情熱と鼓動の街
クロスは、じーんと胸にこみ上げてくる様な感動に近い感情を味わっていた。
この感情を正しく言語化する事は難しい。
馴染みの飯屋にいった時の、美味しい訳じゃないのについ頼んでしまう何時もの食事。
特別腕が良い訳でもないのに、つい行ってしまう馴染みの武具屋。
そういった、凄く良い訳でもないけれどどこか安心感を感じさせる様な……。
きっとそう表現するのが近いだろう。
そんな感情を……クロスは街の外で出会った盗賊達に感じていた。
「野郎一匹がメス三匹も引き連れて。良いご身分だねぇ本当に、ひっひっひっ」
「余ってるみたいだし俺達も相手してくれよ。ガキみたいだけどまあ勘弁してやるからさ。こっちにはお前らみたいなガキが好きな奴もいるから満足は出来ると思うぜぇ?」
ありきたりなチンピラの台詞回しに一目でわかる蛮族ルック。
これでもかという位露骨な蛮族達の登場に、クロスの心は洗われる様であった。
そうそう、こういうので良いんだよと。
敵というのはこういう後腐れなく処分出来る位が丁度良い。
だから、あの街での色々により生まれた徒労感と恐怖、そしてこのあんにゅーいな気持ちを切り替えるには都合が良かった。
とは言え所詮、悪党は悪党。
嬉しいという気持ちにまではいかない。
「さてと、サクっと決めようか。エリー、メリー。裁決を」
クロスの言葉に盗賊達はきょとんとした表情を浮かべる。
今までの連中は怯えるか武器を構えるかであり、こんな平然とした態度を取っている奴らは今までいなかった。
「ギルティ。手慣れ過ぎてる。五人は殺してるわね」
顎に手を置きふむふむと言いながら、メリーはそう言葉にする。
メリーの評価は妥当な物であり、またクロスも同じ感想を持っていた。
この手の物を奪う、襲うという行動を実行するには多くの能力が必要になる。
実際彼らは完全に包囲し脅し慣れていて、そして警戒も怠っていない。
見えているだけで五体だろうが気配の数は倍以上。
それは成功報酬という経験だけでなく、失敗も重ね生き延びきた証左と言っても良い。
つまり、確実に許せる一線を越えた相手と言う事だ。
「あー……クロスさん。落ち着いて下さいね」
エリーはげんなりした表情で、ゆっくりとクロスに語り掛けてきた。
「うっわ猛烈に嫌な予感するな。……はい。どうぞ」
「えー……そのー近くに拠点らしき場所がありましてーその奥に、その……犠牲者がいますね。えっと、女性で……酷く怯え衰弱した魔力でして……」
「御託は良い。手遅れかそうでないか教えてくれ」
「生きているという意味でなら、まだ間に合います。ですが……その……魔力は、絶望と後悔に染まってますので……控えめに考えても……」
クロスは大きく、深呼吸をした。
胸の中にあるそれを、堪える様に。
「オーケーオーケー。わかった。エリー、ステラ。ちょっと何もせず待っていてくれ」
「へ? え、あ、わかりました……」
エリーは不思議そうな表情を浮かべながら、ステラと共に待機状態に入る。
この不思議な行動の理由を、ステラは理解出来ていた。
自分やエリーを使わない理由は単純である。
自分達が、温すぎるからだ。
「メリー」
「はいはいオーダーは?」
「もうさ、本性隠さなくても良いだろ? 俺の前でも」
「それでも愛してくれる?」
「そんな事で変わる程俺の愛は小さくない」
「だったら大丈夫だよ。もう隠さない。全部見せちゃう」
「ありがとう。じゃあ、思いっ切りやってくれ」
「方向性を定めて欲しいにゃー。何でも吐く様に? それとも……」
「殺さない様に、徹底的にだ」
「おや。クロスはやさし……いや、逆か」
死ぬ事さえ許さない程。
そのオーダーの意味を理解し、メリーは嗤った。
いけない事ではあるとわかっている。
だけど、自分の様な暗闇にクロスが堕ちて来るこの感覚。
正義の怒りに身を焦がし邪悪であると理解しつつ残虐なる手段に手を染める。
今の状態になったクロスの時が、メリーは一番クロスを近くに感じられた。
「てめぇら一体何を――」
その言葉が言い終わる前に、クロスは男の腕を切り落とす。
相棒を抜いた瞬間どころか、腕が落ちた瞬間さえ、彼らには見えなかった。
時間差で気づき、醜い声が悲鳴に変わる――事はない。
悲鳴をあげる前に、メリーがそいつの喉を壊していた。
「あんたらは私達から色々奪いたいんだろうけどさ、私達はあんたら程度から奪いたい物って何もないの。だからその代わりに……愛する愛する大切な人の心の安らぎの為に……お前らの幸せだけを奪い尽くさせてね」
外見だけは、小さな少女。
だけど……誰ももうメリーをそうは見ない。
彼女がいつの間にか持っていた『血さえも零れていない右足』を見て、笑える者などいる訳がなかった。
その被害者は、足を失った事にさえ倒れるまで気づけなかった。
わずか十秒。
クロスとメリーが周辺にいる無数の彼らを戦闘不能――いや、活動不能にするのにかかったのは、それだけの時間であった。
そしてその後は、メリーによる楽しい楽しい後悔の時間である。
クロスが自分の所業に後悔する様にメリーに命じた以上、彼らに残された道は後悔に通じる絶望ただ一つだった。
メリーが見えない位置で張り切っているその間に、クロスはエリーとステラに声をかけた。
「すまん。エリーが気づいたその被害者とやらを助けてやってくれ。たぶん……俺が行かない方が良いだろ?」
「そう……ですね。きっと、男性というだけで怖いでしょうし」
「悪い。汚いだろうし辛いだろうけど、任せて良いか?」
エリーとステラはこくんと頷く。
本当なら自分でしたいだろうクロスに言われてそうしない訳にはいかなかった。
ステラとエリーが蛮族共の拠点に向かうその背を、クロスは見送った。
すぐ近くではメリーが拷問という言葉さえ温い方法で壊している。
そのはずなのに、悲鳴どころか身じろぐ音さえ聞こえず、恐ろしい程に静かであった。
「ああ……そうだったな。こういう場所だったな。ロゲートの外って」
忘れたつもりはなかった。
けれど、実際に体感するとどうしようもないやるせなさが襲ってくる。
だからきっと、忘れていたのだろう。
歩くだけで襲われるという、この無秩序の世界を。
「……ああ本当。下らねぇ」
そう呟き、小さく溜息を吐く。
その後……保護した女性がこっちに来た時怯えるかもしれないという事に気付きそっとクロスは変装というか女装をした。
慣れた手つきとなってしまった自分に苦笑しながら。
ロゲートの方に心神喪失状態の女性を送り届け、救助に使ったタオル類を補給し、クロス達は旅に戻った。
それ以降もエリーとステラという美女がいる所為か襲撃自体は止む事はなかった。
ただ、要救助者もいなければ盗賊の質も低かった為旅路を止める程ではなくて……ほんの数日という時間で、目的の街に到着する。
寂れた街に映るものの、実際はそう言う訳ではない。
なにせここはランク三、ロゲートの外である。
綺麗な街並みを許せる様な温い環境ではない。
そんな環境で当たり前の様に街としての機能を維持出来ている程この街は優れ、多くの物が街の中だけで完結している。
畜産と農業を高水準で行えており、鉱石から武具までストレートに加工出来る。
農業の為に足りない魔力や水はロゲートから、それ以外の資材は雇った冒険者や旅の行商のキャラバンで十分補えている。
ランク八なんて目が肥えた場所に居たから差異で酷い有様見えるが、ここ程上手くやれているランク三以下の街にはないと言っても過言ではないだろう。
街の名前は『アレグロ』。
情熱と鼓動の街と、彼らは自らの街を呼称していた。
「さて……まずは飯屋だな」
腹ペコエリーさんがいる以上、クロス達の最初の行動は常に固定されていた。
「どやって探す?」
メリーはそんな疑問をクロスに投げた。
「最初に見つけた店に入ろう」
「おおう行き当たりばったり」
「それが旅の醍醐味だろ?」
「さあ? でもま、私はクロスのご飯以外は何でも良いからどうでも良いけどね。外れ店引いたら指差して笑ってあげる」
にししと笑いながらのメリーの言葉に、クロスは苦笑した。
「実際外れだったら、たぶんそんな事言えないぞ」
「どして?」
「エリーのご機嫌がヤバくなるから」
メリーは静かに、エリーの方に目を向ける。
ニコニコとしていたが……何とも言えないプレッシャーを放っていた。
まるで決戦前日かの様な、そんな緊張感を伴いながら。
自分が何時からそうなったのか、エリーは正確には覚えていない。
ただ、それはクロスと出会った後だという事は確かである。
リベル・ナイト。
生き恥を晒す裏切りの騎士。
先代魔王レンフィールド残党陣営でありながらもアウラの騎士となった最悪の裏切者こそが、エリーである。
そして、死さえも覚悟していたのに裏切らなければならない程追い詰められたなんて、アウラの策略の犠牲者でもあった。
挫折を知らなかった頃、アウラという化物を認識していなかった頃のエリーは自尊心に満ち溢れていた。
その頃の彼女は、こうではなかった。
アウラという化物に取り込まれた後は、そんな物に興味はなかった。
というよりも、誇りを汚され恐怖で縛られ拗ねながらもアウラのご機嫌を取る事しか、彼女には出来なかった。
だから、そうなったのはクロスと出会った時より後の事。
エリーが食事を好む様になったのは、それからだった。
気づけば何時の間にか食事が一番の趣味となっていた。
本当に、いつの間にかだった。
とは言え、理由は推測出来る。
クロスという男は、あり得ない程の愛に溢れている。
自分に対しても、他者に対しても。
極論を言うなら、料理なんてのは究極の犠牲行為に他ならない。
なにせ自分だけが作る手間を受け持つのだから。
それでも、クロスは苦だと思った事はなかった。
何故か?
自分に自信がないから、これしか出来ないから、せめて役に立ちたいから。
そういう理由も間違いではないが、本質ではない。
本質は、もっと単純だ。
『喜んで欲しいから』
つまるところ、愛である。
クロスの料理には誰かの為の愛がこれでもかと敷き詰められていた。
それは、個人に向けた愛情だけではない。
そこに込められたのは、万物に対しての愛。
言うなれば世界へ向けた優しさである。
だから、クロスの料理は精霊に対して恐ろしく刺さる。
感情から魔力が読み取れる精霊にとってそれはどんな蜜よりも甘美であり、どんな麻薬よりも中毒性があった。
特に、自分自身さえ愛せなくなっていた裏切り者のエリーには。
それからだった。
エリーにとって食事が特別な事になったのは。
美味しい事が幸せだと思える様に成れたのは。
ただ、エリーはステラ達と異なりクロスの料理だけに拘っている訳ではない。
もちろんクロスの食事も大好きだが、エリーは食事そのものが娯楽となっている。
つまり、こうして旅の中で出会う料理屋もまた彼女にとっての大切な時間だった。
美味しければ良し、不味ければ笑い話にしてクロスに口直しを用意してもらって。
むしろ食道楽なんて娯楽だからこそ、ある意味では真剣なのだと言っても良いだろう。
彼女は、エリーは食べる事を、生きる事と捉えていた。
つまり何が言いたいのかと言えば……エリーの食事を妨害するという事は即ち、大型肉食獣の捕食を邪魔するのと同レベルで危険と言う事である。
もしもそれを知っていれば……彼はこんな事しなかったかもしれない。
何があったのかと言えば、まあ大した事はない。
飯屋に行って、注文して、食事をとっていて……その最中にちょっと質の低い冒険者がクロス達にちょっかいをかけた。
ただそれだけの事である。
問題だったのは、そのタイミング。
そしてその虎の尾はエリーのだけじゃあなくて……つまり……彼は、絶望的に間が悪かった。
「女侍らせて贅沢三昧たぁ良いご身分だなよそもんが。その女を侍らす幸運俺にも分けてくれよ。なよっちくて酒も頼まないなっさけない僕ちゃんさぁ」
突然現れたその男は、嘲りながら食事中のクロスに声をかけ……いや、喧嘩を吹っかけて来た。
ここ最近の事情で、ほんの少しだけクロスは気が立っていた。
だから、クロスはちょっとだけ敵意をぶつけてしまった。
ちなみにその時、ステラはクロスに「あーん」をしていた。
クロスが少し落ち込んでいるのがわかっていたから甘やかして慰める為にだ。
そんな姿を見ていたから、男はクロスを情けない男と評価して……あろうことかその「あーん」をしていたスプーンを払い落した。
だから、ステラはほんのちょっとだけ殺気を飛ばしてしまった。
その男の目は、明確にクロスを見下していた。
大した努力もしていない癖に、クロスを幸運持ちだと決めつけた。
その事実が、その態度が、メリーをイラっとさせる。
だから、メリーはほんのちょっとだけ憎しみをぶつけてしまった。
普段なら、彼らはただ喧嘩を売って来る程度の有象無象にそこまで感情を持たない。
ただ、丁度間が悪かった。
その所為での、スリーコンボ。
そして最後のエリー。
食事を邪魔される。
主を侮辱される。
それは彼女にとって許せない事上位二つ。
故に耐える事など出来る訳がなく、耐える理由も存在しない。
エリーは、感じた怒気をそのまま男に、全力で叩きつけた。
彼らは……クロス達は忘れていたのだ。
ここが、ランク三の街であるという事を。
ランクが高くなるほど冒険者のレベルは上がっていき、ランクが低くなるほど蛮族共の能力が上がっていく。
ランクゼロの様な最悪な治安と言う訳でもなければ、高ランクの様な全うな実力が評価される訳でもない。
だから、ある意味冒険者の実力が最も低いのがランク三地帯である。
そんなランク三地帯でありながらこのクロス達にちょっかいを出して来た男は、そんな温い環境でさえ冒険者として成功しておらず、所謂冒険者崩れとして日々を過ごしていた。
つまり、ただの情けないゴロツキである。
周辺の意思なき魔物の駆除や獣の狩猟をする程の実力も勇気もない。
出来る事なんてのは危険の少ない依頼を受けながら、こうしてそこそこ良さげで勝てそうな相手に喧嘩を吹っかけてボコボコにして、そしてドヤ顔で見下し財布を奪う程度の事。
しかも悲しい事に、冒険者としての能力があまりにも乏しい所為で相手との実力差を測れない。
――女連れで侍らせているから、こいつは雑魚だ。
クロスを見ての感想が、それだった程度には、彼には絶望的に冒険者のセンスがなかった。
その所為で、ここまでかみ合わせが悪い事となった。
絶望的に冒険者のセンスがなくて、チキンのビビリで自分より弱そうな相手に喧嘩を吹っかけるのが趣味なゴロツキ。
そんなゴロツキが、クロスから敵意を、ステラから殺気を、メリーから憎しみを、エリーから大量の怒気を叩きこまれたらどうなるか。
ランク後半の並の冒険者でさえ、どれか一つを受ければ全身から冷汗を流し、蛇に睨まれたカエルの如く硬直してしまうだろう。
彼らは冒険者として、戦士として一流の上澄みであるのだから。
そんな気を、実力もない馬鹿が一斉に四つぶつけられる。
結論で言えば……。
「ぶくぶくぶくぶく……」
男は、特に何の前触れもなく唐突に泡を噴き出し始めた。
その理由が彼らにはわからない。
ただ、首を傾げながら静かに警戒態勢に入った。
「……カニの魔物か?」
男の奇行に驚きながら、クロスは尋ねる。
だが、どうも違う様だった。
泡を噴き出し、顔を真っ赤にし、痙攣しだして……そしてそのままゴロツキはばたーんと大きな音を立て倒れた。
そこでようやく、エリーは自分達のやらかしに気が付いた。
「クロスさん、やばい! 心臓止まってる!」
エリーの叫びを聞いて、クロスは慌てて男に心臓マッサージを始めた。
エリーが必死になって男の魔力を循環させて調整し、クロスが男の心臓を必死に叩く。
本当に必死だった。
殺す事に抵抗はない。
だけど、流石に飯時に絡んで来た相手をうっかり殺したというのは、少々以上に目覚めが悪すぎる。
そしてしばらくしてから……。
「が、がはっ!」
男は咽ながらも、何とか蘇生に成功していた。
こんな下らない状況ではあったが……エリーという精霊がいなければ確実に死んでいたなんて本当の命の危機であった。
「おい! 大丈夫か!? 意識はあるか!?」
「……死んだ……おじいちゃんに……叱られ……た……」
そう言葉を紡いで、男は気絶する。
今度は心臓は正しく鼓動し、呼吸も止まっていない。
それはある意味、幸運であったのかもしれない。
このランク三では絶対に味わえない恐怖に加え、ガチの死線を体験した事により、男は冒険者としての壁を幾つも超えていた。
そのお陰で、男は今更に理解が出来たのだ。
どうして他の冒険者やゴロツキがクロス達にちょっかいをかけなかったのか。
どうして綺麗な女性であるのに誰も彼女達をナンパしなかったのか。
他の冒険者達はちゃんと危機感を持っていたからだ。
自分は、絶対に喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ったのだと、薄れる意識の中男は理解した。
ありがとうございました。




