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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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敵なき退屈な洞窟


 かつてこの地には、救世主とも呼ばれる英雄がいた。

 その男が何を誰で、具体的に何を行い英雄になったのかはわからない。

 その偉業を語り継ぐ事が難しい程に、その事実は古き物となっていた。


 だから、わかっている事はそう多くない。

 本名さえわからぬ救世主は今『ハルトマン』と呼ばれている事。

 彼はこの周辺地区に蔓延る『大いなる鋼の厄災』を退ける事に成功した事。

 そして……洞窟で彼は光と成りこの地を去ったという事。


 死んだ訳ではない。

 ただ、光に溶け消えて、そして見守ってくれる立場となった。

 そんなハルトマンという男の英雄信仰が今尚この地では語り継がれていた。




 偉大なる英傑ハルトマンの洞窟。

 正式名称かどうかは知らないが、その場所は彼らからそう呼ばれていた。

 洞窟自体はそう大きな物ではなく、クロス位の、つまり一般的な成人男性程の背丈があると天井に頭を打ちそうになる位に小さい。

 そんな窮屈さしかない横穴一本道の洞窟を数分程進むと、その場所に出る。


 その、祭壇の間に。


 そこは先程の通路と異なりホテルのラウンジ位の広さがあり、天井が見えない位には高い。

 そして常に心地よい水の降り注ぐ音が流れている。

 一体どこからきているのか小さな滝が部屋の端に降り注ぎ、小さな池が出来ている。

 その池の手前には白く光沢のある石での祭壇が作られ、明りが薄い中でも淡く発光している。

 小池付近はロープで封鎖され近くに寄れない為これ以上詳しい事はわからない。


 それでも、ここがとても大切な場であるという事位はクロスも理解出来た。


 何しろ通路といいこの広間のといい洞窟の中だというのに小石一つない。

 それは相当丁寧にかつ毎日何度も掃除しないと出来ない事であり、また長い年月続けたからこそこんな特別綺麗な空洞という場所が生まれた。

 きっと、クロスが生まれるよりずっと前からずっとずっと続けられて……。


 女神信仰を知るクロノスだからこそ、確証が持てた。

 これは、れっきとした宗教施設であると。


「とても、心地よい場所だね……」

 ぽつりと、アナスタシアが呟く。

 作り上げた魔物達の心からの感謝の気持ちと調整され愛された大自然の魔力。

 それは精霊にとってヒーリング効果があると言える程の空間だった。


 ギィはどこか誇らしそうな顔をしながら、奥を指差した。

「それより今日の本題はこの奥だ。早くしないと日が暮れてしまうぞ」

「と、ここが褒められて嬉しいギィ兄ちゃんでしたと……」

 グーのぽつりとした呟きを聞いて、ギィはどこか居心地悪そうにその頭を叩いた。


「まあ嬉しい気持ちもわかるとは言え、急いだ方が良いのは事実だろう。これより先は俺達も言った事がないからな。ぶっちゃけここが通れるかもわからん」

 ガァがそう言うとクロスは不思議そうに眉を顰めた。

「ん? ここしか通り道ないんじゃないのか?」

「ああ。ここしかないな。だけど俺達……いやこの辺りの民にとっては『この場所』こそが大切で『これより先』は正直興味がない。だから、誰も通ったという前例がない。何なら先はない物として考えていた位だ。一応前追い返した無表情な調査員達は洞窟入り口で通れるみたいな事言ってたらしいが」

「無表情――ああ、機人(依頼者)か」

「たぶんな。だからまあ、この奥で何があって何を持って行こうとも、何をどう壊そうともどうでも良い。ただまあ、ハルトマン様の遺品ならこちらで回収したいが」

「それは問題ない。こっちとしても今回は危険物の処置以外はどうでも良いからな。最悪場所の記録だけで任務は達成になる」

「そうか。まあ、詳しい事はわからないがとりあえず最初のダンジョンアタックを始めようか」

 ガァがそう言って、扉に手を伸ばす。

「出来るなら、これをラストアタックにもしたい所だ」

 ギィもそう付け足し扉を持って……そして二体は全力でその扉に力を入れた。

 本来なら横にスライドするであろうはずなのに、長年の放置により扉は恐ろしく重たい物となっていた。

 それでも、扉は徐々に動いて行く。

 ギャリギャリと小石をすり潰しながら、錆びた鉄の扉はゆっくりとスライドしていって向こう側を露見させる。

 開いた瞬間、土埃が入ってくる位には、扉の向こうは埃まみれだった。


「けほっ。んー……屈んだり一列になる必要はなさそうだ」

 開いた扉の先を見ながらクロスは呟く。

 ただまあ、これまでの道と違って整地されていない為、歩くのは少々苦労しそうだが。


「とりあえず、俺が先。最後尾は……どうする?」

 ガァの質問にクロスは少し考え込む。


 実力的に自分がと言いたい所だが、クロスが危険な場所に配置される可能性は低い。

 三兄弟にとってクロスは護衛対象であるからだ。

 これは賢者とか敬意とかそういう話ではなく、仕事の話。

 護衛としての役割を持つ彼らだからこそ、絶対にそこは譲らない事をクロスは理解出来た。

 であるなら次点で視覚以外のサーチ手段を持つアナスタシアが適任なのだが……。

「アナスタシアにはサポートして欲しいからギィ頼んで良いか?」

「任せろ」

 二つ返事で答え、ギィはクロスとアナスタシアの後ろに移動した。


「えと、クロス様は何を――」

「様は止めてくれグー」

「うぃ。サポートが必要なクロスさんのする事って何ですか?」

「マッピングだ」

「やりましょうか?」

「いや、俺の仕事だから大丈夫だ」

「了解です」

 グーはそう答え、ぺこりと頭を下げた後ガァの隣に移動した。


 前衛、ガァとグー。

 中衛、クロスとアナスタシア。

 そして後衛ギィ。


 ポジションの確認が終わると、彼らは遺跡を目指し松明片手に暗闇に進みだした。




 デコボコしたりぬめったりする足場に道が見えず先がわからない不安。

 それらによって、確かに一気に冒険らしくはなった。

 だが、あくまで雰囲気だけ。

 冒険に大切な物が、ここには存在していなかった。


 本来、こういった遺跡をダンジョンアタックする場合必ず出てくるものがある。

 それは敵と呼ばれる存在だ。

 住み込んだ、またはそこの魔力で発生した意思なき魔物。

 単純に住み着いた、魔力で発生した、または魔力によって変異した動植物。

 後は単純に凶悪な事件を起こし逃げている盗賊などの犯罪者。

 その他にもダンジョンの防衛装置など……。

 つまるところ、戦わなければならない相手である。

 そのどれもが、この洞窟には存在していなかった。

 かろうじて戦闘出来る位の広さ。

 暗視が出来る四つ足の獣が有利で今にも出そうな雰囲気はあるのに、命の気配はまるでない。


 隠れているとかそういう類ではない。

 クロスが索敵に気を探り、アナスタシアが魔力方面で探るというダブルチェックで無反応である為、これはもう間違いないと言って良い。

 少なくとも、遺跡までの道のりであるこの洞窟に敵対者が出てくる事はないだろう。


 そう言った理由で、彼らは気を緩め雑談混じりに道を進んでいた。

 引き締める時で引き締める為に気を抜くポイントを用意する。

 それもまた優れた冒険者の技能の一つと言えるだろう。


 少々ぎこちないながらもガァ達と雑談しているその最中、クロスはちらっとアナスタシアを見てから、ある事を思い出して彼らに話しかけた。

「あのさ、あんたらまだ自分達の技を広めたいって思ってる?」

 クロスの言葉に三兄弟は全員そろって頷いた。

「当然。ビッグな男ってのは語り継がれる物だ。しかも自分の技が語り継がれるんだぞ? 恰好良くないか?」

「わかる」

 迷わずクロスは同意する。

 自分の作った技が世間に周知され、周囲に警戒される。

 あまつさえ噂話で流れる。

 これほど冒険者冥利に尽きる事はないだろう。


「だろ? それで、どうかしたか? ちゃんと教えて欲しいっていうなら喜んで教えるけど?」

「いや、そう言う訳じゃないんだけどさ」

「けど?」

「俺なんかより最高の逸材がいるぞ? ガァとギィの技を覚えるという意味なら」

「ほほー。それはどこの誰さんかい?」

 クロスや親指で隣にいるアナスタシアを指差した。


「ふむ……。まあ、あんたの隣にいるからたぶん何かあるんだろう。だけど……彼女は実戦経験が明らかに足りてない。俺達とタイマンでも勝てないんじゃないか?」

「確かに実戦経験で言えば足りてないだろうが、実力ならあんたら三人同時になぎ倒せるだろう。あんたらを見下している訳じゃなくて、要するにアナスタシアは才能の塊なんだ」


 才能というよりも、精霊だからと言った方が良い。

 魔物という種族の中でもあらゆる意味で特別であり、そして力の上限も高い。

 ドラゴンやピュアブラッドに匹敵、凌駕する可能性さえ秘めている位には。


「まあ、無用な慰めはいらんぞ。あんたが言うならそうなんだろうさ。賢者様であるあんたの言葉は素直に信じられる。それだけその子にゃ恵まれた資質があるんだな?」

「ああ。そんでその資質があんたらの技と相性が良いと思うんだ」

「ねぇクロス。一体何の話?」

 堂々と自分の事を言われて困惑気味にアナスタシアは尋ねた。

「まあそういう話だ。とりあえずさ、アナスタシア。俺達の喧嘩見てたよな?」

「見てたね。意味わからなかったけど」

「じゃあ、見えたよな? ガァの奴?」

「ごめん、何の事か良くわからないわ」

「ガァは魔力で何やってた?」

「ん? 何か細長くて動く触手みたいなの一本作って背中あたりから生やしてたわね」

 アナスタシアの一言に、ガァはぴくりと反応する。

 サングラスをかけていなければ驚愕の表情を見る事が出来たというのは想像に難しくなかった。

「ギィの方はどうだった?」

「剣に細長い紐みたいな魔力を無数にぐるぐる回してた。アレ面白いね。今度真似してみようかしら」

 ギィも同様に反応を見せる。

 彼らはクロスの言った言葉を正しく理解した。


 魔力を目視する事は出来ない。 

 例え全く新しいタイプの魔力操作を編み出した、いわば技の創始者であるディグザ三兄弟であっても。

 魔物は魔力を感じる事が出来る器官を持っているがそれはあくまで感じる事。

 それは温度感知のピット器官に近い。


 そう、それは普通不可能な事である。

 精霊種という特例を除けば。


「クロス、良いんだな? 教えても? 俺達の弟子にしても良いんだな!?」

 食い気味にガァは尋ねた。

「アナスタシアが良いって言えばな。強くなりたいって気持ちもあるし才能もある。俺が保証する」

 賢者様の保証を聞き、ガァとギィのサングラス奥の瞳がキランと輝いた。


 そして――。

「君、良い身体してるね。ちょっとウチで学んでいかない?」

 ガァはにっこりと微笑みアナスタシアに声をかける。

 アナスタシアは魔力が感情で見えている。

 だからその言葉には純粋な期待しかない事がわかっているのだが……その姿は怪し気なバイトを女性に紹介するヤバい奴か意味深な薬売りにしか見えなかった。





 雑談混じりで彼らは足を進めていく。

 罠もなければ敵もいない。

 ただ、何もないとは言え松明の明かりを頼りに不安定な足場の道を歩き続けるという事はやはり疲労は蓄積していく。

 特に、先の見えない洞窟という不安を誘う状況は肉体的より精神的にキツイ物があった。


 三叉路の道の左を選択肢て進み、小さな部屋位のスペースがある行き止まりに到着した時、彼らはここでその精神的疲労を癒す為休憩という選択肢を選んだ。


 三兄弟とクロス、アナスタシアというチームだが、はっきり言って本来のクロスチームより冒険者としての適性は高い。

 彼らが戦力としてステラ達に勝っているという訳ではない。

 チームとしての完成度は当然、クロス率いるかつての勇者チームはぶっちぎりで高い。

 戦闘力という太刀打ちできない要素を除いて比べた場合であって、クロスチームはディグザ三兄弟に比べ全て凌駕していると言っても良い。


 ただ、その状況は極限までメリーを酷使するという事で成り立つ事である。

 罠の探知、作成に周囲の散策、作戦立案に対人交渉。

 その全てがメリーの役割となる。

 それはクロスチームの完成度が高いというよりも、メリーという存在の完成度が高いと言った方が適切となるだろう。

 特に対人交渉はメリー以外誰もまともに出来ず、次点で人間達から馬鹿にされていたクロスが担当していたなんて酷い有様であった。


 得意な能力が被らず、そして基本人間嫌いである彼らは一般的なチームと比べた時、その姿は間違いなく歪であった。

 むしろ極まったオンリーワンの能力を皆が持つからこその歪みが生じたと言っても良い。


 それに比べたら、ディグザ三兄弟は冒険者として欠点がない。

 各自それぞれ得意な事を持ちながらもそれ以外もマイルドにこなせ、三兄弟という連携の強みが各自の欠点を軽減する。

 それに何より三兄弟は人間、魔物の事を別に嫌っていない。

 つまり誰が相手であっても全うに交渉が出来るという事である。

 グーは会話が苦手な部類で誰かと話すと緊張するが、それでも会話が必要なら努力をする位の気概は持っていた。


 要は、ディグザ三兄弟は能力でなく精神性が冒険者として完成しているのだ。

 目的を持ち、その目的の為に器用に立ち回り長所を伸ばすというその性質は正しく冒険者だった。


 それに単独で技能が完成し誰かの穴埋めが得意なクロスと特質的な能力を持つアナスタシア。

 つまり二体共サポートが得意なタイプである。

 完成している三兄弟にサポートが得意な外部要因。

 これは欠点が限りなく少ない状態となり、各自強みも持っていて、それでいてバランスが限りなく良い。

 彼らは冒険者として非常に高い完成度のあるチームと言い切れる程であった。


 特に、こういった休憩の場ではそれが良く表れる。

 ガァが周辺を見張り、ギィが紙と枯れ木を用意し、グーがそれに魔法を用いて着火する。

 そんな彼らの準備を見ながらクロスは鍋を取り出し簡易スープを準備しアナスタシアが人数分のコップとスープ用の水をその場で生成する。

 僅か五分で暖かい暖房と美味しいスープが飲める休憩場を作れる冒険者チームはそう多くない。

 それこそが、彼らが優れたチームであるという事を示唆していた。


「やっぱりだけどさ、クロス。あんた料理めちゃくちゃ上手いな。シェフでもやってたのか?」

 ギィはスプーンを咥えながらスープカップ片手にそう尋ねる。

 自分達でも多少料理をやるからこそ彼らはそれを理解出来る。

 これだけの物をぱっと片手間に出すことがどれだけ異常な事かを。

「いんにゃ。冒険者仲間に美味い物食わせたいからとここまで続けただけさ」

「……そうか。良かったらグーにも何か教えてやってくれ。こいつこう見えて負けず嫌いでな」

 そう言ってギィはグーの背中をぽんぽんと叩く。


 グーはガタイに見合わず基本口数が少ない。

 その性格はガァやギィとは正反対の物と言っても良いだろう。

 良くある魔法使いタイプのインドア思考。

 蛮勇を嫌う臆病者。

 そう言ったタイプだからか、料理といった作業を三兄弟の中でも特に彼が得意とするジャンルであった。


「ん? 俺は別に教えて良いけど、何か知りたい事あるか?」

 グーは唐突にずいっとクロスの方に迫り、スープの中を指差した。

「ではまずこのスープの配分とその理由、塩を極端に減らしたにもかかわらず短時間で出る旨味の訳、それから……」

「オーケーオーケー落ち着け。別に隠す事はないから何でも教えるさ」

「あっ。す、すいません。つい……」

「いや、好奇心旺盛なのも負けず嫌いなのも悪い事じゃあない。むしろ俺はそういう奴の方が好きな位だ。幾らでも教えてやる。ただまあ思ったよりも長くなりそうだから……アナスタシア、ちょっと良いか?」

 クロスに呼ばれ、アナスタシアはスープを置いてクロスの方に目を向けた。

「ん? 何かしら?」

「ずっと気を張って疲れてないか?」

「別に大丈夫よこの位。……いや、強がりとかじゃなくて本当に大丈夫よ。体力にも気持ちにも余裕があるわ」

「そうか。じゃあちょっと彼らから技を教わってみないか? アナスタシア向けの技だと思うぞ?」

「あー道中言ってた奴ね。ん、じゃあスープ飲み終わったら……」

 アナスタシアがそう言葉にした瞬間、ガァとギィはスープを一気に喉に流し込む。

 まだ熱いはずのそのスープを。

 そして、漆黒の肌でもわかる程顔を赤く涙目になりながらじーっとアナスタシアの方を見続けた。


「……えと、飲み辛いんだけど?」

 冷汗一つ搔きながらアナスタシアはそう呟く。

 ガァとギィはくるっと後ろを向くのだが……正面を向いている時以上にその期待と威圧のオーラがアナスタシアに向けられていた。


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