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まんざらでもない魔物生活1


「あの……そういう訳でしたら賠償の話に移らせて頂いても宜しいでしょうか?」

 アウラが出来る限り低姿勢でそう申し出るとクロスは頷いた。

「うん。それは良いけど……そろそろ土下座させるのは止めて貰って良い? 見てて落ち着かないんだけど……」

 非常に言い辛そうにクロスはそう言葉にする。

 未だ気持ちが人間であるクロスにとっては当然だが、百近い魔物が傍にいるだけで緊張する。

 しかもその全員の実力が同格、またはそれ以上なのだ。

 怖くない訳がなかった。

 アウラに対しては怖さは全く感じないが……魔王なのだから弱い訳がないだろう。


「わかりました。では皆さん。通常業務に戻って下さい。今回の土下座手当は後で出しておきますから参加名簿に名前書き忘れた人は後からでも書いておいて下さいねー」

 アウラの言葉にぞろぞろと魔物達は日常に戻っていく。

 骸骨、オーク、スライム、ガーゴイル、リッチ。

 今までにも見てきた魔物達だが、その動きはクロスの知る物とは遠く、皆まるで仕事帰りのお父さんの様だった。

「……魔物って……こんなんなんだ」

 もっと殺伐として、それでいて邪悪な物だと思っていたクロスは少しだけ驚いた。


「お待たせしました。では賠償についてなのですが……」

「その前に聞きたい事あるんだけど良いかな? ああ、後の方が良い?」

「いえ。私も賢者様……ではなくクロス様の事は何も知りません。相互理解の為にもどうぞご質問を」

 そう言葉にするアウラ。

 それを見て、クロスはアウラが非常に真面目な人間――魔王なのだと思った。

 善人か悪人なのかはわからない。

 現状で言えば縋る相手という意味でも好意的な行動という意味でも善人であると思いたいしそう思っている。

 だが、決してそうとは限らない。

 それでも……真面目な事だけは確かな様だ。


「とりあえずはだ……俺の現状を知りたい」

「はい。クロス様は先代魔王の呪いにより魂を簒奪され、その――」

「ああ。そこじゃなくて。俺は今どんな種族になってどんな事が出来るのかという事を教えて欲しいんだ」

「……はい?」

「魔物って一言で言うけど色々といるだろ? 例えばスライムなら剣を溶かす。ガーゴイルなら骨だけで構成されている。そんな特徴。俺は? なあなあ。俺はどんな魔物でどんな事が出来るんだ? 魔法とか使えるのか?」

 そんなわくわくするクロスを見てアウラは微笑んだ。

「……やはり貴方様は賢者様ですよ。見るべき物を見ている偉大なるお方。我らが魔族の愛しい怨敵」

 少しだけ……本当に少しだけだが、女性から愛しいなんて言われた事のないクロスは嬉しくて、そしてそれ以上に恥ずかしかった。


「からかうのは止めてくれ。んで、俺はどんな種族なんだ?」

「はい。『ネクロニア』という種族でして分類でいえば鬼種に当たります。アンデッドと鬼を混ぜた辺りがイメージしやすいかもしれません」

「ほうほう……。という事は俺は死人になるのか? いや実際死んでるから当たってるとは思うが」

「いいえ。アンデッドと言っても死人と繋がるという訳ではありません。アンデッドとは生ける屍以外にも魔力が原因の不死者という意味もありますから。そして見る限りですが鬼の要素が少なく、魔力を用いたアンデッドの要素の方が強く見られますから魔法は……たぶん使えるかと」

「……まじかー。……まじかー」

 自分の手を見て、ぐっと握り感覚を確かめる。

 自分が魔法を使えると、かつての仲間みたいな事が出来ると聞いてクロスのテンションは非常に高まり我慢出来ずににやついていた。

 その様子は少々以上に気持ち悪いものなのだが……アウラは気にもせず嬉しそうに微笑んだ。

 この状況で笑える事の偉大さを、凄さをアウラは知っているからだ。

 少なくとも……自分が同じ状況ならとうに発狂しているだろう。

 だからこそ、アウラはクロスを賢者だと認知していた。


「それでさ、も一つ大切な質問なんだが良いかな?」

「はい。何なりと」

 少しだけ気が楽になったアウラは微笑み頷いた。

「種族名が苗字……ってのは変か?」

「……えっと……順序立てて説明して頂けると嬉しいのですが」

 遠慮しがちにアウラは苦笑いを浮かべ、理解出来る様話せと頼んだ。

「あ。すまん。えっとな、俺は蘇生したんじゃなくて、生まれ変わったんだろ?」

「はい。肉体を捨て、魂を改変し、まぎれもなく転生、生まれ変わりと呼んで良いでしょう」

「だったら前の苗字を名乗るのは変だろ? 特に……人間の頃で父と母から授かった名前だ。魔物が名乗って良いものじゃない」

「あ……。すいません。配慮が足りずに……」

 そう言葉にしてからアウラは深く頭を下げた。

「あいや、俺としちゃ魔物になった事は正直あんま気にしてないぞ。こうしてまともに会話出来るんだから問題ないし生まれた事を否定する気もない。人間を襲わないといけない訳でもなさそうだしな。ただ……」

 申し訳なさそうに言うクロスにアウラは首を横に振った。

「いえ。その発言は尤もです。そしておっしゃりたい事も理解しました。結論で言いますと『種族名を苗字とする方も多くいますが、一点だけ大切な注意点があります』」

「ふむふむ。その一点とは?」

「婚姻する場合必ず苗字は種族名でない方の物を継いでください。どちらも種族名なら新しく作って下さい。単純にややこしいので」

「あー……。そりゃそうだ。同じ苗字の人間が増え続けるって事だもんな」

「ご理解いただけて何よりです。とは言え、魔物の生態的な問題でそういう事も多々ありますので種族名が苗字の方も多いです。スライムなんか地面から湧く事もありますので。ですのでご安心下さい」

「……つー事はだ、種族名を名乗っているという事は独身である。という事でもあるのか」

「そうですね。そうみても問題ありません。あ、もちろん私の権限を以て貴方の苗字は好きな物を選んでいただいても構いませんよ?」

「いや。ネクロニアで良い。だってなんかかっこ良いだろ?」

 正直言えばアウラにはその感性がわからない。

 それでもクロスが嬉しそうだったからそれで良しとする事にした。

「では、クロス・ネクロニア様。諸事情により申し訳ありませんが、これより我らの同胞として迎え入れさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 クロスはぺこりと頭を下げた。


「……思ったよりも話が長くなってしまいました。賠償の話は明日みょうにちにして先に身支度等生活基盤を整える事を優先しましょうか。今部下を呼んで部屋に案内させますので」

 そう言葉にしてからぺこりと頭を下げ、ぱたぱたと足音を立ててアウラは去っていった。

「……あー。小さく見えても魔王様だもんな。忙しいよなー。……悪い事しちゃったかなー」

 そう言葉にしてからクロスは自分の後頭部を掻き、ついでに自分の小さな角を触ってみた。

 その角は思ったよりも冷たかった。




 これ以上一緒にいたら我慢出来なかった。

 アウラは債務室にこもり、両拳を乱暴に机に叩きつける。

 それと同時に机に水滴が散り、更に水滴は机に落ち続けた。

 その水は他のどこからでもなく、自分の眼から出ていた。


 同情、哀れみ、憐憫。

 そのどれもがクロスの現状を表すのにまだ足りていない。

 それがアウラがクロスの事を調べた上での感想だった。

 許されるなら泣き喚き、抱きしめてあげたい。

 赤の他人だが、それ位はしてあげても良いじゃないか。

 だが、それは許されなかった。

 加害者という身分だけでも罪が重いのに、クロス自身が泣いていないからだ。

 クロス自身が自分の人生を憐れんでいないからだ。

 それなのに泣いてしまえば彼自身を否定する事になる。

 それでも、アウラは涙を止める事が出来ず、また止める術を忘れてしまっていた。


「ひどすぎるよ……」

 自分でそう呟き、そして自分で憐れんで泣く。

 そんなどうしようもなく無駄な時間とわかっていても……どうしようもなかった。


 先代魔王と親しい訳ではない。

 血がつながっている訳でもなく、むしろ政敵と呼んだ方が良い間柄。

 先代魔王が倒れた事を利用し自分が魔王に即位した程度には、アウラは先代に対しての情はなかった。

 それでも、その先代魔王の罪は引き継ぐべきであるとは考えていた。

 それが歴代の魔王としての決まり事、宿命、使命だからだ。


 ある日、先代が賢者と呼ばれた勇者の仲間に呪いをかけた事を知った。

 この時点でアウラは賢者、クロスに強い同情を覚えていた。

 勇者を庇い、自ら魔物となる運命を背負う。

 逆の立場なら……もし人間に生まれ変わるなんて事になればアウラは迷わず自死を選ぶだろう。

 それ位の事である。


 だからどうしようか悩んだ。

 勇者の仲間であり、勇者達の中で最も高潔な男。

 地位や名誉、物欲ではなく誇りと友情の為に魔王を討伐した賢者。

 そんな人間が魔物になる事に対し、どうしたら良いのかを。


 まず、考えたのが殺す事だった。

 有無を言わさず、事態を理解する前に殺す。

 それが魔王として最も正しい事であるはずだ。

 利用出来る可能性の少ない人間はそれが一番手っ取り早い。


 次いで考えたのが、先代と同じく利用する方法。

 戦闘力こそ乏しいが、賢者と呼ばれた男である。

 味方に出来たら頼もしいに違いない。



 そのどちらかにしようと考えた。

 それこそが魔物を統治し、護る魔王の使命だと考えていた。


 だが自分一人では決め切れず、アウラは未来視の魔女に頼み、どの選択が正しいのかを問うた。

 魔女の答えは一言だった。

『彼を調べればおのずと答えは見つかるでしょう』

 言われた通り、アウラはクロス・ヴィッシュという男を調べた。


 魔王を倒すまでは人々に馬鹿にされ続け、魔王を倒しても誰もその名前を憶えていなかった。

『四人の勇者パーティー』

 それが人間達の間での常識だった。

 

 魔王を倒した後は、討伐の褒美は全て貴族が横からかっさらい、それどころか山奥に閉じ込められ二度と下界に降りられない様隔離された。


 そして数十年孤独の孤独を味わい、最後は独りで死んでいった。


 知りたくなかった。

 人間が醜いのは知っていたが……それでもこれはあんまりだった。


 魔王を倒した者の一人は勇者を庇い、孤独の中死に絶え、そして今度は敵である魔物と成り果てる。

 もはや哀れという言葉すら足りない。

 そしてその実行者は先代魔王、つまり自分達(魔王)である。


 アウラは初めて自分が魔王となった事を呪った。


 それでも……慣れたはずだった。

 彼が来る前までにしっかりと泣いておき、笑顔を繕えるはずだった。

 どれだけ罵詈雑言が来ようと受け入れ、どれほど苦しんでも受け入れる。

 その覚悟は確かに持っていた。


 だが、クロスという男は紛れもなく賢者だった。

 過去と今の苦しみを受け入れ、その上で楽しみを見出し笑う。


 自分ならそんな事が出来るだろうか?

 いや、絶対に出来ない。

 世界を呪い、社会を呪い、全てを呪い恨み殺すまで暴れるだろう。


 なのに……彼はその苦しみをあっさりと飲み干した。

 正しく賢者。

 だからこそ、逆に哀れだった。

 その苦しみに慣れるほどの人生を歩まされた事が。


「少しでも……何か……出来る事が……」

 何かあるはずだ。

 前を向き、我々の手を受け入れる準備のあるクロスに手助けする事は出来るだろう。

 だが、それはまずこの涙を止めてからだ。

 泣き顔だけは、同情している事だけは隠さないと失礼過ぎる。


 それがわかっていても、アウラはしばらく泣き止む事が出来なかった。


ありがとうございました。

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