに飛びついた。


「クロス!?」

 メリーの悲鳴が響く。

 手遅れであるのはわかっている。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。


 皆、彼女を普通の子供であると判断してしまっていた。

 いや、実際さっきまでは間違いなくただの少女であった。

 だから、誰も気づけなかった……。


 どんと、エレンとクロスの体がぶつあった音の後、カランとナイフが落ちる音が響く。

 そしてその直後……ばたりと、座り込んだ。

 刺されたはずのクロスがではなく、エレンの方が――。


「大丈夫。問題ないよ」

 平然とした顔で、だけどどこか悲しそうな顔でクロスはそう言葉にする。

 その手はトレイターを変質させたガントレットが纏われていた。


「……え? クロス、大丈夫なの?」

 茫然としながら、メリーが尋ねた。

「うん。そもそもエレンちゃんの事は残念ながら疑ってた」

「え!? そうなの!?」

「うん。まあ色々あるけど……一番はさ、子供ってこんなに強くないよ?」

「強く……ない?」

「うん。母親がいなくなって、すぐにギルドに駆け込んで、そしてその後も何の文句も不満も言わず、泣きもせずに付いて来る。流石におかしいでしょ」

「いや……だけど私の目から見てもエリーの魔力でもも問題は……」

「そう。つまりそういう風に洗脳されてたか、普通の子供らしく振舞う様暗示をかけられていたって辺りかな」

 クロスはそう言葉にする。


 最初からずっと、クロスだけはエレンに対し違和感を抱いていた。

 それに気づけるかどうかのその差は、実際に子供と触れ合ってきたかどうか。

 経験があるクロスはそれがおかしいと気付き、ずっと疑問に思っていた。

 エレンの性格が、まるで『親の理想を演じている子供』の様だった。


 実際にそういう子がいないという訳ではない。

 素直で大人しくて、言う事を何でも聞いて不満を口にせず、だけどちゃんと自己主張はする様な性格のお子供もいるにはいる。

 だけど、そういう賢い子にしては、エレンの特徴は普通過ぎた。


 だからクロスは最初からエレンを疑っていた。

 そしてその疑いが確信になったという事は……。


「ちっ! 所詮出来損ないか」

 奥にいる母親らしき女性は、吐き捨てる様にそう言い放った。




 静かに彼女は立ち上がり、そして服装を整える。

 立ち上がった事より、クロス達は初めて彼女の服装を認識する。

 真っ白い、白衣にも似た服装。

 ただ、その白衣は医療用というよりは実験でもしそうな、随分と科学的な服装だったが。


「あんた、一体何がしたいんだ?」

 クロスの言葉を聞き、彼女は青筋を立て嫌悪の表情をクロスに叩きつけた。

「はぁ!? それはこっちが聞きたい位よ!? あんたらが私を邪魔しに来たって()()()からしょうがなく準備をして……。せめて材料にしてやろうと思ったのに……ああもう面倒ね本当。時間がないというのに……」

「時間? それに聞いたって――」

 クロスの質問は、エリーの叫び声でかき消された。

「クロスさん! エレンちゃんが……エレンちゃんが……」

 クロスは意識を正面の彼女からそらさない様に、後ろを見る。

 後ろに倒れるエレンは、血の海の中にいた。


「何で……。俺はただナイフを落としただけなのに……」

「そもそも……私が見た時はナイフなんてどこにもなかったのに……一体どこに持って……」

 エリーの一言で、悲しい程に察しの良いメリーは事情を理解してしまう。

 だけど、敢えて言わなかった。

 言う必要なんてなかった。


 だけど……そんなエリーの気遣いなんて物、彼女には関係がなかった。


「そりゃあ、腹の中に埋め込んでおいたからよ」

 白衣の彼女は、そう平然と言い放った。


「……は?」

「そもそもだけど、何でお前達はその出来損ないをエレンなんて固有名詞で呼んでるの? 訳がわからない」

「……お前、埋めたって……どういう事だよ?」

「どうもこうもないわよ。……あんたら機械ってわかる? プログラムとか。要するに、それは命じられた事だけをする単なる道具。お前達を連れて来て、そして殺す。その為に用意された……いえ、失敗作の出来損ないだからその位しか役に立たないと思ったけど、それすら役に立たなかったわ」

「何で……そんな事を……」

「失敗作に利用価値があったら、喜んで使うでしょ? 捨てる位なら惜しくないなって。まあ、所詮失敗作は失敗作でしかなかったけど」

 そう言葉にし、彼女は血の池で立ち上がろうと藻掻くエレンを見下した。


「みっともない事してないで、早く殺しなさい」

 彼女はエレンにそう吐き捨てる。

 エレンはその言葉を聞いてびくんと体を震わせた後……必死に体を起こそうとする。

 だが、出血は止まる事はなく、手足に力が入らず震えるだけで、立ち上がれずにいた。


「……ま、期待なんてしてなかったけど」

 そう言って、彼女はパチンと指を鳴らす。

 すると、エレンと同い年位の女の子は二人、洞窟の壁の向こうからすーっと現れて来る。

 外見は、若干似ている。

 だが、顔立ちも髪の色も異なっていて、姉妹には見えなかった。


「出来損ない共。感情がないお前達なら、アレよりは多少はマシよね?」

 彼女のそんな冷たい言葉の直後、現れた少女達は自らの腹に指を突っ込む。

 そしてそこから注射器を取り出した後……自分の首に、迷わず突きつけた。


 ボゴンと音がして、少女達の体の中に、まるで無数の気泡が入り破裂しているかの様に悍ましく変形していく。

 ボコボコと音と共に骨格が歪み、体毛が生え、自然では絶対にあり得ない速度で形が代わり、そして……獣がそこに現われる。


 顔は鋭く長く、肌は茶色い体毛に。

 そして直立していた姿から、四足……いや、六足に。


 それに最も似ているのは、狼だろう。

 茶色く、爪はかぎ爪の様に酷くひっかける形で、そして足は二足多い六足。

 生物としてあり得る範囲ではあるが、どこか歪さも抱えている。


 今まで見て来た実験体や、クローンと呼ばれる奴ら。

 それと同類の、所謂化物。


 その変化は不可逆であるのは一目でわかり……そしてそれがどういう物かは、察しの悪いクロスでも理解は出来た。


 気づけば、白衣の彼女は姿を消していた。


「エリー……」

「は、はい? 何ですかクロスさん」

「アレはもう、戻れないんだよね?」

 それでも、クロスは聞かずにはいられなかった。

 わかっていても……。

「そもそもですが……彼女達は、エレンちゃんと違って最初から人では……いえ、魔物でさえなかったです。動くだけの、意思なき人形。ですので……」

「いや、良い。わかった。……うん。まあ、今まで見て来た中では、一番合理的だな」

 その狼らしき姿を見ながら、そんな感想をクロスは持つ。


 今まで関わって来た変な姿の化物共に対し、クロスは常々思っていた。

 何でわざわざ人型にするのか。

 強い生物を作るのなら別の形の方が絶対に相応しい。

 そういう意味で言えば、狼というのはある種合理的と言えるだろう。

 ドラゴンの様な無茶な素体でないから製造しやすくて、そしてベースがそこそこ強い。

 その上獣である以上改良もしやすい。


 更に言えばその爪と腕の数から見てこの山岳地帯に特化している様子でもある。

 確認してはいないが、どこかに拉致に適した袋か何かを体に隠しているだろう。

 素材調達の出来る戦闘要員。

 全くもって合理的で……反吐が出る。


「クロス。どうするつもり? 辛いなら……」

 メリーの言葉に、クロスは首を横に振る。

 そして――、一閃。

 クロスはトレイターを持ち、横に剣を一振り。


 二体の獣が倒れた音は、クロスが寂しそうに溜息を吐くのとほぼ同時であった。




「おき……なきゃ。まだ……わ、たし……は……」

 少女は、エレンと名乗った少女は必死に立ち上がろうとしていた。

 自らの血で滑り、倒れ、真っ赤に染まりながらも、懸命に。


 彼女が自我を取り戻したのはついさっき。

 それまでは、彼女は命令人格に支配されていた。

 子供の様に振舞いクロスを誘導するという、擬似人格に。


 その命令は、たった二つ。

 母親が拉致されたという架空の記憶を捏造しそれをギルドに報告しごねる事。

 それと、腹部を裂いていたナイフの痛みを忘れる事。


 後は、時間が来て本来の人格に戻った時、ナイフを突きつけ、注射を自らに打ち獣と変え最後まで戦い敵の数を減らす。

 それだけが、出来損ないの失敗作と母親に蔑まれた少女に与えられた、唯一の命令であった。


 それを実行すれば死ぬ事はわかっている。

 最初から愛されていない事も知っている。

 むしろ、母親は自分を嫌悪していると。


 母親と言っても生んだ訳ではなく、造られただけ。

 しかも望んだ物の失敗作。

 だから、嫌われている。

 だから、蔑まれている。


 少女は、全てを知っていた。


 それでも、少女は信じていたのだ。

 最後までやれば、きっと褒めてくれると。


 最後の最後だけは、自分を娘と思ってくれると。


 だから、彼女は懸命に起きようとする。

 悪い事だとわかっているのに、人を殺そうとする。


 母親にさえ望まれぬ自我は、たった一つの事を求めていた。


 ただ、愛されたかった。

 本物の、■の様に――。


「がんば……ない……と……。わた……し……。おかあ……さ……。すて……」

 エレンに対して、誰も、何も、出来なかった。

 止める事も、応援する事も、殺す事も……。


 その少女に何の声をかける事も出来ず、その魂燃え尽きる寸前にも関わらずの鬼気迫る何かにただ気圧される事しか出来なくて……そして少女は、クロス達が見守る中で五分以上立ち上がろうともがき続け……ようやく、動かなくなった。


ありがとうございました。

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