魔人(前編)
ランク六相当の街ギザイアだけでなく、ランク六以上の街ほとんどは政治形態も複雑となってきている。
どこかの勢力に肩入れせず街単独で残っている場所はほとんどいなく、多くの街が同勢力の街で連携を取っている。
その勢力内の複数の街を管理する存在が、区長と呼ばれる立場の者である。
更にそこから、複数の区長に命令を飛ばす存在がいる。
事実上の勢力の州長。
その存在は支配者と呼ばれている。
「とは言え、この区長やルーラーと呼称するのは私達州制度の場合であって、他所では違う呼び名となってます。例えば……『領と国王』や『賛同者と代表』の様に。まあ正直に申しますと、大した違いはございませんが」
ディアナは説明の最後、そう締めくくった。
「ふむふむ。つまり……この辺りは無数の国が形成されてるって事だな」
クロスの言葉にディアナは頷いた。
「私達は国と思っておりませんが、そう考えもらっても何も問題はありません。ルーラーと国王と代表。これらに違いはなく、またその下にも違いはありません。ただ掲げるお題目とその呼び名が違う程度ですね」
「ふーん。つまり、俺達を戦争の駒にしようって考えかい?」
クロスは導き出した答えからそう尋ねた。
クロスはあまり賢い方ではない。
それでも、多少の状況は理解出来る。
小国同士が陸続きになっていて、そして説明にその話題が出るという事がどういう事で何を求められているのか位は理解出来る。
ただ、クロスのその推測は間違っているが。
「いいえ。私達は……いえ、我が陣営だけでなく全ての陣営は気軽に戦争をする事が出来ない様になってます。むしろ戦争を避けるという意味では方向性は全陣営一致していると言っても良いでしょう」
「ふむ? どうしてだ?」
「調停者がいるからですよ。この辺りには」
「調停者ってのは?」
「機人――と言えば、クロス様ならご理解いただけるかと」
「……良くは知らんが、まあやばいってのは理解してるつもりだ」
「そうですね。私達の想像の遥か先にいるのでその認識以上は私共も理解出来ませぬので、極めて適切かと。彼らは、私達に対してルールをつけました」
「戦争をするなって?」
「いいえ。『戦争を行う時は開始日時と目的を事前告知しまたその際に発生する避難民やその他被害者への補償を全て行う事』というルールです」
「……なんだそりゃ。それならいっそするなの方が早いのに」
「私にもわかりませんが、彼ら曰く『戦争にもルールが必要』だそうです。なのでまあ、戦争の心配はあまりないんですよ」
「……破った場合は?」
「かつて破ってうやむやにしようとした国がありました」
「ああうん。良くわかったよ」
その強調する言葉から、その末路を察するのは容易かった。
「ただこのルールはあくまで戦争抑止が目的ですので、国同士のいざこざには関係ありません。むしろ奇襲が使えなくなった分弱国程不利なルールと言っても良いかもしれません。その上――」
「すまんがそろそろついていけなくなってきた。結論だけ頼む」
ディアナは少し困った顔をした後、前情報を飛ばし本題に入った。
「正式に国なのは一つだけですが、わかりやすくする為に例えとして国と使わせてもらいます。先程言った国王をトップとした国と代表をトップをした国、周辺二か国の精鋭部隊が我がルーラーの国の中に入り暴れております。その鎮圧が今回の依頼内容ですね」
「……略奪されてるのか?」
「いいえ。ただ暴れているだけ、今の所直接的な被害はありません。森林が焼かれ困窮する民は出ましたがその程度。他国の軍が暴れている割には被害は出てません。その理由さえ不明ですので、出来たらその原因究明もお願いしたいです」
「あんたらは戦わないのか?」
「既に部隊を向かわせております。遅延行動させながら」
「なんだそりゃ」
「……出来る事なら、うちの部隊が交戦する前に事態を解決か、解決出来る程度に弱体化してもらいたいんです」
「……あんたの国は弱いのか?」
「私達はランク六、七で連合を組んでいますので、ランク八相当を含む街を内包する侵略二国に比べ弱いのは事実です。ですがそれが理由ではありません。護る為の戦いに怯える様な臆病者はうちの軍にはおりませんから。そうではなく――可及的すみやかに事態を解決させなければならない理由があるんです」
「その理由ってのは?」
「機人集落が、近くにあるんです。もしここで私達が迎撃を開始し、激しい三つ巴の乱戦状態となり、もしそれを『戦争行為』だと機人が判断すれば……」
そうなれば、彼らが介入してしまえば、全てが終わる。
その紛争地区となる場所に、再起出来ない程度のダメージを負う事となってしまうだろう。
それこそ、戦争した方がマシな位に。
それがわかっていても、救援の為部隊を派遣しない訳にはいかない。
自らの土地を護る意思のない政治になど、何の価値もないからだ。
故に……ディアナは探していた。
旦那である区長の権限範囲内で可能な、機人が介入する余地を残さない騒動の解決方を。
そしてそのか細い糸を手繰り寄せ見出したのが――クロス達だった。
「んー……良くわからん! わからんが……まあ、前向きに判断するつもりだ。つまる所沢山の命を救いたいって依頼みたいだしな」
「ありがとうございます。報酬として用意出来る物は……まずランク六、七の通行資格を。それに加えジェルの方を――」
「金は良い。金よりも名誉が欲しい」
「……名誉……ですか。難しいですね。街長の任命権ならありますがそれ以上は……」
「いや、そういう実務的なのじゃなくって、もっとこう……皆にすげーとか言われる感じの」
「ああ。地位やその類ではなく、本当の意味での名誉なのですね。パレードとかの」
「そうそう。もっと言えばちやほやされたい」
クロスの言葉を聞いて、隣に座る置物区長となっていたラムネイは目を輝かせた。
「え!? 詩を作って良いんですか!?」
ディアナは顔を顰め、困った顔をした後……苦虫を嚙み潰したような険しい顔で、提案してきた。
「それが……報酬になるのでしたら……」
「なるなる。かっけー奴を頼むよ。男らしくて女の子にキャーキャー言われる感じの。んじゃ、ちょっと国を救ってきてやるよ」
そう、クロスはキリっとした決め顔でわざとらしく言葉にした。
ステラは黙ったまま、楽しそうなクロスを微笑ましい目で見つめ続けた。
少しだけ、ほんのわずかにちくりとする胸の痛みを理解しない様にしながら。
そこに、独りの男がいた。
男のその外見を一言で表すならば浮浪者となるだろう。
色褪せボロボロになったローブをマント代わりに羽織る、やせ細った男。
浮浪者以外の表現は見つからない位には、男はあまりにもらし過ぎた。
その上、その瞳に生気はないのだから、亡者、もしくは歩く屍の様でさえある。
事実、男は生きていない。
意思を持ち活動する事を生きると呼ぶならば、意思のない男は生きているとは決して言えない。
男は、ただ死んでいないだけの日々を過ごしていた。
そんな空虚で虚無的な男は、二つの巨大な集団に狙われていた。
それぞれ違う目的で。
一つは、サイエンス的な意味で怪し気な雰囲気の集団。
そんな科学者らしいナリであっても、彼らは王国随一の戦闘力を持つ精鋭集団である。
どちらかと言えば技術者と呼ぶ方が外見的にも行動原理的にも近いが。
彼らは、研究者でありそして探究者だった。
技術の為ならば、多少の犠牲は厭わないとする位には。
「奴だ! 奴が我々の追い求める物だ! 良いか? 絶対生きたまま捕縛しろ! 奴こそがターゲットのオリジンだ!」
白衣を着たこの場に相応しくない男は巨漢の部下達にそう命じる。
男達は歪で分厚い鎧に機械らしさを持った武器を持ち、集団で男に向かって行った。
もう一つの集団は、彼らとは打って変わって正統派の白銀の騎士の集団である。
ただしその雰囲気は正統派どころか、真逆の異質的だが。
旗持の持つ旗は白い布をベースに黄金と白銀を使い、輝かんばかりの『光』を表してた。
気持ち悪い位、清浄で美しい物だけが描かれていた。
まるで、全ての汚い物を取り除いた様な。
旗に集う彼らのその様子は、騎士団と呼ぶより宗教団体と呼ぶ方が近いだろう。
「新しき光の世界の為に、不浄なる古き影を消去せよ」
旗持の男の言葉に、騎士達が呼応する。
「新しき光の為に」
行進中でありながらも一糸乱れぬその声色は、不気味を通り越し邪悪ささえ感じる物だった。
当然だが、その二つの集団は協力体制を取っている訳ではない。
お互い所属陣営もスタンスも違う。
いやそれどころか、彼らは目的さえも異なっているのだから仲良く出来る訳がない。
科学者らしき男が代表の方は浮浪者の男を確保しようと動いており、一方宗教らしき雰囲気の集団は男を消去しようと動いている。
協力どころか目的が正反対であり、しかも目的がそこにいる。
その二つの集団には、殺しあうしか道はなかった。
二つの集団に求められ、奪い合われている賞品となってしまった男は……今にも襲われそうになっているというのにどうでも良さそうに、ただゆっくりと足を引きずり歩いていた。
自分が取り合いになる事も、自分を取り合い誰と誰が殺しあおうと、その結果周りがどうなろうと、どうでも良かった。
この男は、抜け殻であった。
とうに、自分が生きる事さえどうでも良くなっている。
ではどうして死んでいないのか。
それは、死さえもがどうでも良いからだ。
現すなら、男は虚無。
それだけを帯びた、希望なき亡骸である。
彼が――その姿を現すまでは。
男を奪い合うその場に……一組の男女が現れる。
彼らは当たり前の様に男を庇う様に立ち――そして二つの集団に向け剣を抜き敵意を見せた。
「あんたが誰で、何が理由でこんなひでー目にあったかは知らん。だけどなぁ……とりあえず話を聞く前にあんたを守らせてくれ。そんであんたに時間があれば、その後に話をしよう。悪い様にはしないからさ」
男を護る男女の片割れは、男にそんな言葉を投げかけ微笑んだ。
その言葉の所為だろう。
亡者でしかなかった男の瞳に――ほんの僅かだが生気が宿った。
時間を遡る事数時間……。
依頼を受け、依頼者である夫婦が放った先行部隊に先回りをし目的の場所に到着したクロス達が見たのは、たった独りの男を百体を越える部隊二つで奪いあうという意味のわからない物だった。
原因を調査し特定した上で解決せよと言われても……男を奪い合って殺しあってますとしか言えない。
一体何故領土侵入までして、機人とかいうやばいのが傍にいるのにそんな事をしているのか。
その浮浪者の男が一体何者で、何故狙われる事となっているのか、その理由を考える事さえクロスには出来ない。
だが、一つだけ確かな事はあった。
今のクロスに時間の猶予はほとんど残されていないという事である。
馬を潰す勢いで飛ばしてこちら側の軍より先に来て、そしてその軍が到着するより先に事態の鎮静化を図り戦争と機人の介入を回避する。
即ち、二つの部隊を撤退並びに全滅に追い込まなければいけないという事である。
正直に言えば、出来ない事はない。
クロスだけなら、正直無理だが、ここには共にステラがいる。
そしてクロスとステラがいるという事はそのままもう一体戦力が追加されるという事を意味している。
一体で無理であっても、三体であるなら二、三百程度の相手でも負ける訳がなかった。
依頼を考えたら、それが一番だろう。
二部隊に真っ向から殴りかかり、とっとと追い出してしまう。
それが唯一の解決策と言っても良い。
だが……それはクロスの望む未来ではなかった。
依頼としては最善であっても、クロスにとってそれは好ましい明日ではなかった。
「……すまんステラ。あのさ……」
「大丈夫。わかってるよ。クロスの考える事」
「え?」
「あの男の人を助けたいんでしょ?」
言われ、クロスは言葉を失う。
そっくりそのまま、その通りだった。
それは、クロスにとってどうしても許せない事の一つ。
集団が、数や力の暴力によって理不尽を生み、ただ独りを犠牲にする。
それは人間時代、ずっと見てきた、納得出来ない光景。
納得したくないから、ずっとクロスは今日まで藻掻いて来た。
別に誰も失わない未来とか、そんな偽善をクロスはのたまいたい訳ではない。
ただ……犠牲者が出るという未来が『俺が』嫌と言うだけ。
他の誰でもなく、完全に自分の都合。
『納得出来ない未来に反逆する』
それは誰かの為でなく徹頭徹尾自分の為の我儘であり、そして本当に……ただそれだけの理由でしかなかった。
「おっと、何だか面白そうな話してるねぇ旦那方」
背後から声が聞こえ、クロスとステラは剣を抜き敵意を放つ。
背後およそ二メートルの距離。
そんな傍に来るまで、その気配を悟る事さえ出来なかった。
「何者――って、あんたは……」
「やっ。その時以来だなクロス」
まるで友達かの様に、その男ヤハーマーヴィラは話しかけて来た。
ヤハーマーヴィラ、通称ヴィラ。
とある伝説の剣騒動の時に巡り会った男だが……その関係ははっきりいって敵同士である。
クロスはその剣を守る依頼を受け、ヴィラはその剣を奪う為に動いていた。
とは言え、ちょっとした……いやちょっとじゃない大した問題によりヴィラはその剣を狙うのを諦めたが。
「何の用だ?」
警戒を解かず、剣を構えながらクロスは尋ねた。
「ふふ。まああの時の続きさ。ただその前に一つ言わせてもらっても良いかい?」
「好きに言えや」
「じゃあそうさせてもらおう。……あの節はお世話になりました」
ヴィラは深々と、頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ上手く連携して下さりありがとうございます」
そう言って、クロスは深々と頭を下げる。
ステラも慌て、クロスの横でぺこりと頭を下げた。
「という訳ですので、些細な……いや些細じゃないな。まあ俺達にはちょっと口にするのも憚られる色々が御座いましたが……」
「ましたが?」
「とりあえず迷惑をかけた方々に賠償をして廻っているのですよ」
「マメだな」
「悪党未満のアウトローにとっちゃこういう事も必要な事なんだよ。んで俺の担当があんたって訳なんだが……一つ、相談があるんだが聞いてくれるかい?」
「おう」
「俺達が払える物って言えば、金と、魔剣と、労働力位だ。お陰であの村の支払いはかなーり困ってる。なにせあの村金は有り余ってるんだから。このまま行けば名剣の数本持ってかれそうだ。……とは言え迷惑かけた詫びだからケチる事は出来ないが」
「それで?」
「んであんたらへの支払いなんだがな……さっきの話、悪いが聞かせて貰った。随分頭の悪い無茶をするらしいじゃねーか」
「だから何だよ」
「だからさ、それの手伝いをするって事であの日を騒動をチャラにしてくれないかね?」
「は? 一体何をしてくれるんだ?」
「あの皆が憧れる魅惑的な豪華賞品の前まで、俺があんたらの道を切り開いてやるよ」
そう言って、ヴィラは剣を構えた。
あの時とは違う、身の丈程もある巨大な剣を。
「……ふむ。ぶっちゃけ信用出来ないんよなぁ」
「わかる。とは言え、信じてくれとしか言えないからなぁ……」
そう言ってヴィラは困った顔で後頭部を掻いた。
そう口にしているが、実の事を言えばクロスはヴィラという男を九割方信用して良いと思っている。
特にどこかに偏っていない自由なスタンスで、好きな事をして、それでいて自分のルールには誠実に生きる。
そういう冒険者気質とも言える性格を感じているからだ。
もっと分かりやすく言えば、例え敵対していたとしてもクロスはヴィラの事が嫌いになった事はない。
むしろ、仲間意識さえ持てる位には気に入っていた。
信頼出来ないのは残り一割。
もし裏切られた時、犠牲になるのが自分だけでないからこそクロスは慎重に考えて――。
そんな悩むクロスの袖を、ステラはくいっと軽く引っ張る。
クロスは、ステラの方を見た。
「クロス。私の事は気にしなくても良いよ」
「ステラ。……良いのか?」
「うん。クロスが信じられるなら、私も信じるよ」
「ありがと。という訳でヴィラ。あんたを信じた上で任せる。上手く行けば全部チャラだ」
「あんがとよ。とは言え……自分で言うのもアレだが良く信じたなぁ」
「ははははは。なぁに。裏切ったら裏切った時でする事が増えるだけな。なあみーちゃん」
クロスはそんな言葉をヴィラの背後に立ち抜き身の剣を楽しそうに構えるミーティアに声をかける。
ヴィラは、背後を向きぎょっとした顔を見せた。
「あははははは! 面白い顔」
そう言って、ミーティアはヴィラを指差して笑った。
「あんたらは本当に……。まあ良い。契約成立だ。さっそく働かせてもらうさ。時間もあまりなさそうだしな。俺が突入したら五分後位に俺を隠れ蓑にしながら近づきな」
そう言って、ヴィラは馬に乗り二つの部隊の間辺りに突っ込んでいった。
クロスの、乗って来た馬に乗って。
「……あいつ……ナチュラルに馬泥棒しやがった」
「あはは……まあここからはもう馬は危ないし」
そんな慰めの言葉をステラは吐きながら苦笑する
そんな馬泥棒ヴィラの献身により……今クロスはステラと共にその二つの組織から狙われている男を護る為、立っていた。
ありがとうございました。




