割と能天気な主と従者
「たーくさん言いたい事も言わないといけない事もあります」
エリーは少し怒った口調で、クロスにそう伝える。
椅子に座るクロスは反省を示す為少し小さくなり、頷いた。
「甘んじて受けさせていただきます」
「宜しい。と言いましても、ぶっちゃけまして説教とかしている余裕がない位本当に色々タスクが詰まってまして……具体的に言えばステラさん以外の三人が既にこの場にいられない位には今大変忙しいです」
「メリー達はどこかにおでかけ?」
「おでかけですねぇ。色々遠くを走り回ってますよ」
その言葉で、クロスは彼女達が何故遠くにいるのか理解する。
というよりも、この後において理由など一つしか存在し得なかった。
「ああ。俺の所為か」
「違います。クロスさんの為にです」
「失礼しました」
「よろしい。とまあ伝えないといけない情報の前に最優先で説明が」
「ん。わかってるよ。ぶっちゃけ俺もずっと聞きたかったし」
そうクロスが応えると、メリーとクロスは彼女の方に目を向ける。
少し離れた場所で恥ずかしそうにしているアナスタシアの方に。
真っ白いワンピースに真っ白い帽子。
白に近い美しい肌に深い空の様な青い髪と合わさり蒼天の様な美しさとなっている。
その蒼天の様な美しい色は、ほんの少しだけ朱に染まっていた。
「という訳でアナスタシアちゃん。やっほー久しぶり」
「ひ、久しぶり……というか、何か態度違くない? ちゃん付けとか前しなかったじゃん!」
「そだっけ?」
「そうよ! 何で子ども扱いしてるのよ! ま、前みたいに呼び捨てにしなさいよ」
「オーライ。アナスタシア、改めて久しぶり」
「ん……」
納得したのか、アナスタシアはそれだけ答えそっぽを向く。
その様子を見てエリーはくすくすと笑っていた。
「それで、まあ予想が正しかったらアナスタシアが俺を助けてくれたんだよな?」
「それはその力を抑制している事について?」
「うぃ」
「だったら違うわ。メインはエリー。私はそれの手伝いをしただけよ。だからお礼を言うならエリーに」
「もちろんエリーにも言うさ。それはそれとして、アナスタシアも、ありがとな」
「べ、別にあんたの為に――」
「はいはいそういうやりとりはまた今度、先に進めるべき大切なお話があります」
エリーはぱんぱんと手を叩き、話を自分主体に移す。
このまま放置すると延々とツンデレアナスタシアを見るだけになってしまうと予測して。
暇な時ならそれはそれでエリー的には楽しめるが。
「ん。了解。それで大切な事って」
「まず、クロスさんが先代魔王に乗っ取られた時私は無理して死んでました」
「なんと」
軽口で答えるクロス。
だが、それが冗談でないという事はわかっている。
わかっているが、エリーが今生きて居る以上そう重たい話ではないと予測していた。
「だったんですけど、アナスタシアさんが私の身代わりとなってくれていました」
「なんと」
「なので私にとっても大きな大きな恩のある方なんですよ」
「ほうほう」
「それで、私の主のクロスさん。自慢の騎士の命を助けた相手にしっかりとしたお礼をするのって別に変な事じゃないですよね?」
「そりゃそうだ。俺が出来る事なら何でもするよ。おかげでエリーを失わなかった訳なんだし」
「という事でアナスタシアさんは二つ程、欲しい物があるそうです」
「ほうほう。それは何かな?」
「それはですね……お願いってやっぱり自分で言う事が大切ですよねー?」
そう言って、エリーはニコニコした顔でアナスタシアの方に顔を向け、主導権をアナスタシアに戻した。
「――ッ。やっぱりあんたらは主従の関係ね、良く似てるわ。主にそのにやけ面が!」
何が楽しいのかわからないでニコニコするクロスとエリーを見ながら、アナスタシアはそう叫んだ。
「あはは。ごめんごめん。とは言え、言ってる事は冗談じゃないんだろ? アナスタシアがエリーを助けたのって」
「冗談どころかアナスタシア自身が死にかけてましたよ。文字通り命を私に全部差し出してたので。私が気づくのもう少し遅かったら……」
「なるほどねぇ……。そう言う事なら、冗談はやめてきちんとしよう。ありがとう、アナスタシア。お陰でエリーとまた会えた。大切な仲間を失わずに済んだ。だからこそ、君に礼がしたい。何でも言ってくれ」
「べ、別にお礼が欲しくて助けた訳じゃないわよ! あの時は……そうした方が良いと思っただけで……」
「それでも、命の恩は命の恩だ。俺に頼みがあるなら教えて欲しい。君の為に何か俺に出来る事があるのなら――」
「ま、まずは私を同行させなさい! あんたの体がちゃんと治る様手伝ってあげるから」
「……へ?」
「何よ。何でも良いって言ったじゃない。駄目なの? 私が付いて行ったら」
「それはこっちとしてもありがたいというか俺の方が一方的に特なんだが。助けて貰えるし可愛い子が傍にいてくれるし」
「かっかわ――ふん! 誉め言葉として受け取っておくわ」
「百パーセントまじりっけなしの誉め言葉なんだが?」
「私は綺麗って呼ばれたいのよ」
「もちろん綺麗だぞ。青空の中振る粉雪の様に可憐でありながらも――」
「そ、そういう歯の浮く言葉は禁止!」
「はい」
「全く――」
腕を組み、イライラを隠そうとしないアナスタシア。
正確には、イライラしたフリをして心臓がドキドキしているのを止めようとしているだけだが。
「それで、俺としては嬉しいけど本当にそれで良いのか。一つ目のお願い」
「ええ。それで良い。それが良いわ。まあ、精々私を楽しませて頂戴。――あ、ゲスト扱いじゃなくてちゃんと仲間扱いしてよ。私だけ何もしないで良いとかそういうのじゃなくて……ちゃんと対等が良いというか……一緒に楽しみたいというか……」
「ああ。それはもちろんだ。頼りにしてる」
「ええ、任せなさい」
「それで、もう一つのお願いってのも聞いて良いかい?」
「それは……」
アナスタシアはそれを言おうとして、言葉を止める。
にやけ面をするエリーと、不安そうな顔をするステラを見て。
「……後で言うわ。難しい事じゃないから安心して」
「えー。気になるんだが」
「クロスさんクロスさん。アナスタシアさんはね、二人っきりの方が良いって言ってるんですよ」
ニヤニヤとした表情で、まるで噂話をする奥様の様にエリーはクロスにそう声をかけた。
「なんと。つまりそれは少々いやーんな感じで期待しちゃって良いという事か」
「かもしれませんよ。ドキドキしますね」
「ああ。全くだ……胸が高鳴るね」
「ち、ちち違うわよ! というかエリーは知ってるでしょ!? あんたら、私をからかって遊んでるわね!?」
「はい」
声を揃えそう答えるクロスとエリーに、アナスタシアはわなわなと握りこぶしを震わせた。
「本当……あんたら似た物同士だわ」
どっちも好きだからそんな言葉を吐く自分の照れ隠しを若干情けないなぁなんて思いながら、アナスタシアはそんな輪の中に入れた喜びを味わっていた。
談笑の雰囲気も落ち着いた頃、エリーは言葉を紡いだ。
「まあアナスタシアさんの話はここで区切って、さくっと真面目な話をしましょうかクロスさん」
「うぃ」
「今クロスさんの状態は瞳の色以外前と変わりはありません」
「うぃうぃ」
「それは私とアナスタシアさんが協力してクロスさんの症状が進行しない様前の状態に戻しているからです」
「助かります」
「ですけど、残念ながら症状の進行を完璧に抑えられてはいません。本当にゆっくりですが、徐々にハーフブラッドとして覚醒していっています。つまり時間稼ぎしか出来ていません」
「ほむ」
「なので、今現在メリーさんメディさんソフィアさんの三人はバラバラに行動しクロスさんの症状をどうにかする方法を探してもらってます」
「迷惑かけるねぇ本当」
「大丈夫ですよ。『記憶失った後の俺を任せる』より迷惑だと思ってる方は誰もいませんから」
そう、エリーは忠告がてらクロスにちくりと一針。
クロスは苦笑するしか出来なかった。
「耳が痛いね」
「まあ今はそんな状態です。という訳で、今後の事を簡潔にまとめますね」
「助かる」
「まず何よりもクロスさんの今の状態、ハーフブラッドを抜け出す方法を探す事。ピュアブラッドに極力見つからない様に」
「見つからない様に」
「クロスさんピュアブラッドにめちゃくちゃ気に入られてますからね。同族を除けば一番人気じゃないですかね」
「照れるね」
「そんな中にピュアブラッドになるなんて知ったら理性さえ失って妨害に来るでしょう。拉致監禁コース待ったなしですよ」
「それが美女なら悩んでしまうね」
「あはははは。ヴァレリア様が男性でかつ理性的で良かったですね。……最悪あの方女体化して迫りそうなんですよねぇ。まあそんな感じでしばらくは冒険の旅を中断しクロスさんの血の呪縛を解く旅になります」
「うぃ」
「それで、症状の進行を抑えるについて注意点が一つあります」
「何だい?」
「クロスさんの進行を抑えている方法なのですが、精霊の力をかなり強引に使ってます。暴力的と言ってもいい位に」
「それってエリーとアナスタシアに何かまずい変化ない? 消えかけるとか」
「ありません。私達にも、クロスさんにも。少し前のハーフブラッドに目覚めたクロスさん相手ならともかく、今のクロスさんを維持する程度なら大した労力でさえないです。完全なる停止ではなくじわじわと浸食していってますが」
「じゃあ、注意点って一体何なんだ?」
「えっとですね……これ、近距離でないと出来ないんですよ」
「つまり?」
「今後しばらく私かアナスタシアさんのどちらかはクロスさんの傍に必ずいなければなりません。どちらとも離れたら症状が一気に進行します」
「俺としてはご褒美だけど……アナスタシアは良いのかいそれで?」
クロスの言葉にアナスタシアは少しだけむっとした表情になった。
「どうしてエリーに聞かず私にだけ聞くの?」
「エリーとはずっと旅をしてきたからね。ちょっとした事位じゃ気にならない関係なんだ。だけど君は違う。俺と一緒にいて嫌じゃないか? 嫌なら――」
「言いたい事は分かったけど、その先は言わせない。――ほ、本当に嫌だったらこんな場所まで来てないわよ!」
「そか。ありがとう。そしてごめん、頼りにさせてもらう」
野暮は事は言わず、簡潔に礼をするクロス。
クロスは特別な四人に対して除いては決して鈍くない。
正確に理解するとかは流石に無理だが、アナスタシアが自分に多少なりとも好意を持っているという事がわかる位には――。
だからこそ、何も言わなかった。
美女を拒む程クロスの欲望は薄くないのだから。
「まあ……そういうのは関係なしとして流石に私も手を貸すわよ。クロスが記憶を失うとか目覚めが悪すぎるわ」
「そか。良い子なんだなアナスタシアちゃんは」
そう言ってニコニコとし、クロスはアナスタシアの頭を撫でる。
子供扱いに文句を言おうと思ったが、言ったらその手を引っ込められそうだったからアナスタシアは顔を赤くし無言でクロスを睨むだけに留めた。
ありがとうございました。




