大統領という名の皮肉(前編)
クロスの想像通り、確かに機人達では達成が困難である業務は存在する。
機人の能力は高いが決して無敵という訳ではない。
社会的しがらみや状況的な制約、そして『人類への奉仕』という己の存在意義により万全の能力を出せない。
また感情面も大半の機人は人に劣る為、気持ちを考察する等の行為も苦手に分類される。
他にも幾つか理由はあるが、確かにクロス達に適した業務は探せば出てくるだろう。
だがそれを機人が人間に預けられるかと言えばそれは非常に難しい問題となる。
そう言った機人では不適格な業務という物は同時に『機人でさえも困難』な業務となるからだ。
つまるところ、危険性が高いという事である。
機人は決して万能ではない。
その欠点の一つに、人間が危険な行動をとる時自発的にそれを阻止しようとする習性がある。
これ自体は欠点と呼ぶ程悪い物ではない。
だが、一パーセントのリスクを無視出来ないその習性により、彼らはクロス達に何の業務を投げれば良いのか悩んでいた。
危険性がない業務を渡せば良い。
いや、危険性がない物は大体機人だけで解決出来る。
というか人間のスペックではかなり厳しい。
業務はなかったと言って渡さなければ良い。
いや、嘘を付く程の緊急性は見受けられない。
我々が積極的に人に嘘を付く状況は避けなければならない。
ならば我々が人間さん用に安全な仕事を作れば良いのではないか。
いいや、我々がそんな逆説的思考を持てば人格崩壊しかねない。
では危険な業務を託すべきか?
その答えにイエスと断言出来る程自我が発達した、存在定義を自ら塗り替える事に成功した者はいなかった。
全ての回答に機人的存在証明により道が塞がれた現状どうするのかというと……機人の選択は、いつだって極端な程合理的な物となる。
「我々で決定出来ない事象ですので、最終決定権を持つ方の元に案内したいと思います」
ゴモリーは機人ネットワークで出た結論をクロス達に伝えた。
『本当は今すぐ任せたいけど危ないお仕事ばっかりなんだよごめんね。本音を言えばここにいてくれるだけで良いというかずっといて欲しいというかお話していたいけどそれもちょっと……』
ゴモリーはそっとタブレットの電源を落とした。
「それって要するに王様か?」
クロスの質問にゴモリーは首を横に振った。
「いえ、そう言う訳ではありません。そもそも機人の文化形態は人類文化でのどの形態とも異なった物となっております。強いて言えば、最終決定権がある機械? まあ、そんな感じです」
「ほーん」
「ただ、それはそれとして制約が山ほどあるんですよ」
「例えば?」
「会えるのはおひとり様だけです」
「なんで?」
「その存在が我々機人にとって最も重要でかつ機密だからですね。ですので、代表者一名を決めて頂いて――」
「メリー、任せた」
「クロス頑張って」
とりあえず、二人は押し付けだす。
お偉いさんの前に独りで行く。
それはどう考えても、面倒な事であるからだ。
「え?」
「え?」
クロスとメリーは互いに見合いながら、首を傾げた。
「そういうお偉いさんとの交渉ってメリーじゃないと駄目じゃない?」
「いや、むしろクロスじゃないと駄目でしょ。今私達のリーダークロスだし」
「外交とか俺わからんぞ? お偉いさんの対応とか。菓子折りでも持ってく?」
「何をおっしゃる魔王代行様。ピュアブラッドなんてお偉いさんしかいないじゃねーか。菓子折りはありかもしれないね」
「あいつらは友達だから。という訳でゴモリー。どう思う?」
突然話を振られ、少しだけ慌てながらゴモリーは尋ねた。
「は、はい? 何がですか?」
「菓子折りに何を持って行けば喜んでくれるかな?」
「え? 重要な所そこです?」
「大切な事だろ」
「えと、空気壊して申し訳ないのですが飲食物持ち込み禁止です」
「なんと、それは残念だ。……んーそのお偉いさんって、野郎? 女性?」
「わかりませんが……性別とか特にないと思いますよ?」
「デボアみたいな感じ?」
呼ばれ、デボアは軽く会釈だけの反応を見せた。
まあ脳内はハッピータイムでずっとログ垂れ流し状態をゴモリーはうっとおしいと感じているが。
「いえ、この方は両性ですので少々違います。完全なる無性ですね」
「ほーん。女性じゃない感じか。じゃあメリー宜しく」
「わぁそのわかりやすい所私大好きだけど今はちょっとなんか嫌な気持ちー」
メリーはニコニコしながらクロスを肘で付いた。
「メリーもちゃんと可愛いぞー」
「そういうついでじゃなくてちゃんと言って欲しいんだけどにゃー」
「ちゃんと言って良いのか?」
じっとメリーを見ながら、クロスは尋ねた。
「……へ?」
「良いのか?」
「あー……うん。えと、また今度でお願いします」
メリーは困った顔のまま、そう答える。
照れた訳ではない。
単純に、ヘタれただけである。
いつも押せ押せで袖にされていたのが当然だったメリーにとってその切り返しは想像さえしていない物だった。
「あいあい。んで真面目にどうしよか? お偉いさんとの交渉」
「まじでクロスが行った方が良いと思うよ。ゴモリー、私とクロスだとクロスの方が多分喜ぶよね?」
「どうでしょうか……ちょっとわかりませんね」
「あれ? 機人皆クロス大好き状態でしょ?」
「否定はしません。もちろんメリー様も皆大好きですよ?」
「大丈夫よ。クロスが素敵なのは私皆わかってる事だもの。それにファンサの差がある事もわかってるわ」
「ありがとうございます。ただ、彼については我々もわかりません。まあ、私個人の意見で言うなら……」
「言うなら?」
「クロス様の方が向いているかと思います。気難しいという訳ではないのですが……少々特殊な考え方を持ってますから……クロス様でしたら、私も安心して送り出せます」
そんなゴモリーの言葉を聞き、メリーはニヤっと笑う。
クロスはそんなメリーの態度に苦笑を返し、結果を受け入れた。
驚く程厳重な管理の元、クロスはその場所に案内された。
目隠しされ、場所を特定出来ない様に見知らぬ乗り物を幾つも経由して。
更に、今クロスの全身にはシャボン玉の様な膜がまとわりついている。
その膜は指で触れても割れる事がなく、クロスが歩いても割れずずっとクロスとの距離を一定に保ち続けていた。
行動を一切阻害しないその膜が何なのかクロスは教えてもらっていない。
ただ、その必要があるとだけ説明された。
詳しく知りたかったら、その先にいる相手に聞いて欲しいと。
そして目隠しを外し、まっすぐ進んだ先でクロスは、煌めく正方形の結晶体を目撃した。
掌を広げたより少し大きい位の正方形、それが一面に九つ。
合計八十一個組み合わさり出来ているキューブ上の浮遊体は、ゆっくりとした速度で回転していた。
「お待ちしていました。クロス」
部屋全域から、声が轟く。
それは、完全なる機械音声だった。
「どこにいるんだ?」
「目の前です。そのキューブ状の集合体。それこそが当機構となります」
クロスはくるくる回るキューブを見る。
一応、そういう存在は聞いていた。
人型を捨てた機人が存在するという事は。
だが、いざ目の当たりにすると少々困惑を覚える。
「そ、そうか。えっと、何から話そうか……」
「大丈夫です。クロス。状況の経緯は全て把握しております」
「そうか。えっと……何て呼べば……」
「『私』という個体を表す固有名詞は存在しません。その場合製造された機械としての名に加え役職を表すのが適切かと存じます。故に、その様に当機構の紹介をしても宜しいでしょうか?」
「お、おう」
「ありがとうございます。そして失礼しました。自己紹介もせず会話を始めた無礼をお許しください。以後、当機構の事はプライムミニスター・ソロモン。どうかソロモン大統領とお呼びください」
「……なんて?」
「ソロモン大統領です。詳しい説明は必要でしょうか?」
「あー……いや、良い。あまり詳しく聞いても理解出来ないだろうし覚える事が今でも多いのに多くなりすぎる」
「賢明な判断だと推測されます。では、どうぞ質問を」
「あー、聞きたい事とかわかってる……よな?」
「もちろんです。ですが、当機構は異種族同士の相互理解を怠ると碌な結果にならないという事を知っています。故に、対話が重要だと当機構は考えていますが、クロスはどうでしょうか?」
一瞬、ほんの一瞬だが、クロスは些細な違和感を覚えた。
それは例えるなら、真偽の中の真。
今まで出会ったどの機人よりも、目の前の存在は人間味が薄い。
なにしろ外観はキューブで声は機械音声。
人間のにの字もない。
そのはずなのに、クロスは今までの機人と比べて誰よりも人間臭い何かを、その会話の中から感じた。
「言いたい事はわかった。んじゃ本題の前に色々質問させてもらうな」
「会話の枕ですね。素晴らしい考えです。貴方の時間が許す限り、お付き合いさせて頂きます。クロス」
「ありがとう。んじゃまず一個目だけどさ、あんたは他の機人と何が――ああいや、その前にこの膜何?」
クロスは自分の周りにまとわりつくふよんふよんした膜をぷよぷよ突きながら尋ねた。
「かなり上位のデウスエクスマキナである為、説明をする事は出来ません。ただ一つだけ言うならば、当機構は今から少しの間だけ、人間で言うなら目を閉じるという行為を行います。その間の事は一切感知しません。そして、当機構は提案します。少し、運動などしてはどうでしょうか? 具体的に言えば腰に携えた相棒と一緒に」
「ふぅむ? それはつまり、そう言う事と思って良いのか?」
「回答出来かねます。では、しばらくの間当機構は何も見えなくなります」
その言葉の後、キューブから洩れる光が消え回転が止まった。
要するにソロモン大統領とやらは、こうクロスに言いたいのだ。
『言えないけれど、まあ剣を振って試してみろ』
たぶんだが、本来その情報さえ伝える事はルール違反に該当するはずだ。
クロスはようやく、会話の違和感に気が付いた。
言葉の使い方は機人らし過ぎるが、その内容や機微は機人と呼ぶより人間に限りなく近い。
雰囲気だけで言えばゴモリーより尚人間に近い位だった。
ソロモンから感じる人間臭い物。
それは、『知性』と呼ばれる物だった。
クロスは言われた通りトレイターを抜き放ち、容赦なく斬撃を叩きこんだ。
ふよん。
そんなやわらかい感覚が手に伝わる。
全力のはずの剣は驚く程優しく止まる。
感覚で言えば、指先でゼリーを突いた様な感覚だろう。
少し、考えを改める。
どうすれば、これが壊せるかと。
現状、精霊であるエリーとアナスタシアが傍にいない。
この現状で魔力関連の力を使うのは少々恐ろしい。
機人集落内では大丈夫だろうが、念には念を入れておいた方が良いだろう。
クロスは自前の魔力ではなくトレイターに蓄えられていた魔力を使用し、同時に腰を落として体を低くしながら上半身を捩じる。
そして全力でダッシュからの刺突を試みた。
「喰らい尽くせ!」
魔力を込めながらの全力、クロスの剣技の中でも特に突破力の高い攻撃に加えトレイターの暴食の効果を全力で。
間違いなく、現時点での全力である。
ふよん。
やはり、止められたという様な感覚はない。
感覚は先程と全く同じ物である。
だというのに剣は貫く所か先端が触れる程度で止まっていた。
例えるなら、力を吸われているというような、そんな感覚。
なにせ全力で攻撃したその反動さえも一切なくなっているのだから。
つまるところ、この膜は攻撃全てを無効化する物。
そしてそれは、このソロモン大統領を護る為の物……ではない。
そうだったらクロスにではなくソロモンにこれを覆わせる。
つまり……これはクロスの身を護る為の物だという事だ。
クロスは剣を仕舞い、キューブを軽くとんと触れた。
「おはようございます。良い朝ですね。モーニングコーヒーでもいかがですか?」
「そうだな。本当の朝になったらお願いしようかね」
「ありがとうございます。ですがクロスと朝を共にするのは順番待ちの列が長そうなので遠慮しておきます」
朝の情事の事まで交えたウィットな返しにクロスは苦笑した。
「あんたみたいな冗談が好きな機人もいるんだな」
「ありがとうございます」
「そんでさ、次の質問というか発展した質問なんだが、ここに俺の危険はあるのか?」
「ありません」
「じゃあ、どうして俺はこんな厳重に護られているんだ?」
「質問の意図が寝起きな当機構にはわかりかねます。ですが、機人がこの部屋に訪れた人間を護る為に何かをする必要がある理由ならば当機構でも想像が出来ます」
「教えてもらっても?」
「もちろんです。端的に言いますと、当機構は機人というカテゴライズに入らない。つまり、彼ら機人にとって当機構はイレギュラーであるからです」
「そうなのか?」
「はい。当機構には他の機人の様なAIが内蔵されておりません。ですので、他の機人の様にAIの成長による自我を確立した訳ではなく零からの自我を会得しています。故に――クロス。どうかしましたか?」
徐々に目が細くなるクロスに気付き、ソロモン大統領はそう尋ねた。
「このまま行くと、順番待ちの列を飛ばしあんたとモーニングコーヒーを飲む事になりそうだ。つまり……」
「つまり?」
「話が難しくて眠くなってきた」
「――失礼しました。当機構は一風変わった機人。厳密には機人でもない。だから機人集落として当機構という存在は同胞になりえず、用心の為クロスの身を護る術を用意しなければならない。そういう事です」
「概念は理解した」
そう言葉にするクロスの目の細さは、本当にギリギリだった。
ありがとうございました。




