ショウタイム! 2
急ぎ魔王城の外に出たその瞬間に――クロスは首元に冷たい何かが触れた事に気づく。
それが金属製のナイフであると理解したその瞬間――クロスは首筋以上に凍える様な、死の恐怖を覚えた。
体を回転させ、クロスはナイフを躱しながら背後にいる何者かに回転蹴りを浴びせようとする。
その間に、クロスは見た。
その金属製のナイフの刃が、綺麗にかつ丁寧に潰され肉どころか紙さえも切れなくなっているという事実に。
その短期間での試行錯誤という憎い配慮と気遣いに、クロスは深いおもてなし精神を感じた。
一方そのナイフを持つ何者かも、クロスの回転蹴りが見た目は派手でありながらも非常に回避しやすい様放ってくれていると理解し、それがわかった上でクロスに内心でその気遣いに敬意を覚える。
お互いに、相手の気遣いに理解し称賛しあっていた。
何者かは回り込む様に移動し、庭の方に立ちナイフをクロスに構える。
「ほぅ。最低限の動きは出来る様だな」
そう、その男はクロスに言い放った。
「……貴様は何者だ」
「俺の事などどうでも良い。俺は……ただの影なのだから」
どこか納得していない様な雰囲気を放ちながら、男はゆらりと動く。
クロスは、静かに……それでいてわざと金属音を鳴らしながら鞘から相棒を抜き放った。
「なら聞き直そうか。お前の目的は何だ?」
「お前がさっき見た物の事を忘れ、Uターンして部屋に戻る。それだけだ。簡単な事だろう?」
「ああ、そうだな。確かにそりゃ簡単だわ。不可能ではあるがな。俺は障害が多い方が燃える性質なんだよ!」
そう言葉にし、クロスは正面から男に切りかかった。
「……愚かな。音なき暗殺者の恐怖、その身を持って知るが良い」
そう呟き、男はナイフをもう一本取り出し、二刀流の構えを取った。
クロスと男の戦いを、本物の音なき暗殺者であるメリーはぼーっと眺めた。
手を貸す?
いや、その必要さえない。
相手の力量を鑑みれば、本気でやれば素手のクロスで圧倒出来る。
だから、今やっているのは戦いをしている風でお互いの技を見せ合っている状態でしかなかった。
しかも、技と言ってもいかに大げさに仰々しく動くかとかいかに派手に叫びながら攻撃出来るかとか、そういう無意味な奴だ。
「音なきとか言ってるけど、めっちゃ音してるじゃん。風切り音どころか足音ばたばたしてるじゃん」
そう、メリーは小声で突っ込む。
暗殺者っぽい彼は動きを見るに純魔法使い。
おそらくだが、さっきのローザを映す幻影魔法を行使したのは彼だろう。
身体能力は高いから吸血鬼である事に間違いはないと思う。
ただ、普通の吸血鬼程度の身体能力だが……。
大体十五分位だろうか。
相手の息が上がって来たのに気づいたクロスは、上手く状況を整え決めの一閃を浴びせた。
「これが――俺の決意だ!」
叫びながらの一撃だが、剣は振っているフリであり実際は振ってなく、ただ上手に転ばして剣で切った様に見せているだけである。
実際それは迫真の演技であり、城の中や周囲にちらほら沸いている野次馬はそれを見て非常に驚いていた。
「……ふ……ふふ……。ああ……見せてもらった。影である俺には出来なかった……その勇気を……」
そう言いながら、男は口から血を流す。
どうして胴体斬られたのに傷一つなく口から血を流すとか、そう言う事に突っ込みたい衝動をメリーは抑えた。
「お前……もしかして俺を試していたのか?」
「……いや違う。ただ……命令に逆らえなかっただけだ。俺は……影だから。お前みたいに……なれないから……」
そう言葉にし、男はクロスに丸めた羊皮紙を手渡した。
ボロボロになった羊皮紙。
古く破れかかっているそれは、地図だった。
「ここに……行け。ここに……全ての答えが眠っている……」
「やっぱり……お前も何かしたかったんだな。お前も……あの子を助けたかったんだな」
「違う。俺は……助ける勇気が持てなかったんだ。だから……頼む。影である俺では出来ない事を……お前が……」
めっちゃしゃべるじゃん余力ありまくりじゃん、というツッコミが口から出そうになるのをメリーは抑えた。
場の空気が、若干しんみりしているのはきっと気のせいである。
と言うかメリーは気のせいと思いたかった。
「……約束する。影なんかじゃなくて……独りの男であるお前と、誓ってやる」
「そう――か。ああ、やっと……俺もやりたい事を……」
そう言葉にしながら、男の体は崩れ、塵となっていった。
まあ、魔法でそう見せているだけだが。
「――ああ。約束してやるよ。だから……安らかに眠れ。名も知らぬ勇気ある男よ」
立ち上がり、空を見ながら、クロスはそう呟く。
そして、メリーの方を見た。
「行くぞメリー。あの意思を俺達で継ぐんだ」
「あ、はい」
とりあえずメリーはクロスの背を追い、共に魔王城の庭から外に出る。
その際、城や周囲から拍手が聞こえたが、クロスもメリーも聞こえないフリをした。
「メリー」
小さな声で周りに聞こえない様クロスは囁いた。
「何?」
「さっきの奴、どこにいるかわかるか?」
「さっきのって、さっきの吸血鬼の奴?」
「そ」
「わかるよ。気配隠してないし」
少し離れた位置で再生し待機している様がメリーには手に取る様に理解出来た。
「こっそりと見つからない様に、これ渡してくれるか?」
そう言って、クロスは小さなカードをメリーに渡した。
「これは?」
「終わった後の打ち上げの招待状。彼初期メンバーじゃないから打ち上げある事知らないかもしれないから念の為」
「畏まり」
それだけ言ってメリーはぱっと姿を消し、誰もが違和感を覚える前に戻って来た。
城下町を出てしばらく、クロスとメリーの旅はどこぞの笛吹の様になっていた。
というのも、初回の戦いと演技が思ったよりも好評だったらしく、それを見に観客達がクロス達について歩いているからだ。
邪魔をしない様に距離を取りながら、あくまで無関係であるという風に。
ショウタイムの名の通り、それは演劇の様に見世物としての役割も担っていた。
当初のピュアブラッド達の作った草案では絶対に出てこない内容。
そりゃあそうだ。
他種族に対しほとんど関心を持たないピュアブラッドでは『見られた方が演じた時楽しい』なんて発想、出る訳がないのだから。
だが、クロスは違う。
ちやほやされてーなーと常日頃から考えているクロスにとって、これはある種絶好の機会でもあった。
「……にしても、これどうするんだろ」
クロスの持つ地図を横から覗き見し、メリーはそう呟く。
その地図の場所は吸血鬼領の一つであり、およそ二、三百キロ。
例えセントールの馬車を飛ばしても数日かかる様な距離をどうやって徒歩で往復するのか。
それがメリーには大きな疑問になっていた。
「まあ、あっちが何とかしてくれるさ。……いや、そのギミックさえきっと物語に関わる重要な要素かもしれないな。っと……メリー気を緩めるな。始まるぞ」
きりっとした造り顔をしてクロスはそう呟く。
その視線の先には、大きなテントが幾つか設置されていた。
それは旅の途中、大商会が休憩をする時などで良く見られる風景である。
だが、それは現実にはあり得ない事であった。
この、王都から出て数十メートルという距離にこれだけのテントが置かれたままになるほど、王都の防衛網は弱くないのだから。
つまり……これそのものが仕込みだという事になる。
「はぁ……」
メリーはそんな気の抜けた返事をする。
クロスの事は心から愛している。
慈しみ、幸せになって欲しいと、抱きしめ続けたいと願っている。
それでも、メリーにはどうしてクロスがこんな演劇ごっこを本気で楽しんでいるのか、さっぱりわからなかった。
「おやぁ。新しいお客様がご登場の様だな。ぐえへへへへ」
そう言って一番大きなテントから姿を見せたのは、テンプレート通りとしか思えない盗賊の親分だった。
図体がでかくて汚い恰好をし、片手斧を持って現れるその男。
それはイメージの盗賊やら蛮族そのまま過ぎて逆に感動する位だ。
だが当然、全て演技であり服装も衣装でしかない。
不潔そうな外見なのに肝心な部分は絶対に見えず、また香りはフローラルと紳士的気遣い抜群。
大きな片手斧を頑張って重たそうに持っているが、全てコルク製で金属部は塗装。
そもそも、こんな外見に変えているが、その中身はまじもんのピュアブラッド。
現時点で百八十九体しかいない吸血鬼の頂点。
その全てが魔王に匹敵する力の持ち主であり、同時に麗しい容姿を持っている。
つまり、このピュアブラッドはわざわざやられ役の蛮族に好んでなって、そして本気で演技をしているという事となる。
クロスはその役の作り込み具合と熱籠るその目を見て、本気でやられ役の演技を使用としている事、そしてどれだけ本気かを理解した。
そもそも、本当の盗賊がこんな場所にいる訳がないのだが……。
「てめぇは……」
クロスは敢えて嫌悪感をむき出しにし剣を抜きメリーを庇う様に構えた。
メリーは役得とばかりにクロスの背にぴとっとくっついた。
「へへ……俺様はただの護衛だよ。いさましいあんちゃん。なぁに、ちゃーんと、安全な場所に届けてやるよ。首だけな」
「それで荷物は全部お前の物ってか」
「たったの十割で許してやるんだからお優しいだろ? けひっ」
馬鹿にする様に笑った後、蛮族はクロスの様子を見る。
いや、もっと言えば……クロスの返答を待っていた。
ここで対話をするのか、剣で答えるのか。
そしてクロスは、剣を選択した。
「……ぐわははははは! わかりやすくて良い! 所詮世の中は力だ! ちからこそが全てだ! 負けたら死ぬだけ、ああなんてわかりやすい……俺達蛮族の流儀なんだろうか!」
そう、蛮族は満足げに叫んだ。
「……救えねぇな。二重の……いや、三重の意味で」
そうして、剣と斧が交差する。
コルク製の作り物斧のはずなのに、膨大な魔力を無意味に流しぶつかる度に過度な金属音と火花が散っていた。
いやそんな魔法使えるなら遠距離やれよ。
メリーは突っ込むのをまた飲み込んだ。
そこそこの戦闘、そこそこの盛り上がり。
観客達も演舞として楽しんではいる。
だが、最初の戦闘と比べるとそれは正直地味でしかない。
戦闘も、その背景も。
蛮族との戦闘をしているが、その盗賊の背景には何もない。
クロスも必殺技を使う必要さえない。
しかも、結末もまたわかっている。
蛮族は、脇役以下の存在でしかないのだから。
そう、物語としてみればここは不必要な部分。
弁当を食べる様な幕間の様な時間でしかない。
だが、そんな無駄な事をシナリオに混ぜるなんてクロスは思っていない。
初回の演出、戦闘。
あれで演出の実力はわかっている。
その演出家が、無意味に出番を作る為に、何の背景もない蛮族を登場させる訳がない。
だが、ここで蛮族が実は良い奴だったとするには……相手は少し蛮族らしすぎる。
実際戦闘中に、俺はこれだけ殺したとかこれだけ悪い事をしたとかそういう悪事自慢も混じっていた。
ここで善良だったとなればブーイング待ったなしだ。
では……この蛮族の役割は一体……。
そしてこの蛮族は、ピュアブラッドは一体どの様な事を楽しみにこの様な物語を描こうとしてるのか……。
直後、クロスは見た。
ほんの一瞬だが、その顔は蛮族としての物ではなく、演者としての挑発的な笑みだった。
一体何を……。
そう、クロスが思う前に……周囲の観客から、小さな悲鳴が響いた。
「て、てめぇ……ごふっ」
盗賊の口から、こぽりと血が零れる。
そして……盗賊の胴体を生えている様に突き刺さる細い腕を、クロスは見た。
その腕を中心に、血が染み出て広がっていく。
それは、誰の目からみ見ても盗賊が死ぬと、理解出来た。
――こ、これか! この為か!
そう、それはクロスの予測通りで盗賊はかませとして用意された引き立て役だった。
ただし、引き立てるのはクロスではなく……。
「灰は灰に。塵は塵に。ですけど……貴方は塵よりもわかりやすく、ゴミと呼んだ方が良いでしょうね」
そう、盗賊の背後にいる声は吐き捨てる。
その声の主である女性は、クロスが良く知る相手だった。
ぐちゃりと音を立て腕が動き……そして、その腕は盗賊を無造作に放り投げる。
普通ならもう死んでいてもおかしくないが……まあピュアブラッド相手への心配は無意味であろう。
それよりも、このピュアブラッドが自らを醜き盗賊の姿に変え、引き立て役となった相手の方に注目する事こそが敬意を払うという事になるはずだ。
そう言って、クロスはその女性の方に向ける。
漆黒のシスター服を身に纏い赤い十字のアクセサリーを付ける、長い髪の女性。
そのいつもと違う衣服をする女性……ソフィアを、クロスはじっと見つめた。
ありがとうございました。
本年度最後の更新です。
また来年も変わらずのお付き合いをしていただけたら幸いです。




