私の代わりに……
『人間の為に折り鶴を折り続けるスレッド』
※注意、ここは治療困難らしい人間さんの為に祈る場であって治療や改善の話題は一切求めておりません。
治療に協力出来る技能持ちの方は別の専門スレッドにどうぞ。
ここはただただ人間に近い性能を持つデバイスを使って不安な気持ちや悲しい気持ちを吐きながら祈り、ただ折り鶴を作り続けるだけの場です。
出来の良し悪しや沢山作ったから良いとか、そう言う事じゃなくただの手慰み。
呪いや迷信といった行為ではなく、ただの代価で代償行為です。
静かに、黙々と祈りながら折り鶴を折りましょう。
お通夜の空気がするそんなスレッドの中で、彼らは黙々と、淡々と折り鶴を折って画像をあげていく。
そこに意味はない。
そこに価値はない。
そこにあるのは、ただの感情。
ぶつけ、吐き出す場のない苦しみ。
本来機械には絶対に覚えないその感情こそが彼らと機械の絶対的な差。
その差に悶えながら、彼らは祈る。
祈りを捧げる相手さえいないのに、ただ無に祈り続け、折り鶴を折り続ける。
そんなスレッドに突如として空気をぶち壊す書き込みが出た。
「いえーい人間さんとツーショット撮っちゃったー。……あ、すいません誤爆です。つ〆」
しんみりとした空気は、一瞬で終わった。
「何が誤爆だ俺達機人が誤爆する訳がないだろ。どんな愉快なジョーク回路積んだらそんな高等ミスが出来るんだよ」
「絶対わざとだろ。というかツーショットとか何妄想してんの? そんな文明になってくれてたら俺達は外歩いてるっつーの」
「まあまあ。妄想を垂れ流す位心配してるって事で皆も落ち着こう」
そんな書き込みに、追加の情報が降りてくる。
「あ、私今回の人間さんの主治医デバイスの中の機械ね。診断内容は当然プライバシーだから言えないけど、明日は元気にパークの方行くと思うよ?」
その言葉で空気は更に変わった。
「証拠」
「証拠」
「証拠」
「私パーク職員抽選受かったさん。今私は冷静さを欠こうとしています。もし嘘だったらわかってますね?」
「ほい証拠の代わりにツーショット写真。ちなみに公開の許可も取ってるから安心して良いよ」
その言葉と共に、クロスと白衣を来た女性が笑顔で、かなり近い距離で映る写真がデータとしてアップされた。
「億回保存した」
「まじかよ嫉妬で狂いそうだけど保存した」
「人間さんの生データとか数百年ぶりのお宝じゃない? だけど嫉妬する許せんわ」
「医者の証拠を注文したらツーショット写真が出て来た。何を言って以下略」
「ちなみに彼の名前はクロス・リヴァイヴ。めちゃくちゃフレンドリーで時々軽口でナンパしてくるという超特級危険物。ぶっちゃけ百回はシャットダウンしかけた。思い出すだけで記憶回路がショート寸前」
「なにその理想のご主人様。スパダリか何かっすか? 妄想シンドローム?」
「お医者さん! 人間さんに会いたくてしょうがない病です紹介してください!」
「おいおいおいおい。……良いなぁ生の人間さん。早く会いたいなぁ(ロボ太アドベンチャーワールドスタッフ)」
「スタッフ、俺と変われ。というかアレ抽選倍率何倍だったっけ?」
「千万分の一だよ畜生が」
「ほーそんなだったんだ(コネでロボ太の中の機械になれた)」
「その自慢は機械を殺す」
「決めた。もっと本気出して上目指そう。メモリ拡張領域三倍まで引き上げよう」
「何でも良いから早く情報。はよ。感情データもはよ」
「感情データは出せない。医者としての守秘義務がある。だけど……他に生写真があると言ったらどうする?」
「下さい」
「下さい」
「下さい」
「下さい」
「下さい」
以下、同じ文字が数万と続く。
いつの間にやら人間目当てに多くの機人が集まり、折り鶴を折る手は止まっていた。
そんな中、無数の写真データが公開される。
服装を着替えた後、クロスが悪乗りして取ったモデル写真が無数に。
クロスとしては、そのポーズは大体ふざけただけのつもりだった。
写真というデータが残る分で、恰好つけたたら笑えるだろうなんて考えて。
だが、機械にとってはどんなモデルよりどんなアイドルよりも上にある高値の華の人間さん。
そのサービスショットである。
当然……彼らは熱狂した。
「あかん。回路が溶ける」
「人間さんの中に推しは作らないと決めていたのに……こんなん推すしかないやん」
「私高級義骸用意する。そして握手求めてくる!」
「それは私が通った道だ。推しにマイデザインの服を紹介して、その服着て貰って、笑顔で握手の写真を取ってくれる。私医療系特化型で良かったと今日程思った事ないわ」
そんなコメントと同時に医者とクロスの握手写真が公開され、嫉妬の炎でスレッドは炎上する。
気づけばスレッドタイトルも『お医者さんの人間さん写真自慢の場』に変わっていた。
はっきり言えば、クロスは図に乗りやすい性格である。
そんなクロスが褒められながら写真撮影をするなんて言えば、当然悪ふざけするに決まっている。
気障ったらしいポーズを取ったり、恰好つけたり、ちょっと笑いを誘ったり、変に色気を出そうとしたり。
つまり……写真はまだまだ幾らでもあった。
ついでに言えば、機人でも何でも女の子にはモテたら嬉しいと考える為、クロスは全写真の公開と大部分の個人情報の後悔を医者に許可している。
つまり……祭りは当分、終わる気配がなかった。
食事を終え、クロスは約束通りそこに向かった。
独りで静かに待つステラの部屋の前に。
だけど、部屋には入らない。
ステラがクロスに頼んだ事は、クロスと話す事ではない。
ステラがしたかった事は確認であり、そしてクロスではない相手との対話。
クロスと話す勇気は、顔を合わせ心を開く勇気は、今のステラにはなかった。
ドアが開かれ、部屋の中に入っていく。
そしてその姿を見て、ステラは名前を呼んだ。
「ミーティア……」
自分の片割れであり、もう一つの可能性。
そして、クロスの道具。
そんなミーティアの姿は男となった自分と違い美しいまま――いや、ステラが知る時より尚美しくなっていた。
「うん。……私もね、話したい事があったんだ。ステラ」
そう呟き、ミーティアはステラの方をまっすぐ見つめた。
今、ステラは欠損の状態にある。
本来自分の持っていた価値ある物を失い、別の物で補完された状態。
では、ステラにとって価値ある物は、一体どこに行ったのか。
消えたのか隠れたのか、それとも……。
ステラはミーティアを見つめる。
もし、自分が失った物がある場所が存在したとすれば……それは……。
一方ミーティアも、ずっとステラに言いたかった。
自分の変化について、そしてステラの変化について。
現在、機人を除き、ステラの変化に最も詳しいのはミーティアである。
ステラとリンクしているからだけではない。
ステラが失った物と自分が得た物、両方の存在が同一だと正しく知覚しているからだ。
そう、ステラが失った物全て、ミーティアの方に回ってきていた。
故に、今のミーティアはステラよりも強くなり、成長し美しくなっている。
少女という外観ではなく、女性へと移り変わろうとしていた。
最初に気付いたのは、心臓の時。
ステラが己の心臓を獅子の心臓へと変えた時に、同時にミーティアの心臓も変わった。
ステラが変われば、ミーティアも変わる。
ステラが力を得れば、ミーティアも力を得る。
それが彼女達の関係性だからだ。
だが、その時、その瞬間、共に同じだけ強くなるという関係性が崩れていた。
ステラの魂の許容量が溢れてしまった事によって。
本来、ステラが望んだのは獅子の心臓ではなかった。
最も強き肉体を持つ生物、龍の心臓。
それが、ステラの望みだった。
龍の力を己に宿そうと考えた。
だが、足りなかった。
存在が足りず、龍よりは劣るがステラに適した力、獅子となった。
足りないのに求めてしまった。
故に、そこで差が生まれる。
全うな生命でなく、生まれたてな上に天体魔導から生まれたミーティアの魂の許容量は、無限に等しい。
そこで、プラスとマイナス、奪う者と奪われる者という差が生じた。
ミーティアの中には、ステラが望んだ力が、龍の力を万全に使う心臓が宿っていた。
そこから、全てが崩れた。
多くの負債を抱えたステラから取り立てが始まり、全てがミーティアの力へと変わっていく。
その事をミーティアは伝えたかった。
伝えようとした。
だけど、出来なかった。
自分が出れば、表に立てばステラのマイナスがより加速する。
ステラが高熱で今にも死にかけていたのはそのマイナスによる症状の物であり、プラスであるミーティアがステラの前に出るなんて事をしていれば、体調不良も加速し確実にその命を奪っていた。
だから、表に出ずずっと待っていた。
機人にある程度のプラスとマイナスの関係を解消してもらい、こうして安全な状態で話が出来る様になるまで、ずっと。
そう、ミーティアは待っていたのだ。
今この時を。
ミーティアは知っているからだ。
どうすればステラが助かるのかという、その『答え』を。
向き合い、ステラとミーティアは互いの顔を見ながらそっと手を絡ませ合う。
お互いの友情を確かめ合う様に、お互いの事を認め合う様に。
彼女達は、互いに対し情を持たない。
彼女達はほぼほぼ一心同体であり、対となる者。
他者として意識を向ける必要性が全くない程に、その心の距離は近い。
だけど、今は違う。
互いに相手を敬い、想いながら、その手をしっかりと握りしめる。
まるで、家族の様に。
そして、ミーティアは答えを告げた。
「私を殺して」
「貴女は生きて」
ミーティアの答えに、ステラの言葉がかぶさる。
ステラは、ミーティアの答えを予想していた。
ミーティアは、そんなステラに驚き目を丸くする。
ステラは、それが当然である様に平然としていた。
「……過負荷は消えない。貴女のマイナスはどうにもならない。何かを失わないと貴女は一生そのまま。だけど一つだけ、例外がある。私という受け皿を消せば、そして私という存在を受け入れ一つになれば、貴女から私が奪った全てを貴女は取り戻せ、そして死なずに済む。だから……」
「だけど、それは駄目」
「どうして!? 生きるべきは貴女よ! 私は違う。私は厳密には生きて居ない。私はいなくても良い――」
「それ以上言ったら怒るよ。ミーティア」
「でも……それじゃあ……」
「そもそもだけどね、ミーティア。貴女は大切な事を忘れている。貴女は確かに、厳密には生きているとは言えないわ」
「だから私が死んでも……」
「そんな貴女を生かしているのはクロスだよ。貴女に自分の命を捨てる権利はない。それを持つのはクロスだけ。そして……クロスはその選択肢を絶対に取らない。だからさ、そもそも会話をするだけ無駄な事だよ」
「でも……それじゃあ……ステラはもう……」
「足掻いてみる。出来るだけね。それで駄目なら……元に戻るだけ。クロスの男友達という元の関係に。そして……そうなったら、一個だけ、お願いを聞いてくれる?」
「……嫌! 聞きたくない」
何を言うかわかってしまうミーティアは、拒絶の声をあげる。
そんなミーティアに対し、ステラは悲しい顔で微笑んだ。
自分の代わりに、クロスと恋人になって。
そんな悲しい願い、ミーティアは絶対に聞きたくなかった。
ありがとうございました。




