ロボ太アドベンチャーワールド1
何も解決していない。
そんな事わかっている。
多少は改善しているが、それでもこれ以上はどうしようもない。
いや、どんな方法を使っても治らなかった高熱と意識朦朧が治っただけで十分な成果と言える。
だが、それだけだった。
クロスもステラも、正式な調査結果が出る事に大した期待は持っていない。
諦めている訳では決してない。
だけど、機人がハーフブラッドもステラのマイナスも解決してくれる可能性は低いと考えている。
特に、ステラの場合はもう、答えが見えているのだから。
何を捨てる、そして何を選ぶのか。
後はその、取捨選択する覚悟だけ。
要するに……彼らに今一番必要なのは、時間であった。
問題対処に悩む時間でも決断する時間でもなく、何もせず楽しく生きるという、そういう時間。
傷を癒し、勇気を持つ為の休息の時間。
まあ色々小難しい事を考える必要はなく、言いたい事は単純明快。
彼らは全力で遊ぶ為、昨日訪れた謎のパークに早朝から向かった。
若干寝不足な者が何名かいるが、それはどうでも良い事だった。
機人が利用する公開電脳掲示板はその数字が少ない程に、重要性が増していく。
例えば、第六掲示板はかなり下の方であり、主に無駄な雑談やたわいのない会話でスレッドを消費し、ぐだぐだする事が目的。
じゃあそれが無用な事かと言えば実はそうではない。
こういった、非効率的な事が機人は苦手である為、人間の真似に近い雑談というのは一種のトレーニングとなっている。
その為、最も人間らしい第八掲示板は利用どころか閲覧許可さえ極一部の機人だけとなっている。
逆に、数字が少ない程重要度が上がって遊びは少なくなり、機人らしさ……もっと言えば機械らしさが現れてくる。
己の役割、必要な業務、トラブル発生における対処相談や報告。
擬似不特定多数が参加するという掲示板の形式を最大限利用した情報ソースと各個体ごとに特化した演算機能の共有。
それがナンバーの少ない掲示板の基本内容。
故に、掲示板上位ナンバーもまた参加出来る機人は限られてくる。
その上位の二番目。
第二掲示板で、一つのスレッドが騒動のきっかけとなった。
まず、第二掲示板の活動内容は低セキュリティランク内でかつ重要度の高い業務の相談や交渉、トラブルバスターが主になる。
情報セキュリティこそ低いが、重要度の高い任務を受け持った機人の交流の場である為、制限はかなり厳しい。
スレッド投稿出来るのは機人全体の一割という上澄みのみ。
書き込みでさえ政治に携わる議会メンバーのみとなっている。
そんなお堅い機人らしい掲示板に、一つのスレッドが投稿された。
『緊急:ロボ太アドベンチャーワールドの追加スタッフを募集します』
今回来た下さった人間さんが本日早朝よりまる一日かけて我々の作った『ロボ太アドベンチャーワールド』を遊んで下さるという情報が取れました。
またその際複数グループに別れ行動を取る可能性が高い為、スタッフを追加で募集する事となりました。
募集内容はパークの全体案内からアトラクションの案内係員、屋台の店員、医療員、清掃員までほぼパーク内に必要な全ての業務となります。
ご希望の方は『自身の特性と能力、特技』『就きたい担当パーク、部署、役職』『人間さんに対しての一言PR』を記述の上このスレッドに書き込み下さい。ただ今参加はデバイス単位ではなくオリジン単位での募集となりますので、既に参加が確定しているオリジンの方は別デバイスでの応募はご遠慮下さい。
そんなスレッドが建てられ、第二掲示板というお堅い場所は珍しく祭りとなった。
基本的に、一部の役職を除けば機人はパークに必要ない。
AI内蔵の機械を使えばそれで事足りるからだ。
人型を模倣したガイドロボや、清掃用のクリーニングマシーン。
そういった機械が居るのだから、機人である必要はない。
むしろ特化した機械の方が便利と言えるだろう。
それでも機人を多く採用する理由は単純だ。
人間に触れ合う機会を増やしたい。
人間に知ってもらいたい。
その為である。
もっと言えば、人間が大好きだから。
最終的には、理由はその一点に尽きる。
故に当然、募集は非常に多い。
秒単位で数千の書き込みが現れる程に。
そして閲覧は出来ても書き込みは出来ない機人達、政治にほとんど関わらなかった機人達は、これを機に上位個体への昇進を強く望む様になった。
人間の為のパーク運営に携わるなんてこんなチャンスを逃した自分を恨み、呪いながら。
盛大なるファンファーレが、楽団により届けられる。
楽団である彼、彼女達は魔王国で良くある基本的な楽器だけでなく、見たこともない楽器も奏でている。
その様子は、実は音楽が好きなクロスの関心を引くに十分だった。
ファンファーレにしては長すぎる彼らの音楽。
それは、名目こそオープン記念だがどう見てもクロス達を歓迎する為だけの演奏だった。
「……ちょっとだけ、機人について分かった様な気がする」
ぽつりと、クロスはそう呟いた。
「どゆこと?」
隣にいるメリーは首を傾げ尋ねた。
「音がさ、全くブレてないんだよね。個人の音だけじゃなくて、集団でも完璧に。完全一致のハーモニー」
「凄いよね。まあ私とクロスでもその位は出来ない?」
「二人ならともかく……えと、二十八人じゃ無理だな。どれだけ優秀な指揮者がいても自信ないわ」
「ま、私達は二人しかいないしね。んで、それが機人について分かった事? 演奏が上手いとか」
「いや、機人ってさ、完璧な存在なんだよね。外見と言い能力と言い」
「そだね」
「だからか、不完全なんだ」
「……もしかして難しい話?」
「俺がそんな話出来ると思う?」
「思わないから聞いた」
「このやろう」
クロスはメリーのパーカーのフードについている両猫耳をみにょーんと引っ張った。
「止めろー伸びるー」
口ではそう言いながらも、メリーは大して抵抗していない。
完全に、じゃれつき甘えるモードに入っていた。
「つまりさ、抑揚が乏しいんだよ。完璧過ぎて生演奏独特の臨場感とか熱が感じられない。完璧だからこそ、味が薄いんだ」
「……クロスってさ、馬鹿な割に時々本質を突くよね」
「馬鹿で悪かったな」
そう言って、クロスはメリーの頭をフードごとぐりぐりとちょっと乱暴に撫でくり回した。
数分の演奏が終わると同時に、はるか上空で爆音が鳴り響く。
ドーンドーンと盛大な音と共に昨日聞いた軽快な音楽が鳴って、入り口のゲートが一斉に開かれた。
「ろろろーろろろーろぼ太たたたー。どんどんたんたんたったーたたたー。ロボ太アドベンチャーワールドへようこそー!」
周囲のスピーカーから、若干人工的な少年ボイスの歌が鳴り響いた。
正直、全く意味がわからない。
歌う意味も、大量のスピーカーの意味も。
ただ、何となく、大大大歓迎しているという事は理解出来るから、まずはクロスは一歩足を踏み出し、入り口の方に向かった。
「いらっしゃいませ。ロボ太アドベンチャーワールドへようこそ。チケットなるお持ちの場合は拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
クロスはホテルで渡されたチケットを一枚、入り口脇にいる女性に手渡した。
一瞬だが、手が触れた瞬間びくっと震えた様な気がしたが気にしない事にした。
「は、はい。確認しました。八名様ですね」
クロスは後ろを振り向き、エリー、アナスタシア、メリー、メディール、ソフィア、ヴィラ、そしてステラがいる事を確認して、頷いた。
「はい。ありがとうございます。えと……少し、手を失礼します」
女性はクロスの左手をそっと取り、ぽんと、手の甲にハンコを押した。
手に押されたハンコには、四角い箱に顔が書かれたキャラクター『ロボ太』が笑っているイラストが写っていた。
「これは?」
「そちらのスタンプはチケットの代わりにもなる一種の入場パスポートです。何かご用事があれば園の外に出てもそのスタンプが消えない限り再入場する事が可能となっております」
「じゃあ、消えない様に気を付けた方が良いな」
「ご安心下さい。本日中はどれだけこすっても消えませんので」
クロスは試しにスタンプをこすってみた。
だが、本当に消えない。
強く、皮膚が赤くなる程こすっても何の意味もなかった。
「なるほどね」
「ではお客様。どうぞ奥に」
自分がいると次のスタンプが押せない事に気づき、クロスは一歩前に進んだ。
「どうぞお楽しみくださいませ」
微笑みながらそう告げる女性に振り向いて微笑み返し、クロスは中を見渡した。
恐ろしく広い入場空間。
その奥には五メートルを超える巨大な色付き地図の掲示板。
それによると、どうもこのアドベンチャーワールドとやらは頭がおかしい位広いらしい。
具体的に言えば、合計五つのワールドで構成されその一つ一つが五百平方キロメートル以上の面積を持っている。
どう考えても回り切る事は不可能だろう。
「失礼します。よろしければパーク内の地図はいかがでしょうか?」
横から女性に声をかけられ、クロスはその女性を見る。
清潔感ある薄黄色のインナーシャツに青の上着に赤と黄色のチェック柄のボトムス。
園内には同様の服装をしている機人、機械が多いからこれがスタッフの制服なのだろう。
長い黒髪は美しく輝き、顔立ちも当然恐ろしい程の美形。
完璧という言葉が似合う機人らしい外見と同時に、彼女は機人らしからぬ柔和な笑みを浮かべていた。
クロスはじっと、その女性を見つめ、そして微笑んだ。
「ありがとう。貰えるかな?」
「はい。どうぞ」
女性は笑顔で半折りになったパークの地図を手渡した。
カラーの地図に少しだけ驚くクロスだが、正直そんなのは今更だった。
「ありがとう。ところで、一個だけ聞いて良いかな?」
「もちろんです。どの様な事でも聞いて下さい」
「はいよ。んじゃ――何してるのさゴモリーちゃん」
そう、クロスはここにいないはずの彼女の名前を呼んだ。
クロスの知るゴモリーは赤髪ロングでドレスの似合う女性だった。
今ここにいるの様な黒髪ではない。
だけど、それでもクロスは確信を持ってそう言えた。
彼女は、ぱちくりと目を見開き、茫然としていた。
「あ、もしかして答えにくい質問だった? だったらごめん。撤回する」
「いえ。その……まさか気づいてくれるとは思わなくて……ちょっと硬直してました」
「まずくない? 大丈夫? 何かやばい秘密とかに関わってない?」
「あはは……大丈夫ですよ。でも、本当に良く気づきましたね。デバイス違うのに」
「そのデバイスってのは良くわからないけど、ゴモリーちゃんみたいな可愛い子の事はまあ、間違える訳にはいかないからね」
そう言ってクロスはニコリと微笑んだ。
ゴモリーは、再度嬉しさからフリーズした。
「――クロス様。これは本当の、本心からのお願いです。あまり気軽に口説く真似は、私以外にはしないで下さい。下手すれば倒れます」
「そんな大げさな。……もしかして、嫌な事だった?」
「……そこも察して下さると、嬉しいんですけどね。刺激が強すぎるんですよ。まったく……」
そう言って、ゴモリーはちょっと頬を膨らませた。
「ま、わかった。そう言う事なら……あれ? ゴモリーちゃんは良いの?」
「これでも上級……まあ、機人の中では凄く偉い立場にありますので。ああ、機人は立場が上程メモリリソースが多いんです。なので私位なら……」
「つまり立場が偉い機人なら口説いて良いと!?」
ゴモリーの目は、一瞬で氷の様に冷たくなった。
「……まあ、はい。そう言う事です。とは言え私位偉い人ってほとんどいませんけどね! じゃあ皆さんいらしたようですのでこれで失礼します! あ、これ人数分の地図ですどうぞ!」
そう言って、ゴモリーはちょっと怒り気味にクロスから離れた。
「もしかして怒らせた? だったらごめんね!」
「ただの照れ隠しなので大丈夫です!」
そう言い捨て、ゴモリーはその場を去っていった。
「……うーん。機人らしくないなぁ」
ぽつりと、クロスは呟いた。
「クロスさん。どうしてあの方がゴモリーさんだとわかったんですか?」
こっそり話を聞いていたエリーに尋ねられ、クロスはちょっと困った顔で苦笑いを浮かべた。
「ん? ああ……それは……」
言い辛い内容だったから、クロスはこっそりと交信でエリーに伝えた。
『機人らしからぬ程のうっかり癖がありそうな空気出してたから』
その答えを聞いて、そしてそれが冗談じゃないとわかって、エリーはぱちくりと目を見開き、そしてクロスと同じ困った顔で苦笑いを浮かべた。
ありがとうございました。




