近所で有名な()がいる屋敷
クロス、ステラ、エリーの衣装チェックも終わり、さっそく仕事場に移動するのだが……まあそれはそれは目立った。
そりゃあそうだ。
大の男がメイド服で街中を堂々と歩くのだから目立たない訳がない。
そんな阿呆な事をした理由は、『メイド服着用の上で屋敷に入れ』という依頼文があったからなのだが……後になって考えれば、屋敷の近くでさっと着替えれば良かっただけである。
まあ、そんな当たり前な事を忘れる程度には、クロスも混乱していた。
とは言え……何故かわからないが思った程悪目立ちしなかった。
どうやらこのロゲートの住民は服装なり変なのなりに恐ろしく懐が広いらしい。
または、変質者が頻発して慣れているか。
後者出ない事を小さく祈り、クロスは目的の場所に移動する。
街はずれにある大きな屋敷。
まるで貴族の様なそこが、依頼主のいる所だった。
依頼者はクロスという同性から見ても腹立たしい程のハンサム顔だった。
黒髪オールバックがびしっと似合う、いかにも出来るという風貌の男。
イケメンである事は当たり前。
どんな事でも当然の様にそつなくこなし、金も湯水の如く余ってる。
そういう、成金ではない金持ち、色々な意味で出来る男というオーラを放っていた。
とは言え、クロスがこれまで見て来た男の中では精々三番目位の美形だが。
一番はクロード。
美形の多い魔物世界を合わせても、あれより綺麗な顔を見た事がなかった。
なにせ同性でさえ魅了しそうになるのだから。
二番目はヴァレリア・ガーデン。
ピュアブラッドであり元魔王。
世界中の女性が虜になると言われても納得出来る位の美形だった。
そして三番目が、気に食わないがこの依頼者。
今の自分の顔もそこそこ以上にレベルが高いと思うが、正直こいつには勝てない。
だからクロスは若干腹が立っていた。
「ふむ……なるほど」
その男は、エリーの姿を一瞥するとそう呟き、納得したように頷いた。
「どうかしましたか? 着方に間違いがありましたか?」
「いいや何でもないとも。所で……一つ、尋ねても良いだろうか?」
「はい。何でしょうか?」
「幾ら払えばセクハラは許可されるかね?」
「……は?」
「ああ。安心したまえ。君自体には一切興味がないしこれは依頼にも一切関係がない。これは純粋な、ただの私の趣味だ」
「ちなみに断ったらどうなりますか?」
「私ががっかりする」
「ではお断りです。まあどっちにしてもお断りですが」
にこやかに、エリーがそう答えると男は肩をすぼめた。
「そして君は……」
今度はステラの方を見つめると……再度、納得したように頷いた。
「うむ。君にはそちらの女性をお姉ちゃんと呼ぶ様にお願いしようか。幾ら払えな隣の婦女をお姉ちゃんと呼んで貰えるかね?」
「……エリーを?」
「そういう名なのか。うむ。エリー女史をこの屋敷内にいる間にそう呼んで貰いたい」
「……私にセクハラは良いの? 断るけどさ」
「何を言うか!」
男は声を荒げた。
「君は妹系メイド。であるならば未成熟! ならばそんな事許される選択肢などある訳がないだろう! きちんと成熟したメイドがお金の為にしょうがなく受け入れるか嫌々受けれる! それ以外は解釈違いだよ!」
「……何を言ってるのか意味がわからないしわかりたくない。ちなみに私、一応成熟してるけど?」
正確には成熟しているという事になっているだけだが。
「君の中身がどうであろうと、そこは正直どうでも良い。今現在妹系メイドとなっているのならそれが全て。君は妹系メイドとしてその様に行動しなければならない。それがこの屋敷でのメイドルールだ」
「メイドルール……」
「そう。ちなみにエリー女史は私の事を若干うざがっているけど払いが良いから我慢している系メイドだ。その様に行動してもらいたい」
「はぁ。……もしかして、それが依頼に……」
「そう思っても構わない。だからエリー女史には通常のメイド業務を頼む予定であるし、そちらの妹系メイドは特別仕事を与えないからエリー女性の手伝いをしてもらいたい」
「……え? 私仕事ないの?」
ステラの言葉に男は頷いた。
「当然だとも。未成熟で姉の真似をしたいから背伸びしてメイド服を着ている系妹キャラだからね今の君は」
「どうしよう。言葉は通じてるはずなのに何を言ってるかさっぱりわからない。私言葉間違えてないよね? 会話出来てるよね?」
学んだはずの魔物言語そのものが不安になりステラはおろおろとしながらエリーに尋ねる。
エリーは同情し苦笑しながらステラの頭を優しく撫でた。
男はその様子を見て、微笑み頷いた。
「うむ。そういう行動をする度に私は君達の報酬に色を付けていくつもりだ。存分に姉妹らしくしてくれたまえ。そして最後だが……」
そう言って、男は最後の問題であるクロスの方に目を向け……そして……一言呟いた。
「君の頭は大丈夫かね?」
「てめぇにいわれたかねーわ」
今までの会話を聞いて、一切遠慮がいらない事を理解したクロスは端的に、そう言葉を返す。
依頼者とかお偉いさんとかそういう気遣いはさっきまでの会話ですべてどこかに消え去っていた。
男はそんなジト目のクロスを見て……盛大に溜息を吐いた。
「君は本当にわかってない。一体……どうしてそんな恰好をしているのかね?」
「てめぇが送り付けたからだよご主人様」
「今の君にそう言われるとサブイボが立つね。その恰好で次呼ばれたら報酬を削ろうと思う位に」
「ああそうかい」
「それで、どうしてそんな恰好を?」
「だから、てめぇが送り付けて来たんだろうが!」
「何を言っている。メイド服に問題などある訳がないだろう。完璧なサイズであるだろう?」
「ああそうだな。問題なのはてめぇの脳味噌の方だったな」
「ふむ。まあ凡夫に理解出来ぬとは思っているよ。だがそうじゃない。私が言いたい事は、重要な事はそんな事じゃあない」
男は、びしっとクロスに指を差し――声を張り上げた。
「どうして、君は女装をしていないのかね!?」
「――は?」
「考えても見給え。メイド服は男が着る物ではない。つまりどういう事か。……そう、答えは一つ。――女装だ。なのに君と来たら男の恰好そのままで来るとは……やれやれ。いささか失望したよ」
「……すげぇわお前。まじで頭の中かっぴらいて見てみてぇ」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「褒めてねぇよ」
「そうかね。……それで、それが君の全力なのかね?」
「……何?」
「依頼を受けた冒険者として、それが今の君の精一杯なのかと問うているのだよ!? それが全力であるのなら私も妥協しよう。この屋敷で君はそのまま活動するが良い。だが……もし全力でないとすれば、君は一体何をしているのかね? 冒険者として、それが君のあるべき姿なのかね?」
クロスは急に無言になり、男は更に畳みかけた。
「君の誇りがその妥協を許すのかね!? それが精いっぱいだと、そのメイド服に誓えるかね!?」
クロスは、ゆっくりと息を吐く――。
「……化粧道具と化粧出来る場所を案内しな」
その目には、炎が宿っていた。
「……ほぅ。その顔は……その気になったと思っても?」
「さてな。だけどさ……冒険者として、そこまで言われたら引ける訳がないだろうが」
「ああ! それでこそ見込んだ通りだ冒険者よ! 右隣の部屋に行くと良い。君が必要とする物は既に全て準備はしてある」
「へっ。準備済かよ気持ち悪い」
「これもメイドへの愛だよ。君こそ……次見る時は期待しても良いのだろうね?」
クロスは挑発的な笑みを浮かべた後、そのまま部屋を出ていった。
「……冒険者と、女装って関係あるの?」
ステラはエリーにそう尋ねる。
エリーは眉を顰めながら、ふるふると首を横に振った。
「ある訳ないしょう。……ところで、クロスさんって女装とか大丈夫なんですか?」
「それはエリーも知ってるでしょ?」
「へ? それ、どういう事です?」
「……まあ見ていればわかると思うよ」
そう言って、ステラは何とも言えない困った顔を浮かべる。
その間も、男は姉妹メイドの語らいを楽しみながら、クロスが戻って来るのを待った。
「失礼します」
そう、女性声を出し、クロスはそっとお淑やかに部屋に戻って来る。
髪型を変えて角を隠し、メイクで顔の模様を消して。
そしてその立ち振る舞いは非常に丁寧な上非常に上品でメイドと呼ぶよりも令嬢と呼ぶ方が近い。
それはもはや、女装と言うより変装と呼ぶ方が近い位だった。
それもそのはず、変装もまた盗賊ギルド秘蔵の技術をメリー直々に教わっているのだから。
まさかメリーも潜入用の変装をメイド服を着る為の女性に使うなんて思ってなかっただろうが。
その完璧なる女装姿を見て、エリーはある事に気がつく。
「……ああ。そう言う事ですか」
ステラがどうしてエリーが知っていると告げたか、その真意をエリーは理解する。
その雰囲気は、どことなくエリーの知る『今は亡きお姉様』にそっくりだったからだ。
今回はアレンジをかけたから完全に別人だが、おそらくただ全力で女装をしたらもっとそっくりだっただろう。
「……想像以上だ。……完璧だな」
「ありがとうございます」
声まで女声で、丁寧に頭を下げるクロス。
それを見て男は満足そうだった。
「……ふむ。お嬢様系メイド女装っ子か。……素晴らしいな。ところで、幾ら払えば尻を撫でさせて貰えるかね?」
「死んで下さりますか?」
「ふむ。なるほど……。……良し、これからは罵倒されるたびに報酬に色を付けようか」
「変態過ぎて無敵ですね」
男は無言で評価欄に加点を始めた。
「それで、私達は何をしたら良いんですか?」
このままだといつまでもぐだぐだしそうな空気を感じエリーはそう言葉を挟んだ。
「うむ。私は君達をどこか遠くからそっと眺めたいから普通に仕事をしてくれたまえ。ただし、適当にではなくちゃんと本気で」
「当然です。依頼されたからには冒険者として……」
「違う! 違うともエリー女史。冒険者としてではなく、メイドとして本気でだ。エリー女史はお金でしょうがなく感を出しながらも出来るだけ丁寧に完璧な仕事を。妹系メイドの君はエリー女史の手伝いを。君は失敗しても構わない。むしろ失敗して半泣きになって慰められて欲しい」
ステラは無視をした。
「では、私は?」
「君もエリー女史と同じ様に仕事を頼む。その立ち振る舞いでいてくれるだけで絶頂物だからね」
「気持ち悪いです」
「ありがとう。加点しておく。内容に関してはテーブルの上にあるからその中で出来そうな物を頼むよ」
「了解しました。所で今更なのですが……」
「うむ。何かね?」
「何とお呼びすれば?」
「それはもちろんご主人様と――」
「そうじゃねぇてめぇの名前何だって聞いてるんだよ」
「男声に戻るのは止めて貰えるかね?」
「まあ、そういう妄想をしていたら――」
「女装っ子のふとした男声なんて――萌えるだろう」
「……あんたすげぇよ」
無敵過ぎてついクロスも無表情になっていた。
「そしてそう言えば名前を名乗っていなかったね。いや、そもそも私達は自己紹介もしていない。それは良くない。メイド契約をするのだからそれはとても良くないね」
「はあ。あ、俺クロスね」
「私ステラ」
「そして私がエリーです」
「うむ。ステラ女史にエリー女史。そしてクロスきゅんだね」
「止めろ」
「……クロスちゃん?」
「呼び捨てで良い」
「……しょうがない。ここはメイド服に免じ譲ろう。ではクロスと。そして今日一日限定だが君達の雇い主となる私は――ディートだ。まあご主人様呼びが好ましいが、無理なら好きに読んでくれた前」
「じゃあメイド狂い」
クロスの言葉にディートは溜息を吐いた。
「ただの事実ではないか。もうひとひねり欲しい物だ」
「じゃあ変態で」
ステラの言葉を聞き、ディートはそっと加点表にプラス加点を書き込んだ。
ステラはディートをガン無視し外の風景をぼーっと眺めていた。
ありがとうございました。




