我儘メリー
「ふんふふーふー。ふふーふー」
楽し気な鼻歌を奏でながらメリーは姿鏡に映る自分の姿を確認する。
にこやかに微笑む、その顔を。
愛くるしい子供の顔。
可愛らしい女性の顔。
その作り物の表情は――どれだけの言葉を足しても言い表せない程不気味で嫌悪感を覚えた。
上っ面でだけ笑っている、感情なき暗殺者。
表情という薄っぺらいテクスチャが張られただけの、人とは思えない、無機質で邪悪なる存在。
自分の事ながら、悍ましくて仕方がない。
こんな顔をしてしまう様な生きていてはいけない化物なのに……ただ一人の男の前に出るだけで、この無機質さは消え表情に命が宿ってしまう。
自身の事であるからこそ、メリーは正しく、それが奇跡であると認識していた。
人の様に振舞っていた化物を、本当の人に戻す。
それも、自分だけでなく合わせて化物四人を。
何とも、神話的な偉業であろう事か。
人類覇者でありながら人類愛を一切持たない呪われた勇者。
盗賊ギルドという人間の邪悪を煮詰めた世界で生まれ育った憎悪の盗賊。
家族に生贄にされ人間への恨みだけを糧に生きる復讐の魔女。
欲望に塗れた醜き世界で美しい物だけを見せられ矛盾を抱えたまま育った仮初の聖女。
正直に言えば、魔王と比べてる事さえ出来ぬ程彼らは人類にとって害悪であった。
歯車一つ狂えば彼ら四人は殺し合いを始め、そしてその余波で人間は絶滅したであろう程。
その位、彼らはこの世界にとって異物であった。
そんな破滅の未来を止めたのは、天才でも英雄でもない、クロスというただの人間だった。
いや、止めたどころではない。
化物を人に戻し、そして真っ当な役割をこなす様導いた。
偽りの勇者達を、本物に作り直したのだ。
間違いなく、人類の救世主はクロスである。
そんなクロスだからこそ……
クロードは全てを捧げたいと願った。
メディールはただの女として恋をした。
ソフィアは己の歪みさえ受け入れてくれると信じられた。
そしてメリーは……。
姿鏡に映った自分の顔は、酷く邪悪な笑みを浮かべていた。
それは、欲しい物をねつらう獣の眼光。
私利私欲の為に生き欲しい物を我慢出来ないという欲望の眼差し。
ニヤニヤという言葉が良く似合う、どこか如何わしささえ感じる程。
その瞳には確かな熱が籠っていて、邪悪ではあっても決して無機質さも異形さも感じない。
それは、恋する乙女の目としてはあまりにも酷い有様だが、盗賊らしいと言えば盗賊らしい……そんな瞳だった。
「さて、そろそろ行くかにゃー」
そう言って、姿鏡の前でくるっとUターンし、メリーは部屋を出る。
捧げたい? 恋をしたい? 受け入れてくれる?
メリーはそんな彼らの願望を鼻で笑う。
メリーの願望はもっとシンプルで、そしてもっと直情的。
メリーは、ただクロスを欲していた。
あらゆる意味で。
自分の物にして、抱きしめて、大切にしたい。
その全てあますところなく奪い尽くしたい。
それがメリーの願望……と、自分では恰好つけてそう思っているが、メリーの本性はそんなさっぱりとした強盗の様な物ではなく、彼らと同じくどこか歪んでしまっている。
性別さえどうでも良くなる程一身に愛した勇者。
恋し過ぎて拗らせ過ぎて面倒極まりなくなった激重彼女面魔女。
聖女というより性女だろと突っ込まれる変態聖女。
そんな彼らと同じく、歪でかつどこか面白おかしく歪んでいる。
クロスを甘やかしたい。
それがメリーの偽る事の出来ない性欲、己の中にある最大の欲望。
つまるところ、ママになりたい……いや、ママと呼ばれたいのだ。
それは慈しみとかそういう生易しくも微笑ましい物なんかではなく、バブみとかママみとかそう言った厭らしい系まっしぐらの方面である。
メリー自身はそうだと思っていないが、メリーもまたソフィアと同じく汚れ側である。
純真なステラとメディール、不純なメリーとソフィア。
非常に歪で狂った形だが、彼らは変にバランスがとれていた。
わざわざメリーが今日の為に用意した服装。
クロスに見せる為に用意した物――それは、メイド服だった。
しかも、以前メイド狂から報酬で貰ったエリー、ステラの物と同系列の物である。
最初、メリーは自分でメイド服を作ろうと思っていた。
メリーはクロスの様に努力や修練で器用さを身に着けた訳ではない。
それはただの才能、所謂生まれつきである。
出来ない事は魔法関連を除けばほとんどなく、特に技術による物だったら一子相伝とか秘伝とかそういう類でも一目で見てささっとコピー出来る。
当然、裁縫もだ。
だからメリーはステラ、エリーのメイド服を見てコピーしようとした。
だけど、出来なかった。
何度挑戦しても、上手く行かなかった。
メリーは万能の天才である。
出来ない事を探す方が難しい。
そのメリーでさえ真似する事が難しい程、そのメイド服のデザインセンス、裁縫技量は高かった。
メリーはその理由さえ理解出来ない。
どうして自分がコピー出来なかったのかどれだけ考えても答えを出せない。
その根本原因が愛であると、クロス以外への愛を持たないメリーには気づく事さえ不可能だった。
それでも、メリーはメイド服を着たかった。
ステラ、エリーが羨ましかった。
クロスにメイド服でちょっとからかって関心を買いたかった。
ご奉仕と称してちょっと良い雰囲気になってみたかった。
そんな下心百パーセント欲望一直線の感情のまま行動を起こし、メリーはメイド狂の家に向かい交渉を開始する。
ちょっと媚びればいけるなんて容易い交渉と思っていたのだが……意外と大変だった。
何故かわからないがディートはメリーにメイド服を用意しようとしなかった。
どれだけ媚びても、どれだけ金を積んでも。
その頑なな態度が軟化したのは、交渉が始まり三時間程経過した時の事。
『どうしてその様な頑ななメイドらしからぬ態度をするのだ。せっかくの邪悪系ロリの持ち味が死んでいるではないか』
『意味がわかりません。一体どうしたら交渉に応じて貰えるのか、具体的に説明をお願いします』
『私をご主人様と敬うか蔑むかしたら良いと最初から言っているであろう!』
そうディートは言ってるが、どう敬っても蔑んでもディートは納得しなかった。
この会話ですらもう何度目かわからない。
メリーはイライラとしながら、若干切れ気味に答えた。
『私のご主人様は貴方ではありません。主にするとしたらあの人以外にはいませんので』
その、たった一言。
それだけで、ディートの態度は軟化した。
いや、軟化したというか……純粋に気持ち悪くなった。
『なるほど、そう言う事か。うむうむ。メイド的理解が出来た。どうやら君も君の主も拘りのある同好の士だったらしい。君のご主人様である同士にもよろしくと伝えておいてくれたまえ。今度共にメイドを連れメイド会を開こうと』
別れ際の気持ち悪い発現に『前向きに検討したいと考えようかと存じます』とだけメリーは答えた。
まあそんな訳で、若干というか死ぬ程気持ち悪かったが完璧なメイド服を手にし、メリーは暇を持て余しているクロスの元に尋ねる事にした。
からかい四割、愛情四割、一割の嫉妬と、一割の所持欲で。
ノックの音が響いたと思いきや唐突に開かれる扉。
返事の有無など待つ訳がないと言わんばかりの強引さを見せながら、メイドメリーは部屋に押し入った。
「いらっしゃいませご主人様! さあご奉仕されるが良い!」
そんなメリーの様子を見て、クロスはメリーがじゃれ合いに来たと状況を一瞬で理解する。
悪ふざけするメリーに悪乗りするクロスというのは、二人の間では一種のお約束であった。
「なに! 俺のメイドだと」
一瞬『俺の』発言に背筋がゾクっとなったメリー。
だが表情には何とか出さずに済んだ。
「貴方のメイドですとも! さあ願いを言うのだ。三つまで叶えてやろう」
「いやそれっぽいけどさ、それ、何かメイドと違うくね? むしろランプとかから出て来るそういう類じゃね?」
「まあまあ、良いから願いを言うのだ」
「じゃあ、願いを増やして」
「良いだろう。願いを百個言うが良い」
「通るのかよ」
そう言いながらクロスはゲラゲラ笑った。
「それでクロスー願いとかないのー?」
「んーそうだなぁ。じゃあちょいと煽情的なポーズを取るとか――」
当然冗談だったのだが、メリーはクロスが冗談だという言葉を言う前に、動いた。
すっと女の子座りをして足を見せ、上着はだけさせへそを見せ……「こう?」なんて上目遣いのまま服を捲し上げようとして――。
「ごめんなさい冗談です勘弁してください」
クロスは顔を背け酷く本気でそう懇願した。
「えー。何でも願い聞くのにー」
「勘弁してくれ。罪悪感で死にそうになる」
「ヘタレ―」
そう言って、ニヤニヤした目でメリーはクロスを見つめた。
どう、メリーにとってはどっちでも良かったのだ。
クロスがその気になっても、今みたいに恥ずかしがっても。
自分を意識してくれて、自分を大切に想ってくれている。
それがわかるだけで、メリーは自分を人間だと思える様になれるから。
「んでクロス。真面目に良い?」
身なりを整え、立ち上がりメリーはそう尋ねた。
「おう」
「暇。構えー」
「直球だな」
「遠慮とか私達の間にいる?」
「いらんな。メリーいつも忙しそうだけど大丈夫なのか?」
「今日は暇。んでクロス達も明日は依頼受けに行くけど今日は暇。でもステラは念の為休養でエリーは付き添い。メディとソフィアは帰った。つまり私は暇。オーケー?」
「オーケー。どうする?」
「何でも良いよ? メイドごっこの続きする?」
「その時は俺も女装してメイドになるぞ」
「……ごめん。それは勘弁して」
「やっぱり女装は気持ち悪い系?」
「いや、クロスの恰好なら何でも楽しめる自信あるけどさ、そういうのじゃなくて……比べられて負けるのは流石にちょっと悲しい」
「別に負けてないと思うけどねー。メリー可愛いしよく似合ってるよ」
「えへへーありがとクロス」
そう言って、メリーはくるりとターンしてクロスに微笑みかける。
あざとい位だが、幼い容姿の為か非常に良く似合っていた。
「……あー。メリー。暇ならちょっとさ……一つ、本当に真面目な話して良いか?」
クロスの様子が変わるのを見て、メリーは真顔に戻り頷いた。
「良いよ。私にどうして欲しい?」
「まだ動くとかそういう段階じゃないんだけど……ちょいと相談相手になってくれ。もしかして見落としがあるかもしれんし」
そう言葉にした後、クロスはメリーにアンジェの事を伝えた。
以前会ったボーイッシュで可愛らしい女性に再会し、喫茶店で一緒にだべった。
ちょっと軽い話方だがそれが愛嬌になる位で、話していて非常に楽しい。
そんな、ガールフレンド。
そうであるとは思っているし、彼女が悪質な何かであるとも思っていない。
だが、彼女はこちらの事を知っていた。
話していないはずのステラやメリー達の事を。
どこまで知っているかはわからない。
もしかしたらただの勘違いかもしれない。
だが、何かこちらに関わる事情をアンジェは持っている可能性が高い。
それは確信と呼ぶには弱い内容だが、疑惑と呼ぶに十分過ぎる物だった。
「……なるほどねぇ。それでクロスはどうして欲しい? 消す?」
メリーの言葉は決して冗談ではない。
メリーがそうしようと思って殺せない相手はこの世界にそう多くない。
それが難しいのはアウラの様な暗殺対策に徹底している相手やメルクリウスの様な頂上的な相手位だろう。
だからこそ、その手段は後腐れなく非常にシンプルな解決方法となっていた。
「いや、それは悲しいし消す必要がある相手にも見えない。かと言って脅されている様にも見えないんだよなぁ。だからちょっと調べて欲しいんだ。難しいかもしれないけど、プライバシーとか避けながら遠回しに」
「悠長だなぁ。とは言え、それがオーダーなら良いよ。……私としても、ちょっと思い当たるフシあるし」
「思い当たるフシ?」
「うん。いや、確証がある訳じゃないんだけどさ、なんとなーく特徴的なヒントというか……もしかしたらこう……彼女自身を調べなくても彼女が何者か位の答えなら見つかるかもというか……」
「まあ、調べ方は任せる。焦ってもいないし急がなくても良い。状況が変わったら連絡するしそうでないなら現状維持で。まあ仕事の合間位に頼むよ」
「あいあい。それで、報酬はいかほど頂けるので?」
そう言って、メリーはニコニコしながら指で円を作った。
「ありゃ。珍しいね。メリーがそういうなんて。いや無償で頼もうって言う訳じゃなくて、金に困ってるってのが」
「いや、ぶっちゃけお金は困ってないよ。報酬もがっぽりだし私ある物は最大限使うタイプだし、何より私は魔王様直属の部下だからねー。たださ、こう……クロスからのご褒美が欲しいなーって思っちゃったりするのよねー」
「ふむ……何が欲しい? 出来る事ならするけど……」
その心が欲しい。
そんな気持ちを抑え、メリーは考える。
どうしたら、もっと自分を意識してもらえるか。
どうすれば、もっとクロスと仲良くなれるか。
それは何度も考え何度も失敗してきた事。
かつての仲間達でお互いに妨害しあいぐだぐだしてきた事。
ただ、それはそれで嫌いではなかった。
むかつくし殺したいと思うけれど、クロスを中心にしたごたごたは、人間らしくて少しだけ楽しささえ覚える位だった。
そんなかつての失敗を振り返りながら……また妨害されたらその時考えようと思い、メリーは勇者パーティーであった時と同じお願いをクロスに投げた。
「んじゃ、デートで」
「デートか。……難しいな。どこに行きたい感じ?」
「どこでも。それも含めてお願いと言う事で」
「なるほど。難易度が上がってしまった……。とは言えたまには俺達だけで遊ぶのもアリか。オーケー何か考えとこう。つまんない場所だったらすまんな」
「クロスとならどこでも楽しいよ。つまんない時は二人でヤジ飛ばしたりぶーたれながらぐだぐだすれば良いんだから」
「ははっ。確かにそれも楽しそうだ」
「そうそう。じゃ、そういう事で」
「ああ、そういう事で」
そう言ってクロスとメリーは微笑み合った。
真面目な話も終わり、メリーがメイドごっこでじゃれ、もう少しで膝枕出来そうというタイミング。
そのタイミングで、ノックの音が響く。
メリーはその邪魔者に、殺意を覚えた。
せめてあと五分遅れて来いなんて事を考えながら
「はいはーい」
そう言ってクロスは戸を開けようとする。
メリーは一体誰だよと思いドア先の気配を探り……ドアの向こう側で、ありえない緊急事態が起きている事に気がついた。
クロスは扉を開けて――その先を見る。
その先にはメリーとステラ達がいた。
「……ん?」
クロスは首を傾げ、目をこすり……そして、それが現実である事に気づき目を丸くした。
扉の向こうにいたのは、三体。
いつものエリー。
いつものステラ。
メイド服のステラ。
その、三体である。
「……あー、そのですねクロスさん。ちょっと困った事が起きまして……」
ステラに囲まれるエリーは困惑しながら、ぽつぽつと呟いた。
「うん。見てわかる」
クロスはステラを見比べ、そう呟した。
ありがとうございました。




