プロローグ:エピローグから始まる二度目の人生(裏編)
クロスが目覚める五年前。
クロスが亡くなった数日後……。
墓参りに一人の男が来ていた。
雨の中、体が濡れるのも気にせず金髪の男は寂しそうな顔でその墓を見て――そして抱きしめた。
「すまない……間に合わなくて……」
勇者と呼ばれたその男は泣きながら墓を抱きしめる。
もしもそんな彼を、王であり勇者である彼を見たら皆が驚き彼の奇行を止めるだろう。
周りの目はここにはない。
ここにいるのは、過去勇者パーティーと呼ばれた四人……いや、五人だけだった。
「……忙しくて遅れちゃったもんね、クロード。私達はもう挨拶し終わったけど」
メリーの言葉を聞き、クロードは泣きながらだが墓から離れた。
「……クロスがいない国になど何の価値もない。だけど……彼は俺が政務を放置したらきっと悲しむ。そういう奴だったからな」
思い出話を語る様にクロードがそう語ると、全員が一同に涙を堪えた。
きっとこの場にクロスがいたら驚いただろう。
別れてから既に十数年経っているにも拘わらず、四人の姿は皆過去に見た若さそのままだったのだから……。
変わり果てたのはクロスだけ。
それも……墓標という最悪の形で。
「……さて、久しぶりに一緒に仕事しようか皆。もう勇者じゃないけど……良いよな」
クロードの言葉に三人は頷いた。
「元々さ……勇者だから付いて行ったわけじゃないし。クロスの為に私らは一緒にいた。違う?」
そんなメディールの言葉にクロードは首を横に振った。
「違わないさメディ。だから俺らは再会したんだろ? クロスの為、十数年ぶりに」
「もう少し早ければ……間に合えば……いえ。手遅れになったのなら言うべきでないですわね」
ソフィアの言葉にクロードは頷いた。
「そうだな。その気持ちは皆一緒。クロスだけが……俺達の気持ちを一つにしてくれる。だから……最後の仕事をしようか」
そう言葉にして、昔と同じ様にクロードは三人の前に立ち歩いた。
その横に相方のいない寂しさを感じながら。
クロスは勇者パーティーの四人をどう思っていたか。
それはとても仲が良くて善良な人達で、そんな勇者らしいイメージを強く抱いていた。
それと同時に、三人の美女は皆勇者に惚れていて勇者が近い未来王となり三人を娶るだろう。
仮令自分はおらずとも、そんな幸せな未来をクロスは願っていた。
だが……そのクロスのイメージは大きく間違っていた。
まず大前提なのだが……四人の仲はあまり良くないどころか悪かった。
そもそも派閥が違い、目的が違い、お互いの足を引っ張る為に作られたのがその四人パーティーである。
仲が良い訳がなかった。
勇者派閥とも言うべき教会派閥のクロード。
目的は当然魔王退治で平和……などではなく、少しでも教会の地位を向上させる事である。
クロードはそんな建前と綺麗事を言いながら平然と悪事を働く教会にちやほやされて育った。
故に、その性根は歪んでいた。
勇者の婚約者であり隣国の姫でありプリーストであるソフィア。
そんな彼女は当然隣国側の人間であり、その目的は勇者に取り入り隣国に引き入れる事である。
その為だけに育てられたソフィアの心はその優しい顔とは裏腹に凍り付いていた。
メリーはシーフであり盗賊ギルド所属だと説明していたが……実は少々異なっている。
正しくは盗賊ギルドの精鋭、またはマスターシーフと呼ぶ方が正しい。
盗賊ギルドがメリーに何を任せたのかと言えば多重スパイである。
それぞれの場所に情報を運びあらゆる派閥にゴマを擂る醜い蝙蝠。
その本当の目的は盗賊ギルドがどこに付くべきかを探る事。
その為にメリーは勇者パーティーに入っていた。
場合によっては魔物側に取り入る事も視野に入れていた為、文字通りの裏切り者でもあった。
メディールに至ってはメリーよりもなお最悪であり、人類全体を滅ぼす事がその根源だった。
状況によっては魔王退治中に裏切りクロードを暗殺する。
それ位メディールは世界を憎んでいた。
彼らに希望はなかった。
大人達のドロドロと蠢く陰謀の尖兵としてお互いを牽制しあう勇者パーティーには安らぐ時間などあるわけがなかった。
それを変えたのがクロスだった。
どこにも属しておらず、どの様な意図もなく、純粋に親切の為に尽くそうとしてくれる。
孤独であり続けた四人が絆されるのも無理はなかった。
間違いなく五人は仲間であり、その中心はクロスだった。
虹の賢者という魔物側の認識は間違いではなかった。
問題は魔物ですら理解出来るそれを……人間達で理解していたのはたった四人だけだったという事である。
「それで……もう一度言ってくれるかな?」
にこにことした顔でメリーはそう言葉にし……老人の歯を引きちぎった。
その直後に絶叫が響くが……メリーの笑顔は崩れない。
むしろ老人の悲鳴こそがメリーの笑顔の原動でもある様だった。
「わ、わしは何もしとらん。わしらは何も間違った事は……。こんな事をすれば我が王は……」
「俺が何だって?」
老人の言葉を聞き、奥にいたクロードはその老人の前に現れた。
何か丸い物を持って。
滴る赤い液体からクロードの持つ何かが生首であると知り、老人は悲鳴を上げた。
「クロード。吐いた?」
「ああ。ゲロったぞ。助けてやるって言ったらあっさりな」
「ふーん。嘘つきだね」
「嘘なんてついてないさ。ギリギリまで苦しめて殺すのを少し……数秒だけ早めに殺してやったんだから」
「ふふ。そうだね」
そう言って笑いあうメリーとクロードは不気味そのものであり、とても勇者とその仲間には見えない。
それこそが……醜い大人達が作り上げた本当の勇者たちの姿だった。
「んで、貴方は何を言った人だっけ? 『呪いを振りまかぬ為、そなたは一人で生きろ』と言った人?」
「いや。それはこれだった」
そう言いながらクロードは生首をぽんぽんと蹴飛ばした。
「んじゃ『そなたは十分に役に立った。だからこそ、後は皆の邪魔にしかならぬ。わかるな?』って言った方か」
「あははははは! 何がわかるな? だ。わかってねーのはお前じゃねーか」
そう言いながらクロードは聖剣とも呼ばれたその剣で、男の頬を貫通させる。
「なあ? お前らわかるか? 俺らはずっとこうだった。 俺ら四人はこんな風に狂ってたんだぞ? それがどうして真っ当でまともな魔王退治なんて出来たと思う? なあ? わかるか? なあ! クロスを殺したお前らがな!」
そう言いながらクロードは怒りに任せ老人を揺さぶる。
だが……。
「クロード。もう止めて」
「あ? 何でだよ。こいつらはクロスを……」
「もう死んでる。無意味」
「……くそが……」
恐怖により死んだ復讐相手を見て、クロードは悲しそうに剣を抜きその亡骸を放り投げた。
「……わかってたけど……空しいね」
メリーの言葉を聞き、クロードはメリーの頭を撫でた。
二人はこんな事する間柄ではない。
だけど、きっとクロスならそうする。
そう思いクロードはメリーの頭を撫でる。
またメリーの方もクロスならと思い、その手を受けいれた。
お互いただの代償行為。
だからこそ、どちらも満たされず悲しかった。
派閥争いの犠牲となり、誰かの思惑によってクロスがどこか見知らぬ場所に連れていかれた。
それにクロードが気づいた時には既に王となっており身動きが取れない状況だった。
だからこそクロードはお互い憎み嫌い合っているパーティーの三人に協力を要請した。
クロスを見つけ、共に暮らす為に協力して欲しいと。
四人はお互いが嫌いである。
ただし、クロスが入った時だけは例外でお互いが信じ合えた。
だからこそ、クロード以外の三人は内密に、必死にクロスの行方を探した。
それと同時に四人はメディールの秘薬で自らの肉体を老いないものと変えた。
どれだけ時間がかかっても見つけ、また再び五人で暮らす為に。
だが、見つかった時には手遅れとなっており、彼らが見たのは墓標だけだった。
手遅れとなって初めて、何があったのか理解した。
貴族派閥の人間が人の良いクロスに呪いがあるから人々に近づくなと言い、彼を山奥に一人ぼっちにした。
彼が得た魔王討伐の報酬を横取りする為に。
そして彼はそのまま十数年たった独りで過ごし、そのまま帰らぬ人となった。
どれだけ孤独だったのか、どれだけ辛かったのか。
それは四人にはわからない。
だが、四人は誰もが思っていた。
その報いを受けるべきは自分であると。
クロスこそ真の正義であり、彼だけは幸せにならなければならなかったと……。
「……これでクロスを苦しめた奴は誰もこの世界にいない……。クロスもいないがな……」
四人で集まり仕事を終えたクロードはそう言葉にする。
だが、その言葉はただただ空しいだけだった。
復讐すべき対象は八人。
その内の三名は寿命で幸せに逝き、残り五名はさきほど地獄を見せて来た。
これで……何一つやるべき事がない。
クロスの為に出来る事が……何もない。
その事がとにかく……四人には悲しかった。
「ねぇ……もしさ……クロスが生まれ変わってさ……もう一度会えたら皆何したい?」
メリーのそんなもしもの言葉に三人は溜息を吐いた。
そんな億、那由他の可能性を言ってもどうしようもない。
だけど、それ位しか四人には縋るものがなかった。
「そうだな……とりあえず……素直に好意を示して抱かれたいわ。せめて誤解だけでも解きたかったな。私達三人共クロードのお手付きと思われてたし」
そうメディールが言葉にするとクロードとメリーは顔を顰めた。
「貴方の愛は重たいですからクロス様潰れそうですわね。……私がクロード様の物というのはあながち間違っていませんよ? クロード様の婚約者ですし」
そう、ソフィアは決して勇者の事を嫌ってはいないし結婚しても良いとさえ思っている。
ただし……。
「クロスとクロードの二人になら、だろ?」
メディールの言葉にソフィアは頬を紅潮させ頷いた。
「ええ。お二人に〇〇され〇〇される私。二人でなく三人で〇〇〇〇〇。そしてその時私は……ああっ……」
身を悶えさせ下賤な妄想に走るソフィア。
これが聖女、女神の生まれ変わりと言われているのだから世界というのは歪みきっている。
そう感じるに十分な気持ち悪さだった。
「メリーは……良くわからんなぁ」
メディールの言葉にメリーは首を傾げた。
「そう。割と普通の事じゃない?」
「そうか?」
「まずさ、クロスは良い子じゃん」
「ああ」
「だからさ、幸せになって欲しいじゃん?」
「ああ。なって欲しかったな……」
「だからさ……ママになってあげたいって普通じゃない?」
そんなメリーに三人は揃って首を横に振った。
「お前クロスよりも大分年下だろうが」
「だから良いんじゃん。わかってないなーもう」
そう言葉にしてやれやれと溜息を吐くメリー。
それを見て四人全員はお互いイカレていると理解した。
「全く。ま、お前らがそんなにあいつが好きなのは嬉しい事だけどな。……一番は親友で相棒の俺が譲らないがな」
「お前が一番やばいぞ」
メディールの言葉にソフィア、メリーは頷いた。
「そうか? 俺はあいつの幸せを願っている。それだけで別に変な事はないだろ」
「いや、お前同性だろうが。それで直接幸せにって、やばいだろ」
「……愛に性別は関係ないと思うぞ。俺はそれをあいつで知った」
「……百歩譲ってそれを認めよう。それだけの魅力がクロスにはあるからな。だけどさ、お前クロスが女だったらどうする?」
「結婚して子供を産んで二人で一緒に暮らしたいって告白する」
「男だったら?」
「一緒になる。色々な意味で」
「あいつが女以外嫌って言ったら?」
「女になってあいつの子供を産む。な? 普通だろ?」
女性三人は顔を顰め首を横に振った。
「……ま、たらればはこの位にしておこうかね。悲しいだけだ」
クロードの言葉に三人は頷き、そして四人はお互いに背を向け何も言わずその場を離れた。
彼らはクロスによって繋がっていた。
だからこそ、最後の復讐を終えた今、四人に集まる理由はなく、そして彼ら四人の間には愛情も未練もなかった。
お互いがやばいヤンデレで自分だけが普通と考える四人はお互い二度と会う事がないと……クロスがいない限りもう接点はないのだと本気で思っていた。
一つだけ幸いなのは……四人でクロスを奪い合う血みどろの醜いヤンデレ大戦をせずに済んだ事。
それだけが、クロスがいなくて唯一四人が良かったと思う事だった。
ありがとうございました。
やべーい人達のやべーい話が書きたくてこんな事になりました。
一応アドリブ出来る様余裕を持ったプロットで作ってますのでサブ投稿としては丁度良いと思います。
あまりに人気が無い様でしたら早めに纏めますし、思ったよりも人気が出ればサブからメイン投稿に格上げします。
正直どうなるのかこの先どうすべきかすら怪しい位ふわっふわなプロットですが、それでも宜しければどうかお付き合い下さい。