改めて、深奥を目指して
自分の力じゃ駄目だ。
そう本気で思った事は、生まれて初めてかもしれない。
恵まれた才能を持ち、それをいかんなく伸ばし発揮出来る環境にいた彼女は、生まれて初めて……自分の不甲斐なさを呪った。
ステラ・クローム・ラウリール・ラインゴールド。
誰よりも強くなれる才能を持つ彼女は、今初めて、明確に自分の戦術的欠点を自覚した。
ステラの持つ力、才能はその剣技にある。
例えば、人が一生を剣に費やし得られる様な極地の奥義があるとしよう。
それをステラは生まれた時から使えるだけの能力を持っていて、見るなり気づくなり必要になるなりすればそれがすんなり使える様になる。
練習さえも必要ない。
自分に最適化した方法で、その奥義を手足の様に当たり前に使う。
天才とかそんな言葉ではもはや言い表せない。
才能という一点だけで見れば、ステラは文字通り世界最強である。
だが、それはあくまで剣の才能であり、しかも元々持っていた才能。
つまり何が言いたいのかと言えば、剣では最強であってもそれ以外のステラは優秀止まりという事である。
ステラはここ最近で意識の変化があった。
というのも、思った以上にクロスが自由だったからだ。
好きな事を全力で行う最愛の人。
それにはもちろん、全力で応援したい。
幸せになって欲しいと心から願っている。
だが自由である分だけ危険は付いて回るし、それ以前にクロスは何故かトラブルに愛されている。
何もしなくてもトラブルが無限に歩いてくる位に。
だからステラはそれを必要と思った。
クロスを護る為の力を。
そして気づいてしまった。
自分がいかに護る事に向いていないかという事に――。
クロスを護りたい。
いや、違う。
護らないとクロスは死んでしまうと呼ぶ方が正しいだろう。
あの時とは違うからだ。
魔王討伐のあの時とは、状況も環境も、何もかも。
今自分の技量はあの時に追いついているかと言えば正直自信はない。
だが、そう遠くない内に追いつく事も出来ると思うし、何なら追い抜く事も出来るだろう。
勇者の力はほとんど失い、肉体も人間時より貧弱になった。
それでも、正直誤差でしかない。
魔物の環境にいて、長い寿命さえあれば幾らでも強くなれる。
そう、ステラは自分の事を理解していた。
むしろ……勇者の力が薄い今の方が……。
今になって、ステラはようやく気が付いた。
勇者の力は、自分には重すぎたのだと。
どうでも良いと感じていた。
勇者なんて存在も、その力も。
雑に使える解毒や再生能力として使っていたが、それはどちらかと言えばそれ位にしか使えなかったと呼ぶ方が正しい。
その重さに気付いていなかった、クロード《あの時の自分》では。
今になって、どれだけ重たい物かを知った。
クロスのおかげで、魔物となり今ようやく勇者という存在の重たさを理解出来た。
その程度だったから、きっと使いこなせなかったのだろう。
今の愛剣であるミストルティンを握り、素振りをする。
一振り事に剣速をあげていき、縦横無尽に走らせて……。
無数の一閃が交差し、ただ乱雑に振るわれているだけなのに……その軌跡は奇跡と呼ぶ程に美しかった。
誰もが美しいと思うだけの技量を持ちながら、担い手がその美しさを感じないというのはまた、随分と皮肉めいた話だが。
剣技なら、幾らでも伸ばせる。
その自負はある。
だがその先にあるのは護る力ではなく、ただ障害を叩き斬る力。
必要な力ではあるが、求める力ではなかった。
今にして思えば、自分だけだった。
かつての仲間で、クロスを護れないのは。
クロスは当然、何でも出来る。
誰かを護ると、そう努力してきた。
本当の勇者とは誰かと言えば間違いなくクロスみたいな存在の事を言う。
クロスは見ず知らずの赤の他人……いや、自分を蔑む世界の為に命を賭けて護ろうとし続けた。
自分の頬に唾を吐き捨てる貴族も、自分を見下し馬鹿にする子供も、クロスはそんな皆を命を賭け助け続けた。
どれほど高尚で高潔な人物だってそこまでは出来ないだろう。
だからこそ、きっと勇者とはクロスの事なのだろう。
才能なき身でありながら、誰かを助ける為に諦めなかった、勇気のある男なのだから。
メリーの武器は器用さにある。
古今東西あらゆる技術を身に着けているのは力でなく、結果。
メリーの真価は一度見た技術の大半を模倣出来その全てを暗記する能力にある。
覚えた技術の中には当然、護衛対象を護る術も持っている。
危険を遠ざける能力と危険から逃げる能力は随一であり、守護者としてのスペックはトレイターを持ちエリーを傍に仕えるクロスすらも上回る。
メディールはああ見えて保守的な性格であり、受け身である。
それは優しいと言い変えても良い。
いかにもーな魔女っぽい恰好をして、普段はつっけんどんな態度なのにその性根は優しくて、仲間の中で最も人間みを持っているのが彼女と言っても良い。
だからだろう。
彼女の本当の得意な魔法は攻撃より防御魔法の方にある。
ソフィアは言うまでもない。
類まれなる肉体は最強の盾であり、その魔法はあらゆる傷を消し去る。
護るという能力そのものであった。
彼らと比べ、自分はどうだろうか。
ステラは己を見つめ直す。
その手には、何もなかった。
誰かを護る術なんてある訳がなく、そして未来にもきっとない。
才能に溺れ、努力もしなかった人生の末路。
剣技さえあれば良いと思っていた過去の自分があまりにも愚かで殴りつけたくなる。
努力もせず人を愛さなかったステラが、誰かを護る術なんて物持てる訳がなかった。
自分の力では駄目だ。
これは殺す力であり、壊す力。
切り開く事は出来ても護る事とイコールにはならない。
だからと言って、ここで諦めるつもりもない。
諦めるという事は、クロスを諦めるという事に繋がる。
それだけは、ない。
例え死んだとしても、その選択を取る事はステラに出来る訳がない。
だが現実的に考えて、今のステラがクロスを護る為の力を取得できるかと言えば難しい。
付け焼刃では意味がない。
本当の意味での守護の力。
一応、一つだけだが思い当たる物はあった。
それはステラがずっと見て来た最愛なる彼の本当の力。
彼が人類を護った方法。
つまり、誰かと協力するという事。
独りでは出来ない事でも、数を重ねたら出来る。
数の力という正義を作る。
それらなば、今のステラでも守護の力を手に出来るだろう。
だが、それにも大きな問題がる。
途方もない程大きな、絶望的な問題が
「協力……か」
冷笑する様に呟く。
一体誰と、どんな顔をして協力しあえば良いのだろうか。
クロスだけいれば良い。
かつてそう思い、そう行動してきた事がどれほど矮小で自分の可能性を狭める行為か、今なら理解出来る。
ステラは再び、自分の愚かさを直視する事となった。
――シャリアの館に行き相談してから、あっという間に三か月が経過した。
その間クロス達はヴィラによる魔剣情報の探索を中心に各地の情報を集めていった。
無数の魔剣情報を攻略し、最終的に手に出来た魔剣は合計七本。
ただし、その全てが今のクロスをどうにか出来る様な能力は持っておらず、それ以前にミストルティン級にさえ追いつく程の物は発掘されなかった。
その内六本は元の場所に戻し、一本は盗賊から奪った物である為そのまま売り払った。
情報らしい情報は手に入らず、魔剣も有効な物はなかった。
いや、情報自体は悲しい事にそれなりに有用な物は見つかっている。
曰く、関係性を切断する伝説の魔物。
曰く、呪い解除の専門家。
曰く、未来を変える予言者。
そういった眉唾ながらも今のクロスにとっては縋りたいであろう情報は幾つも集まった。
集まったのだが……その全てが、今のクロス達ではいけない場所だった。
つまり……この旅の終着点である。
ランク九相当、名称さえも不明な深奥。
外部から完全に隔離された場所であり、この魔力枯渇地帯の中央。
楽園とも称されるそこの噂を頼りにしなければならない程、出来る事が限られつつあった。
クロス達は無能ではない。
むしろその逆である。
魔王国のバックアップを持ちながら各地を転々とするメリーとメディール。
人間世界とこちらの世界を往復しながら情報を集めるソフィア。
そんな彼女達が探し回ってもそれらしい物は見つからなかった。
たった三か月ではない。
彼女達の能力で三か月もである。
であるならば、方針を変更するに十分な理由と言えるだろう。
「えーという訳で、俺達はこれから少し遠回りになるけど先にエルヴァラドかっこ仮名を目指そうと思いますが意見はありますかー?」
クロスはその場に集まった全員、エリー、ステラ、メリー、ソフィア、メディール、アナスタシア、ヴィラに尋ねる。
尋ねるというよりも、意思確認と呼ぶ方が近いだろう。
反論なんてある訳がない。
もしその場所が本当に魔王国より発展しているのなら、神秘たる魔法の国なら……奇跡にも似た何かに出会える可能性は十分あるだろうし、また単純に活動範囲が広がるという意味だけでも非常に大きなメリットと言える。
これだけ調べて出てこないという事は、より深く調べないといけない。
だが同じ場所をより深く調べるというのは正直対費用効果的に言えば良い行動とは言えない。
それなら、未探索の地区を浅く探したい。
つまるところ、多少の回り道をしてでもランク九を目指す事に価値はある事を意味していた。
「一つ、良いかい?」
ヴィラは静かに呟きながら手を挙げた。
「何だ?」
「あんたの治療をしてから、深奥を目指す。それが俺とあんた達との契約だ。それはどうなるんだ?」
要するに、先にそっちに行くならヴィラとして見ればクロスの治療に付き合う義理はなくなる、という意味である。
だからこそ、一瞬だがヴィラに殺意が集中した。
「あんたはどうしたいんだ?」
「あん? そりゃ、あんたの治療にゃ全力で手を貸せるなら貸したいな。だが契約が異なれば立場も変わる。その時仲間かどうかわからんからな。だから再度契約し直してくれ。例え目的地に着いてもあんたの治療を俺はしなければならないって、強制力のある契約でな」
無責任……とはむしろ逆。
ヴィラは元の契約を履行する為に契約の変更を申し込みたかっただけだった。
そもそもの話だが、ヴィラの性根はクロスに似て善性であり、そして馬鹿である。
これだけ一緒にいた馬鹿やれる仲間が死ぬというのに目を背けて生きられる程器用な訳がなかった。
だがクロスは……。
「いらん。契約変更は必要ない。義務感何かは必要ないし、ヴィラは十分俺の為に色々してくれた。最初の契約通りエルヴァラドかっこ仮名に到着したらそこからは自由だ」
「義務感だぁ? 俺はお前が……」
「わかってるさ。だから俺がダチとして仲間として追加で頼むんだよ。契約は元通りで良い。代わりに頼む。俺の治療まで、いや出来たらこっちの冒険中まで手を貸してくれ。代わりに俺はあんたの望みを追加で聞いてやる」
わざわざ追加で報酬を払うなんて意味のない事を口にするクロス。
それを見て、ヴィラは笑った。
仲間だから、友達だから手を貸すのは当たり前。
それはそれとして見栄の為に良い恰好しようとする。
そりゃあ、ヴィラだってそう思うに決まっている。
ああ、こいつは何て馬鹿なんだろう……って。
「クロス、お前本当馬鹿だな」
「知ってるだろ?」
「おう」
「そんで、答えはどうするんだ?」
「聞く必要あるか?」
そう言って、ヴィラは笑った。
「恰好付けの大馬鹿野郎が」
そう返し、クロスは笑った。
お互いを馬鹿だ馬鹿だと言い合いながら、だけども彼らの表情はとても楽しそうな物だった。
要するに、お互いが恰好をつけてドヤ顔をしたいだけ。
どっちも結論は決まっているのに変に屁理屈コネて恰好付けて。
彼らにとってこの会話は、それだけの事であり、それ以上の意味はなかった。
そんな彼らを彼女達はそれぞれ複雑な表情で見ていた。
メリーとエリーは楽しそうな顔で、ステラとソフィアは微笑ましい顔で、メディールはあきれ顔で。
若干一名、アナスタシアだけが頬を赤らめドキドキした目で見ていたが。
そしてその手には――シャリアの書いたと思われる少々淫靡な小説が握られていた。
ありがとうございました。




