男達の挽歌というか馬鹿
まあ、好きな事なら多少の苦なんてあってないような物である。
むしろ普段勉強嫌いだからこそ、それは新鮮であり苦とさえ感じなかった。
学び、高める。
その楽しさはまるで麻薬の様だった。
また、その過程も掛け値なしに素晴らしい物だった。
苦しみ、耐え、立ち向かい続け傷だらけとなっていたクロスの心を癒しつつある位に。
別に難しい話とか高尚な内容という訳ではない。
要するに、誰かと一緒に夜空を見るというのはクロスにとって理想的なデートであるというだけ。
エリーにアウラ、メディールにメリー、ソフィアや久々に会ったホワイトリリィやアークに向かってアマリリス……。
色々な女の子との星空の下での逢瀬、勉強を言い訳にしたデートはクロスに活力を与えた。
勉強を言い訳にするのもクロスらしいし、そこまでしておいて一切手を出さないのもまたクロスらしい。
夜で、デートに呼ばれた時点でメディールやメリーなんかは下着を新調する程度には覚悟を決めていたが、そんな流れにさえなっていない。
クロスはデートだけで満足しているからだ。
だからだろう。
それ以上を望むクロスガチ勢も今回ばかりは他者のデートの際何もせず、一切妨害をしなかった。
メリーも、メディールも、ソフィアも、人間だった時からこういう時間をクロスに与えられなかった事を、ずっと後悔していたからだ。
楽し気に星の事を話し、子供みたいにはしゃぎながら時折こっちを見て、『綺麗』とか『可愛い』とか口説く様な事を言って、暖かい飲み物を相手に合わせて用意して……。
紳士的でありながら恰好付けて口説く姿はどこか子供みたいで。
それこそが、クロスの中身そのものであり、クロスが望む毎日そのもの。
誰かと一緒にいるのが当たり前の世界。
要するに、クロスの根は寂しがりという事だ。
まあそんな日々を謳歌していて、ある日クロスはふと思った。
『あれ? 最近女の子とばかり遊んでね?』
一体いきなり何を考えているのかと思われるが、クロスにとっては至極真面目でかつ本気である。
つまり何が言いたいのかと言えば……次は野郎共で遊ぼう。
まあ、それだけの話である。
そんな訳で、クロスは呼べば応えるフットワーク軽すぎ勇者クロードとどんな事でも全力でがモットーな遊び本気系王様ヘンリーを呼びよせ三羽鴉ならぬ三馬鹿同盟を再び結成した。
「何か……足りないな……」
合流し、遊ぶ準備を終えた後、ぽつりとヘンリーは呟いた。
これからさあ遊ぼうかという時のタイミングで。
クロスとクロードは顔を見合わせた。
「ヘンリー。何が足りないんだ?」
クロスの質問にヘンリーは少し考え込む。
「いや……うん。そうだな。きっと、数だ」
「数?」
「この前俺達は一緒だった。親友として共に歩いた。つまり……」
「つまり?」
「新しい風、新規メンバーが欲しい」
そんな意味のわからない事を、ヘンリーは至極真面目に口にする。
「あー」
クロスは納得したかのような表情をしていた。
ヘンリーの言いたい事は、クロスは理解出来ていた。
沢山いた方が、遊ぶ時楽しい。
そんな当然の答えである。
「という訳でクロス。誰かいないか?」
「んーグリュンは最近とある事情で忙しそうだし……」
具体的に言えば搾り取られるというお仕事に忙しそうである。
ちなみにクロスでさえ羨ましいと思えない程に衰弱しているが、まあどちらも幸せそうだから良いのだろう。
「そこでハーヴェスターが出て来る辺りクロスの交友関係は意味わからんな」
そう言ってヘンリーはゲラゲラ笑った。
「そういうヘンリーはどうだ? 知り合い多いだろ?」
「悪いが大半の知り合いはバラック出れんし出れる奴は……」
「出れる奴は?」
「金稼ぎに忙しいか女に会うのに忙しい」
「そりゃ無理だな。クロードは……あかんな。人間連れてきたらあかん」
クロードは苦笑しながら頷いた。
「はは。そもそも連れて来れるだけの知り合いがあっちにはいないよ」
「そか。まあ偉大なる王様だししゃあないな」
「それを言うならクロスだって元でも魔王様じゃないか。ついでに言えばヘンリーも王様だし」
「そいや全員王様みたいなもんだったな。……ふむ。つまり新規メンバーは王様が望ましいという事だな。……まあそんなぽんぽん王様なんていないし難しいか」
そう言ってヘンリーは笑った。
クロスとクロードはお互いに顔を見合う。
同時に、同じ相手を思い浮かべていた。
「……いたわ、ヘンリー。都合が良い奴」
「まじで?」
「おう。王様で、良い奴で、俺ともクロードとも仲が良い」
「よし呼ぼう」
「そうしよう」
そう答え、クロス達は迷わずそこに向かった。
「という訳でダイナミックお邪魔しまーす!」
クロスは王城に窓から突撃した。
ちなみに一般的な家屋の三階相当位の高さがある。
「ふ、ふぇ! な、何です!? って、クロスさん! どうしたんですか?」
テンパった様子のまま、その相手、若き王パルスピカは目をきょとんとさせ混乱した様子で尋ねた。
「あーそーぼー。という訳でじゃ、後宜しく」
クロスはその場に仕事用最適解のロキを置いて行き、パルスピカを肩に担ぎ……そのまま窓から飛び降りた。
「う、うわあああああああああああああ!」
晴天の空に、パルスピカの悲鳴だけが轟き続けた。
混乱したままのパルスピカを拉致し、連れて来たのは山の中。
自然しか存在しない中でクロス、クロード、ヘンリーに囲まれるパルスピカはクロスの方を見た。
「クロスさん、これって母さんとか城の方には伝えてます?」
慌てるでも混乱するでもなく、残された相手の方を心配する程度にはパルスピカも普通ではなかった。
「おう。もちろんだ。パルがいなくても大丈夫なタイミングって事前に確認取ってるぞ。仕事の代理も置いて来たし」
「それは良かったです。ところで、これって何か厄介事です?」
「いんにゃ、ただ遊びたいだけ」
「なるほど。わかりました。ではクロスさん、クロードさん。それとそちらの見知らぬ方。よろしくお願いします」
そう言ってパルスピカは深々と頭を下げた。
「……いや、俺達が言うのもアレだが受け入れ早いな」
ヘンリーの言葉にパルスピカは微笑んだ。
「クロスさんと遊ぶのに誘われるの楽しみにしてましたから」
「ほほー。あ、俺はヘンリー。まあ一応だけど王様みたいな事してる」
「あ、これは丁寧に。僕の名前はパルスピカ。一応獣人の纏め役という王様みたいな事してます」
そう答え、二体は握手をした。
「さて自己紹介も済んだし遊ぶぞ! パルこれに着替えろ! ではいくぞ我が友クロードよ。うひゃほい」
クロスはそう叫びパルスピカに服と飲み物の入った容器を投げ、テンション高く高笑いをしながらクロードと共に飛び去っていった。
「テンション、高いなぁ……」
「君と遊ぶ事を楽しみにしてたからなあいつ。付き合ってやってくれ」
ヘンリーはまるで親の様な目でクロスが去った場所を眺めつつそう呟いた。
パルスピカはクロスに用意された服に着替えた。
それは水着ではあるのだが、良くある海パン一丁というのとは異なり上下揃ってかつ露出が少ない物。
川遊びである為石で肌を傷つけない様にと考えての事だろう。
気になるのはおそろしく服のサイズが合っているのだが、まあ気にしない方が良いだろう。
クロスというびっくり箱の様な存在を考えたらその程度の事をいちいち気にしても仕方がない。
そんな訳でパルスピカはヘンリーと共にクロス達が待つ川に向かうと――そこで彼らは、ふんどし一丁になってポージングを決めるクロスとクロードの姿を目撃した。
パルスピカにはわざわざ肌を護るタイプの水着を着せておいて自分達は白ふんどしオンリー。
しかもクロスはともかく細身で美形タイプのクロードさえも謎の筋肉強調ポーズ。
それ以前にパルスピカはふんどしという下着を知らない。
まあつまるところ、パルスピカは絶賛混乱真っ最中だった。
「あ、あの……ヘンリーさん。クロスさん達は一体何をして――」
そう言ってくるっとパルスピカが振り向くと――筋肉マッスルふんどし男が一匹追加でエントリー。
ご丁寧にポージングを取り、パルスピカににかっとした得意げな笑みを浮かべていた。
更にヘンリーはクロス達の傍により、三匹はそれぞれ連携を取り絡み合った決めポーズを取り、パルスピカにドヤ顔をしてみせた。
ちなみにだが、一切事前に相談はしていない。
純度百パーセントの悪乗りであり、後先どころか今の事さえ彼らは何も考えていなかった。
「……えっと、その……僕も、筋肉付けた方が良い?」
「いや、ぶっちゃけほどほどで良い。筋肉質な男はモテないぞ?」
そこそこ体躯の良いクロスの言葉ヘンリーは頷いた。
「んだんだ。飲み屋のねーちゃんとかにゃ割と喜ばれるが一般的な子からは怖がられたり気味悪がられたりするからオススメしない」
がたいがとにかく良いヘンリーも実体験を元にそんな言葉を口にする。
そう言う意味で言えば最もモテそうなというかモテている細身のクロードは我関せずと謎のドヤ顔でポージングを取り続けていた。
「という訳で川で水遊びしようぜって事なのだが、俺は考えたんだ」
いきなり我に返りクロスはそう言った。
「何をですか?」
パルスピカは首を傾げ尋ねた。
「パルとなら良いんだが……考えて欲しい。特にヘンリーと俺で」
「ふむ? 俺か?」
そう言ってヘンリーはクロスの傍に寄った。
「こうして……」
クロスはぱしゃっと水をヘンリーにかける。
そのお返しに、ヘンリーもクロスに水をかけた。
「こんな風に、俺達が水をかけあってきゃっきゃうふふしてたら、死ぬ程気持ち悪くないか?」
クロスの言葉に、ヘンリーは驚愕し顔をひきつらせた。
「た、確かに! 確かに外から見たら気持ち悪すぎる!」
「大の男がぱちゃぱちゃと、それだけならともかく水のかけあい! というか女の子としたい!」
「んだんだ」
「という訳で野郎オブ野郎でも気持ち悪くなく遊ぶ為にこんな物を用意してみました」
クロスは各自に片手で持てる鉤括弧の様なL字形状の道具を手渡す。
それは、まるで魔法銃の様な外見をしていた。
「……水鉄砲ですか?」
パルスピカはそれを見て、そう尋ねた。
「おう。ちょっと違うのは……」
クロスはそれを遠くに向け、放つ。
十メートル以上離れた木に、水は音を立て強くぶつかっていた。
「とまあこんな風にそこそこ威力が出る。怪我する程じゃあないが、当たれば微妙に痛いぞ」
そう言って、クロスはニヤリと笑った。
パルスピカはどうして自分が分厚い水着を着ているのか理解した。
要するに、これはハンデなのだ。
楽しく遊ぶ為に、全員が本気となる為の。
「ルールはどうするんだ?」
水を鉄砲に補充しながらヘンリーはそう尋ねた。
「撃ち合い当たったら負け。他にルールいるか?」
「いいや、要らないね!」
そう叫び、ヘンリーは即座にクロスに銃を向け、放つ。
それを予め予測していたのかクロスはそれを避けながら反撃に出た。
「おいおい勝手に始めるのは良いが、俺を忘れないでくれ」
そう言葉にし、クロードは苦笑しながらクロスに銃を向け撃ち放つ。
まるで、俺だけの物にしてやると言わんばかりに。
「おいおい二対一かよ」
「はは。だってクロス。君、何か悪さしてるでしょ?」
クロードはそう確信を持った上で言葉にした。
「あはは。そんな事――当たり前だろお前らみたいなの真っ当に相手に出来るか!」
クロスは邪悪な笑みを浮かべ、もう一丁拳銃を取り出した。
形状は水鉄砲にしては珍しい、リボルバータイプ。
それを左手に持ち、クロード目掛けてクロスは引き金を引いた。
ぱちゃっと、水が弾ける様な音と共に射出させる水。
ただ、通常の水鉄砲と異なり、まるで散弾の様に小さな無数の水滴が分裂し射出されていた。
点ではなく、面での攻撃。
クロードはそれを水中に潜り回避しようとしたのだが――。
「残念。威力が思ったより高かったらしい」
かすり脇腹に赤い点が出来たクロードは両手を上げて敗北を認めた。
「まさか卑怯とは言わないよな?」
クロスは二丁拳銃となり、ヘンリーに銃を撃つ。
「言わねーよ。わざわざこんな楽しい企画開いてくれたんだ。好きにやってくれ。俺も好きにやるからさ!」
クロードの敗北を糧に回避を主体にし、ヘンリーはちょこまかと動きながら銃を撃つ。
時折水の上を走りながら、時にどこぞのかさかさ歩く生物の様に四足で、外見に見合わない程すばしっこく避けながら銃で反撃をする。
一方クロスは弾幕とも言える程弾をばらまき撃ち続ける。
二丁拳銃最大の長所である水の補給により生じる隙を消しながら。
野郎で馬鹿だから、鉄砲ごっこが嫌いな訳がない。
クロスとヘンリーはしばらく、本気でかつ楽しそうに撃ち合い続けていた。
互いに睨み合い、牽制と本命を入り交えての射撃合戦。
獣の様な獰猛の笑みで、遊びである事さえ忘れまるで狩りをしているかのように。
だからこそ、彼らは、本物を見逃していた。
遊びや遊戯、勝負なら彼はクロス達に絶対勝てない。
だが、狩りというジャンルでなら、彼はクロス達に決して劣っていなかった――。
ヘンリーの水補給の隙間を縫い、クロスは両手での一斉射撃を試みようとする。
だがその瞬間、左手に何か違和感を覚える。
左手を見ると、そこにあるはずのリボルバー型の水鉄砲がなくなっている。
気付いた時には、背後すぐ傍ににっこりと微笑むパルスピカの姿が――。
ゼロ距離で、クロスは今まで自分が使っていたその卑怯な手段を、ズル技の報いを受けた。
「いっ――」
目玉が飛び出る程の痛みを背中に覚える。
水滴サイズの水を多数同時に発射するというギミック、面制圧を考えた物。
だからこそ、それをゼロ距離で受けた時、背中に思いっきり張り手をされた位の痛みが走った。
「ほほー。やるねぇ。でも、俺もそうそう負けてられないぞ?」
ヘンリーはクロスの背後にいるパルスピカにニヤリと笑って見せた。
またパルスピカも、同じ様にほくそ笑む様な笑顔をヘンリーに見せた。
クロスを盾にする様な形で。
「すいません。正攻法じゃ勝てませんが、今回だけは勝たせてもらいます」
「言うねぇ」
「いえ、もう、勝負はついてる様な物ですから」
そう言葉にし、パルスピカはヘンリーに銃を構える。
クロスが使っていたリボルバータイプの水鉄砲。
それをさくっと残り五発撃ちきるのだが、ヘンリーは全弾あっさりと回避する。
そして反撃に出ようとしたタイミングで、パルスピカは自分の持っていた水鉄砲をヘンリーに撃ちこむ。
歳を考えたら悪くない腕だが、その射撃の腕はクロスより遥かに劣っていた。
ヘンリーは避け続けてパルスピカの水の残弾がなくなったのを確認し、自分の水鉄砲を構えパルスピカに接近する。
水の補給をされる前に。
そのタイミングで、パルスピカは水鉄砲を捨て――両手に新しい水鉄砲を装備した。
事前に回収していたクロードが持っていた物と、さきほどまでクロスが使っていた物を。
「は?」
少し予想外だったのかヘンリーは一瞬だけ硬直する。
その一瞬は、狩りでは致命的な一瞬だった。
その直後ヘンリーの悲鳴が轟き、最も小さな者が此度の狩りの勝者に決まった。
勝因は、パルスピカだからというのが一番正しいだろう。
狩りが得意な獣人という特性に加え、パルスピカは早々に脱落したクロードを味方に引き入れルール違反にならない程度に手伝わせていたのだから、乱戦状態ならば負ける道理はなかった。
一区切りついた後、クロスは大きな箱を水の上に浮かべた。
「んじゃ、次は二、二でやろうぜ。あ、水鉄砲は他にも幾つか用意したから好きに選んで使ってくれ」
そう言ってクロスはぱかりとその箱を開け中を見せる。
片手で使う物以外にも両手で抱えるタイプや背中にタンクを背負うタイプと、本当に色々なタイプの水鉄砲がそこにはあった。
いつもの様に本を片手にクロスは夜空を見る。
ぱちぱちと焚火の木が割れるなんて風情のある音。
それが……テントの中から聞こえるヘンリーのいびきなんて風情の欠片もない物にぶち壊されていた。
とは言え、まあこれはこれで野郎同士の馬鹿なキャンプの醍醐味だろう。
一つ心配なのはお休み中のパルスピカが目を覚まさないかだが……まあ大丈夫だろう。
限界一杯まで遊んだのだからちょっとやそっとでは……。
ちらっと、クロスはテントの方を見る。
そのいびきは、ちょっとやそっとと呼ぶ程可愛らしい物ではなかった。
「……まあ、たぶん大丈夫だろう。最悪ヘンリーの口にさるぐつわ……いや嚙み千切りそうだからテントから追い出せば良いか」
クロスはそう呟き、再度星空を眺め出した。
「それが、今のクロスの勉強かな?」
聞き慣れた声が聞こえ、クロスは後ろを見た。
「……どうしたクロード? 眠れないのか?」
「いや。クロスと二人の時間が欲しくてね」
「……はは。お前が女だったら俺はきっとメロメロになっていただろう」
「それは惜しい事だ。とは言え、俺はこの男同士の関係も嫌いじゃないぞ」
そう言葉にし、クロードはクロスの隣に座った。
「それでクロス。今回の目的は何かな?」
「目的と言うと?」
「キャンプの目的だよ」
「同じ場所の星空より様々な角度からの星空を見た方が勉強になる。そのついでに遊びたい。それと最近幸運な事に星空デートばっかだったからさ、そろそろ野郎と馬鹿騒ぎしたかった。その位か?」
クロスの言葉に、クロードは苦笑する。
「クロス」
「ん? 何だ?」
「俺はさ、クロスの事を色々言っている奴がいるとしても、こう信じてるんだ。クロスは本当は頭がものすごく良くて切れるって」
「はは。なんだその冗談。俺は俺の事を頭が良いと欠片も思った事はない」
「無知の知って奴だろ。少なくとも、俺は人間だった頃からクロスを凄いと思っているし、魔物になってからは更に成長したと感じてる」
クロスは割と本気で疑り深い眼差しをクロードに向けた。
「どの辺りがだ? ぶっちゃけおべっかにしか聞こえないが俺にクロードがおべっか使う理由もないし……」
「嘘を言わないところだよ。……クロス。お前昔から嘘を付かずに本音を隠し通してきただろ」
「――――バレてた?」
「ああ。ずっと見てたからな」
「そか」
そう言って、クロスは星空を眺め出した。
それは、紛れもない事実だった。
楽しい事や嬉しい事。
そう言う本当の事を表に出して、クロスは本音をあまり曝け出さない様にする癖があった。
「今回に関してはさ、本当に大した理由はないんだ。まあ、口にするならあれだな。幸せを確認したかったのと、パル坊が大丈夫か見ておきたかった。そんな感じかなぁ」
「――つまり、不安なんだな?」
一瞬だけ、ぴくりと体を震わせるクロス。
それは、答えの様な物だった。
昔から、そうだった。
クロスはいつも自分の一番の本音を隠す。
そして、その理由はいつだって一緒だった。
心配させない為。
その為だけに、クロスは自分の感情を外に出さない。
いつも嘘を付かない癖に、肝心な事は話さない。
だからこそ、彼ら勇者パーティーはクロスを傷物を扱うかの如く繊細な扱いをする。
それが尚クロスを傷つける事になるとわかっている。
それでも、己にとって唯一であるクロスの事になると彼ら四人は臆病にならずにいられなかった。
だから、それを追求したのは今日が初めてだった。
「何が不安なんだクロス。教えてくれ」
「……何も言ってないのに、確信をもって話すんだから」
「でも、あってるだろ?」
そう言って、クロードはウィンクをして微笑んだ。
「ちぇー。イケメンは本当何でもサマになって良いこって」
「今のクロスも十分イケメンだろ? 俺は前の顔も好きだったが」
「へいへい。……何が不安か、だっけ?」
「ああ」
「……別にな、大した事じゃあないんだ。ただ……夢見が悪いんだよ」
「それはいつからだ?」
「魔物になってから、見ない日の方が少ない」
クロスは、うろ覚えな夢の内容を語ってみせた。
「最初はさ、もう一人の自分がいて、人間だった頃の俺の記憶を見て、文句を言ってくるんだ。怒れ、怒れ、憤怒せよって」
「それは……」
クロードは何も言わなかった。
それがクロスの潜在意識だとしても、納得しか出来ない。
誰よりも苦しみ人類を護った果てが小銭と名声をけちる為の孤独死である。
もしクロスが望むなら喜んで人類皆殺しにしてやると思う位にクロードだって怒りに震えていた。
「でもさ、俺本当に怒ってないんだ。そもそも、人間だった時の後悔なんてない――いや、一つしかない。力不足で助けられなかった事。その位だ」
「それは……」
「いいや。良いんだ。実際そうだし。たけどさ、それでも、あの時代を、あの時を俺は全力で走り切ったって言える。出来る事をしきったと言える。だからその事は良いんだが……最近、夢が変わっている様で……」
「……どんな風にかな?」
「ぶっちゃけうろ覚えなんだけど……こう……力が、足りないって」
「足りない?」
「そう。弱さは罪だ。だから強くなれ。はやく強くなれ。お前の弱さで誰かが死ぬぞ……って、夢がずっと……。だからかわからないが……こう……焦燥感がな……」
「……それか。魔法を身に付けようとしたり、訓練をいつもより熱心にしたりしてるのは」
「それもバレてた?」
「ああ。俺だけじゃなくて、全員にな。エリーさんなんか今日それとなく聞く様俺に頼んで来たからな」
クロスの睡眠時間が今までよりも全然少ないのに訓練時間が伸びている。
それを、エリーはクロードに相談していた。
「……何か、親に叱られているみたいで少し恥ずかしいな」
そう言葉にするクロスの顔は、照れてなどおらずどこか誇らしげで嬉しそうだった。
そう、クロスはそれが嬉しかった。
自分の事をまっすぐ見てくれて、掛け値なしに心配してくれる相手が沢山いる。
たったそれだけの事が、人間の時に手に入らなかったそれが、クロスは何よりも嬉しかった。
「まあそう言う事なら、まあ修行とか特訓とかわからないがクロスが今どうしたら良いかはわかるぞ」
「ほほー。んじゃ勇者先生にご指導してもらいましょうか」
微笑みながらのクロスの言葉に頷き、クロードは……クロスが持つ本をぱたんと閉じた。
「今位は、本とか難しい事考えず星空を見ようよ。クロスが星を見るのは魔法の為じゃなくて、星が好きだからじゃないのかな?」
そんな、クロードの言葉。
クロスはぽかーんとした顔をした後、小さく笑った。
「確かに。そういえばそうだった」
そんな当たり前な事を忘れていたクロスは、クロードと共に無言で星を見上げ続け……そして気づけばほぼ同時にそのまま寝てしまっていた。
クロードが守ってくれているからか遊んでストレスか消えたからか。
その日、クロスは悪夢を見なかった。
ありがとうございました。




