肉が食べたい
ヘンリーは病室にて意識を取り戻すと……すぐ、クロード達がどこにいるかを尋ねた。
ここがどことか、状況がどうとか、そういった大切な事を後回しにして。
そして客室で待っている事を聞くと傷む体を気にせず、走り、そこに向かった。
ばたん! と、乱暴に開かれる扉。
そこでソファに座るクロスの隣にいる男、クロードは扉を開け放った男、ヘンリーと目が合う。
互いにじっと、睨む様に見つめ……そして同時に……微笑んだ。
「おはよう。遅かったね。随分と待たせてもらったよ」
そう、クロードにしては珍しくマウントを取る様に言葉にする。
それに、ヘンリーは挑発的に笑って返した。
「最近寝不足だったからな」
「そうか。それは良かったね。ゆっくり休めたみたいで。傷がしんどいならもう少し寝てても良いと思うけど?」
クロードの言葉に無言になった後、ヘンリーは笑い、拳を突き出した。
「ちゃんと軽口叩けたんだな。勇者様みたいなお綺麗な方でも」
「おかげ様でね」
そう返し、クロードはヘンリーの突き出す拳に、己の拳を突き出した。
「ま、偶にはああいう熱くなる喧嘩ってのも良いもんだろ? 俺が勝ったけど」
ヘンリーはそう照れくさそうに呟いた。
「そうだね。得難い経験だったよ。勝ったのは俺だけどね」
まんざらでもなさそうに、クロードもそう返した。
「……お前の方がダメージ深かっただろ」
「ダメージ? 何の事かな?」
そう言葉にしクロードは自分の体を誇示する。
勇者の治癒能力により傷一つない体を。
一方逆に、ヘンリーの体は今でもボロボロである。
戦闘能力は高いが自然治癒能力はあまり高くないからだ。
「武器を折った時点で剣士って負けだろ?」
「そうかもしれないね。剣士なら。でも俺は剣士じゃなくて、勇者だから」
「そっちの方が早く倒れただろ?」
「同時だったよ。それを言うなら俺は倒れて五分程度ですぐ起きたけど。さて、二時間も気絶……いや、お休みしていた気分はどうだったかな?」
互いに、ぐぬぬとどこや悔しそうにしながら言い合う。
それを見て、クロスは苦笑した。
馬鹿に落ちたクロードを見るのは、確かに嬉しい。
だ同時に、悲しい気持ちになるのも確かだった。
それを出来なかった自分が情けなくて、同時にヘンリーに嫉妬さえ覚える自分が惨めで。
「クロス! お前はどう思う!?」
そんな思考の迷路に入りかけたクロスを呼び止める様、ヘンリーは声を荒げる。
「へ!? 何がだ?」
「どっちが勝ったと思う? あの喧嘩!」
自分だよなと言わんばかりな態度でそう言ってくるヘンリー。
「まあ、クロスなら間違える事ないよな。ずっと俺の背を見てくれていたんだから。ずっと、負けた事がない俺の背をさ」
「今日までだろ?」
「いいや、未来永劫さ」
そう言葉にし、また火花を散らし合うクロードとヘンリー。
クロスは苦笑いを浮かべた。
「引き分けだよ。全く同時に倒れたんだから」
クロスの言葉は、どちらにも望んだ答えではなかった。
だがそれは、紛れもない事実であった。
あの時、見事なほど同時に倒れ、そこに立っていたのはクロスだけだったのだから。
「じゃあ、先に起き上がった俺が勝ちだね」
クロードはそう言って微笑んだ。
「そんなルールありませーん」
子供みたいな言い草のヘンリーにむっとしながらも、クロードは現状を受け入れ小さく溜息を吐いた。
「……ま、クロスが引き分けと言ったんだ。素直に受け入れるよ」
少し不満そうに、クロードはそう言葉にする。
その様子がまるで小さな子供みたいで、クロスは笑うのを我慢出来ずつい噴き出した。
嫉妬を覚えたのが馬鹿みたいだと思いながら。
ざざーんざざーんと波に揺れ、蒼き道を進む鋼鉄の城。
それは正しく、王の城。
半裸の荒くれ者達を従え君臨する馬鹿なる王の。
そんな何度目かの彼の城……船の上で、クロスとクロードは今どうしてこの場にいるのかわからず、首を傾げていた。
「どうしたお前ら、そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してさ」
後ろから二人の肩に手を回し、楽しそうにヘンリーはそう尋ねた。
「いやさ……どうして船に乗ってるんだ俺達」
クロスはそう尋ねた。
ちなみにまだヘンリーが気絶から目覚め一時間も経っておらず、ヘンリーは相変わらずボロボロのまま。
とてもではないが、船旅に耐えられる様な体力がある様には見えない。
「どうしてって……説明しなかったか?」
ヘンリーは首を傾げながらそう呟き、後頭部を掻く。
「少なくとも、船に乗る理由なんてのは聞いてないね」
苦笑しながらのクロードの言葉に、再度ヘンリーは首を傾げる。
「んー。まあ、もう一回説明しようか。とりあえず、見ての通り俺は友との最高の喧嘩に勝利した」
「ははは。寝言を言っているなんてまだ眠っているみたいだね」
「……ちっ。クロスに免じて引き分けで納得してやるよ。という訳で俺は怪我した訳だが……ぶっちゃけ治す事自体はそう難しくない。ないんだけど……味気ない訳よ。ポーションやら治癒術やらってさ」
「味気ない?」
クロスの言葉にヘンリーは大いに頷いた。
「おお! 美味い物食って治る方が良いだろ? ぶっちゃけ俺それで治るし」
「そうなのか?」
「まあな。食って寝りゃ治る。んで怪我した時に食うってのは肉って相場が決まってるだろ? 世界常識だな」
「わからんでもない」
そんなルールないはずなのに、クロスは同意する。
怪我が酷い時は、胃の調子さえ悪くないなら肉が食いたくなるのは確かだ。
よくわからない理屈クロードは疑問に感じるが、クロスがそうならそうなのだろうと突っ込まずに置いておく。
多少変わっても、クロードにとってクロスが世界の中心である事には何の変わりもなかった。
「という訳で肉食いたい訳だが……丁度今在庫を切らしてる。だからといって魚介の気分にはもうなれん。怪我してるのもあるが口が肉の気分だからな。だったら……自分で獲ってくるしかないだろう」
ようやく、クロスとクロードはヘンリーの理屈を理解する。
肉を食いたいけどないから取って来る。
ただ、それだけの事だという事を。
「……怪我してる自分で行くのか」
クロスの言葉にヘンリーは微笑んだ。
「今ちょっち陸での面倒な仕事で皆立て込んでる。暇なのは脳筋の船乗りと俺達位だ。ま、帰る前の最後の最後だ。ちょい付き合ってくれや。この後の焼肉も含めて」
「別に良いさ。なあクロード」
「ああ。クロスが構わないなら俺からは言う事はないかな。…どうせ最初からクロスの料理の腕を頼るつもりだろうし」
「はは。バレたか? ありがとよお前ら。それとほれ」
そう言葉にし、ヘンリーは二人に何かを投げる。
その布の様な何かは、服だった。
それも毛皮で出来た分厚い防寒具。
この真夏日の様な熱さの場には適していないタイプの服であり、しかもクロスの知る最高級品よりも更に上。
人間の世界ではとてもでもはいがお目にかかれない、国宝と言える程性能が高い物だった。
「……着るのか? この暑さで」
クロスはカンカン照りで心地よい太陽と暖かくも心地よい風を感じながら、そう困った顔で呟いた。
「安心しろ。すぐに寒くなる」
ヘンリーのその言葉からおよそ二十秒後、急激に気温が下がり二人は言われるがままに防寒具を身に着ける。
魔力的な作用か魔物の毛皮のおかげか、何故か熱さえも感じ脱げなくなる程の心地よさがあった。
尚、防寒具を身に着けているのは二人だけで、ヘンリー含めそれ以外の全員は半裸のまま堂々としていた。
辿り着いた大地は、白の世界。
猛吹雪により凍える、極寒の地だった。
一面真っ白でぼやけた視界に雪しか映らない世界にクロスとクロード、ヘンリーだけを残し船は去っていく。
戦闘能力が並の船員達がここにいても役に立つ事はなく、それどころか邪魔でしかなくなるからだ。
その位、ここは危険な地。
だからこそ、ここの肉は質がそこそこ良く、そして何より……量が多い。
本来なら極寒の地は動物が少なく、見つけづらいという狩猟に向かない地である。
だが、魔力異変により強い獣が多く現れ、その獣が熱と栄養を取る為お互いを食い合い非常に大きく育つ環境となっている為、危険ではあるがリターンの大きな狩猟地区となっていた。
魚ならともかく大量に肉を食おうと思うとこの位まで遠征しなければならないのがバラックの大きな欠点。
そしてそこまで苦労して肉を取っても、魔王国本国の食べる為に育てられた動物には遥かに叶わない。
「んで、ここで何かの獲物を狩ると」
クロスの言葉にヘンリーは頷いた。
未だ、半裸のままで。
「ああ。お前ら雪原地帯での活動経験は?」
ヘンリーの問いに二人は問題ないと言わんばかりに頷く。
魔王討伐の旅は相当過酷な物であり、その大変な旅を一二人は仲間達と経験している為この程度の環境なら何ら問題はなかった。
「オーケー。お前らならまあ大丈夫だろうけど、それでも何かあったらすぐ俺に言え。ここでの活動には慣れている」
「あいよ。んで俺はどうすれば良い?」
クロスの質問にヘンリーは首を傾げた。
「俺はって……別に別行動取る訳でもなく一緒に協力するだけだからクロスはクロードと一緒に俺の後ろ付いてきてくれるだけで良いぞ。あ、それとも狩りが得意だったりするのか? それなら喜んで先頭譲るが……」
「いや、そうじゃなくってさ、俺はてっきり……」
「てっきり?」
「ヘンリーはまたクロードと争うもんだとばかり思ってて……」
ヘンリーとクロードは、きょとんとした顔になる。
まるで、そんな事考えてさえいなかったかのように。
そしてお互いの顔を見た後、同時に、クロスの方を向いた。
「獲物の味や量、殺した時の状態を総合的に含めて。審判はクロス」
ヘンリーの伝える内容に、クロードは頷いた。
「時間は二時間……いや、ヘンリーの怪我があるし一時間で良いかな」
「ぬかせ。怪我程度で人間に遅れを取る程弱くないさ。ま、一時間にしてやるよ。人間のクロードに合わせて」
「じゃあそう言う事にしておいてあげるよ」
そう言って、お互い不敵に笑い合うクロードとヘンリー。
それを見て、クロスは小さく溜息を吐くと、クロードとヘンリーはとたんに慌てだした。。
「あ! す、すまんクロス! 蔑ろにするつもりはないんだ」
ようやく、勝負するという事はクロスを放置するという事に気づきヘンリーは謝罪をする。
クロードは顔を真っ青にしていた。
蔑ろにつもりはなかったのだが、何を言っても言い訳にしかならない。
クロードにとって、自身の事ながら始めての事だった。
クロスが傍にいるのに意識から外れるなんて。
クロスは再度、小さく溜息を吐いてから無言のまま、雪景色にある大木を複数本切り倒す。
その大木を持ち上げ、組み合わせてから、クロスは火を付けた。
青く輝く、幻想的な火を。
それは、炎であって炎にあらず、
雪の中でも、突風が吹こうとも、決して消えずに火元である大木を燃やし続ける。
ただし、一切の熱はなく触れても火傷どころか温める効果さえない。
『アンデッドの炎』
それは、そう呼ばれる物。
ただ、消えず火種を燃やし続けるだけの、目印に特化しただけの炎。
それを用意した後、クロスは一言、クロードとヘンリーに呟いた。
「三十分だ」
「……え?」
「はい?」
「だから、制限時間は三十分だ。それ以上狩ったところで持ち帰る事が出来ないだろ? それともあれか? お前らは三十分という時間じゃ獲物を満足に狩れない位の実力しかないのか?」
そんなクロスからのありがたーいお言葉。
クロスが一人となる事に、置いてけぼりとなる事に傷付いたとクロード達は考えていたが、それは違う。
そんな事クロスは気にもしないしむしろもっとやれとさえ思う。
男が集まって競い合うなんてのは、生物が呼吸をするのと同等の事なのだから。
クロスが気にしていたのはそこではなく……始まりの合図もなく集合地点の目印も建てずに勝負を始めようとしたその考えなしの方にあった。
どうせやるなら派手に、そして尚楽しくなる様にやれ。
それがクロスの考え方。
ここには馬鹿しかいない。
故に当然――クロスもまた、ただの馬鹿である。
はしゃぐ事が大好きで、祭りが大好きで、そして楽しい喧嘩も大好きな。
自分が審判をやる事に意義を見出せる位には、クロスもまた大馬鹿野郎だった。
「ふぁい!」
両手を交差してのクロスの叫びを聞き、クロードとヘンリーはそれぞれ左右に散開していった。
「ありがとよ親友! 何かあったらすぐに言ってくれ!」
ヘンリーはそうクロスに叫び、クロスから見て右手方向に走っていく。
「何かあったら叫んでくれ。必ず助けに行く。クロスの声は、絶対に聞き逃さない。もう、独りには絶対にしないから」
そう言葉にし、クロードはゆっくり左手方向に歩いて行った。
「変な気使うよりも思いっ切りやってくれよ。特にクロードにとっちゃ人生で二度目の喧嘩なんだからさ」
そうぽつりと呟いた後、暇になったクロスはクロードやヘンリーの邪魔にならない様、中央をまっすぐ進み、極寒の地の探索を始めた。
ありがとうございました。




