招待状なき来訪者7
この屋敷の主に、この馬鹿げた空間の黒幕に遭うその前に……一つやらなければならない事があった。
それが何かと言えば……ぶっちゃけ、ヴィラの回収である。
「かんっぜんに忘れてた」
そう呟き、申し訳なさそうにクロスは後頭部を掻いた。
まあ色々あったのだから忘れてもしょうがなくはあるなぁなんて気持ちの方が強いが。
「それでさルクス。流石に死んでたーとかいう話だったらあんたと敵対するしかなくなるけど大丈夫か?」
「ご安心ください同士クロス。きちんと五体満足で怪我一つさせていないと誓いましょう」
「そうか。……も一個聞きたいんだが、どうしてヴィラは最初に分断させられたんだ?」
「この屋敷の主の趣向にそぐわなかったからですね」
「……意味がわからん」
「それは後に彼自身から聞いて下されば。私から言葉にするのも違うと思いますので。……こちらです」
そう言って、ルクスは部屋の前で立ち止まり、扉に鍵を入れ回す。
そして開かれた扉の中を見て――クロスは絶句した。
「ヴィラ……お……お前……なんて酷い姿に……」
そのあまりにもあんまりな姿を見て、クロスは蹲り涙を流した。
そこにいるヴィラは……何一つ苦しい事などないかの様な……まるでじゃれて満足した犬の様な……そんな幸せそうな間抜け面となっていた。
やたらともっこもこした白のガウンに身を包み、ふっかふかのソファに半分寝転がった状態で座るヴィラ。
ブランデーらしき琥珀色の液体の入ったグラスを持ち、どこからか聞こえる美しいピアノの旋律を肴に楽しむ。
その顔は、幸福の絶頂という言葉よりも幸せそうなアホ犬と呼ぶ方が近かった。
ヴィラの風格は若干三枚目ながらもどこか出来る男であり、そしてちゃらんぽらんに見えて油断ならないという物だった。
普段は飄々としている癖に何かあれば鷹の様に鋭い目をする。
だが今はそんな恰好良い三枚目なんて要素はどこにもなく……それは、ただのあほと呼ぶに相応しい物と成り下がっていた。
「なんて羨ま酷い姿に……」
こちらの様子に気付きもせず、幸福に浸るヴィラのあまりのあほ面にクロスは泣いていた。
「すいません。少々お世話をさせていただきまして……」
「具体的には?」
「まずお疲れの様でしたのでお風呂で汗を流してもらって」
「まさか一緒に!?」
「いえ、準備などは私ですが入浴は御独りでです。私はそれでも宜しかったのですが」
「そうか。良かったよ羨まし過ぎるなんて理由でヴィラをこの手にかけずに済んだ」
「へ?」
「いや何でもない。それで?」
「お食事を楽しんでもらった後」
「……あんたの食事を?」
「フルコースで」
「ああ……。そりゃああなるわ」
「最後に食後にマッサージをさせていただきましたらこの様に……」
「そのマッサージはいかがわしい物ですか!?」
クロスは食い気味に尋ねた。
「いえ、ごくごく一般的な物でした。私はそちらでも構いませんでしたが……」
「ほぅ。よしぶん殴ろう。あの馬鹿面にだんだん腹立って来た」
「ああ、もちろん同士クロス。貴方でもです。そう望むというのでしたら私は……」
「ワンナイトラブも歓迎と……」
ルクスはにこりと微笑んだ。
「特にお話の合いそうな貴方でしたら……と言いたい所ですが、止めておきます」
「ありゃ残念。フラれた理由を聞いても? 俺じゃ魅力不足」
「いいえまさか。ただ、馬に蹴られたくはありませんので」
そう言った後、ルクスはクロスの耳元に近づき、妖艶で声で囁いた。
「恋人さんを大切になさってください」
「いや、俺とステラは別に――」
「ふふっ。私は誰とは口にしておりませんでしたが?」
ルクスは微笑ましい物を見る様な目でクロスを見ていた。
それは、完全に子ども扱いになったと言っても良いだろう。
「……あー。まあ、色々と複雑とか時間がかかるとか俺も良くわからないとかそういう感じで」
「ええ、そういう事にしておきましょう。では、私はヤハーマーヴィラ様を起こしてまいります」
ルクスはぺこりと一例しクロスの傍を離れる。
ルクスの自分を見る目は男女のソレから子供を見るソレへと変わっていた事にクロスはがっかりしたのと同時にどこか安堵を覚え、そんなヘタレた自分に苦笑した。
「クロス。何の話をしてたの?」
ひょこりとステラが横から現れ、クロスにくっつきながら尋ねた。
「んー。……口説いてフラれたって言ったらどうする?」
「んー……残念だったねって言って笑うかな」
でもちょっと寂しいなと言うのを飲み込み、ステラはそう言葉にし寂しそうに笑う。
そんなちょっと影のある笑みがクロスの罪悪感をこれでもかと刺激し、クロスはステラの頭をこれでもかと撫でまわした。
そして今までの会話を全部盗み聞きしていたアナスタシアは思ったよりもアダルティックな会話だった為頬を赤らめドキドキしながらキャーキャー小声で叫んでいた。
苦いコーヒーとビンタで無理やり正気に戻したヴィラを回収し、彼らはようやく、屋敷の主の元に辿り着く。
その場所は、大量の本棚に囲まれた書斎だった。
紙とインクの匂いが漂うその中で、男性は椅子に座ったまま、クロス達を待っていた。
外見だけならば、二十代の若い男に見える。
彼らの特徴らしく当たり前の様な美形であり、整い過ぎてどこか不気味ささえある。
だが、外見なんて物は些細な物でしかない。
そんな物よりも、もっと悍ましい物が醸し出されているのだから。
抑えているのはずなのに、滲み出ているその魔力、隠し切れない強烈な威圧感。
それは年齢とか外見とか……そんな細かい事を気にしていられる余裕さえなくなる程。
そこにいるだけで、彼という存在に圧殺させそうになる。
それは自分達と同じ存在、ただの魔物と考えてはいけない。
超常なる物、同じ視線を交わす事の叶わぬ存在……。
所謂――化物。
つまるところ、ピュアブラッド。
それも、ヴァレリアたるクロスの友に匹敵するかそれ以上の力を持つ存在だった。
「ようこそ! 君達がここまで来るの、首を長くして待っていたよ」
男は、そう言葉にして笑った。
ただ意識を向けられただけでピリピリとした気配が肌を襲う。
体が勝手に臨戦態勢を取ってしまう位に、それは強烈だった。
相手に敵意や戦意がない事は分かり切っている。
もしそんな感情を向けられたなら、こんな物ではすまない。
最悪の場合、戦意だけで気絶しかねない。
「さっそくだが……君達は一体どんな用事でこの屋敷に来てくれたのかね?」
その言い方がまるで歓迎しているかの様で、クロスは少しだけ違和感を覚えた。
「むしろこっちこそ聞きたいもんだけどな」
強がり五割苛立ち五割でクロスはそう吐き捨てた。
「ほぅ。何をかね?」
「あんたが何をしたいかだよ! こっちはこれまでで散々だったんだからな!」
「ふむ……。本当に散々だったのかね?」
「ああ!」
「ふむふむ。そうかね? 私の目からはそれなりに楽しんでいたと思えたのだがな」
「それで、あんたの望みはその悪趣味な覗きか?」
「…………そうだな。どこから話そうか……君はどう思うかね?」
男はルクスの方を見て尋ねた。
「……そう、ですね。私個人の意見ですが……主義よりもまず、成果を見せるべきかと」
「ほぅ。成果と」
「はい。貴方の成果を、その集大成を読ませるのが手っ取り早いかと」
「――なるほど。君が言うのならそうしようか。済まんが客人よ。稚拙な物を出して済まないが、これを読んでもらえないかね?」
男はクロスに一冊の本を手渡した。
「あんたが書いたのか?」
「うむ。私の成果であり結果であり、そして答えでもある」
クロスは小さく息を吐いて調子を整え、意識を本に向けページを開く。
あまり本を読むのに慣れてはいない為、理解出来る内容である事を祈って。
『暗闇の中、彼の心音がその細い指に届く。それが緊張なのか、興奮なのかまではわからない。ただ一つ分かる事は……この心音が、愛おしいという事位だろう。折れそうな細い首をそっと触れ、再び心臓付近を通り、胸の当りをくすぐると、その体は歓喜に震え――』
クロスはそっとページを閉じた。
そして地面に叩きつけたい衝動を抑え、机の上に戻して、叫んだ。
「エロ小説じゃねーか!」
そんなクロスの叫びを聞き、男はほっほっほと楽し気に笑った。
「いやいや、違うとも」
「……そうか。すまん。一部しか読まないで誤解したらしい。もっと難しい物が来ると思ってたから……」
「いや、構わないとも。私の目指すのはイチャラブ。所謂ちょっとエッチだけどギリギリ年齢制限が付かない様な類の物なのだよ。だから安易はエロではないという事を示しておきた――」
「結局エロじゃねーか!」
クロスの叫びを、男とルクスは楽しそうに笑った。
「これで、クロスもわかりましたね?」
どことなくドヤ顔風にルクスはそう言葉にした。
「何もわかんねーよ! むしろ謎が増えただけだよ!」
「そう……ですか。やはり少々高尚過ぎましたか」
「イチャラブとかいう言葉のどこに高尚って文字が出るのかわかんねーよ」
そんなクロスの言葉を聞き、ルクスと男はどこか悩んだ様な表情を浮かべた。
「……なるほど。では……あれを用意するというのはどうでしょうか?」
「あれと言うと……君が最近の中で特に気に入っていたあれかね?」
「ええ。緋色の蝋燭です」
「うむ、君のオススメというのならそれで行こうか。という訳ですまないがもう一冊付き合ってもらえないかね?」
そんな事を言いながら男はクロスに分厚い本を手渡す。
クロスは怪訝な表情を浮かべながら乱雑にページを開き、ぱらぱらと流し読みして……。
絡み合うシーンを見てページを閉じた。
「結局エロじゃねーか! ついでに言えば女同士じゃねーか!」
「ほっほっほ。良い物じゃろ?」
「知らねーよ! というか一体何の話だよ!」
「ちなみに最初の本は男同士の物じゃよ」
「聞いてねーよ! 何でそうなるんだよ!」
「男性同士の物では抵抗があると思ったからこちらにしたのじゃが……違ったかの?」
「そこを考慮してる段階で何もかもが違うんだよ!」
クロスの突っ込みを危機、男は真顔になる。
そしてしばらく言葉を止め、クロスをじっと見てから……重苦しい雰囲気の中、言葉を放った。
「男は男と、女は女と恋愛をすれば世界は平和になると思わんかね?」
「思わねーよ……意味わかんねーよもう……」
泣きそうな気持ちとなりながらも、クロスはその言葉だけを返した。
「そんな訳で、こうして若人のイチャイチャする姿を眺め、時折同性同士のイチャイチャを中心にした小説を書きながら暮らしておるんじゃよ。そんな私を皆は畏敬の念を込め、『カップリング大好きおじさん』と呼んでくれておるよ」
「それ絶対畏敬の念じゃねーよ。むしろネタにされた事を考えると生贄になった気分だ」
「おや、ラップかね? なかなかに上手い物じゃないか」
「別にラップでもないし何もかかってねーし上手くもねーよ……」
クロスは酷く疲れた気分となりながらそう突っ込む。
情報料がパンクしかかりながらも、一つだけクロスは確かに理解した事があった。
このピュアブラッドの真の恐ろしさはその強さなどではなく、変質者側であるという事。
その事実に気付いたものの、気づくのに遅れた事をクロスは盛大に悔やんだ。
ありがとうございました。




