ロボ太アドベンチャーワールド8
早朝から夕方までに得られたパークでの知識は、皆それぞれ異なっている。
機人が伝えたい事、機械についての最低限の基礎知識と文明という概念、機人との付き合い方等……所謂『機人集落的概念から他文明への基礎教育知識』は共有しているが、それ以外の与えられた知識は状況や希望、並びにそのエリアによって変動した。
ヴィラだけは悪い意味での例外となる。
なにせ全ての時間を刀に費やした為共通する基礎知識について全く学べていないのだから。
クロスはこれからに、機人集落を出たその日から必要な情報を集めた。
アナスタシアはクロスのサポートとなれる様、機人が蓄えたデータベースとしての知識を乱雑に収集した。
メリーは自分の愚かさを直視し、同時に人間は誰もが想像以上に愚かになるという事を悟った。
エリーはステラの悩みが軽くなる様、その傍に居続け声をかけ続けた。
その甲斐もあり、ステラは普通に笑う事が出来る位にまで回復していた。
また同時に、二体は向かったエリアで偶然だが強力な道具を手にした。
花の力により作られた、今のステラにとって助けとなる『道具』を。
ソフィアとメディールはだらだらと映画を見続けた。
だが、ただ遊んでいただけではなく、彼女達に欠損していた情緒面が多少なりともマシになった。
普通でない事が当たり前である彼女達は映画の世界を知る事により、普通という物を多少なりとも認識出来る様になっていた。
ヴィラは、使命を受け取った。
この刀を、魔剣を相応しき主の手に届けそれを見届けるという使命を。
彼らは皆それぞれ方針は異なる行動をした。
それでも、全員が何かを必ず持ち帰っている。
このロボ太アドベンチャーワールドは、機人が彼らの為に、彼らが楽しく学ぶ為に作られたのだから当然と言えば当然である。
とは言え、男連中は機人の演算能力でさえ想定外の、予想の遥か斜め上というとんでもない事になっているが。
片や機人では絶対に作り得ない魔剣創造に携わるという奇跡。
そして片や賢者クロス様は、情報収集が終わった後の午後に、魔剣創造にも匹敵するとんでもない事を実行してしまっていた。
夕暮れ時、ひょこひょこという可愛らしい音に金属音が混じった足音が響く。
がちゃんがちゃんとぎしぎしと。
コミカルながら迫力がある、このワールドの真の支配者様。
そう、彼こそが我らのアイドルロボ太である!
まあ……実際はクロスが機人のアイドルと化しているが。
「皆良く頑張ったね! うん……色々な意味で。さっそくだけど誰が一番ポイントを集めたか結果発表するね! だらだらだらだらだら……」
口でのドラムロールの後、野外であるにも関わらずクロスに証明が集中しライトアップされた。
「じゃん! クロス君! おーめでとー! ぱちぱちぱちぱち」
ロボ太の言葉に合わせ、皆が拍手をしクロスが勝利を誇り両腕をあげる。
それは、皆にとって想定通りの結果と言えた。
お世辞でも何でもなく、この手のコミュニケーションン能力が関わるレク競技でクロスは本当に強いからだ。
唯一の対抗馬となる予定であったメリーだが、メリーはかなりの時間をクレーンにつぎ込んでしまっていた。
その分が出たのだろう。
メリーは冷静に分析する
そう、この時メリーはまだ、クロスのやらかしに気づいていなかった。
ロボ太の微妙な雰囲気や、周囲の機人達の変化に、アナスタシア以外誰も気づいていなかった。
「おめっとさん! そんでさ、クロスはどの位ポイントを集めたの?」
メリーは疲れた顔のまま、クロスに尋ねた。
「ん? 実は良くわからん」
「良くわからないって? ウォッチに表示出来るでしょ?」
クロスはボタンを押して、自分の表示画面を見せる。
『ERROR』
そこに数字はなく、そういう文字が描かれていた。
「え? どういう事?」
「さあ? と言う訳でロボ太ー。俺の集めたポイント幾つだったー?」
「え? 言っても良いの? この場で?」
「ああ。俺も知りたいし頼む」
「はいはい。――六億三千八百万とんで三十二ポイントだよ」
ロボ太の言葉に、皆がきょとんという顔をする。
全く理解出来ない単位が聞こえた様な気がした……というか聞こえた。
「いやいやいや! 私精々二万程度だよ!? 一体何したの!?」
確かに、メリーはクレーンに夢中になっていた。
だが、クレーン以外は全てポイントを効率良く取得する様に動き続けた。
そんなメリーが二万程度である事を考えたら、明らかに六億というのは桁が違い過ぎる。
何があったのか正直想像さえ出来なかった。
「ついでに言うならクロス君のポイントはアナスタシアちゃんと山分けしての六億だから実際の取得ポイントは更にもう六億追加されるよ」
ロボ太の追加の言葉にメリーは更に驚愕した。
「いやいやクロス! 本当に何したの? そして何にポイント使ったの!?」
「いや、実は全く使ってない。ちょっと夢中になりすぎてな」
クロスは苦笑しそう呟く。
エラー文字の理由は、単純に表記出来る桁数を越えたからだった。
「ちなみに、私が昼食取らなかったら同率一位だったよ。クロスのお零れでの優勝だけど」
アナスタシアは当時の事を思い返し苦笑しながらそう呟いた。
「そろそろもったいぶらずに教えてよ。何? そんなヤバい事でもしたの?」
メリー声が本当に不安そうな物になったのを感じ、クロスは慌てて事実の説明に入った。
「いや、大した事してないぞ。ただまあ、ちょっと握手したり絵描いたりしただけだ」
何を言っているのか、メリーやエリー、ステラ、ヴィラは理解出来なかった。
だが、映画という形である程度、機人の憧れを理解出来るソフィアとメディールは、クロスがしでかした事の恐ろしさが理解出来た。
要するに、アレだ。
かつての四人、ステラ、メリー、ソフィア、メディール相手にクロスと遊ぶ権利を切り売りする。
そういった、危険極まりない内容と同様の事をクロスはしでかした。
今回、クロスとアナスタシアを除いで一番多くポイントを集めたのはメリーである。
天才が効率良く動くという事の強さが出た結果と言えるだろう。
そんなメリーと比べクロスのポイントがとんでもない事になっているのは、一重に機人に対しての理解力、接し方の差と言えた。
メリーは機人に対し、効率良くポイントを集める方法を尋ねた。
機人はそれに答えた。
機人が引き出しの中の物を伝えたという形である。
一方クロスは、ポイントを集める方法そのものではなく、この方法でポイントが稼げるかと提案という形式で質問した。
本来予定していない事、つまり機人の想定を超えた提案を出したのだ。
それが、この結果。
もうぶっちゃけて言えば、クロスは自らの価値をある程度理解しそのまま売り込んだ。
ツーショット写真、ポーズも自由で握手付き。
これを、ポイントを支払える全機人に伝えて貰う様、機人に頼んだ。
何か機人同士で意思を伝えあう手段がある事を知って。
つまり……電脳掲示板の利用である。
当初クロスはそんなに人気なら多少はポイントが稼げるだろうなんて程度にしか考えていなかった。
だが、すぐその考えが甘かったと思い知らされる。
なにせ一瞬で行列が出来たのだから。
一瞬というのは、本当の意味で一瞬。
提案してからコンマゼロ秒でまるでワープしたかのように美女の機人がきちっとした列を作った。
行列だけではない。
大量の機人と同時に武装した機人が現れたのだ。
ただ、クロスの身を護るだけの為に。
護衛も人間さんを護れるなんて多少の下心はあったかもしれないが、護衛が必要となる可能性が想定される位には、それは危険が伴っていた。
機人皆が、暴走しないという保証はどこにもないのだから。
そしてツーショット写真付き握手会が開かれるのだが……まあこれがまた上手くいった。
機人にとってだけでなく、クロスにとっても。
美女ばかりがクロスに尊敬の念を送って、握手を求めて一緒に笑顔で写真に写ってくれる。
何をしても喜んでくれて、軽口の誉め言葉で反応してくれて。
女の子大好きなクロスにとって本心から素晴らしいと思える時間だった。
とにかくファンサービスしまくって、夢中になりすぎて昼食を食べ損ねる位には。
そんな女の子を侍らす様な時間の中、アナスタシアも傍で大人しくしていた訳ではない。
嫉妬とか、妬みとか、そういう感情ではない。
この時のアナスタシアの考えは、楽しんでいるクロスをどう補助するか、それだけに尽きた。
恋する乙女ではあるが、アナスタシアの中身は機人の様な道具としての奉仕的発想に近かった。
読書という形で機人の背景について多少理解があったアナスタシアは、クロスの手伝いをしながらこのアイドル状態を見て、ある悪魔的発想に思い至った。
これ、クロスに何か作らせたら売れるんじゃね? と――。
そしてクロスにちゃちゃっと余った時間にそれっぽい風景画を描く様頼み、クロスもまた調子に乗って無駄に器用な部分を発揮しそこそこの物を生み出して、そしてサインを書き殴る。
そんな一品物を、アナスタシアはオークション形式で売り飛ばした。
当然だが、とんでもない程の高値がついた。
そしてその結果が合計十二億程のポイント収入である。
「まあそんな訳で、つい楽しくなってやり過ぎてしまった訳でポイント使ってない上に飯も食い損ねて腹減った!」
キリっとした顔で、クロスはそんな情けない事を口にする。
「あ、俺も似た様な事情で飯食いそびれた」
ヴィラもそう言葉にして、野郎は腕をこんこんとぶつけへーいへーいと何故かご機嫌な様子。
無駄に楽しそうな馬鹿野郎共だが、輪唱する腹の音がやけに不憫だった。
「あー。それならすぐにお夕飯で良いかな?」
ロボ太の言葉に皆が同時に頷いた。
「お菓子位ならあるけど小腹に入れとく? 先に何か食べた位で食べられなくなる程食は細くないでしょ?」
メリーの言葉にクロスは頷いた。
「そりゃそうだけど……何かあるのか?」
「割と何でもあるよ。クッキー、キャラメル、チョコレート、グミ、ガム、キャンディ……後わけわかんないお菓子も大量に」
メリーが言葉にする度、メリーの背後で機人達がボックス単位でお菓子が並べていく。
問屋という量にしても多すぎる位だった。
「一体何があったんだ……」
「調子に乗っちゃって……正直消費に困る未来しか見えにゃい……」
「消費自体は大丈夫だろ」
「どうして? 賞味期限短い物もあるよ?」
「いや、あれ」
クロスはちらっと、ステラの傍にいるエリーの方を見る。
エリーは、キラキラした瞳でお菓子の箱を見つめていた。
「ああうん。そうだった。あの子はそうだったわね……」
「何でも良いけどご飯は豪勢に行くからほどほどにしてねー」
ロボ太の声を聞き、メリーはがさごそと漁り緑色のパッケージの袋を取り出し、クロスに投げて渡した。
「ほい豆スナック。ノンオイルですっきりだってさ。これなら良いんじゃない?」
「あんがと」
クロスは袋を破り、ぽりぽりとグリーンピースらしき物を加工したスナックを齧った。
ヴィラと一緒に、歩きながら。
夕食を用意するという事で、機人達は悩んだ。
人間さん相手にどんな物を用意すれば良いのか、どんな物を出せば喜ぶのか。
問題は人間さんだけではなく、もう一つ、大きな問題もある。
エリーという、問題が。
精霊エリーのブラックホール胃袋も満足させなければならない。
彼ら機人にとって人間さんは特別な存在である。
だが、精霊に全く興味がないかと言えばそんな事はない。
精霊だって久方ぶりの客である事に代わりはなく、満足させなければという奉仕プログラムがビンビン反応している。
量は沢山、だけど皆好きな物が食べられるという希望は叶え、それでいて人間さんと出来たら触れ合う機会を沢山増やしたい。
その観点から企画が進み、電脳掲示板で語り合い、議会が開かれ、無駄に最高責任者に相談されたりしたその結果――食事はバイキング形式となった。
バイキングだと機人が人間さんと触れ合う機会が少ない様に感じるが、実はそんな事はない。
皿を用意し、渡すスタッフ。
皿やカトラリーが汚れたら即回収、交換をするスタッフ。
食料補充の調理スタッフにその場にない飲食のリクエストを担当するスタッフ。
他にもローストビーフけケバブ等その場で切り分けるスタッフもいる。
多少お節介が過ぎるのだが、高級ビュッフェスタイルですと言えば十分に成立する。
実際、半分以上不要なスタッフではあるが、それでも人間さんを直に見れる貴重な役である為この案は通った。
というかクロスとの握手会敗者集団が強引に通し、この場に常駐した。
「さて、皆飲み物とか食べ物行きわたったかなー?」
オイル片手にロボ太は尋ねる。
それに皆が頷いたのを見て、ロボ太はオイルを持つ手を挙げた。
「それじゃ、かんぱーい!」
「乾杯!」
クロスは叫び、水を一気に喉に流し込み骨付き肉をかっ喰らう。
分厚い肉なのに、歯ではなく唇でかみ切れる程柔らかかった。
「うっわこわ。美味すぎて怖い。……これ、俺でも作れる?」
クロスはつい思わずそう呟いた。
「難しいかなー。ぶっちゃけ機械での調理だしねー。調理器具があれば誰でも出来るんだけど、外に持ち出すの禁止なんだよねぇ。この手の機械の調理器って」
オイルごくごく飲むロボ太の言葉にクロスはちょっと眉を落とした。
「そりゃ残念。まあ、何とか再現出来ないか努力はしてみよう」
「おっ。成長に余念がないね。料理人志望かな」
「はは。んな御大層なもんじゃない。ただ仲間達には美味しい物を食って笑っていて欲しいってだけだ」
そんなクロスの言葉に、メディールは心臓をきゅんとさえ頬を紅潮させる。
だけどそれ以上に、それを聞いていた周囲の機人の心を打ちぬいていた。
誰かの為に一生懸命、それでいて善良。
なのに自罰的じゃなくて自分が好きで、それでいて元気。
それら機人のツボを付きまくった属性、性癖は、魔性の男という言葉を裏付けるに十分過ぎる物だった。
掲示板がまた盛り上がった瞬間でもあった。
さっきのたった一声でクロス推し機人がこの場で十機以上増える位には、機人の性癖にツボってた。
話している途中、メリーが静かにロボ太の後ろに移動し、誰にも聞こえない様小さな声で尋ねた。
「そのオイル。演出? それともガチでの食料? 雰囲気作ってる所悪いんだけど気になっちゃった」
ロボ太はメリーの鼓膜だけを振動させ答えた。
『内緒だよ? ただの演出でこれ本当はただの黒い色の水。君達が飲んでも害はないよ。こんな場所でオイルなんて出さないから安心して』
「そか。ただの好奇心に答えてくれてありがとね」
『良いよ。たぶん、この中じゃ君が一番賢くて大人役の適正があるだろうから』
ロボ太の言葉を聞いてメリーは苦笑し、軽く頭を下げて礼を示した後追加の食事を取りに行った。
美味しくはある。
これ以上の食事は絶対に巡り会えないだろう。
だが、クロスの食事程の満足感はなく、メリー達は少々物足りなさを覚えていた。
ありがとうございました。




